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アリウムの唄

奇問に継ぐ。

【Study Room】───意味は書斎。その名の通り、中には奥に伸びた本棚が幾つも並んどる。背表紙自体は真ん中から左右の壁に向くような棚の配置やからどれほどの量かは分からんけど、本棚の数からしてかなりあるやろ。
扉の目の前にある通路は丁度本棚が背中合わせになっとる場所で、他の所より棚同士の間隔が広い。この道を辿るように視線を真っ直ぐ前に送れば、小さなデスクとコルクボードが見えた。

円香チャンの頼み通り、伊月とワシで本棚と机以外に何かが潜んだりできるような──例えば、クローゼットなどの収納家具や、他の出入り口が無さそうなことを確認しとく。どうやら、敵が来るなら今背にしている出入り口からだけみたいや。

「とりあえず、適当に見て回ろか」

その言葉で、各々が散らばる。伊月にはもう一度、英語が読める火神と氷室が探索に協力出来るよう今度は根武谷と見張りをしてもらう。

ワシは円香チャンと一緒にそのまま真っ直ぐ机に向かった。今まで見てきた物のなかで一等小さいタイプのそこには、これまた小さめの箱が2つ。
箱の一つは既に開いとって、薄い木のパネルが何枚か入っとる。もう1つはキューブ型で、上の面に4つの窪みがあった。窪みの形は正方形やから、さっきのパネルが填まるのかもしれへんな。

「これ、出してみても平気なん?」

『はい。大丈夫だと思います』

そう答えてくれはった円香チャンは、ワシよりも早く箱を取って中身を出してしもた。不安は持っとったらしく、自分が犠牲になるのを厭わない行動や。これもそのうち止めさせんとな。
箱から出てきたのは全部で10枚で、片面にそれぞれTから]までのローマ数字が印字されとる。

正解のものを4枚選んで何かの順に嵌めれば箱が開くんやろうけど、試すには余りにも情報が少ない。
この部屋にもヒントがあるかもしれないと言う円香チャンは、真上にあるコルクボードを見た。罫線の入ったメモが、2枚ピンで止められとる。内容は至極簡単や。

“He was doing?”

「彼は何をした? って言われてもなぁ。」

『……うーん、とりあえず、何か数字があるものを探してきますね』

「そうやな。他のやつらにも伝えて皆で探そか」

頷いて、円香チャンはすぐ近くにいた火神に早速話しかけに行った。

ワシも反対方向へ進み、本棚を眺めていた氷室に声をかける。すると既に幾つか見つけとったようで、2冊の本を取って来た。
片方は英語。THREE、つまり3の意味が入っとる。もう片方はドイツ語やな。

「ドイツ語読めるん?」

「俺は留学生なんで第2外国語をやらなければならなくて、ドイツを選択しているんです。ここ、4つの眼であってますよね?」

見せてもらた分厚い方の表紙には、“Vier Augen sehen mehr als zwei” と筆記体で書かれとって、そこの先頭を氷室は指差した。

「おん。“4つの眼は2つの眼より多くを見る” か。ドイツ語の諺やな」

「そうなんですか?」

感心したように本を見直す氷室を一瞥してからワシも本棚に目を向ける。英語、フランス語、日本語、…イタリアにドイツにスロバキア……って何ヵ国分あんねん。国はごちゃ混ぜやし、順番も法則性は見つからんかった。
読めるヒトも少ないやろし、花宮か赤司が居ったほうが良かったな。とは言え、呼びに行く労力は惜しい。
ワシですら判別が利かへん言語もあったが、そこまで無理ゲーやあらへんやろ。無理だったら後で花宮たち駆り出すとして、とりあえず部屋の本棚を一回り。ワシが読める言語で数字が含まれとる本を腕にさっきの机んとこまで戻った。


円香チャンと火神も何冊かの本を腕にそこに立っとって、ワシと氷室もそこに合流する形で輪を作る。どうやらこの部屋は、机たち以外本しか居らんらしい。

机は本を並べるには狭すぎるかて、床にそれを並べて周りに円を描くようにしゃがむ。緊急時の為に座ることは避けとかな。
集まったんは9冊。パネルの数より一枚足りひんが、これで選択肢が減ったことにしといたれ。

