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アリウムの唄

食指で大事な確認を

斧はタッパも力もある健太郎に持たせた。真太郎にやらせて万が一手に傷でもつけさせてみろ、誰よりも円香がうるせぇ。

【Collection Room】はその名の通り、芸術品が並ぶ一室だった。価値は分からねぇがどれもこれも保存状態は良さそうだ。
細道のショーケースの中に円香たちの証言にあった鈴を見つける。数は確かに6つ。これを持ってって石膏像の靴につける、だったな。

「健太郎、こいつだ「ん、割るか」

斧を振りかぶろうとする健太郎から十分に離れておく。一応、視野が広い高尾に廊下の一番奥へ行くよう指示を出し、健太郎は高尾の動きを確認すると五割程度の力で腕を振り下ろした。

だが、ガラスはまるで羽で叩かれたように何の変化も見せない。

「……あれ」

「あれじゃねーよ「ナメてた、もう1回」

俺らのやり取りに高尾が笑いを堪えている。ダセェなコイツ何やってんだよ。

思ったより強固らしいガラスに、もう一度健太郎が斧を打ち付けた。今度は8割くらいだろう。しかし、それでもガラスは割れなかった。
……円香の予想が外れた?


「割れないんだけど」

「………………他に何か仕掛けがあるのか、それとも方法自体が間違ってるのか」

「うーん。もうちょいこの部屋探索してみますか」

「チッ、仕方ねぇか」

高尾が言うように、広い場所へ移動する。一面の壁には見たこともねぇ幾つもの絵画が並べられ、噂のガラスで仕切られたスペースや観葉植物、それから目当ての馬に跨がる石膏像。報告にあった全てのモンが視認出来た。

ただ、ひとつだけ。

眉を顰めさせるものが、石膏像の女と対峙するかのように立ってるいる。
高尾が「嘘は言ってないですよ!?」と先に弁明を図った。健太郎は薄く嗤いながら想像に容易い台詞を吐く。

「西洋甲冑は話に無かったな」

「そりゃそーっすよ!! 俺も今初めて見るんスもん!!」

高尾曰く、さっきは無かったらしいソイツに近づくのは少し憚れた。剣と盾を携えるヤツの目の前においそれと出るなんて自殺行動以外の何者でもねぇ。
くそ、こんなん増やされるとフラグ立ちまくるじゃねーか。

とはいえ調べないってのはまた別の話だ。

「健太郎、とりあえず後ろから奴の兜取ってこい「俺が?」お前が」

身長的に高尾はアウト。真太郎はさっきと同じ理由。となればお前しかいねぇだろーが。

ゲシと脚を蹴って促せばしぶしぶと背を丸めて甲冑の後ろに回る。大きさは健太郎の肩くらいだから180前後だろう。
背後に奴が立っても特におかしな動きは無く、そのまま健太郎が兜を取り上げて中を覗く。

「あー、暗い。はなみ、…は無理だから緑間ケータイで中照してくんね?」

「あ゙?」

「まあまあ花宮サンっ! 俺たちは他のとこ調べましょー!」

高尾に押されて俺たちは絵画の方に移動する。嘲笑すら浮かべない健太郎は無表情で真太郎と再度中を覗いた。

「こんな感じでいいのか?「ん。───あ、背中んとこに何か付いてる。倒していいのか、いいよな」

自問自答。首の辺りを無造作に掴み甲冑を斜めに傾けたあと、もう片方の手を鎧へ突っ込んだ。


引っ張り出した白色のソレは遠目に見てもセロハンテープで貼られていたことが確認できる。大きさも円香たちが書斎で取ってきた箱から出て来たあのカードと同じくらいだろう。

「おい。内容は「───Destroyer───……破壊者?」

「うっわー、そりゃまた物騒ッスね」

「他に何も書いてねーのかよ「ない」

「だが、頭文字のDだけフォントが違っているのだよ」

真太郎がメガネのブリッジを上げながら言った言葉に、俺の足は絵画から遠退きカードを引ったくるべく動く。後ろから高尾も付いてきて、結果4人で健太郎の持つカードを見下ろした。
一貫した赤い筆記体。どれも斜体ではあるが、確かに “D” だけワープロで打ったような味がする。

