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アリウムの唄

平穏が経つ。

全員の体の力が抜けたのが分かった。斧は直ぐ側の壁に打ち付けられたらしい。数十秒後にはまた少し遠くなったところで “ザシュッ” と壁紙を裂く音がした。
動かなくなったドアノブを握り続ける高尾くんは目を閉じていたし、流石の真くんも少し気力を使ったような顔つきでドアから離れる。

意気込んで探索をしていた私もまた、机の引き出しから見つけたばかりのマッチの箱をぎゅっと握りしめていたらしく、汗がじっとり手についていた。

「やっべー、すげーハラハラしたわ、俺だけに」

「いやいや、実は原サン余裕っしょ」

「バカなこと言ってねぇで動けよへそ野郎」

「あ、そっちの “ハラ” は嫌だわ」

落ち着いてきた空気に安堵しながら、さっきは真太郎に見てもらったクローゼットをもう一度自分で開けた。ドレスの赤くない部分を慎重に触って、他の服も掻き分ける。奥に仕掛けとかはないようだ。あとは下かな。ドレスやコートの裾の部分に手を擽らせながら暖簾を上げるように捲ると、キラリと光るものがある。

『鍵!』

叫んだ私の手からはみ出るのは、【MM Room】と書かれた色褪せるリボン。手中には、もちろん冷たい金属の感触。

「さっすがアイテム探しの達人円香サン!」

『へへ、やっぱりこういう仕事は私だよね!』

高尾くんの誉め言葉を素直に受け取りながら、鍵を眺める。銀とも銅とも、はっきりとは言えない色をしていた。結構錆びてる気もしなくもないけど、使えるよね? 油差さなきゃとかあるかな。

「何その才能、羨ましい」

「絶対素通りする部屋指して、“ここなんかある” って言うんすけど、それがキーアイテムだったりオイルとかバッテリーとかだったりって、とにかく円香サンすごい勘が良いんですよ!」

「マジで? ちょっと後でアドレス交換しようねん、円香」

『え?』 

近づいた真くんに鍵を見せていると、突然名前を呼ばれた。高尾くんや小金井くん並みのコミュ力だと認識しながら頷くと、真くんが「働けよ」と私の目の前に立つ。彼の背中しか見えないけど、たぶん睨んでいるんだろうなぁ。「花宮顔怖いってーww」と笑う原くんの声が全てを物語る。
黙ってればただのイケメンなのに勿体無いと何度目かの落胆をしていると、いつの間にか隣に立っていた真太郎に手首を捕まれていた。ぐいっと真太郎の胸辺りまで肘を伸ばされる。どうやら鍵が見たかったご様子。

『MMの意味、なんだと思う?』

「イニシャルと考えるのは何となく安易すぎるのだよ。家族なら名前だけで構わないはずだ」

『確かに。ホラーゲームならこの部屋においてある意味はあんまり考えなくてもいいとは思うんだけど』

とりあえずこの件については真くんも何とも言えないというので保留。ここみたいにプレートがついている部屋もあるので、その一部ではないかと推測して終わりにした。




もう1回、この廊下にバケモノを寄せて向こうに再度流す間に、ネズミ1匹逃さないように調べ尽くした私たち。これ以上は無駄だという真くんの判断で、高尾くんに様子を聞いた。

「あ、向こうも今さっき終わったらしいんで、合図送りますね」

バッチグーです! 叫ぶ高尾くん。もはや合図ではないものを聞きながら彼の隣で廊下を見ると、伊月くんが苦笑いでサムズアップを返し頷いていた。
私と目が合うと、その顔がとてもホッとしたものに変わるから、胸の辺りが温かくなる。自分も同じ、もしくはもっと怖い役なのに、優しすぎるよ伊月くん。
そして、彼に笑い返すのと同時に、やっぱりあの扉、色が変だと思った。さっきバケモノが部屋から出てきたときも感じた違和感は確信になる。こっちにある扉とは違う色をしてるのだ。廊下ごとに分けられてるのかな。

どちらも終わったので、撤収に入る。バケモノは今、向こうの廊下に入ったところだ。私たちは走って近い方の階段に入ることに成功した。
直ぐに駆け寄ってきたリコと一緒に、左グループが逃げる隙を作ってくれる高尾くんと原くんを見下ろす。階段を降りたすぐそこで、バケモノの注意を引き付けてくれるのだ。こちらに気づいたバケモノの斧が廊下からホールに出た瞬間、2人は階段に入る。
あっさり餌に食いつく辺り、この人は知性が低いのかもしれない。やはり一度どちらかの部屋に入るか敵を見つけるまで方向転換は出来ないみたいで、階段の壁にぶつかると数秒後には右の廊下へと体を斧を引きずって歩いて行く。



2グループとも上に戻ってきたところで、一先ずこの階にもバケモノがいないとは限らないからという理由で一番最初の部屋に入る。鍵は青いジャージの黒い短髪の人が持っていて、最後に彼が部屋に鍵をかけた。
主部屋で学校ごとに円になる中、私は今回だけ霧崎第一の輪にお邪魔した。原くんに引きずりこまれた。すごく険しい顔の誠凛のみんなを目の前にしてとても居心地が悪い。鉄平くんと水戸部くん以外の全員が敵のような視線を送ってくるんだけど、真くん何かしたのかな?

