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アリウムの唄

気づいて調べた。

異世界でもゲームでも何でも良い。とにかく、此処から出なくちゃならないわ。

一番最初にアメリカへ飛んだはずの鉄平がいることをみんなで責めたけれど、ココは確かにおかしな現実で。何が起こるか分からない。
だから、彼女は大丈夫だと何度言い聞かせても中々敵わない。
それでも決して暗示を止めたりはしない。 “彼女とはただ帰りが一緒だっただけ。正式なバスケ部員じゃない、関係ない” ───そう、ずっと唱える。

目覚めたときから拭えない一抹の不安を押し潰したくて、ぐっと拳を握った。
スカートのポケットに入ってた紙の存在だって怖いけれど、彼女を巻き込んでいないことの方が何より心配だわ。


「リコ、大丈夫か?何かあったのか?」

「紙のことなら大丈「いや、違う。他になんかあるんだろ」……鉄平……、」

眉を寄せた似合わない表情に、今度は私が責められているみたいだった。
天然な癖に人の気持ちには敏感だから困ったものだわ。こう言うときは嘘を言っても仕方ない。そう分かってるから、私は俯く。




WC以前とはまるで別人のような(実際事実でもあるけれど)赤司くんの言葉で、私たちは今部屋の探索をしている。

この部屋には開かない扉の他にもう1つ扉があって、そこにはソファーとダブルサイズのベッドが2つ並んだ寝室になっていた。おとぎ話に出てくるお屋敷を思わせる作りに、少し気分は上昇する。
姫だなんて柄じゃないのは自覚してるけど、女の子はこういうのを見るのは嫌いじゃないと思う。現に桃井さんだって青峰くんの裾を引きながら感嘆の声を上げていた。そうね、お姫さまなら彼女の方がお似合いだわ。

寝室を調べるのは海常と今吉くんを抜いた桐皇。その他の学校はアルファベットの解読をする人と主部屋の探索をする人に別れて行動している。私は頭を使う方が得意だけれど、赤司くんに緑間くん、桐皇の今吉さんに加えてあの花宮真までいる中に入るほど自殺願望はない。
部屋の後方にある本棚と、そこに並べられた一つの机を対象にして誠凛と共にこっちに回ることにした。

本棚にあるのは英語の文書だけかと思いきや普通に日本語の物もあって驚いたけれど、どれも知らない題名ばかりだ。
この床の色に似た赤い革の本を何となく手に取ってみる。【唄う___】、背表紙にある金の刺繍の最後は読み取れない。表紙には何も印字されていなくて、ぱらぱらとページを繰る。
そうしてふと思い浮かんだのは、歌うのが好きな此処にいない親友の姿で。その顔は鬱いでいたのだろうか。冒頭の鉄平の質問に戻る。
俯いたまま、私は本を閉じた。

「これはただの杞憂だから、気にしないでほしいんだけどね! その、さっきまでの一緒だったから……」

「さっき?」

「目を覚ます前は、あの子と日向くんたちと一緒に帰るとこだったのよ……!」

「あの子って、あいつか?」

鉄平が想像している人はきっと当たっている。正式なマネージャーのいないうちの部員と一緒に帰れる私の友達なんて1人しかいないのだから。
鉄平を見上げて、事情を説明する。

「新入生歓迎会の準備だからって生徒会室に残ってたらしいのよ。練習が終わって、体育館の鍵を返しに職員室に行ったときに丁度会ってね。一緒に帰ることにしたの」


『あ! リコ! バスケ部も終わったの?お疲れ様!』

「円香!? こんな遅くまで何してたの!」

『んー? 生徒会室にいた。新歓のプログラム順決め、最終調整したよっ!』

「全く、そういう家でも出来ることは私がやるって言ってるのに……っ、一人でこんな時間に帰るつもりだったの?」

『だってリコもこんな時間まで残るくらい部活してたんでしょ? 吹部は今日早く終わったんだ!』

「そうゆうことじゃないんだけど……。まあいいわ。とにかく! 日は長くなったといえ危ないから一緒に帰りましょ! 下に日向くんたちもいるから」

『うん! ありがとう!』


明るくて人気者で、周りを良く見ている賢い子。吹奏楽部の部長と生徒会長という、異例の役割を全うしているほどしっかり者でもある。
クラスメートはもちろん私だって彼女に助けられてきた。一人暮らしだから料理だって御手の物で、何度も合宿などで手伝ってもらったのだ。
だからこそ、この状況に巻き込んでいるなどあってはならない。

鉄平もそれを理解してくれているのか、困った顔で口を開く。

「そうか。 けどあいつはバスケ部じゃないから大丈夫だろ!」

「そうだけど! でも、たくさん手伝ってもらってるし……」

「リコ、言霊ってのは本当にあるんだからあまり言うな。ココにいないんだからちゃんと帰ってるよ」

彼の言葉にハッと口を一度閉ざした。
鉄平の語るスピリチュアル的なものは何処か信憑性があるから怖い。

それに、こういうのを一度口にしちゃうと心に溜めておこうと思った不安をどんどん暴露しちゃうから危ないのだ。やっぱり言うんじゃなかった。

「そうね。ごめん、暗いこと言って! あ、そう言えば私たち、突然消えちゃったわけだけど……、きっと皆驚いているわよね」

彼女のようにはなれないけれど、出来るだけ明るく話題を切り返してみる。
鉄平も楽しそうに笑って返してくれた。

「わかんないぞ? 案外時間が止まってるかもな!」

「それならいいんだけど、」

ここで、また手元の本に視線を落とす。燻みがかったそれは年季を感じさせて、革の手触りは地味に高級感を主張していた。
表紙にかかった埃を払うと少しだけ本来の赤みを取り戻したから、同じように背表紙を撫でようと引っくり返す。が、その途中、目を引いたのは裏表紙の厚さだった。

「……ん?」

どうしてさっきまで気づかなかったのだろう。明らかにこの本の3分の1を占めていたのは背表紙だったようだ。ご丁寧に重なる紙を偽装する線が本物そっくりに引かれているが、良くみればただの線でしかない。
何かあるのかしら。気になって裏表紙から本を開く。カバーはしっかり貼られていて取れそうにないけれど、

「箱みたい……」

捲って広げたページの左側を軽く指でノックする。真ん中辺りにコンコンと自棄に軽い音がして、そこだけ周りとの質が違うことが分かった。
うっすらと指でなぞれば、長方形の溝が薄く感じられる。

「鉄平! これちょっと持ってて!」

私は本を鉄平に押し付けて、そのまま自分のカバンを取りに走る。肩にかけながら筆箱を探り当て、中からハサミを取り出した。そしてそれをカッターにするみたいに開いて握り、同じくカッターの要領で溝をなぞっていく。長方形の薄い紙片が取れて、指が入る穴が開いた箱の扉のようなものが見えた。