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アリウムの唄

さあ、手を伸ばして

「せや、円香チャン。地下から梯子上るときに火神に負ぶわれた自分後ろから支えてくれたんも青峰やで」

『えっ!? そうなんですか!? お礼が遅くなってごめんなさい!助けてくれてありがとうございました!』

翔一先輩の衝撃発言に背筋を伸ばして大きく頭を下げる。うー、もしかしてまだまだ関わってくれた人はたくさんいるのかもしれない。

「あ? あーアレか。運んだの火神だし、俺何もしてねェから別に礼なんていらねェよ」

『そういうわけには……。……あ、あの、火神くんと氷室くんと、笠松先輩以外で他に私を助けてくれた人っているのかな?』

「あー……、アイツだな、洛山の、猿みたいやつ」

「葉山さんですよ、ほら、あそこにいる」

青峰くんの例えにピンと来ない私のために、さつきちゃんが指さしで教えてくれる。金髪短髪の小柄な人で、隣の根武谷くんと黒髪の中性的な男性と話していた。
そういえば、洛山高校で私が知らないのはその葉山くんと黒髪のふたりだけだ。お礼にいくのはもちろん、折角だからちゃんと挨拶もしておきたい。

けれど、突然近寄ってもいいものだろうか。警戒心を持たれるのはあまり良い心地じゃないのを私はもう充分知っている。それに警戒心を持つこと自体、心には大きな負担がかかるものだとも思う。
自分の為にも、相手の為にも。私は向こうから求められるまで動かない方が恐らく────、

『あ、』

「……? どうしたんですか、椥辻先輩」

私の漏れ出た声に、さつきちゃんが隣で首を傾げるのが横目で見てとれた。だけど私の瞳の正面には先程立ち上がったばかりの、無表情な人が映っている。

いや、前言撤回。無表情なんて嘘。

『黛せんぱ「ウザいんだよお前。来い」っぅわ……!』

私の腕を引く黛先輩は、心底鬱陶しそうに眉を顰めていて。突然無理矢理歩かされた先に対する心の準備なんて皆無だった。
私がその輪に近付けば、最初こそみんな驚いた顔をしていたものの、赤司くんと黒髪の人の目がすっと細められる。当たり前であるはずのそれに性懲りもなく怖じ気付いてしまって、黛先輩の背中側にそっと身を寄せた。

先に口を開いたのは赤司くんだ。黛先輩を見上げた彼は、先程細めていた瞳を軽く開いたような形にして少し苦笑した。

「……どうしたんですか、急に」

「質問を理解するのに必要な要素が足りなすぎるから答えられねーな。───オイ、いつまで可愛い子ぶってんだ」

『!? 可愛い子ぶってましたか!?』

「俺はギャルゲの主人公なんざ真っ平御免なんだよ。言いたいことがあるからあんな顔してこっち見てたんだろーが、さっさと言え」

この人も真くんを思わせるなぁと感じつつ、可愛い子ぶる要素だったらしい彼の服を掴む力を解いて隣に並ぶ。

ただの自己紹介はさっきみんなの前でしてるし、とはいえ見たところ1年生は赤司くんだけっぽいから真太郎を宜しく〜の体で話すのは厳しい。葉山さんにお礼を突然言うのも礼儀がないし……。
さっきは諏佐先輩にとても助けられていたんだなと気づきつつ、最初の言葉を考えていた最中だった。

「ね、ねぇ……! キミ、身体大丈夫!?」

『えっ!?』

ガシッと突然目の前から伸びてきた両手に私の両肩を掴まれる。この近距離なのにかなりの瞬発力ある足をお持ちなのか、それはとても勢いの良いもので。支えきれずよろけてしまった私の背中は、黛先輩に受け止められた。

「葉山……お前な……」

「あっごめん!! 痛かった!?」

「俺に謝れよ先ずは」

「うわわわ!? ゴメン!!」

黛先輩に重心を押し戻されて普通に立った私は、黛先輩に謝るのも葉山さんに応じるタイミングも逃してしまった。心配してくださってる手前言いづらいけれど、肩痛いな……。今の力といいさっきの瞬発力といい、とても運動能力があるのかも。

「こら小太郎! とりあえず肩を離してあげてそれから黛と喋りなさい!! 痛がってるわよ!」

「え!? やっぱり痛かった!? 言ってよ! ごめんね!!」

『あ、いえ、こちらこそごめんなさい!』

「なんでお前が謝るんだよ」

後ろからもう何度目か分からない呆れた声が聞こえて言葉に詰まる。反射的に謝って怒るのは真くんだけでなく真太郎も同じことだから尚更だ。
そうしていると突然上からもう一度「ごめんなさいね」と、今度はどこか綺麗な言葉が降ってくる。見上げればリコと同じくらいの長さがある艶々の黒い髪を持つ人が、葉山さんの肩を掴みながら私を見ていた。

……男の、人?

