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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

アリウムの唄

再起を謀る。

叫びは、心に上手に刺さった。

高尾くんが当ててくれてる手のお陰で聴覚を遮られた今、心臓の音が大きく聞こえる。このまま、身体ごと揺れちゃうんじゃないかってくらい。
でも、キセくんの思いはとても大きくて、高尾くんの指を綺麗にすり抜けて鼓膜を震わせた。

どうして、気づかなかったんだろう。どうして、気付けなかったんだろう。リコはああ言ってくれるけど、キセくんの考えだって何一つ間違っちゃいないんだ。
高尾くんの手の意味もリコの反論の内容も、私は悪くないと言っているけれど。自分を責めるしか出来なくて。

「言ったはずなのだよ黄瀬。俺はお前をもう『ごめんなさい、』……円香?」

酷く生温い彼らの優しさを振りほどかなければ、どうにかなってしまいそうだった。耳に被せられたソレにも、リコと真太郎の怒りにも否定をして、私はキセくんを見る。
ああ、もっと。もっと早く気づくべきだった。ずっとそんな顔をしていたの? 私が笑ったり興奮している後ろで、横で、前で、ずっと、そんなに辛い思いをしていたの?

『……ごめんなさい、』

何が、責任だ。

『ごめんなさいっ……!』

何が、役割だ。

誰かにこんな思いをさせて。勘違いも、空回りも甚だしい。一番にやらなきゃいけないことを後回しにするなんて、言語道断だ。

不謹慎だという真太郎の言葉をどうして身に刻まなかったんだろう。高尾くんに言われた言葉をどうして忘れることができたんだろう。
みんなの不安を散らすためにはしゃいだわけではない。ただ、自分の不安を晴らしたかっただけだ。こんな状況を作っている時点で、確かに私は邪魔者じゃないか。言いつけを破って危険に足を突っ込んで。あげく誰かを巻き込んで、ただ助けを待ってるだけの、自分勝手で、都合の良い、……まるで、おヒメ様だ。

「なんでお前が謝るんだ!」

『っだって、キセさんの言う通りでしょう、真太郎』

ごめん。この言い方は、信じてくれている人たちを貶してしまうかもしれないけれど。それでも、真実だと思うんだ。

知ってたはずだった。邪魔者呼ばわりされていたこと。異端者だったこと。……知ってたはずだった。

『不快な思いをさせてごめんなさい。さすがに私はバケモノですとは言えないけれど、それでも疑われて当然で。私が言うことじゃないんだけど、キセさんは悪くないです』

「なんだよ、それ……。優しさでも見せつけてんスか。そんなのに俺は靡かないっスけど」

「黄瀬!」

『そうじゃありません。でも、信じてとも、言いません。正直、疑われるのは仕方ないことだとして片付けちゃいたいくらいなんです』

それくらい、無意味な発言だ。ヒトの気持ちなんて、そう易々と変えられないものだろう。
偽善者の建前と言われてしまえばそれまでの台詞。それでも本心なのだから言わずにおけなかった。……それしか言えることがないってだけでもあるけれど。


詰まるところ正解なんて分かんないし、キセくんを思うなら今すぐにこの場から退くべきなのかもしれない。今逃げ出せば、そのうちアイツはバケモノだったって解釈が真太郎たちにも浸透するだろう。

だけど、

『だけどココ以外に居場所なんて無いのも、守りたい人たちがいることも、私にしてみれば皆さんと同じなので、居させて下さいと言う他ありません』

私だってこれ以上自分のためだけを考える愚考を働くつもりもない。リコに言った言葉だって嘘じゃないんだよ。一緒に連れて来られて良かった。みんなが知らないところで怖い目に遭ってたのを後から聞くなんて、あんまりだ。
だから、こんなところで申し訳なくなって独りで行動するのは賢明じゃない。

きっと、私を信じてくれていた人は怒ってる。当人が喋るのは余計なことだろう。守られるだけの方が、守ってる方としては安心だし楽チンだから。
でも、黙ってみていることが出来ないのがしつこい人間の性だし、さっきも言った通り私はココにいたい。自分の力で、残りたい。

