次の探索チームが発表された。コレクションルームには、俺、宮地、高尾、そして椥辻だ。まさかまた駆り出されるとは思ってもみなかった。ホラーゲームは確かに何回かプレイしたことはあるが嗜むと言える程でもなく、知識からしたらこのメンバーに俺がいることが凄く謎だ。───が。大方、椥辻の監視が一番の仕事だろう。赤司様のご命令だ、行けと言われれば行く以外に道はない。
もう片方のチームは今吉、花宮、氷室、火神、赤司で、こいつらは書斎でマザーグースに関する書籍を集めてくるらしい。
相変わらず誠凛メンバーに熱烈なお見送りをされる椥辻は、高尾や宮地のところに行くのかと思えば真っ先に俺の隣に並んだ。
『えっと、ま、ゆずみ、先輩?』
「……何だ」
『椥辻円香です、宜しくお願い致します』
律儀にお辞儀をして、へらりと笑う。『ゲーム、少しだけやられるんですね』……そんなに嬉しそうな顔をされても困る。俺は話ができるほどのプレーヤーではない。
道案内は鍵をもつ椥辻がするが、高尾が隣に並んだので俺は宮地の横を歩く。宮地はモップの柄で椥辻の背中を突付きながら「前向いて歩け蹴るぞ」とか世話を焼くが、案外椥辻は図太いらしく俺と話をしようと終始首をこちらに向けていた。
『ホラーじゃなくてもいいんですけれど、何をやったことがあるんですか?』
「……Fall inとか」
ホラーじゃなくても良いって言うからそう答えれば、椥辻はキラキラと目を輝かせた。おい、まさかプレイ済みなのか? あんな戦闘物を、こいつが?
『本当ですか!? 私もやりました! 私の中ではかなり最高峰のRPGです!』
マジかよ。
「まさかDead and aliveとか…」
『っ、黛先輩! 新作、新作やりましたか!?』
コイツ、ホラーだけじゃなくてゾンビシューティングとか戦争ものもやるのか。この容姿と雰囲気でえげつねぇな。こんなんだから女は恐いんだよ。
「足を止めるなよ。歩け」
『はい! 宮地先輩場所交代してください!』
「ええ!? 円香サン高尾くんとも話してくださいよ!」
「ウゼェから絶対代わってやんねェ」
『何で!? ───あ、着きました! ここです!』
「「「切り替え早ぇーな」」」
俺らのツッコミなんてどこ吹く風。椥辻は鍵穴に鍵を差し込み、ガチャンと呆気なく錠を外す。
『開けます!』
ワクワクが隠しきれていない声で開ける椥辻。私情混じりまくってるじゃねーか。……こんなバカを見張るのとかなんかアホらしくなってきたな。
中は左手に道が1本延びていて、青い廊下が上からの照明を飲み込んでいる。両サイドにはガラスケースが等間隔に幾つか並んでおり、その先には恐らくまた左方向横長に部屋が伸びているんだろう。ずっと奥に見える壁には額縁が1つ確認できた。
ガラスのショーケースの中には、何が書いてあるか分からない石盤や手帳、書物など歴史を感じさせるものばかりかと思えばそうでもなく。カエルの置物や黄金色の鈴、高級そうな万年筆に腕時計などただの富裕層が持つような物も展示されていた。
各々のディスプレイは隣のプレートに日本語で説明文が書かれていた。……こういう、都合の良い統一されていない言語の表示がフリーホラーゲームを匂わせる。
カエルは2匹。……こっちがガマガエルで、こっちはカエルらしい。どうでもいいだろ。
黄金の鈴はにーしー、……6つか。種類だけ書いてあったカエルの説明とは違って少し長い。紐を通せるような穴が上についている。トラえもんが首につけてる奴と同じだ、こっちは少し錆がついてるけどな。説明によればこの形をザクロ型っていうらしい。で、中世のヨーロッパではこういう鈴を服の色んな箇所につけるのが流行っていた、と。
