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アリウムの唄

言葉も行動も選択も全て

「もっと説め「円香サーン! 何かありましたー?」

宮地先輩が何か喋っている途中で、主室の方から高尾くんが扉を開けた。ドアノブから慌てて手を離す。向こうの部屋では黛先輩が時計を見上げていた。

『うん、一応! 高尾くんたちは?』

「全体は見たんですけど特には何も。何見つけたんですか?」

『たぶん指輪なんだけど……、枕カバーの中にあるから今から書斎に行って真くんたちにアレ借りようと思って!』

「アレ? ……あぁ、そういうこと! それ俺も行きますよ」

直ぐにピンと来たのか、同行を申し出てくれる高尾くん。……そう、未だ怪しまれている私が一人でアレを手にするのは疑心を膨らませてしまうだけだ。

『あ、宮地先輩にも付いてきてもらうんだけど……、みんなで行くべきかなぁ』

「……宮地と高尾は元からお前の知り合いだろ。監視役として此処にいる俺と行った方がお前の怪しさは減る」

「ちょ、黛サン……っ、」「お前な……、」

ストレートに言ったからか高尾くんと宮地先輩は黛先輩に困った顔を見せるが、その通りなので私はそんなに気にならない。それに、黛先輩も私の怪しさを軽減させてくれようとしているんだと分かって心が温かくなった。無表情で淡々としているけど、優しい先輩なんだと思う。思いたい。

『そうですね! じゃあ済みません、やっぱり宮地先輩と高尾くんは引き続きビップルームを探索してもらって、私は黛先輩とちょっと書斎に行ってきていいですか?』

「良いも何もそれしかないだろ。……行くぞ」

『はいっ!』

さっさか部屋を出てしまう黛先輩を小走りで追う。後ろから宮地先輩が轢くだの刺すだの物騒な声をあげていたけど、黛先輩は止まらない上に何かとハイスペックな高尾くんもいるので私も止まらなかった。ごめんなさい宮地先輩。



ふたりで直ぐ右手にある部屋をノックする。中から聞こえたのは赤司くんの声だ。

「───合言葉は?」

「……何つったっけ?」

『……吸入器です』

それ、ここでも使うんですね。黛先輩の問いに答えれば、それ自体が合言葉の確認になったらしい。がちゃりと扉が開いて、赤い瞳に私たちが映る。

「黛さん、椥辻さん。どうかされましたか?」

「お前らの中で誰かナイフ持ってたろ。貸せ」

怪しさを払拭するために来てくれたはずの黛先輩が先陣切って助長させてしまった。慌てて補足をする。ベッドの枕の中に何か入っているからナイフで開けて取り出したい旨を聞いた赤司くんが、「そういうことですか」と苦笑いした。
持っていたのは彼本人で、ジャージのポケットから刃を柄の中にしまえる折り畳み式のそれを取り出した。片手で一度振って、その勢いで刃を出して見せる。黛先輩にそのやり方を説明していた、のだけど。

私は、赤司くんの手の中で光る銀が急にとても恐ろしく感じた。鈍く光るソレに、酷く胸騒ぎがする。見たくない。目を逸らしたいのに、どうしてか逸らせない。冷や汗が背中を伝った。書斎の中から微かに薫る紙の匂いや彼らの会話が遮断される。心臓が直ぐ耳元にあるみたいに、鼓動が傍で聞こえる。

─────「────…い。おい椥辻」

『…………』

聞けよ椥辻

『っぅわ! びっくりした……』

上からコツンと軽い拳骨を喰らったとき自分でも驚くほど身体が跳ねた。バクバク言っている心臓はその音と速さこそ変わりはしないけど、それでもちゃんと体の中に仕舞われたらしく内側から感じることが出来た。
そうされて漸く、自分の意識が遠いところにあったような感覚に気付く。我に返るとはこういう事を言うのだろう。

謝ろうとは思ったけど、黛先輩を見上げるよりも早く自分の視界に違和感を感じる。私から赤司くんや部屋の中は半分しか見えなくて、もう片側は先輩の背中だ。それだけじゃなく、がっしりと腰辺りのジャージを両手で握り締めている。

