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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

アリウムの唄

蔑ろにするのは許されない

間に空気を通せるようになった小さな輪っかを渡そうとして、ふと手を止める。真くんの表情はいつも通り不機嫌そうで、私が動きを止めてじっと見上げていることにすら嫌悪感を示した。

「……なに見てンだよ」

さっきも思った通り、彼はとても聡明でしっかり者で何でもできる。バカは嫌いだという彼がどこか抜けていると言われてしまう私なんかに付き合ってくれている理由を考え始めてしまえばそこは底無し沼で、答えなんか見つからない。
私は真くんにたくさん助けてもらってるしお世話になってるけれど、同じものを返せているかと問われれば土下座して詫びるしかない。

そんな彼は何でもできるからこそ、何でもひとりでやってしまう。だけどそこには、彼に危険が付き纏わない理由なんて何ひとつない。
とはいえ心配してることを伝えたって私の言うことなんかあんまり当てにしてくれないというか、そんなんじゃきっと気を付けてなんかくれない気がする彼にどうすればこの思いが伝わるだろう。

指で摘まんだ丸を見下ろす。そこから見えたのは私のものより長い真くんの指だった。

『……あ! いいこと考えたから手ぇ借りるね!』

「あ?」

もはや指輪を奪おうと伸ばされた右手をこちらから掴みにかかる。そのままぐいと引き寄せ、小指に指輪を填めた。だけど決して両手の力は抜かない。

「おいテメェ……!」

『汝は健やかなるときもそうでないときも無茶しないことを誓いますか』

「なっ、何言ってんだバァーカ! 普通に渡せ!」

『バカじゃないし誓わなきゃ渡しません!』

「ざけんな! いらねぇ心配するくらいなら寝てろバァーカ! 時間の無駄だろーが!」

だからバカじゃないってば……。舌打ちをする真くんはギロリと私を睨み下ろすけど、それくらいならもう怯まない。何も悪いことは言ってないし間違ってもない。
ギュ、と。真くんの存在を確かめるように、私の、というよりかは彼を心配する存在を確かめさせるように加えた力。真くんはそれが鬱陶しいと言わんばかりに眉間を狭くする。

だけど、こうせずにはいられないんだよ。

『無駄じゃないから誓って欲しい。……あのね真くん、私、真くんも大切だよ。ちゃんと、ちゃんと、真太郎と帰ってきてね……』

「……たりめーだろ」

『絶対だよ!』

「そーゆーのをフラグっつーんだよ黙れ」

『こ、言霊か!! 鉄平くんの言ってる言霊ってやつか!!』

「チッ、知らねーよ。こんなとこで潰す時間なんざねェんだからさっさと手を離せ」

『あ!』

離せ、と言いながら自分から離させる真くんはスタスタと歩いて行ってしまう。その後ろを追いかけながら寝室を出た。

それから二人で何をしてたんだと真太郎や原くんたちに聞かれ、指輪を填めて───って内容を話そうとしたけど、ふたりを引き摺る真くんによって叶わず。
彼らの向かった扉へと目をやれば、次の探索部隊が既に集まっていた。真くん待ちだったのか、申し訳ない。

真太郎と高尾くんと、あと瀬戸くんにも気を付けてねと送り出しの言葉をかけて、4人の背が角を曲がって見えなくなるまで扉から覗くように見送る。
ああ、私はずっと行く側だったから知らなかったけど、待つ側はこんなに不安になるもんなんだ……。



「円香チャン、忠犬ハチ公とちゃうんやからそろそろ戻ってきぃ」

『……はい』

頭を撫でながら言う翔一先輩に諭され、扉を閉める。真太郎と真くんがいないので誠凛の輪に戻ろうかなと思ったところで、肩を掴まれた。振り返れば相も変わらない人の良い笑みを浮かべる翔一先輩が向こうを指差す。
その先にいたのは彼とお揃いのカッコいい黒のジャージを着た数人と、青緑系統のパーカーを羽織る美少女がいた。び、美少女だ、本当に。

