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アリウムの唄

自分自身を示すもので

頷いた私に、赤い瞳はとてつもなく興味を掻き立てられたのかもしれない。だけどどこかで私がそう答えるのも分かっていたのか、驚くことはせずに無言で続きを促してくる。

宮地先輩の手元にある本はものの見事に英語だ。でもこれくらいなら、何となく読める。大意は掴めた、と言うべきかもしれない。

「えっ、ちょ、俺たちなんも見えてないんで宮地サン訳してくださいよ!」

「あぁ? ったく。えーっと、“馬に乗ってバンベリークロスに行こう。白い馬にまたがった女に会おう。指にリング、つま先にベルをつけて。楽しい音楽を聞かせてくれる”みたいな感じじゃねーの」

宮地先輩の訳を自分のと比べながら、私はコレクションルームの中をもう一度頭の中で思い出す。うん、大丈夫。例え違ったとしてもやり直せないタイプではない。
現実世界の今、大切なのはそこだ。やり直しが利かないものは出来るだけ提案しないようにしないと。

「それで、円香チャンは何が分かったん?」

翔一先輩の問いに、私は手に持っていた指輪を皆が見えるように床の上に優しく転がす。

『今のバンベリークロスに出てくる白い馬とその子に股がった女性というのは、赤司くんの言う通りコレクションルームにあった石膏像だと思います』

そう言えば、隣の高尾くんが閃いたような声を出してから同意を示す。「あー確かにそういうことか〜」という台詞には何人かの人が目力を弱めた。こういう少し軽いテンションの言葉だとしても、私以外のモノであれば私の考えの信憑性を底上げしてくれるので有り難い。

目の前にいる、桃色の髪をした女の子の左側で片膝を立てて座る色素の薄い短髪の男性が「理由は何だよ」と尋ねてくれた。
でもその視線は居心地の良いものじゃなくて、彼の口を動かした原動力もきっとただの疑問なんかじゃないんだと覚ってしまう。あぁ、やっぱり誰かに真っ向から疑われていると感じるのは辛いなぁ。なんて、表情には出さず拳に送り込んで、彼を見返した。 “目は口ほどに物を言う” ならば、言わせてみようホトトギス!

『指輪とベルもちゃんと揃っています。ベルはコレクションルームの展示品の中に、それこそ中世に流行ったファッションアイテムと説明付きでありました』

「あっ、そういえば石膏像は足にだけ本物のブーツ履いてたって言いましたけど、それには何本か紐がついていたのでベルもつけられると思いまーす!」

高尾くんが片手を挙げてぶんぶん横に振りながらまた補足をしてくれる。

「芸当の準備を、ってことは、そいつに装飾品をつけてやるってことか」

宮地先輩が私を横目に見ながら言ったので『はい』と返しながら、彼の目の前にある斧を手で指した。

『ベルは展示品ケースの中にありますが、そこの斧を使えば割れるかもしれません。もし割れなかったらその時点でこの考えは振り出しに戻ることになりますが、やってみる価値はゼロじゃないと思います』

「なるほど。それでは宮地さんが持っておられるその鍵もそのグループに部屋を探してもらうことにしましょう。他に何か気づいた点は?」

『私は特には……』

「俺も無いよ」

高尾くんと顔を見合わせながら答えると、この会議は終わりになる。



それから赤司くんと翔一先輩はこの前と同じように各校の主将と私を寝室に呼んだ。自然に真くんと翔一先輩に挟まれる形で探索のメンバーを決める。

「ひとり、一応コレクションルームに行ったことがある人をいれたいですね」

『じゃあ私が「あー、あかん。円香チャンはそろそろ休憩入れんと。ずっと探索しとるからな」

挙げかけた手を翔一先輩に握られて一緒に下ろされる。『でも、』と不服を飛ばす前に「みんなええよな?」と主将を頷かせてしまった。あっという間に決定してしまった待機指示に、私はぎゅっと翔一先輩の手の中で力を込める。

……私がみんなに信用してもらって尚且つ存在意義を立てるには、ゲームの知識を役立てることが一番の近道であって有効な手だ。例え仲間意識でなくても、私の居場所を作らなくちゃ。……じゃないと、真太郎や真くんたちを守れない。
離れるときは、自分なりに足手まといだと自覚したときがいい。それまではどうか、と願うのは、自己中なことだろうか。

それとも既に、……何かしら下手を働いてしまった……?こんなこと考えるのは嫌だけど、翔一先輩も私を本物の “椥辻円香” ではないと疑ってるの?