単純に考えれば貼ってあったこの甲冑が破壊者だ。だとすればこいつに何かを破壊させるイベントがあるんだろうし、その何かってやつも恐らくさっきのショーケースだろう。
そこまでシナリオが作れても尚、こいつを破壊者と思えないのは────。

ジャージのポケットから紙を抜き出す。そこにワープロで書かれている文字も、“破壊者” の頭文字。
それだけじゃねぇ。健太郎が見つけたカードは縁を彩るように一輪の花をメーンに装飾が描かれているが、このデザインを見るのも2回目だ。

汝、その役目を全うせし者

「あぁ! そういやそのカードと同じやつだわ!」

呟けば、高尾が代弁する。幸い、健太郎も真太郎もバカじゃねぇ。集まった情報で考えることはそう単純なモンと違う。

「ってことは、“D” を持つ花宮サンが破壊者っつーことすかね 「俺の仕事じゃなかったから割れなかったのか」

「さぁな。とりあえず試してみる価値はあんだろ」

そう言った俺に、真太郎がしゃがみこみ何やらガシャガシャと金属のぶつかる音を立てる。数秒後に膝を伸ばしたそいつは俺に向き合って甲冑の得物を差し出した。

「あのガラスを割る道具も斧ではなくこの剣を使うのだよ」

「ふは、気が利くじゃねぇか」

「早くこんなところを出る。……明後日の放課後は、俺も円香も行かなければならないところがあるのだよ。それにここは、……嫌な予感がして堪らん」

剣を渡して空になった手でメガネのブリッジを再度押し上げる真太郎は誰よりも早く踵を返して廊下に向かう。


───分かってんだよ、ンなこと。
このふざけた空間と現実における時間の概念が違うであろうことは何となく想像がつくが、どこぞの浦島みてぇにアッチが急速に進んじまってるのは困る。

年にたった2回。俺たちで制限させたその回数を減らす訳にはいかねぇ。“例年と違う” 意識や感覚も持たせねぇ。
───何も、変えさせねぇように。そうやって俺たちはアイツの知らないとこで何本もの透明な糸を張ってきた。

この時期になると時間の進むスピードを速く感じる。そんでもって、一番その作業を慎重にする。
なのに続けてる手を休めずともあの日を思い出すのは、たぶんもう逃れられねぇ話だ。俺たちにとっちゃ色褪せてなんぞくれねぇ光景が、そのスピードでさっさとアイツの中から消えてくれるよう。再確認してまた1年を過ごす。


早く帰らせてぇのはお前だけじゃねぇんだよバァーカ。
真太郎を追い越す形で廊下に入り、ショーケースの前に立った。ガラスに映った俺は酷くつまんなそうな顔をしてやがる。確かに楽しくはねぇな、と少し頬が弛んだ。

剣先を鈴の天井にあたる部分に一度つけ、そこから腕を上げる。勢いをつけて強く振り下ろせばそれらしい音と共にそいつは割れ、照明に反射して光る破片が床やショーケース内に散らばった。「「おぉ……!」」とふたり分の歓声を聞きつつ、ガラスを避けて鈴を回収する。

「取ったぞ」

「よっしゃ、パパッと石像につけちゃいますか!」

一番近くにいるのに小走りで寄る高尾に続いて石膏像へ。秀徳1年組に3つ渡して反対側をやらせ、俺も2つを健太郎の手に持たせ自分の分を終わらせる。

「終わりましたー!」

「うるせぇ」

報告に舌打ちしながら小指に填まってる指輪を抜く。

「届くのか花宮」

「ナメんな死ね」


しっかり踵をつけて手を軽く伸ばし、指輪を中指に填める。その瞬間、ゴゴゴゴと音を立てて石膏像が上に持ち上がった。馬の床には4本の支柱が下に付いていたらしく、露になった床下の穴を覗く。

「箱、だな」

「今度はプラスチックか」

「あ、」

無言でいち早く拾い上げたのは真太郎だった。高尾が驚いた様子で見上げるのを気にせず、「開けるのだよ」と勝手に箱を開く。その直後に向けられた一瞬の視線に中身の察しがついた。

