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アリウムの唄

そしたら足を上げようか

扉を叩く音がして逸速く立ち上がったのは赤司、それから───。

『お帰りなさい真太郎! 真くん!』

「! ……ただいまなのだよ」 「……犬かオメーは」

花宮の言うとおり、ご主人様を待つ犬のように出迎えた椥辻。俺の通称、会長。
揺れる尻尾が想像できてしまう後ろ姿に伊月が複雑な顔を浮かべた。

お互い左右に目を逸らした緑間と花宮は何処と無く似てる。あいつらが数年来の知り合いだったとはこの場の誰も知らなかったことだろう。

「真ちゃん目ェ合わせて! 照れないでwww」

「そうだぞ花宮。こういうタイプには素直さが大事だ」

「うるさいのだよ!!」 「何の話してんだよ!」

後ろから彼らを揶揄する高尾と瀬戸。花宮は会長を退かすようにして部屋に捩じ入り、緑間もそれに続く。会長はといえば、後ろのふたりのことも見上げて無事の帰還を嬉しそうに笑った。

『高尾くんと瀬戸くんもお疲れさま! お帰りなさい!』

「ただいま帰りました円香サン!「うん、可愛いな」

さらりと感想を言う瀬戸に我らが伊月クンは絶句。そして原が風船ガムを膨らましたまま器用に喋る内容に俺らも言葉を無くす。

「瀬戸ー、戻ってこないと花宮が妬ぃたい痛いギブギブギブwww」

スリープツイストを食らわせる花宮の行動は全員に肯定の意を植え付ける。
……伊月、敵は多いぞ……。

まさか、友人の想い人の顔がこんなにも広いとは思わなかった。緑間との関係やそれに伴う秀徳勢との関わりがあるのは知っていたけど、……桐皇のキャプテンに加えてあの花宮クソ野郎まで。伊月にとってはなんだかんだでそれに一番ダメージ喰らってると思う。
学内だけならそれなりに近しい位置にいて、なんだかんだアタックしてみれば夢じゃないような気もしてたが、見るところ大体の奴がこいつに過保護だってのもあって大分道が険しくなってる。

とはいえ勿論俺としてはこいつのルートを応援したいし、ふたりが並んでる姿もお似合いだと思うわけで。
高尾が持ってる盾をキラキラした目で見つめる会長に人知れずため息を溢す背中にビシッとチョップを入れとく。

「い゙ッ!?」

「元気出せダアホ。気持ちで負けてどうすんだ」

「な、ッ別にそんなんじゃ……っ」

「とりあえず鷲の目持ってるお前もまた探索出るだろうから、もし次に会長と一緒になったら攻めてけよ」

「攻めっ!? …………それが出来たら苦労してない……」

最後の言葉に内心 “おっ?” と成長を見る。苦労してないってのはそりゃそーだろーけど、そんなとこは重要じゃない。
実はコイツが会長への想いを認める言をしたのはこれが初めてだったりする。もろバレなのに俺らに隠そうとするから呆れる節も多かったが、今回の土俵入りで漸く腹を括ったらしい。

俺らがそんな会話を終えた頃、報告をするためにまた各校ごとに纏まって円を作る。会長はまたもやその流れで秀徳に持ってかれるかと思いきや、意外にもこっちの輪へ。

「あら、戻ってきたの?」

『リコが寂しそうな顔してたからね』

「はぁ!? してないわよ!」

『してないなら私がリコの隣に座りたかっただけってことで』

クスクス笑う会長は言葉通り照れる親友の隣に腰を下ろす。
“カントクグッジョブ!!” は、恐らく伊月を思う一同全員の心の喝采だっただろう。然り気無く俺らはカントクの反対側に伊月を配置する。



話し手は専ら花宮と高尾だった。
会長の案はドンピシャで、だけど予想できないこともそりゃああったらしい。

「……つまり、予想通りアルファベットにはそれぞれの役割がある、と?」

「断定はできねーけどな」

その話にさっきまでの伊月を茶化す浮き足だった気持ちはみるみる萎んで、代わりに花を咲かせるのは不安と宛の無い怒りだ。
紙を持ってるのはどうしてだかウチに多い。黒子に木吉、会長。それに、カントク───リコもだ。

俺の前で眉を下げて会長を見る茶髪を見おろす。もし役割があるんなら会長は勿論、今まで探索から外して貰っていたコイツもいよいよ安全から身を離すようになるかもしれねぇ。

