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アリウムの唄

可杯に注ぐ。

「いやー堪忍堪忍。お待たせして申し訳ないわぁ」

そう言って出てきた今吉の後ろから、花宮・椥辻・緑間の順で寝室から出てくる。緑間の様子は平生に戻っていて、宮地や大坪がホッとするのが見えた。


今吉と花宮がそれぞれ緑間と椥辻を連れて寝室に入った直後、訝しむのと単なる好奇心からと、ふたつの理由で盗み聞きをしようとした者がひとりずついた。黄瀬と原だ。
しかし中にいるのはあの今吉だ。そんなことを許すはずもなく、ふたりは全く聞こえないと言って早々に諦めた。

時間にしたら、恐らく10分も経っていないだろう。けれどとても長い時間に思えた。宮地なんかは特にイライラしていたし、このままじゃ椥辻さんへの疑惑だってますます増える一方な気がして俺も不安になる。
あの今吉が贔屓に……、いや、懇意にしている人だ、…信頼する価値はあると判断している。今吉と3年間過ごしてきた俺は、な。
ただ正直若松はあまり彼女に好意的にはなっていないし、俺だって万が一のときを考えて切り捨てられるように維持はしている。
…………嫌な人間になったものだ。


4人が部屋から出てきて最初に喋ったのは予想通り今吉だった。

「なんやあの箱開けた瞬間に静電気走ったらしいねん、そりゃびっくりするわなぁ」

「……そうなのか緑間」

「あぁ。本当だ。変なところを見せて済まなかった」

宮地から生意気な後輩だと聞いていたが、赤司の問いに対し想像以上に素直に頭を下げる緑間。この状況のために今吉に何か仕込まれたのか。判断はつかないが結論付ける意味もないだろう。

「緑間小さい頃に花宮にイジメられて静電気恐怖症になってもうてん。放心したら最後円香ちゃんにあやして貰わなアカンくてなぁ」

「なっ、……に、言ってんだよ! 俺のせいかよ!」

「あやしてもらってなどないのだよ!!!」

『ま、まあまあ、ふたりとも落ち着いて…』

今吉の言葉が嘘なのか本当なのか。どちらにせよ、ここから出るためには序盤のうちから今吉と花宮、そしてこの世界に比較的精通しているらしい椥辻を欠くのは賢明ではないし、……何かを隠しているのも確かだ。
赤司たちもそれをよく理解しているだろう。深くは追及せずに緑間の容態だけ確認した後で、さっきの探索隊の報告をすることになった。



座る順は決まってないが基本は学校ごとで固まっている。ただし便宜上、探索した人はそのチームで固まるようにさせられていた。
今吉は俺とは離れたところで椥辻を伊月と共に挟み、話を始める。

内容は、この部屋を出てすぐ右手にあった部屋が開かなかったことから始まり、鍵がかかっているコレクションルームというプレートのある部屋の存在と鍵を持っていたマネジメントルームの発見及び解錠と探索、そこで得た鍵を含むアイテム、4桁の暗証番号がついた金庫、そして書斎における報告で終わった。
手に入れたものは、モップの柄、懐中電灯、オイル、ゲストルームの鍵が7つ纏まった鍵束、書斎の鍵、そして…、

「円香チャン。それ、何て書いとるん?」

『えっと、“汝、その役目を全うせし者”、です』

椥辻が今読み上げた文字が書かれている、白いカードだ。
役目、というのは何のことだろうか。…咄嗟に浮かぶのは椥辻が“邪魔者”と指されていたことだが。それを今ココで口に出すわけにはいかない。

「ま、とりあえずワイらからの報告はこれで終いや。次花宮んとこ頼むで」

今吉もそれを誰にも言わせないよう、花宮にバトンを繋ぐ。

「俺らは吹き抜けを囲む通路を左回りに見た。吹き抜けの廊下に出てすぐ左隣……、マネジメントルームが右だと言うならその反対にある部屋だ。そこの部屋と、階段と書斎の方に向かって左手の壁についてるふたつの扉のうち、手前側は鍵なしで開いたが何もなかった」

赤司が書いた地図を指差しながら、花宮の説明は続く。

奥側の扉は鍵がかかっていたが、今吉から渡されたゲストルームの鍵束の中に填まるものがあったようだ。その扉の中は部屋ではなく廊下が伸びていて、両側にひとつずつ、右に曲がる道沿いに3つ扉があり、どれも鍵束の中の鍵で開いたらしい。それらの部屋の中から手に入れたのはナイフ、1枚の紙、【Collection Room】と書かれたリボンがついた鍵。それから各部屋からマッチもひとつずつ。
ちなみに、鍵束にある使わなかった一つは同じ壁にある鍵なしで開いた手前の扉のものだったらしい。
それらの部屋の反対側にあたる壁には扉がひとつあったが、そこは開かなかったようだ。


