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アリウムの唄

解答に接ぐ。

謎が解けたという翔一先輩に、私は慌てて待ったをかけた。今から言うことはわがままなのだけれど、誰にも迷惑はかけないだろうから許してほしい。しゃがんでいた膝を伸ばして立ち上がり、皆に頭を下げる。

『ごめんなさい! ちょっと悔しいので、私は答え聞きませんから、先にパネル填めてて下さい!』

「自分なぁ……」

『分かってます、でもこればっかりは! ホラゲプレイヤーの血が許さないんです! 自分で解きたいんです! でもあのっ、私が答え聞かないってだけで時間はとりませんから! 向こうで耳塞いでますから!』

「はぁ……。分かった、ちょい待ち。今は、……42分やな。50分まで待ったるから考えてみぃ。せやけど、この本読んでもらわな埒あかんで」

『が、頑張ります! ありがとう翔一先輩!』

渡された “The Crooked man” を受け取り、もう一度輪の中でしゃがむ。意気込んで本を開いたはいいが、さっきも思った通り物の見事に全て英語だ。……けれどやるしかない。
コルクボードにあったヒントから、解法は大体目星がついている。ただ、翔一先輩の言う通り、内容を知らなければ話にならないのだ。

『うー、英語だー…………』

とはいえ、実はそんなに時間もかからないと思っているのが本音だ。この本、さっき伊月くんと中身を確認したときに気づいたけれど下に書かれている頁数に幾つか丸がついているんだよね。最初のイベントだから易しく作られているのか、それとも全部この程度の内容なのか。後者を望みながら、印がついている部分をとりあえず2枚読んでみる。

翔一先輩が本を一切開かないで解けたということは、有名らしいこの物語の大まかな話の流れが掴めればいいはず。
丸をついていた部分から最初の2枚を選んで読み比べる。というより、見比べる。読めないなら図として解釈してみるのが私のやり方だ。これで無理なら諦めるしかない。

丸がついている理由を探せ。3枚目も捲って共通点が分かればこっちのも───、
パッと表紙を見直す。【The Crooked man】……そうだ、この本は、“Crooked” な男の人の話。
丸がついている場所、その4ヶ所をもう一度確認すると、やっぱり全部に “crooked” が含まれている。

たぶん、この単語は所謂多義語というものだ。文脈によって幾つかの意味に変わるもの。
恐らくその訳が使われている本をこの部屋から全部探してきて、そこについている数字をこの話に出てきた意味の順番に並べれば開くのだろう。

よし、ここまで分かった。……けど、

『ほとんど解けましたが訳が分からないのでこれ以上進めません!』

「あちゃー……それは残念やわ」

というわけで、ここは素直に助けを求めようと思う。聞かぬは一生の恥とも言うからね!
隣に座る火神くんに丸がついている頁を開きながら気になる箇所を指し示す。

『火神くん、ココの部分訳してくれる?』

「えっ、あっ、ど、どどどこデスカ」

『………………、』

もしかして、さっきのまだ気にしてる? ……そんなに気まずいのだろうか。私にしてみれば高尾くんがよく驚いたときにふざけて抱きついてくるので特に何も思わないのだけれど。真太郎はまず誰かに縋ったりしないからなぁ……。真くんと翔一先輩なんて反応薄すぎてつまらないし、あれくらいのオーバーリアクションだと少し可愛いさも感じてしまう。

『あの、本当にさっきのことは気にしなくていいからね?』

「…………ホントスンマセン……。えっと、そんで、どこっすか」

『うん、ここ』

“───……and he walked a crooked mile”

「あーっと、彼はくねった、でいいのか? たぶんなんか曲がった道、を1マイル歩いた、だと思う、ます」

『くねった、ね。ありがとう! じゃあ次こっちのクロックドは?』

“He found a crooked sixpence”

「あー、まって、タツヤ、6ペンスってなんだっけ」

「イギリスの補助硬貨だよ。100ペンスで一ポンドになる」

「コインってことは、“歪んだ” 、じゃないスか?」

『歪んだ? 歪んだ、無いな、……翔一先輩、凸凹、でいいですか?』

「ワシはそうしたで」

『そしたらね、最後、これ!』

“In a crooked little house. ”