一人俯いてぐるぐると頭の中で思考を回していると、翔一先輩が私を呼ぶ。その声はやっぱり、優しくて。疑われているなんて思えないもので。

「───探索に行かへんでも、自分は此処にいてええんやで」

『っ…………』

「一度も探索に出とらん奴がいっぱい居る。なのに円香チャンだけにそれを強要するんはおかしいやろ」

『で、も、』

「あん時黄瀬や他の連中に申し出たことを止めろとは言わへん。むしろそうすべきや。せやけど、円香チャンだけに負担かけるんはまた訳がちゃう」

“しかもそれは先輩としても男としてもなんやカッコ悪いやろ?” と笑みを濃くした翔一先輩が、私の手を握り直す。
息が、詰まる。……違う、喉から込み上げる息を、止める。

「……椥辻」

ぼやける寸前の翔一先輩から目を逸らせない私を呼んだのは、名前は分からないけど袖が紫色をしているジャージを着た、宮地先輩より色素の薄い髪色をした人だった。私の丁度向かいにいる彼は、少し唇を尖らせたかと思えば次の瞬間に潔く腰を曲げた。

「そんな風に思わせて、悪かった」

『え!?』

「今吉の言う通りカッコ悪いわ。お前も女なのに、他のふたりと同じように出来なくて、…………申し訳ない」

『ちが、違います! 探索に出るのは、私がそうしたいからで……!』

「それでも、本来なら俺らは止めるべきだった」

新たに聞こえた声の方を向くと、またすごい勢いで顔を逸らされる。だけどよく見ればその頬は真っ赤に染まっていて、黒子くんの言っていたことを思い出す。確か女性が苦手な、黄瀬くんの先輩。左胸元にある “海常” は苗字ではなく学校名だろうけど、私は知らない高校だ。

「……そ、れに、……俺は、…………お前を、棺桶を直ぐに開けなかった、から……お前を、苦しめた、」

その言葉にまずは驚きを覚えた。火神くんに聞いたのは氷室くんと紫原くんの名前で、それはたぶん氷室くんと兄弟のような関係だからだったらしい。私も名前を聞いてふたりを見たときに紫原くんがお腹空いたと言っているのを聞いたから、その話はそこで区切って話しかけに行ってしまったし……。まさか他にも助けてくれた人がいたなんて。
それに、先輩が顔をしかめて途切れ途切れに言うのは何となく私が女子であることだけが理由じゃないように思えて。ふるふると首を振る。

『せ、先輩が悪いんじゃありませんっ! 私、先輩に直接お礼すら言えてなくて、謝るのは私の方で……!』

「な、何でお前が謝るんだよ! 俺の方が悪いだろ!」

『直ぐに開けなかった判断は正しいと思います! 私だって、私じゃなくたってそうしてます! だから……!』

「落ち着けふたりとも。押し問答で埒が明かないだろ。笠松は悪くないし、笠松に助けられたことを知らなかった椥辻も悪くない」

仲介に入ったのは大坪先輩で、呆れたように息を吐くと私を見る。

「俺もお前に謝りたい、椥辻」

『え、』

「理由は福井と笠松と同じだ。……居心地悪かったよな、ごめんな」

『ッ…………!』

耐えきれなくて、目の縁に溜まっていた物が落ちた。ぎゅっと翔一先輩の手があるのにそこにまた力を加えながら、真くん側の方の手でそれを拭う。泣いちゃダメだ、泣く子は面倒くさい。嬉し泣きだと伝わらない涙は、誰かを困らせるだけだ。

「あーあー、みんなしてワシの可愛い後輩なにイジメとるん」

『ごめ、ごめんなさ……ッ』

言わんこっちゃない。翔一先輩がポンポンと頭を優しく撫でるように叩くのを感じて謝れば、「円香チャンは悪くないやろー」と頭を先輩の身体に引き寄せられる。温かくて広い胸。黒い桐皇のジャージは、涙が染みても目立たないから助かるな、なんて。ぎゅっと空いてる方の手で先輩の服を掴む。