「そんなの許せるわけ、」

『その代わり、次に疑い深い行動をしたら離れます。だから、もう一度。チャンスを下さい』

「オイ勝手なこと言ってんなブス」

『ごめんちょっと黙ってて』

「あぁ?!」

「花宮どうどう」

原くんが抑えてくれている間に、キセくんの目の前に立つ。真太郎に負けないくらい背が高くて、べっぴんさんだ。友達との会話によく出てくるモデルの黄瀬とは彼のことだろう。私は専らPC派なので雑誌やテレビはあんまり見ないんだけれど……。

仲間のための彼の気持ちはよく分かる。

でもキセくん。それは私も同じなんだよ。此処に来れた以上は、みんなを守りたい。今度こそ、自分の役割や責任を全うしたい。
それには、今全員の理解がなくとも、いつか理解をしてもらうためにこの思いを知ってもらう必要がある。じゃなきゃまた空回りに終わるのだ。自分が知っている人だけ助かればいいなんてそんな話でもないんだから。

『今まではやりたいようにやっていました。ごめんなさい。次からは、信じてもらうような行動を取ります。私だって、真太郎たち秀徳の皆さんや誠凛のみんな、真くんや翔一先輩たちが心配だから、今すぐに諦めるなんてことはしたくない、です』

「…………、」

『疑わせないとか信じさせるとか、そういう観念をちゃんと伴わせるので、それを見てくれませんか? その上でまた、真偽を判断して下さいませんか?』

「………それ、俺ひとりに決めさせることじゃないし、「逃げるな黄瀬」っあーもう! 分かったっスよ!!」

海常のキャプテンっぽい人の一言に身体を硬直させたキセくんは、投げやりに叫ぶ。
ホッとすると同時に、私もキセくんの言葉に気付かされたから、初対面となる人たち全員の顔が見える場所に移動する。誠凛と修徳が隣合わせに座っていてくれて良かった。彼らの前で正座をした私は、つくづく頭が良くないことに嫌気が差すなぁと自身を諌めながら、頭を下げた。

『改めまして、お初にお目にかかります皆様にも重ねてお願い申しあげます。どうか、私を判断するまでにもう少し時間を下さい!』

誠凛の生徒会長になってから、色々と堅苦しい敬語を使う頻度が増えて勉強をしたけれど。まさかこんなとこで使うとは思ってなかった。

そう言えば、考えたら私ろくに挨拶もしていない。順序を間違えたことに慌てて顔を上げ直すと、目があった紫ジャージの金髪の人に驚いた顔をされた。ますます気まずくて思わず目が泳いでしまう。ああ、どこを見ればいいのか分からない!

『あ、あの! すみません、色々間違えてました! まずは自己紹介ですよね!』

うん、高尾くんと鉄平くんに笑われてる。そんなことを背中で何となく予想しながら、もう一度頭を下げた。

『せ、誠凛高校にょ椥辻円香です!』

「「ぶっはwwww」」

「今あの子にょって言ったよね」

「しっ! 静かにしなさい小太郎!」

うわあ、コタロウさんソコはスルーして欲しかった! そして笑ったのは絶対に高尾くんと原くんだ。見なくても分かる、そうに決まってる。
顔を上げるタイミングを逃した私はぐるぐるし出した景色に耐えながら次の言葉をとにかく舌に乗せた。

『あああの、あと、えっと、真太郎くんと仲良くさせてもらってまして、えーっと……あっ! うちの真太郎がいつもお世話になってます!』

「ぶふ円香さっ……! それじゃあ真ちゃんのお嫁さんみたいなんだけど!!」

「な!? 何を言ってるのだよ高尾!!!」

「とりあえず円香は落ち着こうな」

『あ! 鉄平くんにもお世話になってる者です!』

「会長それじゃあ不倫してるみたいだから」

「間違ってはないけどな!」

「鉄平は黙ってて!」

後ろのフォローも聞いてられず、他に言わなきゃならないことはないか探す。生徒会長ということは言わなくて良くて、あとは、

『あ! あと、お礼も遅くなって本当にごめんなさい! 私を助けてくださった方々! ありがとうございました! お陰さまで生きてます! ありがとうございます!』

「慌てすぎだろアイツ」

「まあまあ、多目に見たってくれ。あれでも本人は真剣なんや」

青くて黒くて大きな人に、翔一先輩までもがフォローしてくれてる。さすがサトリ先輩。分かってくださってる。どうしても必死にやるとこうなってしまいますが、真剣なんです。

言葉のチョイス最高! とか原くんが良く分かんないことを言ってるのが聞こえるけど、どう返せばいいのか分からないので黙ります。今のどこら辺にセンスを感じたんだろう、謎すぎる。