メモの内容は、“バンベリークロスに行きたいのなら、芸当の準備を。”───俺はバンベリークロスが分からないが、バンベリーなら知っている。恐らくスペルはBanbury、イギリスの地名だ。クロスが十字を意味するならば、そこの街にある十字路の事を指すのだろうか。あまり地理は好きじゃないのであとは得意な奴に任せよう。


両グループの報告が終わり、話は今後の方針に変わる。

「ホラーゲームを知っている人の中で、何か考えられることはありますか」

「まあ、アイテム集めてそれを使って部屋の探索を進めていく、ってのは王道のパターンだよねん」

「そうっすね。ただ不安なのは、2階で一度もバケモノに会ってないことだよなぁ。もう少し進んだら出てくんのかな」

『とりあえず現時点でバケモノの話に絡めて大切なことをいうならば、このゲームの捜索域の範囲と人数の話です』

「詳しく説明をお願いできますか?」

赤司の頼みに頷くまでもなく、椥辻が口を再び開く。

『屋敷探索のパターンは、大きく分けてふたつあります。ひとつは、探索域が各階ごとに分けられていて、例えば1階のイベントを全て終えたら次は2階を制覇、そのあとで3階に進出───といったように各階をひとつずつ終わらせて移動するタイプです。この場合、大抵はそれまで進んだ階に戻る必要はありません』

「探索域が狭い、っちゅーことやな」

『はい。もう一つは、常に屋敷全域が探索域に入っているタイプです。こうなると、3階で必要なアイテムを1階や2階に取りに行ったりしなければなりません』

「あー、それでいうと今回はそっちっぽいよねん。玄関に鍵穴があったから最後はそこの鍵を開けて出てクリアだろうし、1階はあの大きな扉も開けてねーから探索域は広い方っしょ」

原の言葉に椥辻も同意を示す。
しかし、それとバケモノにどんな可能性があるのだろう。そんな俺の胸中の問いかけに、椥辻は言う。

『ですがそうなると、……階を移動するバケモノもいる可能性があります』

ピシ、と。空気が固まる。

探索域だけでなく、敵にもパターンがあるようだ。一階で見たリジー・ボーデン(仮)みたいに一定の箇所で決まった動作を続けるヤツと、担当の区域を自由に動けるヤツ。そうなると、その担当区域がこの屋敷全体であるなんてのも出てくるらしい。
そのなかでも、絶対に倒せるモノ、物理的、あるいはアイテムでそうできるモノ、一定の時間または特定の場所に逃げ込むことで自然消滅するモノに大体分かれているらしい。彼女が言う通り、とても幅広い。

『私たちが今抱える普通のホラーゲームと違う点は、一人ではなくこの大人数でいることです。そして恐らく、この人数とメンバーを生かすことを前提に設定されている可能性が高いように思えます。先の囮作戦も、今回の謎解きも』

とても説得力ある内容だった。この見解を否定する点が見い出せない。それは場数や知識の差が大きいが、それだけじゃなく。この子の話し方やトーン、纏う雰囲気、表情、全てが関与している気がした。決して赤司や今吉みたいにずば抜けて頭が良さそうなわけでも、まだ完全に信用するには早い段階であることも事実なのに、何故だろう。

『それに、アルファベットの紙。もし集める為のアイテムなら、鍵のようにどっかに配置すべきです。ただ単に謎解きのメモだったとしても同じです。けれど、限られた人に、1枚ずつ。真太郎には2枚、私は記号。あまりにも個人を特定させる要素が強すぎます。たぶん紙を持っている人は、今後何らかの謎解きやイベントに欠かせない存在の可能性が高いんです。そうなると……』

ちらりと、椥辻は誠凛の監督、相田を見遣る。───つまりは、耐性のない女子も連れて歩かなきゃならない場面が出てくるということだ。

『安全地帯をここひとつに絞るのは効率が悪いです。普通のゲームならそもそも安全地帯すらありませんが、やはり大人数なのでそれくらいのハンデが無ければまずクリアなんて無謀だと』

ここまで聞いて、赤司が口を開く。

「つまり、各階にも非常時に逃げ込める部屋を確保したいということですか?」

『! はいっ! そうです!』

「良く分かりました。それなら一応探索範囲は屋敷全域のパターンであると仮定して進め、この上の階への探索時も安全地帯になる部屋を一つ確保する、これで宜しいですか?」

『よ、宜しいです!! 最善策だと思いますっ!』

ビシッと背筋を伸ばして年下である赤司に敬語で応える椥辻。気持ちは分からんでもないが、赤司も苦笑している。


「他に何かある方はいらっしゃいますか?」

「んじゃ次の行動についてワシから。……円香チャン的にはこのあとどうしたいん?」

次に手を挙げたのは今吉だった。一言置いてから隣の椥辻を見下ろす。彼女は肩を引いて今吉を見上げた後、あまり迷う様子もなく意見を述べた。

『えっ、私ですか? うーん、私がプレーヤーなら、探索域が全体でもとりあえず一つ一つ階を潰していきたいので、コレクションルームを見て、この階を出来るだけ調べてから3階へ上がります。メモの使いどころは区々ですが、鍵の使いどころは殆どが次の行動の道しるべなんです』

