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アリウムの唄

“唯一”という証が必要だ

『……ってことは、宮地先輩は偉大なるお人ですね』

「はぁ?」

俺を偉大だと言った台詞に、思わず声が出た。そんな俺に椥辻は少し困った顔で微笑む。

『あの、そこの扉を開けるのに繋がるかもしれないこと思い付いたんですけど、聞いてくれますか?』

「えっ、円香サン分かったんすか!?」

『他に斧もあったならもっと信憑性が増すんだけど見当たらないんだよね……。でもとりあえず今見つけられたヒントで考えるならそれしかないかなって……』

高尾にそう言った椥辻はこっちに駆け寄り、ガラスを触る。

『宮地先輩のいるそこは【Great World】、つまり偉大なる世界で、斧と樹と海がひとつずつあります。逆に言えば、たったひとつしかありません。……なら、それらは偉大なる斧と偉大なる樹と偉大なる海になりませんか?』

椥辻の考えに、高尾が叫んだ。

「確かに!! 海の絵と樹の説明に当て嵌めるならそうなるかも!」

「ということは。宮地がその斧で樹を切って、それをその海の絵にぶちこむのか?」

言いたいことは良く分かった。黛が言った通りにすれば上手くヒントを使えている。
……ただし。俺はチラリと横にある絵を見た。これだけは本物の海ではなく、文字通り絵で。

「ぶちこむってゆーか、ぶち破ることになるけどいいのかよ」

飛沫が出来るとは思えねーんだけど……。

「まあ、物は試しですよ宮地サン!」

「……まあやるしかねーよな。違ったら取り返しつかねーけど。頑張れ宮地」

「お前らなァ……」

黛がサラリと言った一言が明らかに重い。男共が他人事を並べるそんな中で、椥辻はひとり、俺を庇うように背中を向けて両手を横に広げバタバタと上下に振った。

『いえ、あの! 言い出しっぺですが実行は待ってください! もう少し部屋を調べてからにしましょう!』

「え、」

『ゲームだったらここでセーブしてから試して、それがダメでもスタート画面に戻ってロードでやり直せますが……、今はそんなことは……、』

俺の胸の辺りで軽く頭を俯かせて、苦しそうに言う椥辻。……ったく、なんでお前がそんな声出すんだよ。ガラスがなけりゃあ今すぐその頭引っ叩いてやったのに。
はあーっとため息をつきながら、さっきよりは軽い力でドンッと椥辻の後頭部真後ろに当たるガラスを殴る。びくっと肩を跳ねさせて振り向く椥辻を見下ろしてから、黛に訊く。

「探索時間、残り何分だよ」

「……あと20分ほどだ」

「こんなにでかい部屋で俺が小さなハコから脱出しただけとか、そんな報告できねーだろ」

ずっと持っていたモップの柄を手から離す代わりに床に刺さっていた斧を持てば、椥辻は向きを変えてガラスに引っ付いた。

『待ってください宮地先輩っ! ホントにハズレだったらどうすんですか!?』

「お前の言う通り、このブースと外に共通してあるものはもう見ただろ」

『でもっ、まだ額縁の裏も全部見てないですし他に何かヒントになるものだってあるかもしれなくて……!』

「宮地サン! 斧刺さってた床の穴、何かありません!?」

「あ?」

「……紙っぽいな」

いつの間にかガラスの側でしゃがみ込んで穴を覗いていた高尾が言った通り、足元の裂け目に白いものが入っている。近付いた黛の読みも当たっていて長方形のカードを抜き取った。

「……偉大なる樹を切り崩せし偉大なる斧、だってよ」

「……ここまでくれば椥辻の案は正解なんじゃないか?」

『そうだといいんですけれど……』

未だ不安を隠せないで俺を窺う椥辻。だが確かに、これまで出てきたヒントを見ればそれしか思い浮かばないのも事実だ。

「よし、俺はやる」

「普段斬るだの刺すだの言ってますし、漸くそれらが実現出来ますね宮地サン!」

「高尾うるせーぞ!」

『あ、あの宮地先輩っ、気を付けて下さいね!』

「言われなくても気を付ける。さっさとこっから出るぞ」

気を付けるっつったって、何にって話だけど。とりあえず、斧でこの植物ぶった切りゃあいんだろ?
斧なんて初めて持ったからテレビとかの見よう見まねだが、横に振りかぶって斜めに刃を入れる。細いから一発で行けると思ったけどやはりそんな簡単な話ではなく、刺さった反動が肘を通り抜けて肩にまで走り抜ける。顔をしかめたら椥辻がギュッと手を握ったりするのが視界の端に映って、なんか無性に苛ついた。

グイグイと前後左右に動かしながら刃を抜いて、もう一発分構える。てかあと一発で終わらせる……!

「っオルァ!」

意気を吼えながら一撃を見舞えば、ボキッと刃から上にある部分が床に落ちる。斧を握る手は少しだけ痺れていたが、何でもないように見せたくて手中から離した。



その手で次に掴んだのは勿論折れた木片で、それを持って台の前に立つ。一応、様子が見えるように黛たちの方を向いておく。

「……そんで? この木で絵を破ればいいのか?」

「なんか差し込む穴とかないですか?」

「特には見当たんねーけど」

『あの、“投ずる” なので別に破らなくていいんじゃ……』

「「「…………」」」

苦笑する椥辻の意見は申し分ない。最初に黛がぶち込むとか言うから悪いんだ。とりあえず置いてみるか。それならハズレでも絵を傷つけないでおけるしな。

「んじゃ、投げるわ」

少し台から離れて下から軽く放る。上手い具合に真ん中に木片が乗ると、そこは絵のはずなのに水飛沫が数センチだけ揚がり、ゴプリとその周りから泡が噴いた。
全員でギョッとその様子を見つめる。泡は次々に沸き、ぐるぐると絵の中心が渦を巻いて青が飲み込まれていく。木片も徐々に渦中に沈み始めた。どうなってんだよオイ……。

