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アリウムの唄

次点を諮る。

中は思ったよりも広く、それでもリジーの部屋と同じか少し狭いくらいだ。ここなら敵が出てくる可能性は少ないだろう。外から来られたらキツいけれど。
伊月くんと根武谷くんには外で待機してもらって、他の4人で探索をする。

まず目に入るのは職員室にあるような引き出しつきの灰色の事務机と、それに合う背凭れつきのチェアー。 どちらも入口を向いて座れるような設置だ。部屋の右側には3段のラックと学校の掃除用具入れを思わせるアルミ製のロッカーがある。

「なんか、やけに生活感があって…気持ち悪ィな」

そう言った火神くんと一緒にラックの前へ並んだ。見下ろすのはコーヒーメーカーと、その粉末が入ったビン。コンセントプラグは繋がっておらず、プラグ口は全ての穴を見せていた。
ビンを開けて、匂いを手で仰ぐ。親しみある芳香が鼻を擽った。

『うん、普通のコーヒーの匂いだね。』

元々腐ったりカビたりしにくいのもあるが、匂いがあるのは驚きだ。一人で考えていると、突然手元からビンが消えた。
見上げれば厳つい顔をする火神くんと、その怒号。

「うん、じゃなくて!! 毒とかだったらどうすんだよ! ですっ!」

『えっ、』

「全く目を離せないな、椥辻さんは」

ため息をついた氷室くんに肩を引かれるまま、ラックから離される。反省するよりも先に、次は翔一先輩の声が釘を打ち付けた。

「円香チャーン。あんま勝手なことしよんなら外で待機してもらうで?」

『……ハイ』

しまった、勝手なことをしないと皆の前で宣言したのに! やっぱり危機感が足りないようで、どうしてもゲームの感覚が抜けない。ダメだ、こんなんじゃ。守れる人も、守れなくなる。
ごめんなさいと謝ると、はぁーと息をつきながら頭をわしゃわしゃ弄くられる。見上げれば、根武谷くん。

「まあ、アレだよな。腹減ってたんだよな!」

『え、』

「分かるぜ、俺あんまコーヒー好きじゃねえけど、今なら飲めるし。だからその、気にすんなよ」

「いや根武谷。それはちょっと違うだろ」

鉄平くんみたいな解釈をするもんだから、伊月くんのツッコミも加味して私が悪いのに普通に慰められて笑ってしまった。

『っ、ふふ、ごめんな、さい…っふ、』

「いや、全然謝罪の気持ち伝わってこーへんから」

『ゔ、』

翔一先輩の注意にもう一度誠意をもって『気を付けます』と言うと、彼は「しゃーないな」と私を手招きした。
翔一先輩の隣に並ぶと、先程見上げた黒いものが何だったのか理解する。

『モニターだったんですね』

管理室にあるような大きめの液晶画面が3つ。デスクの上にはPC。しかしどれも真っ暗だ。

「部屋の電球仕様のシャンデリアを見ても思いましたが、想像以上に近代的ですよ」

「せやな」

氷室くんの意見にはみんな同感だ。まさか巡り合わPCがあるなんて思いもしなかった。けれど断線されているらしく、翔一先輩が何度電源ボタンを押しても点きはしない。

「替えのコードかなんかおったらええけどなぁ」

『そうですね…』

翔一先輩の足元にしゃがみこんで、引き出しを開けていく。1段目には何もなし。2段目には懐中電灯。そして3段目には、『オイル!』ランタン用のオイル瓶が一つ。何だか、こんなに明るい屋敷なのにアネムシア感がありすぎる気がする。どうして違和感しか感じない。

翔一先輩に懐中電灯とオイルだけを掲げて見せると、彼も座っていた椅子を引いて自分の右側の大きめの引戸を開ける。そこは空だったようだ。

「ま。ネットに繋がったところでえぇ検索のワードすら分からんしな」

ふぅ。と、また一つ息を吐いて翔一先輩が立ち上がる。机の側の壁にはボードが設置されていて。キーフックとでも言えばいいのか、部屋の名前が書かれた長方形の紙の下にボードにL字型の細い錆びた金属の棒がいくつも刺さっている。そしてその2つ分に、鍵がかかっていた。

「こんなに仰山部屋あるのに2つかいな。世知辛いわぁ」

納得できない声を出して、翔一先輩は2つとも取る。そうは言っても、棒で数えれば2つなだけだ。1つは【Guest Room】と書かれていた鍵束で、数は目測で五つほど。全てを束ねる大きな輪に、またあの色褪せたリボンがついている。
もう一方は【Study Room】───真くんたちが向かったはずの書斎だ。ならばあそこは開いていなかったのかもしれない。良かった。

ボードにはさっき見に行った【Collection Room】や、鍵が開いていた【Lizzie's Room】【Borden's Room】、他にもまだ知らない【Master's Room】【Dining Room】など。パッと見、かなり部屋数があるようだ。

次はどうするか考え出す翔一先輩から視線をずらし、ラックの中身を確認してみる。1段目も2段目も空だけれど、3段目だけには黒いキューブ型の箱。見た感じ鉄製で、重みを覚えるそれは恐らく金庫だ。