知り合いの声しか聞こえないので、そろそろと顔を上げてみた。バチリと、キセくんの後ろにいるキャプテンさんと目があえば即行で逸らされる。

『……っ、』

やっぱりダメ? 何もかも遅すぎた? ココで拒否されてしまう? 手遅れだったかな…。
一気に肥大する不安で、顔が歪む。

「ああ!! 笠松! なんて顔をさせてるんだ!」

「ぅううううるせぇ! おお俺は!! いきなりア、アイツが……!」

「大丈夫ですよ椥辻会長。あの笠松さんという方は、海常高校のキャプテンなんですが、女性が苦手なんです」

『ぁ、えっと、』

「済みません女神ッ!! このバカはほんっとどうしようもなくて!!」

「だっ、どぅあれがバカだシバくぞ森山ァアア!!!」

「どうか御慈悲を! 申し遅れましたが私の名は森山由孝!海常高校の3年です。由孝でも由ちゃんでも孝ちゃんでもよしたっかーでも先輩でもお兄ちゃんでも!何とでもお呼び下さい!!」

ズザァアとスライディング土下座をして私と膝を付き合わせたその人は、森山と名乗って私の手を取った。ギュウッと握られたそこから伝わる熱はとても温かくて、……痛いくらいで。
疑うべき立場の人から届く、初めての親しみを覚える対応に唇が震えた。返さなきゃいけない言葉が浮かんでいくのに、それを音に出来ない。だって口を開けば、目からも余計なものが落ちてきそうだから。
面倒くさいって思われないように。取り入ろうとしてるって思われたりしないようにずっと堪えてきた感情が激しく揺れ動いた。ああどうしよう、困るな、こんなの。

とにかく、失礼のないように一言感謝だけでも述べようと思いきって口を解けば、か細く息を吸ってしまった。道理に倣って吐き出せば、少量のはずなのに自棄に熱をもって空気に溶ける。
吐息というにはロマンチックに欠けたソレを隠すように、私は目線だけでそっと相手を見上げる。

『ありがとう、ございます』

どうか泣きそうなのがバレませんように。そう思いながら唇を閉じると、森山先輩はなぜか顔を覆った。

「っぐ……!」

『えっ、』

「と、吐息がっ、角度がぁあ……ッ!!」

「ちょっと離れて下さい! 椥辻はこっち!!」

「近づいちゃダメよ円香っ」

『え? え?』

突然伊月くんが私と森山先輩の手を無理矢理剥がして、リコに後ろから肩を抱かれた。驚きすぎて涙も引っ込む。
状況把握にキョロキョロと目を動かせば、翔一先輩が森山先輩の襟を掴んでズルズルと壁の向かいへ引き摺っていた。珍しく先輩の目も薄く開いている。なんか、怒ってる……?

行動の道を見失った私の前に、今度はみんなをまとめていた赤い髪の男性が立った。吸い込まれそうな真っ赤な瞳は、少し恐ろしくて、少し安心する。
彼はまるでテレビから出てきたような具合に微笑んで、言った。

「あなたの決意、俺は受け取らせて頂きました」

『え、あっ、ありがとうございます!』

「赤司征十郎と申します。緑間くんとは帝光中学校の同級生で今は京都の洛山という高校に通っています」

『赤司くん……。あなたが……、』

話に聞いたことはある。どうしてもどうしても勝てないけど、きっと自分以上に人事を尽くしている相手だから認めざるを得ないと真太郎が強い目で言っていた子だ。名前は聞かなかったけど、この赤髪赤目とそれを異端にしない眉目秀麗さがこの場を締まらせる。顔は年齢に相応だけど年下とは思えない貫禄と佇まいに圧巻された。
私の反応に赤司くんはまた美しく、そして可笑しそうに笑った。

「はは、どうやら緑間はあなたを相当お慕いしているようだ。外での緑間はもう少し自分の出来事を隠すんですよ」

「ッ赤司!!!」

「緑間は俺の大切な友人であり同志でありライバルです。ですから椥辻さん。俺としても、あなたを信じたいんです。……どうかお気をつけて」

『……はい』

真太郎を茶化した赤司くんの、その台詞は。この世界での彼の役割、そして私を裁く力を悟るには充分すぎるものだった。

私は、扉をノックしただけに過ぎない。