「傾いた小さな家で、……とか?」

『傾いた! うん傾いたね! はい、オッケー出来た!』

「ほな、円香チャンとワシの答え合わせといこか」

翔一先輩がそう言って、まずはこの【The crooked man】の話をする。

「これは元が歌やねん。で、内容は背中の曲がった男がなんや旅に出て色んな “crooked” なもんに出会う話なんやけど。“crooked” はその同じスペルでも幾つか意味があってな、まぁ大体が曲がったとかくねったとか、ほとんどニュアンスの違いなんやけど……、」

何だかんだできれいなクロックドを聞かせる翔一先輩曰く。
背中の “曲がった” 男が、“くねった” 道を歩いて、そしたら途中で “凸凹” の硬貨を拾い、そのお金で同じく背中の “曲がった” 猫を飼い、その猫が捕まえてきたネズミと一緒に、1人と2匹で小さな “傾いた” 家に暮らした。
というお話だそうだ。

多義語の存在や、類は友を呼ぶ的なことを教える童謡らしい。


「で、今強調してワシが訳したものが、幾つかここにおる本に含まれてたやろ?」

「これと、これと、あとこの2つですね」

氷室くんがそう言って、本を4つ選ぶ。

“リスと曲がった斧 U”
“金字塔は5度傾く”
Sette miglia di strade che feriscono7マイルのくねった道
“凸凹の心を癒すXの方法”


「おん。で、自分らに含まれてる数字をパネルに置き換えるんやけど、次に考えるのが順番や。そこで、」

翔一先輩が、私と私の後ろの壁にあるコルクボードをチラリと見遣ったので、立ち上がってボードからメモを取った。

『これの出番ですね』

「 “彼は何をした?” 」

『うん。この彼は恐らく、その背中の曲がった男を指してるの』

火神くんに言うと、「へー……」と素直に感心される。氷室くんは何となく分かったようで、「なるほど」と本を並べかえた。

「つまりは、彼が行った順にすればいいんだね」

『うん。だから、“曲がった” がつくUが一番最初』

立ったついでに机の上の箱も床におき、早速パネルを填める。

「次は “くねった” だから、Zか」

氷室くんによって2つ目が填まる。

「じゃあえーっと、凸凹のあとに傾くから、]、Xでいいのか?」

火神くんの答えに私は頷いて、とりあえず]のパネルを填める。最後にXを入れるまえに顔をあげて、苦笑した。

『これで開かなかったら一旦戻りましょうね』

「せやな」

『あと一応ですが、……仕掛けを解いたら何か出てくるかもしれませんので。もしもの準備をお願いします』

「おん。伊月、根武谷、っちゅーことで警戒しといてな」

「はい」「ッス」

『それじゃ、填めます』

パチン、と。将棋を差すみたいに最後の1枚を窪みに入れると、カチャッと小さな音がした。

『開いた!』

「敵は?」

「特にいません!」

『なら今のうちにこれごと持ち帰りましょう。持っていっても平気だと思いますから』

「円香チャンが言うならそーしよか。行くで自分ら」

小箱を腕に抱え、急ぎ足で書斎を出る。敵が出てくる場所は予測がつかないから、なるべく早めに安全を確保したい。出なければ出ないでそれに越したことはないんだけどね。

行きと同じ配列で移動する。伊月くんによると、敵もいないけど真くんたちも居ないらしい。先に戻ってるならこちらとしても安心だ。
マネジメントルームの前を通り、次の角を左折、十字路を右折。突き当たりにある扉に、翔一先輩がノックをする。

「合言葉は?」

中から聞こえた声に、翔一先輩が素早く対応した。

「吸入器」

「よし、入れ」

『…………、なんかだかなぁ』

私の感想に、伊月くんが苦笑する。なぜその言葉が合言葉になったのか一抹の謎があるが、とりあえず無事生還だ。
中に入ると、戦利品を幾つか認めた赤司くんが少し満足そうに笑む。