円香チャンと火神が見つけてきたんは大体が日本語で、他にはローマ数字が書かれとったものが一つと、楽譜の用語にも使われとるイタリア語で、一番を示す“primoプリモ”が含まれた本もおった。言わずもがな後者を手に取ったのは円香チャンやけど、読めるのはprimoだけで本の意味は全くやったな。

日本語と英語以外のものを訳しつつ、分かりやすいようパネルのTにあたると思われる物から数字順に並べた本を見下ろしてみる。
Posto del primo po一位の座

“リスと曲がった斧 U”

TREE&THREE&KNEE木と3と膝

“Vier Augen sehen mehr als zwei.”4つの眼は2つの眼より多くを見る

“金字塔は5度傾く”

“Fontaine je ne boirai pas de ton eau. 泉よ、お前の中の水は飲まないY”

Sette miglia di strade che feriscono7マイルのくねった道

“8月ウサギの耳にキス ”

“凸凹の心を癒すXの方法”

それぞれの本の上に、さっきのパネルを置いていく。唯一見つからんかった\だけを円香チャンが箱に戻した。
T、U、X、[は火神と円香ちゃんが。V、Wは氷室、それ以外のY、Z、]はワシが見つけてきたもんや。

全ての題名とパネルの話を円香チャンが伊月と根武谷に伝えとる間、ワシは共通点を探しにかかる。簡単に考えてええなら、まず頭に浮かぶのは3つ。せやけど、そのどれも納得できるもんやない。

「ローマ数字は3つしかないから、キーワードは他にあるってことか?」

「確かに。タイガの言う通りローマ数字が4つあったらまず最初にそれを確かめられたけれど、違いそうだね」

「となると、ホンマテキトーに数字だけ並べるんなら約3000通りか。えらい話やな。もっとヒントになるもんが欲しいわ」

『そうですね……。とりあえず、4つあるものを考えてみますか』

「どういうことだい?」

『例えば、』

氷室の問いに答える為、円香チャンは3列の中から4つの本を抜き出し3列目を作る。


U: “リスと曲がった斧”
X: “金字塔は5度傾く”
[: “8月ウサギの耳にキス”
]: “凸凹の心を癒すXの方法”


共通するものとして上げたのは、一番分かりやすい例やと思う。

『この4つなら、全部日本語、というのがキーワードになります』

「おお!!」

感動する火神。すると今度は扉の方から伊月が声をあげた。

「あとは、4つで括るなら曜日でも考えられますね」

「ということは、こうかな?」

氷室が日本語の3列目から2冊抜き取り、そこに、新たに代わりを挟み込む。抜かれたのはUと]で、加えられたのは、
“Fontaine je ne boirai pas de ton eau. 泉よ、お前の中の水は飲まないY”と、“TREE&THREE&KNEE”。
これで、“金、月、水、木”が揃ったわけや。

「あ、身体の部位ってのもあんじゃね?」

根武谷の声に、円香チャンが直ぐにその群を作る。

V: “TREE&THREE&KNEE”
W: “Vier Augen sehen mehr als zwei.”4つの眼は2つの眼より多くを見る
[: “8月ウサギの耳にキス”
]: “凸凹の心を癒すXの方法”


「身体の部位なら上から順にやってみればいんじゃねーか? ……です」

やらへん価値は無い、っちゅーわけで、火神の言う通りパネルを用意する。眼、耳、心、膝の順で並べたパネルを、円香チャンが床においた箱に一枚ずつ嵌めてみた。

『W、[、]、V……と。どうだ!』

ま、コルクボードのヒントについて何も齧っとらんこの案は案の定ボツやったけど。
これまで挙げられたヤツはどれもワシがさっき考えたものやけど、並び順も決まらへん上にやはり情報が少なすぎてアカン。

『他にヒントがある筈なんだけどなぁ。何か気になるものはありませんでしたか?』

円香チャンの問いに、まずワシが首を振る。同じようにした氷室に続いて、火神も口を開いた。

「俺も特には────
ゴトンッ!!!
────ッギャアアア!!!」


が、遮るように突然物音がした。ワシかてビックリはするで。勿論円香チャンも氷室も驚いたし入り口におった伊月と根武谷も一緒やとは思うけども。それ以上に火神の声が大きく響いて他の反応を掻き消してしもうた。
なるほど。火神は怖いもんが苦手らしいな。今も咄嗟に左にいた円香チャンに体を寄せとる。ええなぁ、役得やん。がっしりと両腕まで回っていて、円香チャンの前を通って左肩を掴む右手も、背中側から左腕を引き寄せる左手も若干震えとった。
こんなの花宮と緑間が見とったらタダじゃ済まされへんなぁ、と笑いを堪えていれば、物音に何かを視たような伊月の声が聞こえた。