『氷室くん、その金庫、鍵で開けるタイプ? それとも暗証番号つきかな』

私の問いに振り返ってしゃがみ、確認をしてくれた彼は後者であることを教えてくれる。

「4桁で数字みたいだよ」

『ありがとう』

コーヒーという生活用品があるのに、カップはない。それどころか、マネジメントの名に相応しい物はモニターとPC、金庫、鍵、懐中電灯くらいなもので、ラックとか机とか、家具が揃っている割りに中は空が多く、この屋敷についてのメモやファイルなんかも見つからない。
ゲームの世界観がそこまで練られていないのか。現実と、ゲームと、ただのゲームではない、その3つの空間の狭間のような心地。
世界観がしっかりしていないなら、やはり下手にアイテムや情報の目星をつけるのは良策とは言えない。少なくとも暗証番号のヒントはこの部屋にはなさそうだ。

因みに、根武谷くんはロッカーからモップの柄だけを見つけていた。武器として用意されているのか、或いは高いところにあるものを取るのに使うのか。この部屋には天井に仕掛けらしきものはないから、とりあえず今のところは得物として根武谷くんが持つことになった。

「あと30分くらいやな。円香チャン、どうする?」

『えーっと、そう、ですね……。恐らく書斎は次の行動の基盤となるような部屋ですが、探索は30分もあれば十分だと思います。でも、何も無ければ、の話です』

「ん、ほな体力も余っとるしワシらはこのまま書斎に行って探索やな。何事も起こらんで30分未満で帰れるんなら、1時間過ぎるっちゅうことになったら緊急事態な訳やし。花宮たちにはこの鍵束渡しとこか」

みんなが了承の意を示し、私たちはマネジメントルームを出る。
この部屋から伸びる廊下は書斎に突き当たっていて、その途中右側にもう2つ部屋がある。そのうちの片方から出てきた真くんたちは、これでこの階の空いている部屋を見終わったらしい。

「っちゅーわけで、ワシらはそこの書斎見て来るわ。花宮にはこれ渡しとくな」

「……どこの部屋ですか、コレ」

「ゲストルームとしか書いとらんかった。リボンもついとらんからプレートの無い部屋かもしれへんな。まぁ残りの時間根気よく差し込んで当たり見つけてくれ」

「……クソ。面倒事押し付けやがって……」

「堪忍ナー」

(棒読みかよ!)と悪態をついているだろう真くんを宥めながら、一応さっきの金庫にかかった4桁の暗証番号の話をする。

『ロック解除のキーワードもアイテムもそうなんだけど、このゲームはどれも結構関係ないところにあるかもしれない』

「チッ、こっちも面倒くせェ。てかランタン持ち歩いてんのかよ」

『うん。でも暗くないから思ったよりダニエル感がないの。高尾くん、ちょっと早いけど交代する?』

「ちょwwww その話聞いた後で持ちたくはないんスけどwww」

『えへへ、だよね。』

うーん、ちょっと誤算だったな。役に立たないだけあって想像以上にお荷物である。
そう思っていると、褐色肌の大きい男の子がズイと前に立った。確か、ボーデンの部屋に行った人だ。真太郎並みの身長にも関わらずビックリしていると、しかしその体格に似合わない程瞳に光を帯びている。

『えっと、』

「それ、いらねぇの」

男の子が指したのは、件のランタンだ。

『えっ、あ、うん。今んところは』

苦笑して掲げると「じゃあくれ」と手を伸ばす。

『うん? いいよ、ハイどーぞ』

私の何倍もある大きな掌から伸びる指に、ランタンの持ち手を丁寧にかけた。持った瞬間感嘆の声を上げる彼に、笑みが漏れる。真太郎や真くんは違うけど、外で遊ぶのとかが好きな男の子はやっぱりアウトドアグッズに心を惹かれるのだろうか。

「なになに青峰ぇ〜、それ欲しかったの??」

ニヤニヤ笑う高尾くんに、少し照れながら「ぅるせェな、いいだろ別に! お前もさっき持ちたがってたじゃねぇか!」と言い返すアオミネくん。髪が青いからアオミネくんか。桃色の女の子と一緒にいた子で、少し威圧感があったけれど優しそうな子だなあ。

「オイ、無駄口叩いてねぇでそろそろ行くぞ」

何かに痺れを切らしたらしい真くんが、舌打ちをしながら隣の男の子を蹴る。確か名前は瀬戸くんだ。霧崎第一の人で、真くんが唯一自分から連れてくって言ったからよく覚えている。
額のほくろが印象的で、紫原くんみたいに眠そうな目をしているな、と思いきやじっと眺められた。

『あ、の「いや何でもない。うーんそうだな、とりあえず可愛いな」えっ!? 「とか言ってみたわけだけど、」

唐突の言われ慣れないお世辞に、ボッと顔が赤くなる。意味のわからない言動に訝しむ真くんを見下ろした彼は、次に「怒った? 花宮怒った?」と訊いていて。真くんは「テメェホントいい加減にしねぇと殺すぞ」と脚を蹴りつけていた。良く分からないけれど、たぶん仲良しなんだと思う。