「おい高尾。ショーケースの方に何も異常がないか見てこい」

「え、」

「いいから早くしろカス」

「……ハーイ」

こいつにはリジーの部屋で既にチェス駒の存在を知られている。とはいえ話すほどの信用は俺に無ぇし、これまで何も言ってこないっつーなら一哉同様何かしら空気を読んでるんだろ。そんならギリギリまで隠すのが策だ。
健太郎にはもう一度スマホのバックライトで穴の中を見るよう指示し、怪しまれぬように俺も一緒に覗き込む。
その間に準備を終えたらしい。真太郎が「箱を開けたのだよ」と言って全員で覗きに行くが、そこにチェスの駒はなかった。

入っていたのは馬の形をした木のプレートだ。

「プレートって、……どうやって使うんだ?」

「んー、あまりアイテムとして出て来ないんすけど、何か窪みに嵌めて使うパターンは何回かありましたよ」

「どっちにしろこれ以上の成果は無ぇだろ。高尾、盾回収しておけ。戻るぞ」


踏み出して真太郎の横を通れば、「白のポーン」とかなり小せぇ声が耳を掠めた。

…………ポーン、か。チェスの駒を最終的に集めてくとして、白黒どちらも見つかってる今、最大で32個必要になってくる。数を指定する何かを見つけてぇが、チェスの駒をカミングアウトする時期も問題だ。
体感時間では既に4時間を越えている現状、気が滅入る。普通に考えても腹は減るし、長居させんならそれなりの環境を整えとけよクソゲーが。

チッと舌打ちをしたときだった。ガシャ、ガシャと背後から音がして、全員で振り向く。

「ゲ!? マジかよ!!」

「高尾!!」

立ち上がったそいつの近くにいた高尾が、奪ったばかりの盾を構えて後ろ向きにこっちへ走ってくる。幸い得物も奪ってるしこっちには斧もあっから優勢だが、いよいよホラゲーめいてきた状況は有余を与えはしない。

だが、辺りを包んだ緊迫感をぶっ壊したのは俺たちじゃなかった。

「え、なに、ちょっ、ぶっwww 待って、意味わかんねぇwww」

「……お辞儀、してるのだよ」

真太郎の言った通り45°に体を曲げる甲冑。執事を連想させるそいつを敵だと認識するのに頭が痛くなり始めれば、掠れた音が耳に入る。

「……我ラ、…守リ゙シ、も、ノ゙…」

「は、」

「しゃ、喋ってる!? お前喋れんの!?」

高尾の反応からするに、突然聞こえてきたこの声は甲冑から出てるらしい。頭を上げずにそいつは言う。

「ぢガラ゙、阿ワセ、乱にュ、安ゼ、着くッタ」

「安ぜ、───安全……作った?」

我ら。力を合わせる。……単独じゃねぇのか。乱入したっつーなら、俺らを引きずり込んだクソ野郎の想定外なモノを見てるってことだ。

「皆、かン゙謝…、…ウえ゙、往け…ッ」

「あ、オイ! 大丈夫か!?」

ガクンと膝が折れる鎧を思わず高尾が支える。

「……てギ…、だケ…ャ、なィ゙……」

「つまりお前 “達” は味方か? ……何でそんなのが混じってる。誰に感謝してんだ」

「─────…ゆヴ敢、な、……がの、…ジョ、へ………、………。」

沈黙に高尾が鎧を軽く揺さぶる。が、もう二度とその声は聞こえねぇ。


勇敢な、…… “彼女” …………。そいつの為に、この世界には幾つか味方となる存在がいる。信じれるもんなのかは分かったもんじゃねぇけど、安全な部屋が上にあんなら心労は減る。

ただしそれは────。
左上に視線をやれば、眉間に皺を寄せて口をへの字にする顔。

「……行くぞ」

軽く、誰にもバレない角度で背中に触る。びくりと肩を揺らしたソイツと目は合わせずに部屋を出た。

……墜ちンじゃねーぞ、真太郎。