対象がキセキの世代や彼らと帝光中でプレーした黒子、それから無冠の五将なら───嫌な言い方にはなるけど───恨みや妬みのようなものをどっかで買っていても正直そこまで疑問はない。天賦の才というもんには自分ひとりの努力だけじゃ補えないもんがあって、それに羨望を抱くのは感情のある人間にしちゃ仕方のないことだとも思う。氷室もまぁ、バイオレンスなとこあるしな。
ただ、会長やカントクは違う。人当たりのいい方だし、ここまで質の悪い輩から顰蹙を買うようなことは無い、と思ってる。俺らの想像以上に女子はえげつねぇこと考えるらしいからそれこそ断言はできねぇけど。

この件で対象の人物が増えたから、“犯人を単独犯にするのは賢くない” と今吉さんは言った。尤もだと思う。


その話を一旦赤司が切り、「他に何かありましたか?」と問う。石膏像の下から見つかった箱には木馬の形をしたプレートが入ってたけど、アイテムはそれ以外特になかったらしい。
ただ、その質問には中身のある返答が帰って来た。

「あーっと、あとは、さっき出てきた西洋甲冑が喋ったことくらいですかね」

片眉を上げて、けれど存外楽しそうに「いきなり立ち上がるし、あれはビビったわー」と話すのは高尾で、元より姿勢の良かった会長が背筋を伸ばし直す。隣のカントクは呆れたように息を吐いた。

「動いて喋ったのか?」

「そーそー。いよいよホラゲーっぽくなってきちゃった感じ」

「喋った、っちゅーことは特に襲われたりせぇへんかったんか?」

「全然平気でした! むしろアイツは味方、みたいな?」

赤司に続いて今吉さんの問いにもへらりと返す高尾。あのふたり相手に嘘をつくなんて自殺行為だし、俺たちから見てもたぶん本当だ。
でもやっぱり、“味方” なんて言われたら波紋は出来るわけで。

「どういうことか説明してもらおか」

「最初にお辞儀をされて、曰く “敵だけじゃない。我々は力を併せて安全を作ったから上に行け” 、ダソウデスヨ」

次にあからさまに取って付けたような敬語で説明するのは花宮だ。
並べられた言葉を噛み砕くのは簡単。でも上手く飲み込めるかは別問題で。

「いやいや、どう考えても罠だろ」

「えー? でも案外信じれるもんスよ? こういうホラゲには結構お助けキャラありがちなんで」

陽泉の福井さんがツッコめば、高尾はケラケラと調子よく返す。

「なんや、花宮も信じとるんか?」

「…まぁ、どっちにしろこの階は調べ尽くしたんで上に行く必要はあると思いますケド」

「それはそうですが……」

俺たちから見て九時の方向にいる探索組はなぜかその怪しすぎる甲冑を信じられるらしいが、実際その場にいた訳じゃない俺らにしてみれば危険な橋でしかない。
そこまで信用するに価するものはなんだろうと探索組を見遣れば、なぜか瀬戸の目がこちらを向いている。いや、“なぜ” じゃない。アイツ、会長を見てる?
俺に気づいた瀬戸はするりとその視線を逸らすだけで、そのあとは何のアクションも起こさなかった。

高尾的には1階で遭遇したリジー・ボーデンのような悪意は感じなかったのが大きな理由らしく、それには緑間や瀬戸も同意を示す。



とりあえず報告は終わりで、もはやお約束のメンバーに寝室へ集合がかかった。
会長と一緒に部屋へ向かいながら今後を予測したけど、その甲冑を信じるかどうかは置いといても恐らく次はやっぱり3階に上がるだろう。確かにあのプレートを使えるようなものはどこにも見掛けてないし、この階で開いていない部屋の鍵もない。

「会長はあの甲冑の話信じてんの?」

『うーん。確かにお助けキャラはよくあるから信じたいのが本音かなぁ。結構疲れたし、ここは安全じゃない可能性も出てきちゃったでしょう?』

確かに、味方だという甲冑の言を信じるならこの部屋や2階に絶対の安全性は無いということになる。

結局俺らの予想は的中することになるが、会長は話を振られるまで決して “甲冑の話を信じる” とは口にしなかったし、意見を求められてもその本音を裸で出すことはしなかった。あくまで経験則の話で、実際に信用するのは止めた方が良いというのを提示した。
『次からは、信じてもらうような行動を取ります』
『疑わせないとか信じさせるとか、そういう観念をちゃんと伴わせるので…、』