「一応言っとくけどそいつオカマだぞ」

『!?』

根武谷くんが平生と言ってくれた情報に、思わず彼の方を見遣る。あ、これも失礼か……。

「ちょっと、もっと言い方ないの!? ほんっとにこれだからデリカシーのない野蛮な野郎はキライなのよ!」

息を荒くして根武谷くんを罵る声は、意識すれば確かに女の人にしてみると低いかもしれないけど……。
それにしたってすべすべなお肌にキューティクルな黒い艶髪、そしてお人形さんみたいな睫毛はとてもじゃないけど男性が持つものとは思えない程手入れが行き届いている様子が端々に感じられる。それこそ、真太郎の左手にかける情熱を思い起こすくらいには。
恐らく私より遥かに美容へ気を配っているのは明白だけれど、仮に私が同じことをしたって持っている原石の違いは有り得る。あそこまでのクオリティに仕上げられる自信は無い。

そんな彼が次に視線を投げたのは私で、アーモンド型の綺麗な瞳をやんわり細めて少し背を丸め、私に手を伸ばした。

「椥辻円香ちゃん、───そうね、同い年だし円香って呼んでも良いかしら?」

『はっ、はい!』

一回りも大きな手だけでなく、リコに似た喋り方の言葉もフレンドリーで温かい。
じんわりと心に浸透するそれが素直に嬉しかったのに、比べて慌てたような情けない答え方をした私はくすりと困ったように眉を上げて笑われてしまう。

「なるほど、あの花宮や緑間くんだけじゃなくて黛さんまで放っておけなくなるのも分かるわ」

恥ずかしながら謂れのないような台詞に『え、』と漏れる声。そこに後ろから「オイ」と低いトーンの音が重なって、目の前の視線と意識を頭上に集めた。

「聞き捨てならないことを言うな実渕」

「あら勘違いだったかしら? ごめんなさいね」

「オメーな……」

後ろでそう言う黛先輩は舌打ちをしてから、少し私から離れるように数歩下がる。
うーん、放っておけないくらいしっかりしてないのか……。生徒会長としてあるまじき印象だなぁ。

黛先輩との会話を終えたミブチくんが、もう一度私を視界に入れてくれる。

「さて、自己紹介してなかったわね。私は京都の洛山高校2年、実渕玲央。ポジションはシューティングガードよ」

『せ、誠凛高校2年の椥辻円香です!! 宜しくお願いします、実渕くん!』

「えぇ、よろしくね」



実渕くんとの挨拶が終わると、次いで話しかけてくれたのは赤司くんだった。

「そういえば、こちらに来た本当の目的はどんなものだったんですか?」

『ほんとうの、』

「……葉山に何か言いたかったんじゃねーのかよ」

『あ……、あぁあ!!』

ポカンとしてしまった私に助言をくれたのはやっぱり黛先輩で、後ろに下がってしまった彼を振り返って叫べば無表情の顔を歪ませる始末。
とはいえ彼に謝るよりも早く、正面を向いて葉山さんの方へ爪先を動かす。

『は、はやまっ、はまやさんっ!!』

「言い間違えてるぞー」

隣の根武谷くんの指摘に自覚は無かったけれどもう一度『葉山さん!』と言い直す。驚いたように目を丸くしていた葉山さんは、その言い直しに少し尖った歯を見せて笑った。

「あはは、なーに?」

『あのっ、葉山さんも地下から私を助けてくださったと聞きまして……! お礼を! お礼を言おうと思っていたんですごめんなさい!!』

「……間違ってない?」

『え、』

このとき、私と葉山さんはふたりとも似たような顔をしていたらしい。きょとん、とした様子を3秒続ければ、葉山さんが「だからぁ、」と急かすように言って。膝を軽く曲げて私を下から覗き込んだ。

「お礼はごめんなさいじゃなくて、ありがとうでしょ? ホラ、もう一回!」

『ぁ、そ、そうですよね! ありがとうございました!』

「うん! どーいたしまして! あとさあとさ! 俺だけ葉山さんってのもイヤなんだよねー」

『え!? そっか、実渕くんと根武谷くんと同じなんだ!』

「そんなに大人っぽく見える!?」

『あ、えっとその、黛先輩にため口で話してたから……』

「あー……、確かに。ゴメンナサイ黛センパイ」

「ごめんなさいね黛センパイ」

「悪かったな黛センパイ」

「今更過ぎンだよお前ら。つーか実渕はそうでもねーだろ」

葉山くんは頭を下げて。クスクスと笑みを溢しながら言う実渕くんが続き、無表情で悪びれも無さそうな根武谷くんが締め括る。黛先輩はやっぱり眉間に皺を寄せていて、舌打ちで悪態を吐いた。

京都の洛山と言えば、東京でも知ってるくらいそれはそれは格式高い名門校として知られているけれど。どこの学校にもこういうやり取りがあるんだと思うと、見た目や雰囲気が高校生に見えづらかったりするバスケ部の皆さんも年相応になる。

『仲が良いんですね、洛山!』

「「「「………………」」」」

まるで宮地先輩を弄る秀徳生に重ねて思った通りに言えば、もれなく赤司くん以外の皆さんは双眸を丸める。いや、黛先輩は丸めたりするどころか、より眼孔を細くして白い目でコチラを見た気がする。
この反応は、仲良くなかったのかな……? 青峰くんやさつきちゃんとはまた違った反応に失言を実感すると、あまり会話に参加していなかった赤司くんが京都のソレに相応しくやんわり微笑んで言った。

「えぇ、椥辻さんは幸せ者です」

『うん……?』

なんだか、日本語がおかしいような……?