そのまま渦の中を覗き込んでいると、中にキラリと光るものが見えた。数秒後には青の絵の具が完全に渦の中に消え、絵画は真ん中を残して真っ白になる。それから渦もまるで下の台に吸い込まれるように小さくなって消滅し、代わりに鍵束が出てきた。さっき光って見えたのはこれだったらしい。
アイテムを掴みあげ、一番大きい輪っかにくっついている色褪せたリボンを見る。【VIP Room】、そんな場所もあるのか。鍵は全部で4つ。内ひとつだけ、革のキーカバーがついているものがあった。


鍵を眺めていると、横からガチャッと音が聞こえる。見てみればあんなにびくともしなかったドアが勝手に開いていた。
その瞬間、椥辻と高尾が中に駆け入って来る。

『宮地先輩っ!』「宮地サン!!」

「っ、何引っ付いてんだよ!」

椥辻が俺のジャージを掴むのを真似して、高尾も正面からロゴの辺りを握った。何が嬉しくて野郎にそんな上目遣いされなきゃいけねーんだよ!!
俺の一喝に直ぐ様椥辻は離れたが、そのまま両手で顔を覆う。

『よ、良かったです……っ、無事で、無事で良かったですっ』

「なっ、泣くんじゃねぇ轢くぞ!!」

「もぉおおお俺すっごいドキドキしたんですけどぉおお!!」

「オメーはさっきから近いんだよ!! 擦り寄るな刺す!!」

ギャアギャアと騒ぐ高尾の頭を遠ざけようと手で押していると、傍観に徹していた黛が「おい」と声をあげる。

「感動の再会はそろそろ終わりにしろ。とりあえず宮地が持ってる鍵で開く場所をこの階で探すぞ」

黛の提案に、騒いでたのが嘘のように静かになった高尾と椥辻が真剣に頷く。俺はさっき床に捨てたモップの柄と斧とを両方拾い直して、柄の方を高尾に持たせてからガラスのブースから漸く出た。
あーマジで心臓に悪いわ、ココ。さっさと帰りてーなと胸中で呟きながら、とりあえず4人でコレクションルームを出る。



全員の記憶を頼りに開いてない部屋に鍵を突っ込みながら進むも、目覚めた部屋から真っ直ぐに伸びるこの廊下には辺りの部屋はなかった。階段のある廊下を左に曲がり、そのまま吹き抜けの場所まで出る。この階で開いていない部屋はあと1つだ。
ゲストルームと言われる部屋が並んでいた対面の扉の前に立つ。まずは手始めに、といった具合で一番目立つ革カバー付きの鍵を差し込んだ。

「……入った」

「マジすか!」

「ってことはこの先に3つ部屋があるのか」

『宮地先輩! 開けるとき気を付けて下さいね!』

「わーってるよ!」

ガチャンと鍵を回し、錠を解く。大学の合格発表以上にドキドキしながら鍵を抜き、ドアノブを引いた。
まず見えたのは部屋ではなく廊下だった。真っ直ぐ目の前に1本。入り口から左に1本。誰もいない。

「とりあえず左の部屋見るか」

そう言いながら先導して左に曲がる。扉には鍵がかかっていて、面倒くさいがひとつずつ試したところ3本目で填まった。ゆっくりと開けて中を覗く。ココにも何かがいる気配はない。

「どうだ?」

「大丈夫そうだ。入るぞ」

黛の声にそう応え、部屋に入る。少し埃臭い。目の前の壁には暖炉ともうひとつ扉があった。そこに鍵はかかっていないようだ。

『じゃあ私こっちの寝室にしますね』

と、さっさか入っていってしまった椥辻を、何となく俺が追いかける。結果、奥の部屋を調べる人と今いる主室を調べる人に分かれることになった。

中は寝室になっていて、2つのベッドとその間にベッドスタンドがある。
椥辻はまず膝をついてベッドの下を覗く、ってオイ!! スカートだろうがお前!! パッと視線を逸らしてから、俺ももうひとつのベッドの下を見る。っとになんなんだよクソ殴りてェ!!

『何も仕掛けらしきものはありませんね。……あとは、』

そう言って頭を上げた椥辻に倣って俺も何もなかったベッド下から出る。椥辻は先に掛け布団を容赦なくテキトーに剥いで、シーツの上を見た。真っ白で皺も少ない平坦なそこを俯瞰してから、今度は枕を手で押した。

『あ!』

「あ? 何かあったか?」

『あります。でも、……これ、枕カバー取れないタイプです。……ってことは、アレを持ってこなくちゃ……』

「は? ……っておい、椥辻?」

『宮地先輩はそっちのベッドも見て貰っていいですか? あとそこのチェストも』

「待てバカ轢くぞ。お前どこ行くんだよ」

そう言った椥辻は突然生意気にそう頼んで踵を返し、主室へと繋がるドアに手をかける。……コイツ、高尾並みに慎重性がねーな。生き生きしてるからよく動くし。まぁめそめそ泣かれるよりは楽しそうな方がいいんだけど……。

『書斎です! ……あ、済みません……、やっぱり一緒に来てもらっていいですか?』

振り返って行先を告げた椥辻は、それからハッとした顔になる。ドアノブから手を離し、体も爪先も俺の方へ向けたかと思えば、眉を少し八の字にして俺に頭を下げた。
……怪しい者じゃないってことをこの俺にも証明していくつもりらしい。ったく、いらねーよそんなん。俺だってお前が本人だってことくらい分かるわ。