赤髪くんの促しで、お互いに成果を出しあう。私たちの戦利品はルークの駒と【MM Room】の鍵。そしてマッチ。あれだけ探したのにこれしか見つからなかったけど……まあ最初の部屋だし、十分だろう。
部屋の構造とか様子を高尾くんが説明していく。それを聞きながら、床に鍵とマッチを吸入器のポーチから出して並べていると、隣の真くんがスッと顔を近づけてきた。振り向く間もなく、耳元で喋られる。何やら日向くんたちが叫んだ気がするけど、正直真くんの小声を聞き取るのに精一杯でした。

「チェスの駒は出すな」

『え?』

「いいから。必要になったら言うから、見せるんじゃねぇぞ」

『……うん、分かった』

小さく頷く。真太郎にも隠してたし、やっぱりこの駒は大切なんだろう。

「───花宮さんと椥辻さん、宜しいですか?」

どこか咎めるような声に顔をあげると、赤髪くんの真っ赤な瞳が飛び込んできた。いつの間にか蔓延していた刺々しい雰囲気に首を傾げると、真くんが肯定をする。また小さな声で、今度は耳に寄せずに「何でもねえ」って言われた。そういうことにしとこう、うん。

さあ、それではアイテムを紹介しよう! その流れで言われた通りに鍵とマッチだけを出す。高尾くんが目を細めていたから、後で説明してあげないと。

私たちの口が閉じると、左グループの報告が始まる。こちらはとても興味深い内容だった。

「部屋は4つあったんやけど、開いたのは入って右側の一番奥のみ。ここだけ、扉の仕様が違うてた」

「仕様?」

「せや。他のは全部木製を思わせる色しとったのに、そいつだけ鉛色。直接触って思ったけど、あれは……、そうやな。アルミ製っちゅーか、体育館の扉なんかに使われる素材に似とったで」

「加えて部屋の中も床以外扉と同じ色。それどころか、家具はたった2つだけの酷く無機質な場所だった」

大坪先輩の話してくれた風景を想像しても、現実味に欠けた。四方を鉛色に囲まれた部屋なんて、独房の脱出ゲームでしか見たことがない。屋敷にそんな部屋はまずない。あったとしても錠がしっかり掛かった地下で、簡単に来客が入り込める場所じゃない。
話によると、置いてあった家具は厳密に言えば3つ。1つはガラス製の低い机。もう1つはその机の上に置いてある鍵が掛かった木箱。鎖で机と繋がっていて、持っては来れなかった。そして、本棚のようなオープンラック。こちらも素材は木。
細工も何もなかったから、早く探索が終わったんだろう。



開いた部屋はバケモノが出てきた部屋だけで、そこにもプレートがあった。文字は【Borden】、読みは翔一先輩曰くボーデンだそう。

『そういえば、私たちの部屋にもプレートありました。確か、リジエ?』

「リジーだろバァカ」

ゴメンナサイ。暫く静かにしてます。

肩を縮こませたところで、「Lizzie ・ Bordenか」と双方を繋げた声が聞こえる。なるほど人の名前みたい。しかも発音すごい上手かった。
呟いたのは、紫色のジャージの黒い美少年さんだった。私以外はみんな知り合いのようなので、自己紹介をしていないから名前は分からないけど、とにかくイケメン。

それに分かりやすく反応したのは火神くんだ。若干興奮気味に目を開いている。

「タツヤ! それ俺知ってる!」

「あぁ、そうだろうね。タイガが英語を勉強するのに使ったあの歌の一部だ」

『歌?』

この中で理解していたのは、ごく少数だろう。喋っているタツヤさんと火神くん。表情を変えないどころか俺も分かってたぜ風の翔一先輩と真くんと赤髪くんだ。
疑問にした私に、タツヤさんが歌い出した。それはそれは恐ろしく綺麗なネイティブ発音で、私が聞き取れる訳もない。歌上手いなぐらいにしか思えなかった。

「Lizzie Borden took an axe. And gave her mother forty whacks. And when she saw what she had done. She gave her father forty-one.」

『真くん、訳をお願いします』

「リジー・ボーデンが斧を取って、それで母を40回打った。そして自分がした事を知り、今度は父を41回打った。アメリカの伝説的な殺人事件を歌にしたやつだ」

『うわぁ……。それはまた……。さすがニューイングランド……』

「じゃああいつはLizzie ・ Bordenだったのか?」

「ですが、あれは女の人でしたよ?」

火神くんと黒子くんが言う。確かに斧を持っていたけれど、あれは女の人だった。胸があったし、髪も長かったのだ。

「いや、Lizzie ・ Bordenは女性だよ」

驚いたのは、歌を知らなかった人全員だ。タツヤさん、笑顔で言うことではないと思います。女性は怖い。
となると、あれはただのバケモノじゃなく、むしろ幽霊的な存在なのだろうか。じゃあイギリスのジャック・ザ・リッパーとかも出てきたりするのかな。あれは女性を狙うから、やめてほしい。いざとなったときに私やリコ、もう1人の女の子が標的では男子陣にも迷惑だろうから。



とりあえずリジー・ボーデンの話は脇に置いて、翔一先輩たちが手に入れたアイテムが並べられる。それはたった1つだった。置かれたランタンに目を見開いた私は悪くない。ね、高尾くん。そしてガム風船を膨らませた原くん。良いお友達になれそうです、私たち。たぶん叫びは一緒だ。─── “オイル集めようダニエル” 。