「いやぁ、円香チャンにワシのチームメート紹介しとらんと思ってな。自分さえ良ければちょっとだけワシらんとこ来ぉへん?」

翔一先輩の誘いに、私は是非と頷く。
ふたりの強面な人たちの様子は怪訝なものだけど、彼らにも私のことを知ってもらわなくちゃいけない。

探索に出ていなくても此処にいて良いと言ってくれた。それは役割を持ってなくても構わないってことと同じだというのは分かってる。
でもだからって何もしないのは無理だ。私が此処にいるのはきっと意味があるんだろう。だってそうじゃなきゃ説明がつかない。
喘息とか一人暮らしとか、真太郎たちを困らせる人質になるには都合が良い要素が揃っているのかもしれないけど、それならそうで私は犯人の予想外の行動を取るべきだ。

翔一先輩と大坪先輩だけでなく海常や氷室くんたちのキャプテンが与えてくれた信用に応えたい。


手を引かれてその集団に向かう途中で、桃色の女の子と目が合う。背筋を伸ばされたのがわかった。
怖くて、不安なことがたくさんあるんだろう。いつも堂々としていて男顔負けの度胸や覚悟があるリコですらこの状況には参ってるんだ。
彼女たちのために私が出来ることなんて限られてるかもしれないけど、せめてその限界までやりたい。

「今吉さん、そいつ、」

「あんなぁ若松。ワシの可愛い可愛い後輩やねん、そない目で見たらアカンで。さ、円香チャン、この柄悪いのが桐皇学園バスケ部や」

「柄悪いって何だよ」

「自分が代表やろ青峰」

「あァ?」

「大ちゃん!」

「スミマセンスミマセン!」

「なんで桜井が謝るん」

自己紹介をする場を逃してしまった。思ったより喋る人たちらしく、次から次へと口が開く。
翔一先輩に諫められた金髪の若松さんは舌打ちをして私から目を逸らした先で唯一喋らなかった人に頭を叩かれてしまった。

「そういう明らさまな反応をするなってことだろ。……椥辻さん、だったよな?」

『は、はい! 誠凛の椥辻円香です!』

「うん、堅苦しくしなくていいから。俺は今吉と同級生の諏佐良典。今まで何度も探索しに行ってくれてありがとな」

『いえ!! あの、こちらこそ、そう言ってくださりありがとうございます…!』

頭を下げて、感動を沈める。
……大丈夫。やっぱりここは、敵だらけの空間なんかじゃない。疑う方が信じるよりも難しいのに、そっちを選んでくれる人がいるんだ。ゲームに例えるのはアレだけど、言わせてもらうならハードモードじゃない。

「喘息の方は大丈夫か?」

『はい! 全然平気です! お騒がせして済みませんでした!』

「そうか、それなら良かった。───ほら、お前らも挨拶しろ」

「でもコイツは、「あ!あの!!」

色素の薄い髪を持つお兄さんを遮って、桃色の美少女が立ち上がる。……わぁ、身長もあってスタイル抜群だ……。モデルさんみたい。
私を見下ろす瞳の色もきれいだなぁ、なんて思っていると、ガバッと頭を下げられた。

「わ、わたし! 桃井さつきっていいます!! 桐皇バスケ部のマネージャーなんですけど! あの! あの!!」

『う、うん?』

「落ち着きぃ桃井。円香チャンは逃げたりせんで」

「あっ、ごめんなさい、その、ずっと、は、話したくて……!」

両拳を胸の辺りで握って、綺麗で大きな形の目を開いたまま食いつかんばかりの勢いで口を動かす。のだけど、言いたいことが纏まっていないのかこんがらがっているのか。
私の後ろにいる翔一先輩に諭された彼女は恥ずかしそうに開いた手で髪を耳に掻き上げた。うーんこれは……、