「地図の作成は早めにせんでええの?」

『ホラーゲームに大抵地図はついてませんから私はあまり重要視していませんが……、あ、でも! 皆さんに状況説明とかする時に必要ですよね! それなら作るべきだと思います!』

「なるほどなぁ。謎解きして思ったことはなんかあるん?」

『えっ、と、さっきの謎解きに関してだけかもしれませんが、予備知識が必要だったので頭が良い方や博識の方が居てくれたら心強いなぁと……』

あははと変わらず苦笑を浮かべる椥辻に、今吉は普段通りの微笑みで「自分英語からきしやったもんな」と茶化す。『翔一先輩シーッ!』と透かさず口に人差し指を立てる椥辻の情報は、やはり参考になるなと思った。
メモは次の行動の制限にはならないのか、よく覚えておこう。地図もあったら便利だろうが、彼女の言葉より間取りを利用して何かをするということもあまりないと見える。


「ならば次はコレクションルームの探索と…あともう一つ、やりたいことがあります」

そう言った赤司は、その “やりたいこと” というのを説明し始める。

「一番最初の積み立て文やリジー・ボーデン、また今回の背中の曲がった男の話に共通しているのは、“マザーグース”です」

「まざーぐーすぅ?」

探索グループに入っていたために赤司のすぐ脇に高尾と並んで座っている青峰が復唱する。
マザーグースといえば、主にイギリスで発祥され、その地だけでなく英語圏であるアメリカなどでも親から子供たちへ伝承されている童謡の総称のことだろう。青峰に説明する赤司によれば、言葉や曜日を覚えたり、教訓が含まれていたり、韻を踏んだリズムを楽しんだりできるらしい。
これについてこそ本当に詳しくはないが、不思議の国のアリスに出てくるハンプティ・ダンプティやきらきら星、ロンドン橋の元ネタがあるのは知っている。

「今後もそのうちの童謡が出てくることは大いに考えられると思います。そこで今吉さんたちグループAに質問なのですが、書斎にマザーグースの本はありましたか?」

その問いに、ニヤリと口角を挙げたのはやはり今吉。真剣な面持ちで頷いたのは、氷室と火神だった。
赤司は3人の答えを確認すると、コレクションルームの探索と同時進行で書斎から資料を集めてくるチームも作りたいと申し出る。そこで赤司は英語が難なく読めて且つマザーグースを知っているものと、他の言語にも精通している人に手を挙げさせた。マザーグースを知っているという調査に動いたのは、今吉、火神、氷室、花宮、古橋、瀬戸。そのうち今吉と氷室と花宮は他の言語にも……の質問にも手を下げず、新たに劉が手を挙げた。



人を憶えた赤司は探索のメンバーを決めるため、この前と同じように各校の主将プラス椥辻を寝室へと召集する。暫く暇になった俺は、何気なく周りを見渡そうとして桃井と目があった。彼女はハッとして視線を逸らすが、何か用があるのか再び俺を捉え直す。そして青峰から離れ、四肢で2、3歩進み俺の後ろについた。

「……あの、諏佐先輩」

「どうした?」

「……諏佐先輩は、その、あの、……椥辻さんのこと、どう思ってますか……?」

そう言いつつ、本当に聞きたいのは俺の椥辻への印象なんかではないのだろう。聞きたい、というより言われたい、の方が正しいのかもしれない。

「俺は普通にいい子だと思ってるぞ。……誰かの意見で邪推はせずに、桃井が気になるなら話しかけに行ったらどうだ?直接話してから彼女を判断しても遅くはないだろう」

事実、 “話しかけに行け” という言葉に、桃井はぱあっと顔を明るくさせる。
彼女は賢く状況判断に長けている。……自分が守られている存在であることも自覚しているだろう。故に、恐らく先輩である若松や元クラスメートの黄瀬の様子を見た上で独断実行するのには勇気が必要なのだろう。

俺の言葉は上手く背中を押してやれたらしい。「そうします!」と嬉しそうに決意した桃井は、今度はうきうきと寝室から椥辻が出てくるのを待った。
───ああでも。彼女はきっと次も探索のメンバーに組み込まれるだろう。だから話しかけるのは大分先になるぞ、……とは言えない。

これを言うことで、……もしくは椥辻を完全に信用してしまった桃井が、いつか自分も探索に行くと言い出すのが怖かった。そうならないことを静かに祈る。
そんな、椥辻には未だ抱けない感情を抱いてしまう自分にまた一つ嫌気がさした。