万年筆は1578年イギリス製。万年筆じゃなくてスタイラスペン、というらしい。かのエリザベス女王1世が使ったとか。本当かよ。
まぁ、一々読んでたらキリがねぇな。これは俺の仕事じゃない。椥辻と高尾が読んでるだろうしいいか。
先に奥のホールに入っていく宮地を追いかける。中は想像通り左側に部屋が伸びていて、正面とその対面の壁には額縁に入った絵画が並んでいた。
部屋の中央。手前にまず見えたのは、大きな白い石膏像だ。馬の上に片手を挙げた女が乗っている。もう片方の手は馬の顔の方に伸ばし、それは俺でも容易に触れる高さだった。
隣に並んだ宮地が同じく像を観察して、それからある一点を指差す。
「この女、靴だけ石膏じゃなくて本物履いてるんだけど?」
「怪しさ満載じゃねーか」
宮地の言う通り、女はよく見る革生地の靴を履いていた。ウェスタンブーツを思い出させるような細い紐がぶら下がっているが、明らさまに3本だけ長いのが目立つ。どーせなんかの謎解きかアイテムイベントに後で使うんだろう。
反対側に回ると、こっちの足に履かせてある靴も同じような素材で3本だけ長い紐がぶら下がってる。馬には特に気になるところはない。
石膏像の隣には、それこそさっきの靴より怪しい四角いブースが置かれていた。四面をガラス張りの壁でわざわざ囲い、扉もガラス製で上にプレートが貼られている。
「【Great World】───偉大なる世界?」
「もしそうなら、とんだ低いレベルの話だな」
宮地の言葉に俺は中を見て感想を呟く。中央には膝の高さまである正方形の台が鎮座し、上の面に青い系統の絵の具が何色も何色も塗り重ねられている。その奥には大きめの観葉植物と斧がひとつずつ立っていた。
「あの斧武器になりそうっすね!」
いつの間に居たのか、俺らのすぐ後ろで高尾が斧を指差す。「あのバケモノ思い出す」と言えば、椥辻は苦笑して『でも持っておいて損はないですよね』と言った。確かにそうだが、コイツ本当に図太いな。
「とりあえず入ってみるか」
宮地がドアノブを引き、中に入る。俺もそれに続こうと足を踏み出したが、宮地の手がドアノブから離れた瞬間、───バタンッ!!、と扉が吸い込まれるように目の前で閉まった。
「……は?」
独りガラスのブースに入った宮地が振り向き、ドアノブをガチャガチャ回して引いてみるも、びくともしない。
「開かねぇんだけど……!!」
「『えぇ!?』」
「……詰んだな」
『ちょ、黛先輩諦めるの早すぎです!!』
「オイ黛ィ! 何帰ろうとしてんだよ轢くぞ!!」
冗談だ。そう一言口にして踵を返す。
幸いガラスに囲まれてるのは四方だけで天井はないから空気が徐々に無くなるなんて恐れもない。
とりあえず宮地にはそのブースの中に何かヒントがないか探すよう伝え、俺達も美術品を隈無く見ることにした。椥辻はさっきカエルとかがあったブースを見てくると走り、高尾はこの部屋のショーケースの中の展示品をチェックする。俺は壁にかかった絵を確認していく。
【アカツキ ─1878─:アカツキとは日本語で夜明け前のほの暗い頃を指す。期待と不安が渦巻く、実に奇妙な時間だ】
灰色に、赤が薄く所々に引かれただけの油絵だ。期待なんてちっとも沸かねぇけど。
【What is this? ─1855─ :ミルクのように白いマーブルの壁の中に、絹のようにやわらかい膜に覆われ、水晶のように澄んだ泉に黄金の林檎がのぞいて見える】
真ん中に説明通り金色の林檎が描かれていて、その周りは中心から外側に向けてグラデーションぽく黄金から黄色に変わっている。だがあるところを境にあとは白で覆われていて、縦に長い楕円形を型どっている。十二時の方向に向かうにつれ細くなるこれは、……アレか?