「あの! 本が落ち、って……」

『?』

彼は円香チャンと目があった瞬間、言葉をそこで止めたまま唖然としとった。根武谷も目を丸くしてこちらを見とる。ワシの隣におる氷室も似たようなもんや。

せやけど、当の本人は全くその理由に気づきもせんで、物音の確認に忙しなく視線を周囲に配り始めた。恐らく探索しに行きたいんやろうけど、火神を振り切れるほどの力はあらへん。それ故どうしようかと思案し出す彼女に、氷室が漸く徐に息を吸った。

「タイガ、いつまで椥辻さんに抱きついているつもりだい?」

「え。」

氷室に言われて円香チャンを見下ろした火神。落ち着かせてあげようと、そっと首元にある腕に触れた円香チャン。なるほど、こういうのが伊月みたいなウブを落とすんやな。

『火神くん、大丈夫?』

「あ、あぁ……、ってうわっ!!! スミマセッ、俺っ!」

頷いたかと思いきやバッと両手をあげて円香チャンから腕を離し、そのままあたふたする火神。なんや痴漢と疑われてしもたおっさんみたいやな。その顔は赤く、どうやらくっついてしもうた事をかなり気にしとるらしい。

「これはそうじゃなくて、あの!」

『別に気にしなくていいよ? 痛くなかったし、わたしも音には驚いたから』

微笑んでそう言われれば、火神は困った様子で視線を右往左往させたあとで「ッス」と小さく頷いた。

ほな、そろそろ放心中の伊月を呼び戻そか。と思ってワシが伊月を呼んでも、かなり衝撃が強すぎたんか、返事があらへん。

「アカンな。円香チャン、ちょっと腕でも触って気ィつけてやってくれ」

『あ、はい』

恐らく、人一倍周りに神経を尖らせているから驚きも人一倍だったんだろうな、とか。そんな全然ちゃう予想をしとるやろう円香チャンが、言われた通り膝を伸ばす。入口の近くで此方を向いたまま棒立ちしている伊月の腕を2回軽く叩いて、顔を覗き込んだ。

『伊月くん、伊月くん』

「……ぁ、っ椥辻!?」

『驚かせてごめんね、大丈夫?』

「い、や! その、こっちこそゴメン!」

『え、っと? 伊月くんが謝ることは何も無いよ?───あ! あのね、翔一先輩が呼んでるんだけど』

今日はオモロい花宮も見れそうやな、という期待は心中に仕舞って、ついと流された視線を受け取り普段通りの微笑で薄く口を開ける。

「伊月、どこで何が落ちたか視えたん?」

「あっ、はい! 俺から見て左の棚から、本が1冊落ちました。拾っていいですか?」

「おん。円香チャンも付いてってくれ」

『はい』

2人が本棚の陰に姿を消してから1分後、円香チャンだけが1冊の本を持って輪に戻って来た。伊月は入口に再び背を預けとる。

背表紙には何も書いとらん。彼女が手首を返してみれば、 “There was a crooked man” と、イタリック調の筆記体で金糸によってタイトルが紡がれとった。

聞こえた音から想像しとったよりも、ずっと軽く厚さも無い。円香チャンによると最後のページを開けば ─47─ と記されていた上、途中には挿し絵の部分も何枚か挟まっとるから、実質文字の量的にはもっと少ないらしい。
書いてあるのは全て英語で純日本人の彼女と伊月には読むことに抵抗があったんやろうな、素直にワシに本が回ってくる。

『伊月くん曰く、クロックって、確か “曲げる” って意味があったよね、と」

「せやな。中身はともあれ、タイトルだけなら有名な書物やで」

『えっ、』

「 “背中の曲がった男” 、ですね」

「あー、俺も知ってるわ、ソレ」

氷室が呟いたタイトルに、火神がまたも覚えがあると言う。この種類の歌で英語を覚えるのはアメリカでは一時期主流やったからな。日本人の親が子供に使わせるのもおかしな話ではあらへんやろ。

「そーゆーことか。それがパネルの謎解きのヒントっちゅーことなら、ええ案があるで」