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アリウムの唄

現状を量る。

不満げな真太郎に、救命道具である吸入器のポーチを託す。この部屋に残すことで “自分の命の場所” を呈示する旨も含ませたソレを、真太郎は快く受け取りはしなかった。
同じような顔をするリコと、こちらも珍しく眉を下げる鉄平くんに笑顔で手を振って、翔一先輩と伊月くんの後ろにつく。隣は道程同い年には思えない洛山の根武谷くんだ。そして火神くんと氷室くんを背にして部屋を出たあと真っ直ぐに廊下を進み、十字路まで出た。

この階は一度探索をしているから、どんな構造かは赤司くんの書いたメモに記されている。あのとき隣にいた真くんに合わせて数秒眺めただけの私はきっちりとは覚えられていないけれど、恐らく翔一先輩の頭にはしっかりインプットされているのだろうから安心だ。

まずはプレートのついた扉を探すことをメインに動く。地図上で最も少ない部屋数に面した廊下から潰していこうということで、私たちは十字路を右に曲がった。
目の前は壁。廊下自体はさほど短いわけではないが、見える扉は突き当たり右手側にあるものただ1つ。両サイドはほぼ壁なので伊月くんが後ろに下がり、私は必然的に翔一先輩の隣に並ぶ。
3分ほどで足を止めれば、頭上に見覚えのあるアンティーク調のプレート。ドアノブに手をかける翔一先輩の横でその英単語の綴りを、今度は正確に読み上げた。

『コレクションルーム……』

「アカン、鍵かかっとるな」

「スペルにもMはありませんね」

帰国子女だという氷室くんの言葉通り、【Collection Room】と書かれた英字には目立つ大文字のMは存在しない。翔一先輩に言われ、試しにドアノブの下にある鍵穴に鍵を差し込んでみても入りはしなかった。


「伊月ー、花宮たちはどこ行ったん?」

「十字路を左に曲がっていました」

「おかしな気配は?」

「今のところは視えません」

来た道を振り返りながら伊月くんが翔一先輩に応える。
視野が広いとは言え、それはあくまで視界に映る範囲の話。そしてその情報を頭のなかで図示し、前後左右に視えたモノの位置関係を一瞬で把握できるものらしい。間違えて過信してならないのは、鷲の目も鷹の目も障害物の先を透視する能力ではないということだ。

左右にも前にも道のない此処からでは、後ろにある真くんたちが進んだ方角しか見えない。恐らく、今の状況では、伊月くんが視えている景色と私たちのソレについての違いは視力を考慮しなければあまりないだろう。
それでも翔一先輩が今回彼に尋ねたのは、そういう役目の為に他の人より辺りを視ているからだと思う。

つまりは、場所を移動すれば何かがいるかもしれない、ということだ。
実際のところ、この場面において伊月くんより視野の効く高尾くんたちから悲鳴なんていう物騒なものが聞こえないから可能性は低いけれど、油断は大敵。
特にこの場所は、逃げ場がない。後ろの道を塞がれてしまえば対峙するしかなくなるから、敵の有無は非常に重要な項目になる。

「了解。ほなさっさとこの廊下を出よか。十字路まで戻るで」

翔一先輩の言葉に、皆が向きを変える。私と翔一先輩が少し速歩きで火神くんたちを抜かし、上手い具合に列を元の構成に戻した頃には無事に十字路に着いた。
皆がいる部屋を左手に置き、コレクションルームを後ろ、前方に1階への階段を構えた私たち。翔一先輩の話に因ると、右側の廊下には左手に部屋が2つ。その先は左右に道が分かれ、右側に上に上る階段があるそうだ。

「次はこっちの部屋を確認しよか」

先輩の言葉で私たちはその廊下を進んでいく。少し歩くと一つ目の扉があった。プレートはなく、だめ押しで鍵を確かめるも蛇足に終わる。2つ目も同じだ。
このまま突き当たりまで廊下を進んだら、今度は左に曲がることになっている。歩きながらふと考えたのは、さっき開かなかったコレクションルームのことだ。伊月くんも同じことを思ったのか、事実それを口にした。

「俺たちが拠点にしている部屋からこれまで歩いてきた廊下の長さを考えると、あのコレクションルームはたぶんそれなりに大きいですよね」

「その通りやな。そういう部屋ってゲーム内ではどうなん?」

翔一先輩が振り向いたので、伊月くんと根武谷くんたちの視線も集まる。私はさっきまで考えていたことを口にした。

『イベントがある可能性は高いです。とはいっても敵と遭遇のケースより、謎を解いて重要なアイテムを手にいれるものかもしれません。中が迷路になってたりするなら話は別ですが……』

苦笑すると、翔一先輩も同じように笑った。

ここは、屋敷自体ならそんなに入り組んだ構造ではない。ならば敵は何らかの方法で倒すか、ある程度撒いたら消えるか、という設定の可能性が高い。
そうでなければあまりに探索の余裕が無くなってしまう。話を聞く限り謎解きの要素が強いこのゲームにおいて、ずっと徘徊されたり倒す方法が無かったりでは流石にハードモードすぎる。ドアが揺れるとか、何かが落ちるとか、そういうアクションでホラー感が演出されていて欲しい。