「椥辻さん、どうかされましたか?」

次に話しかけてくれたのは赤司くんだ。視線は自然と彼の手に向かう。茶色い木製の柄の先に刃が無くて、私はホッとした。
……ホッとした? 何で? 赤司くんが何をしてくる訳じゃないって分かってるのに、私は何でアレが恐かったの? 自問をしても自答は出てこなくて、ただ一抹の不安だけが胸の辺りをもわもわと覆う。

そんな私を自分の世界から再度引きずり出してくれたのは黛先輩だった。

「おい。だから人の話を聞けよ」

ペチンと音を立てて、今度は拳でなく手のひらで旋毛の辺りを叩かれる。私の身体は性懲りもなくまた跳ねて、漸く黛先輩の顔を確認した。感情の読み取りにくい表情、だけど冷たさは感じない。そう思える私は都合が良いのだろうか。

「ナイフは受け取った。戻るぞ」

『あ、はいっ』

「…………俺たちはそろそろ集合部屋に戻りますから、ナイフはそのまま黛さんが持っていて下さい」

赤司くんの言葉が聞こえる時には既に背を向けて歩き始めていた黛先輩だが、ひらりと片手だけ挙げて応える。振り向いていた私がお辞儀をすると、赤司くんはあの綺麗な微笑みで返してくれた、気がした。というのも、ちゃんと確認しない内に黛先輩の背中を追いかけてしまったんだ。

────だから私は、このときの彼の探るような視線なんて知らなくて。刺さった心地すら感じなかったのはもはや自分の鈍さが責任だと思う。そう反省するのはもっと後の話だ。



黛先輩と共にビップルームのさっきの部屋に戻ると、他の部屋を探索しに行っているのか高尾くんと宮地先輩はいなかった。ずんずんと進む先輩の後ろを追って、寝室に入る。

「どっちの枕だ」

『あ、これです』

こちらに足を向ける形でふたつ並んでいる内、左側のベッドにある枕を取って黛先輩の前に差し出す。
ナイフの柄を握った彼は赤司くんに教わったように刃を出そうとした、のだけれど。私と一度目線を合わせた後で枕を奪い取った。

「自分で持った方がやり易い。お前は宮地たちを探してこい」

『はい、分かりました』

ナイフの刃を出す前にそう指示されて、私は特に断る理由もなく寝室を出る。もうひとつ扉を開き、目の前の廊下の突き当たりを左に曲がった。

右手側の壁にふたつ分の扉が見える。手前のそれは扉こそ開いたけど誰もいなかった。作りはさっきの部屋と同じで、奥に寝室がひとつ備えられている。そこの部屋を出てもう片方の扉の前に立ったとき、丁度良く開いて高尾くんと鉢合わせた。

「円香サン! 帰ってきたんですか!」

『うん、今黛先輩が枕調べてくれてる……、よ? っひゃあ!!!』

高尾くんの後ろからこちらに近づいてきていた宮地先輩はとてつもない笑顔だったわけだけど、それはこちらの警戒心を欺く罠で。高尾くんの頭の横を通った長い腕と、その先の大きな手のひらが私の頭をがっしり掴んだ。そしてそのままぐらぐらと色んな方向に揺らされる。

「オメーは何なんなんだ? あ゙? 俺の話も聞かねーとは随分ご立派になったじゃねーか灼くぞ」

『ご、ごめんなさ……っ、でもあの、まって宮地せんぱ……! よっ、酔っちゃいますこれーー!』

「ハッ! 丁度いいお仕置きじゃねーか!」

「宮地サンまじドSwwww」

「うるせーよ高尾!」

─────「……オイそこの愉快な仲間ども。遊んでる暇があるなら俺のアイテムを確認しに来るとか隠し扉調べるとかしたらどうなんだ」

ふと、私が来た方向から黛先輩が離れた場所より御尤もなお言葉をかけてくれる。少しだけ眉間を狭くしていて、私はこの時初めて無じゃない先輩の表情を見た。
黛先輩の声で宮地先輩はあっさりと手を離して、私は高尾くんと一緒に素直に『「ごめんなさい」』と謝る。