そういう、あのときの発言を意識してのことなんだろう。カントクの言うとおり、俺たちが本物かそうじゃないかを判断するのは訳ねェのに……。そんなことをさせないようにできるのは面識がある俺たちだけだ。でも実際には何もしてあげられず、彼女の自分や周りを護るための言動を隣でただ見届けることしか出来ていないと自覚した。


それから、安全な場所が本当に見つかったら味方の存在を頭の片隅に考慮するという無難な方向に話は進んだ。
最初は地図を作る目的も兼ねる為に多めの探索隊を出す。各校からふたりずつ選出して2校ずつチームを作るるが、協調性の足らない霧崎第一だけは1校で行動する代わりにメンバーを3人にするよう今吉さんが命じる。

そんでもって、高尾は連続で出てるからやっぱり伊月には赤司たちからご指名が入った。
海常は小堀さんと中村。秀徳は大坪さんと木村さん。桐皇は諏佐さんと若松。陽泉は福井さんと氷室。洛山は赤司と実渕。霧崎第一は原、古橋、山崎。
各校未だ探索に出ていない面子を優先に決定していく中、もう一人を悩もうとする俺に案の定隣の会長は爪先を向けて言う。

『日向くん、立候補していいかな?』

「え゙」

『だってもう1時間も休憩してるよ』

「いやいや。俺も他のやつらも1時間どころか3時間くらい休憩してるようなもんだし、」

伊月と一緒になれるとは言え、いくらなんでも休憩一回切りじゃしんどいだろうとニュアンスを漏らせばパンッと音が鳴る。最後まで聞かぬ間に、彼女は両手を合わせて俺に軽く頭を下げてた。

『お願い!! やっぱりただ待ってるのは耐えきれなかったの!!』

「あかんでー円香チャン、日向主将困ってもうてるやん」

「そうだぞ椥辻。日向の言うとおりお前はもう少し休め。宮地に轢かれるぞ」

『でも今聞いたメンバーにはひとりも経験者がいないですし……!』

今吉さんと大坪さんに諌められるも、会長は標的を逆にそっちへ変える。2対1の攻防戦に花宮が呆れた顔をして部屋を出ていき、その音で一旦静かになった。

そうして俺も声を出してわざとらしく深いため息を吐く。なにが “疑り深い行動をしない”、だよだアホ。ンなことよりもして欲しいのは “もっと直接的な自己保身” だっつーの。
こっちを見た会長には目を遣らず、ガシガシと頭の後ろを掻きながら誠凛の選択を告げた。

「誠凛は椥辻と伊月でお願い致します」

此処でしか発揮できない情けない主将の立場を使えば、福井さんや大坪さんが “またそいつ出すんか” 的な顔してみてくる……。
いや、そりゃ俺も伊月抜きにしたって働かせ過ぎな気もするけど、このままじゃ埒明かねぇし。

『日向くっ「その代わり!!」

感動の声で俺を呼ぶ会長と、今、目を合わせた。きょとんとする黒い丸は少しいつもより大きく俺を映している。

「これを機に、会長は探索に絶対1回置きで出ること」

『え゙』

「連続では本当に必要じゃない限り出させない。……今吉さん、大坪さん、これで見逃してくれませんか?」

絶望的な顔をする会長を他所に請えば、ふたりは “それなら……” と了承してくれる。だいぶ譲ってもらった感あるけどしゃーない。


「っつーことで決定ですね」

『ま、待って 「はい。 それでは組み合わせですが、誠凛は陽泉と。海常と桐皇、秀徳と洛山で行きましょう」

『あのっ「えぇと思うで。ほな、出発は10分後、とりあえず戻ろか」

その声で、全員寝室から出ていく。何度も聞き流される会長はその度にショックを受けていたのにめげず、最後の最後に今吉さんに話しかけにいくが。
相変わらずの笑みで「この決定は覆らへんで。自分はもうちょい大事にしてこな」と一刀両断。
あんぐり口を開ける会長の背中を押し、俺らも最後に寝室を出た。

さーて。伊月のターンがこれで無事に始まるといいんだけどなぁ。