安心と安堵に浸っていると、後ろからボソリと声が聞こえた。

「チッ、ロリコンかよ」

「おっと、誤解やで花宮。ワシの手を離すまいと力をギューッと仰山くれたんは円香チャンやもん」

「もんじゃねェよキモい死ね!!」

『ま、真くん……!』「けったいやなぁー」

翔一先輩の言葉に動揺したのは私で、確かに力を込めすぎたと翔一先輩の手から咄嗟にそれを抜いた。そうしたら真くんが物騒な言葉を飛ばすもんだから、慌ててふたりの距離を取るように真ん中に戻る。真くんは確かに普段から口が悪いけど、翔一先輩に対するそれとは何か種類が違うと言うか……。とにかく本当に心から叫ぶから困るんだ。


これまで喋らなかった赤司くんが口を開いたのはこのときで、私たちに苦笑を浮かべていた。

「……それなら、椥辻さんは待機と言うことで宜しいですね?」

『…………』

「宜しいやんな?」

『……ハイ……』

翔一先輩から刺さる同意に、渋々頷く。頂いた親切は嬉しいけれど、やっぱり不甲斐ないなぁと思うのは仕方ない。

そのあと私の不参加を聞いて手を挙げたのは大坪先輩だ。

「そしたら前探索班からは高尾を出そう。連続にはなってしまうが、知識も鷹の目もあるからな」

「緑間も連れて行ったらええと思うで。コンビやし、緑間も一緒にホラゲー観とるんやろ?」

『あ、……はい』

真太郎の名前が出て思わず顔と沈黙に出てしまう。私が行かないのなら、チェスの駒を確保する為にも真太郎が行かなきゃならないのは明白だ。二者択一というのは便利さもあれば勿論不便さもあるわけで、でも今の場面でこのことは酷く利己欲に忠実な意見に過ぎない。

前回は私も一緒だったから良いけれど……、やっぱり目に見えない所にいられるのは不安だ。なんて思うのを、翔一先輩が目敏く察してくれた。

「……緑間が心配なん? せやったら花宮も行ったらええ」

「はァ?」

『それなら安心です! 真くん、真太郎が無茶しないか見ててくれる?』

「ざけんな。何で俺が、……ンな目で見んなよクソが!行きゃあ良いんだろ行きゃあ!」

『えっ!? あ、あの、行きたくないなら行かなくていいよ!? 真くんにだって怖いものとかあるだろうし……!』

「誰が怖いっつったよバァカ!」

『!? じゃ、じゃああのえっと、部活終わりだし疲れてるなら休んでても……、』

「行くっつってんだろ黙れ!」

なぜか怒られてしまったが、真くんがいるなら鬼に金棒だ。聡明さは翔一先輩に劣らないと思うし、謎解きなんて私よりも快刀乱麻に解決して見せるだろう。

「地味に誘導尋問になってねーか?」

「おん、その通りや福井。ま、毎度のこっちゃな」

「本人は無自覚だしな」

翔一先輩、紫原くんや氷室くんと同じ学校のジャージを着た金髪の先輩、大坪先輩の3人の話す内容は聞こえなかったけれど、赤司くんが軽く息を吸う音は聞こえた。

「それでは、探索のメンバーは花宮さんを中心に緑間、高尾、……他にもうひとりぐらい同行してもらいたいのですが」

「瀬戸でいい。決まったならさっさと行くぞ」

瀬戸くん、ってあの、オールバックの人だよね。二度も推薦されるなら真くんにとても信頼されている人なんだと思う。


話は終わったと言わんばかりにひとりで扉に向かう真くんだったけど、ドアノブを掴んだところでこちらを振り返った。真くん以外はまだ円を崩そうとしている最中だったから、彼のその様子を皆で何となく見つめる。
そんな中で呼ばれたのは私だった。

「オイ円香、石膏像につける指輪貸せ」

『あぁ! うん、今渡すね』

すっかり忘れてた。言われて中指を思い出したように見る私に、真くんは呆れたような顔をしてドアノブから手を離す。
代わりに円を崩したみんながそのドアノブを引いて部屋を出ていくのを横目に、翔一先輩のアドバイスを受け無くさないよう中指に填まっていたそれを引っ張った。