廊下を突き当たったところで「そう言えば」と言ったのは隣の根武谷くんだった。

「お前も紙、持ってんのか?」

普通に上を向いても、隆々とした二の腕と肩の筋肉が彼の顔に至るまでの視界を少し悪くするけど、しっかり目を見て頷いた。……こういうところでも信用を与えていかなきゃと考える私は、姑息かもしれない。

根武谷くんの言う “紙” については、今後の方針と今の探索グループを考えたときに赤司くんたちにも同じことを聞かれた。思い当たる節のあった私は、存在だけを確認して未だ外気に触れさせていなかったそれをあのとき初めてポケットから出したのだ。

「なんて書いてあったの?」

伊月くんの問いに、私は短く『アンド』と答えた。彼が「あんど?」と首をかしげるから、さっきと同じように紙を取り出す。
何てことない、2つ折りの紙。書かれていたのは、 “&” の1文字。真くんや翔一先輩たちの前で読みあげた瞬間も、そこにいた全員が顔をしかめたのは記憶に新しい。

「あぁ、“&” か。アルファベットじゃないんだね」

『うん、そうみたい』

「おかげさんでまたこれで謎が深まったわ。そない記号出てしもうたら範囲広すぎるっちゅーねん」

大袈裟にため息をつく翔一先輩。恐らく、真くんや赤司くんが顔をしかめたのも同じ理由だろう。
アルファベットですら全て揃っていなかったのに、そこに記号までもが加わってしまったのだ。アルファベットですらアナグラムとして言葉にするには多すぎる枚数に、下手すればアルファベットより種類の多い記号の参入。何かを推測するのは難しい。

伊月くんと氷室くんも困った顔をする中、部屋を出る前にした挨拶のときに頭を使いたくないと公言していた根武谷くんが「俺中学生まで “&” 書けなかったわ」と言うから笑ってしまった。



今歩いている廊下の突き当たりは、今度は左に伸びている。伊月くんが安全を確認してから私も顔を覗かせれば、四角い吹き抜けをぐるりと囲む廊下に出た。なるほど、こう繋がっていたのか。

目の前にはあの金の柵と、吹き抜けの穴を挟んだ向こう側に2つ扉がある。
右回りに辺りを見回していると、「あっ、円香サン!」と声がした。前方に見える扉の片方からぞろぞろと人が出てくる。Bグループだ。
名を呼んで私と目が合った高尾くんはホッとした顔をしたのも束の間、ぶんぶんと手を振ってくれる。真くんが何かを呟いて彼を蹴ったから振り返す前にその手は下ろされてしまったけれど。

そんな真くんは私を見て、クイと顎を動かした。動きに倣うように左を見ると、釣られたのか一緒に視線を移動させた伊月くんが「あ」と声をあげる。
そこにあった1つの部屋には、扉にプレートがかかっていて。

「マネジメントルーム!」

『MM!』

刻まれた【ManageMent Room】の印字。普通はあんなところに大文字は入れないのだけれど、略称且つ他との区別をつけるためのものなんだろう。Mが2つ含まれる単語に、口角が上がるのが分かる。ホラーゲームはこういう感覚があるから止められない。

「見つけんの遅ェんだよバァカ」

ニヤリと笑う彼の挑発的なそれにも、私は『ありがとう!』としか返せない。この返答が気に食わなかったのか、舌打ちをして目を逸らした真くんはそのまま4人を引き連れて右へ進む。その先にあるのは、これまた横に長い壁の割に1つだけポツンと浮かぶ2枚扉だ。
何かプレートがあるのは分かるが、生憎視力が足りなくて見えない。プレートがあるなら、あの奥にまた廊下がある可能性は少ないだろう。広そうな部屋に一抹の不安が胸を襲う。

『何て書いてあるのかな』

「うーんと、スタディルームかな。ということは、」

「書斎、だね」

伊月くんと氷室くんの言葉は、少しだけ私の胸を落ち着かせた。開くのかは分からないけど、書斎ならあまり敵が出てくることは少ない。例外もあることにはあるけど、……そう信じるしかない。

「大丈夫だよ椥辻。青峰は強いし、高尾もホラーゲームに慣れてるし……、他の人たちも機転が利くからさ」

『うん。ありがとう伊月くん』

控えめに、だけどしっかりと。伊月くんの優しく温かい手が、私の背中をポンポンと2回叩く。彼は私が此処にいることにあまりいい顔をしていなかった1人だから、少しでも不安を感じさせてはならない。そう思って浮かべた笑顔に、伊月くんもふわりと笑ってくれた。

翔一先輩の声かけで真くんが教えてくれた部屋、【MM Room】へ。ポケットに入れていたリボンつきの鍵を出す。
……マネジメント。どのアイテムがどこにあるのか、あんまり場所は関係ないことが多いけれど。プレートやリボンに記すまで部屋の名前を強調するなら、他のゲームよりも意識すべきかもしれない。

「円香チャン」

『はい』

先輩に頷いて一歩踏み出し、鍵を差し込む。右に回転させると、90度分しか回らなかった。それでも “ガチャン” という音は確実なもので、もうこの扉を縛るものは何もない。
両側には根武谷くんと火神くん。後ろには翔一先輩と伊月くんと氷室くんの3人が並んでくれている。流石にこのときばかりは、中から何かが襲ってくることも考慮するから私も最高に神経を尖らせた。ドアノブに手をかけて捻りながら、深呼吸。

『─────開けますっ』

その声と共に、力を前へ加える。軋む音は一切なく、扉は空間へと道を開けた。