【ガマくんとカエルくん ─1923─ :2人は自然にお互いを思い合っている。そこには束縛も嫉妬も存在しない、恋愛では得られない美しい関係】
出たよカエル。どんだけ好きなんだよカエル。何かを喋っているガマガエルと緑のカエルが白いキャンパスに2匹だけ座っている。……不思議と物足りなさは感じない。
次の作品に視線を移しかけたところで、横から『黛先輩』と声をかけられる。
『向こうにはあまりヒントになるようなものは見つかりませんでした。……あ、ウィー・ウィリー・ウィンキーだ』
報告をした椥辻が、ふと俺がさっき向けようとしていた絵を見て呟く。確かに題名には【Wee・Wiley・Winkie 】と書いてある。
「知ってるのか?」
『はい。小さい頃、……よく母が子守唄で歌ってくれました』
そう言って見せる微笑みは、これまでのものとは違い慎ましやかなもので。何となく直視できずに、直ぐに説明文に視線を逸らしてしまう。
【Wee・Wiley・Winkie ─????─:眠りの妖精。夜8時になるとパジャマ姿で街中を駆け回り、子供たちが寝ているか確認する】
よく絵本で見るような水彩画。羽の生えた如何にも妖精チックな少女がひとり、ステッキを持って8時を指す時計の前に横向きに立って微笑んでい───『「うわっ!?!?」』
思わず2人揃って声をだし、絵から2歩ほど後退る。1階のバケモノにも大きな反応はしなかった椥辻も咄嗟に俺の腕に飛び付いた。とは言え、ぶっちゃけそんなのはどうでもいい。
……何だよ、これ。狡いだろ今のは。流石に気持ち悪すぎる。
「どうしたんすか!? って……、」
『あ、高尾くん! 今、今ね、この妖精横向いてたのに、いきなりグリンッて首回してこっち向いてるの!!』
俺たちの声を聞いて飛んできた高尾に椥辻が説明した通り、既に今も横向きだったはずの妖精の顔だけがこっちを見て微笑んでいる。ぐりぐりと大きく描かれた真っ黒な目。もう眼球無しにしか見えねーよ。
だが高尾と、そしてガラスの中からこっちを見る宮地はそんな俺たちの一瞬の恐怖よりも全然どうでもいいことが気になっているようだ。薄情な奴等だな。
無言で原因である椥辻の手を振り払うと、椥辻はハッとして頭を下げた。
『ごっ、ごめんなさい! つい咄嗟に……!』
「別に俺は気にしねーけど……」
『……?』
「も、もう円香サン!! そういうとこがダメなんですよ!! 今のが森山サンとかだったらどうすんですか! ハラハラするからやめて!」
『え? 何が?』
「無駄口叩いてねーで探索続けろよ。こいつにそれ言ったって仕方ねーだろ」
「そっ! 、………………そうっすよねー。もうほんと円香サンって……」
俺の言葉に直ぐに同意した高尾は疲れた目で椥辻を見遣るが、本人はクエスチョンマークを幾つも浮かばせる顔でキョトンとしている。
それからドンッ! と強い音が聞こえたかと思えば、それは宮地がガラスを拳で叩いた音で。
「オメーら俺を忘れてんじゃねーよ刺すぞコラ」
『わ、忘れてませんよ!!』
「ならその壁の一番左端にある絵を今すぐ見ろ!! その絵この台に乗ってるヤツと同じなんだよ灼くぞ!!」
『えっ!? はっ、はい只今!!』
得意の童顔スマイルも捨て置いた形相といつもより数段低い声から発せられる早口な宮地の命令に、椥辻はビクッ! と肩を跳ねさせてから言われた通りこの壁の端に向かう。それを目で追う宮地は舌打ちをした。
椥辻は絵の前に立つと、必死に説明文を音読して宮地に伝え始める。
『えっと、タイトルは偉大なる海です! 1736年の作品で、【もしもこの世の海が一つなれば、それは偉大なる海である。】…………。』
「終わりかよ!」
『お、終わりですゥゥゥ!! ごめんなさい〜っ』
「あークソッ!! じゃあ次! あの観葉植物! あれもココにあるのと一緒なんだよ!」
「宮地、落ち着け。焦ってもそっからは出られないし椥辻は何も考えてなかった」
「………………、何で椥辻が出てくんだよ」
『そして地味に私貶されましたか?』
一層眉の勾配を高くした宮地と、植物の前に立った椥辻に見られて隠さずため息をつく。
だがそれ以上は何も言わず、椥辻の横にしゃがんで観葉植物の土に刺さっている紙のプレートを抜いた。
「【偉大なる樹。もしもこの世の樹が一つならば、それは偉大なる樹である】…………」
「アレ、黛サン、それ裏面もなんか書いてありますよ?」
少し屈んで裏面を指差す高尾の声に促され、紙をひっくり返す。隣の椥辻が背伸びをしていたので、少しだけ腕の位置を低くしてやった。
「偉大なる斧で切り崩せし樹……、」
『……私、さっきの海のやつの額縁外せるか確かめて来ます!』
小走りで絵に向かい額縁に両手をかける椥辻に、慌てて高尾が手伝いに行く。充分一人で持てる大きさだから、結局高尾が一人で絵を持ち上げて、その後ろを椥辻が覗いた。
『偉大なる樹を投じ、偉大なる飛沫を創る海』
椥辻の予想通り、メモが書いてあったらしい。俺らに聞こえるよう読み上げた椥辻は、宮地が閉じ込められている部屋を見てそれから少しだけ口角をあげた。