『───かわいい……』

「え、」

『ぇ、あっ、ご、ごめんなさい! つい本音が!! えーっと、あ! 話したいと思ってくれたって、本当?』

「はい!」

口をついて出た言葉を誤魔化すように話を転換させたのだけど、美少女───もとい、桃井さんは元気よく頷いてくれた。自分から聞いといてなんだけど、そんな風に素直に肯われると逆にこっちが恥ずかしくなってしまう。
急に顔を隠したくなったのだけどそれは避けたくて、そのまま制服のスカーフの端を弄っておく。

『へへ、そっかぁ。うん、嬉しいな』

緩む頬も隠さずにそう言えば、「椥辻さんこそ可愛いです!!」と言われた。なんだろうこの褒め合い……。


『桃井さんは、私と同い年ですか?』

「えっ!? いえいえ! 私は1年生で、みどりん…緑間君と帝光中で一緒でした!」

『あ、そうなんだ! 大人っぽいね!』

「老けてるってよ」

「大人っぽいって言ってくれてたでしょ!! 大ちゃんこそ悪人面じゃないバカ!!」

「うるせーな!! 誰が悪人面だ!!」

突然始まった桃井さん───いや、年下ならさつきちゃんと呼ばせてもらおう───と、その隣の青い髪の男子との喧嘩にポカンと開いた口が塞がらない。思わず翔一先輩を見上げてしまう。

「桃井、自分円香チャンと喋りたかったんやないんか」

「はっ、そうでした! えっと、あ、このガングロはアホ峰大輝って言って「おい今なんつったふざけんな」この人も帝光中だったので緑間くんとはチームメイトなんです!「無視かよ」

『へぇ……、二人は仲良いんだね!』

「仲良くないです!」「仲良くねーよ!」

『そ、そっか、』

ガミガミ言い合えるだけ心を許してると思うんだけどなぁ。何だか認めない辺り真太郎と真くんみたい。
少し微笑ましくなりながら2人の否定を曖昧に流していると、アホ峰ならぬ青峰君が私を見上げる。目が細いから何だか睨まれてるような気がするんだけど、数時間前のランタンの件やさつきちゃんとの会話を聞く限り見た目ほど怖くない人だと思う。

「オメー、もう苦しくねーの?」

────ほら。やっぱり、優しい人だ。

『うん、大丈夫だよ。ありがとう』

そう答えれば、少し気まずそうに顔を逸らされた。「あっそ」と反応するぶっきらぼうさがまた真太郎や真くんを思わせる。

その次に自己紹介してくれたのは先程ペコペコと頭を下げていた男の子だ。

「ぼっ、僕は1年の桜井良です! あの、たくさん探索に行ってくれてありがとうございました! その、何も出来なくてスミマセン……」

『いやいや! 謝ることじゃないよ! 人には得手不得手があるし、私はこういうのよく知ってる方だから! その代わり、バスケはからきしなんだよね。 ……、……だから』

そう。私は、バスケのことをよく知らない。幼馴染みがバスケにハマったきっかけや楽しそうにボールをつく姿は確かに見たことあるけれどもう何年も前のものだ。

帝光中学校に入って副部長になったとき、真太郎はその報告と共に私がバスケと関わるのをやめるよう言ってきた。理由は教えてくれないけどその瞳が真剣すぎて、頷かざるを得なかった。
鉄平くんに誘われて入った誠凛で、彼や真太郎だけじゃなく真くんや翔一先輩もやっていたバスケ部に入ろうと思っていたのを諦めるくらいには。

私は。彼のソレを支えることができない。彼が一番大切にしていることに手を出せない。それはとても心苦しかったけれど、実は去年までの話。
合宿で鉢合わせしたときに初めて見た真太郎の姿が、一瞬でそれをなくした。そして今。ここにいるメンバーを見て、私なんかが居なくても全然平気なことを改めて確信したんだ。

『だから、バスケしてる真太郎……秀徳の緑間くんのこと、よろしくね』

「「はいっ!」」

「俺はパス」

「大ちゃんッ!!」

……うん、やっぱりさつきちゃんと青峰くんはきっと仲が良いんだろうな!