「お疲れ様でした、皆さん」

「おん。時間は大丈夫やったな。1個謎解きしてきたで」

「そうですか、それは喜ばしいですね。お疲れでなければ報告を……、いえ。やはり少し休憩を取りましょう」

赤司くんが途中で方針を変えると、頷いた私たちはとりあえずバラける。私も伊月くんと火神くんと一緒に誠凛のところへ戻ろうと思ったけど、その矢先見計らったように真太郎が私の腕を引いた。

「円香」

『わっ!? こら真太郎。急に引っ張ったら転んじゃ「何も、何もなかったのだな?」

眼鏡の奥の、ぐらぐらと揺れる髪色と同じ綺麗な常磐色の瞳に一瞬息を飲みながらも、直ぐに破顔して見せる。

『もー、真太郎ってば心配性だなぁ。危ないことは何もなかったよ、ありがとう』

「…………そうか」

眉と肩を下げた真太郎の後ろから、ひょいっと高尾くんが顔を出す。

「お帰りなさい円香サン!待ってましたよー、真ちゃんが5分おきに時間訊いてきてぇー」

「黙れ高尾! お前もさっき帰ってきたばかりだろう!」

『そんなに私は信用ないの真太郎……』

「ち、違う! そういうことじゃないのだよ!」

『あはは、冗談冗談! ただいま、真太郎』

「……あぁ。大事がなくて良かったのだよ」

静かに目を細める真太郎に、胸が温かくなる。……大丈夫。この子がいる限り、私は簡単に潰れたりなんかしない。真太郎は何があっても私が守らなきゃ。……大丈夫、大丈夫。


言い聞かせていると、高尾くんが腕に抱えていた箱を指差した。

「円香サン、それなんですか?」

『あっ、聞いて! 翔一先輩の言う通りね、謎解きしたんだよ! これはその勲章アイテム!』

「ええ! ズルい! どんなんでした?」

『うーん、難易度は簡単だけど予備知識がきついかなー』

「マジすか? 赤鬼的な?」

『そうそう、あの二進法とか使ってくる感じ。今回は英語はもちろんそれ以外の言語が出てきてね、翔一先輩と氷室くんがいなきゃまず無理だった』

「鬼畜ーwww 家でやるみたいに調べられないから辛いッすね」

『そうだね。もしかしたらもっとヒントがあったのかもしれないけど……。出てきたヒントも時間差だったしな』

「え、ヒントが時間差って?」

『ドンッて、本が落ちてきたの。一番ヒントになるやつが』

「うわっ、それビクッてなるやつじゃないすか!」

『実際にやられてもなるよ! 画面越しでもそうなるから高尾くんもきっとそう!』

「あれやめて欲しいわー」

ケラケラ笑う彼に私も同意を示していると、テーピングで補強された手が箱を取る。そのままそれが鮮やかな常磐色に映るのを高尾くんと同時に目で追う。

まだ誰も開けていないその箱が中身を見せたとき、真太郎の手がパッと開いた。
コンッと音を立てて床に転がったのは、箱と、そして黒色のチェスの駒。音を立てずに落ちたのは、白い1枚の紙だ。

『あーあ、もう真太郎、何やってるの』

言いながらしゃがんで、散らばったそれを集めようと手を伸ばす。
チェスの駒に触れるまでに、少し考えた。この単純な形の名前は、確かポーンだ。動きは、どうだったっけ。って、あれ、まただ。チェスのルールなんて知らないはずなのに、……どうして私は思い出そうとするんだろう。

不思議な感覚に囚われる。転がる黒を見つめながら手を止めていたそんな私の耳が、高尾くんの焦った声を拾った。

「ちょ、真ちゃん? ちょ、どうした!?」

何事かと視線を上げれば、彼の手が震えていて、目も見開かれている。

『え、しんたろう? ……真太郎、ねえ、───真太郎ってば! 聞こえてる!? どうしたの!?』

「っ、……やめ、ろ」

『やめろ? やめろって何が、「真太郎!」っ、まこと、くん?』

様子が可笑しい真太郎を呼んだのは、険しい顔でこちらに近づく真くんだ。だけどその後ろには翔一先輩も付いていて、ふたりの真剣な表情に私の不安が掻き立てられた。

ねぇ真太郎、どこ見てるの? お願いだから目を合わせてよ。