鼻からため息を吐いた黛先輩は私たちに近づくことはせず、その場で親指と人差し指をオーケーの形にして見せた。ただし、その間にはもうひとつ輪っかが存在している。

「なんだそりゃあ。指輪か?」

「枕の中に入ってたやつだ。それもダイヤっぽいのが付いた指輪。本物かパチもんかは赤司辺りが判断できるだろ」

他の部屋は見終わったらしく、私たち3人が出口に近い黛先輩の方へ歩く。宮地先輩と高尾くんはさっき私が入った部屋で鍵を見つけたらしい。



4人でビップルームから出て、みんながいる部屋への道のりを歩く。途中黛先輩が「無くしそう」と言って私の手にダイヤ(仮)の指輪を乗せた。照明の光を一つに集めて光るそれを、隣にいる高尾くんが覗き込む。

“ダイヤの指輪” と言われるこのリングを見て、おしゃれな装飾品として使うアクセサリーというより “婚約指輪” を先に想像する辺り、私もまだまだ女の子として捨てたもんじゃないはずだ。
四角い立方体の小さな箱を、相手からコチラに向けて開けてもらうあのシチュエーションに出てくるようなイメージを覚えさせる。

「指輪か〜。誰かに渡したりすんのかな」

高尾くんの見解は私と同じで、どちらもホラゲの経験測だ。イベント攻略に必須なアイテムとして時おり登場するから。

『そうなると必然的に敵が出てくるね…』

「はあ!? マジかよ!」

『あ、でも時々悪意のないイベントキャラもいますし……っ! そうであることを祈りましょう!』

「そ、そうっすね!」

宮地先輩の迷惑そうな声に、私は慌てて補足を加える。高尾くんも協力してくれたけど、宮地先輩は部屋に戻るまで嫌そう、というか深刻そうな顔を崩さず手に持った斧を何度も確認していた。
やってしまったよ私のバカ。不安を煽ってどうするの。宮地先輩のことだって守りたい。それは物理的にも、精神的にも。体力勝負になったら活躍なんて出来なくなる私は、謎解きや考察以外で後者の方にも尽力するしか役には立てないのに。
もう一度、自分の発言にちゃんと責任を持つことを意識し直すようにしっかりダイヤの指輪を握る。



部屋に戻ると赤司くんや真くんもいて、案の定真太郎とリコと、今回は伊月くんと鉄平くんも真っ先に私のところに来てくれた。
二、三言だけ安否確認のようなものを交わしている間に報告の為の円陣が形成されていく。私は安心させるために笑顔で1人に手を振りつつ、宮地先輩と高尾くんの間に座った。

ヘルプアイテムとなる書斎組には特に報告することはないようで、必然的に私たちの話がメインとなる。
まずは怪しいと思われる石膏像が本物のブーツを履いていたことと、あの振り向いたウィー・ウィリー・ウィンキーの絵をピックアップしつつ、コレクションルームの様子を大まかに説明する。それから宮地先輩を脱出させた “グレートワールド” の話になった。皆の顔が歪む中で脱出方法や手に入れたアイテムを宮地先輩と高尾くんが説明する。

続けてビップルームの場所とそこで見つけたものも同じようにふたりが説明して、考察タイムとなった。こうなると、私にも出番が回ってくると思われるので、少しだけ背筋を伸ばし直す。

「Wee・Willy・WinkyとGreat Worldは、さっき書斎で見つけたマザーグース全集の中に載っとったで」

「それと、書斎で見つけた “バンベリークロスにいくなら……” というメモの内容ですが。コレクションルームに馬に股がった貴婦人の像があったなら、やはりそれもマザーグースにおけるこの話のことを指すのではないでしょうか」

そういって赤司くんは最初に黛先輩に見せる。3秒ほどで目を通した彼は次に隣の宮地先輩に本を渡したので、私もそれを覗き込んだ。

──Banbury Cross──

Ride a cock horse to Banbury Cross.
To see a fine lady upon a white horse.
With rings on her fingers and bells on her toes.
She shall have music wherever she goes.


……ものの見事に英語だ。でもこれくらいなら、何となく読める。そうして予想通り、赤司くんは尋ねるのだ。

「何か次の行動のヒントになるものはありますか、椥辻さん」

皆の視線が集まるなかで、私はしっかり彼の目を見て頷いた。