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アリウムの唄

試練に発つ。

まず動きを見る目的で、要領を得てる高尾くんが真太郎を連れて下に降りる。壁や床を斬りつける音が聞こえてる中、壁に沿ってチラリと左の廊下を覗いた。真太郎と頷きあうと、高尾くんはそろりそろりと壁から離れて廊下の入口ど真ん中に立つ。何事も起こらない。2人は直ぐに近い階段から2階へ登ってきて、親指を立てる。

「予想どーりでーす! まず真っ直ぐ壁へと向かってますね。首も左右にしか動かないので振り向く様子はなし。さっき部屋から出てきたスイッチを考えると音に反応するとは思いますけど、まず静かに後ろにいる分には気づかれなさそう」

「了解。助かったで高尾。んじゃ、予定通りに進めよか」

頷いた右グループは、私と真太郎、高尾くん、真くん。そしてホラゲーをやるという真くんの友達の原くん。見張りは高尾くんにしてもらって、まずは私たちで開く扉があるか調べる。なかったら此方の廊下に誘き寄せて、同じメンバーで反対側も調べることになっている。

行くなと怒るリコを不満そうな誠凛メンバーに預けて、私は笑顔でみんなと階段を下りた。
正直、不安はある。私は走るのそんなに早くないし体力もない。みんなの足を引っ張るかもしれない。でも、この作戦を思い付いた時点で行かなければならないと思った。責任を取るためにも、今の役割を果たすためにも。
幸い、このメンバーはまだ良く分からない原くんも含め強いと思うし、ホークアイの高尾くんに真くんが居れば鬼に金棒。私の心理的にも真太郎がいるだけで落ち着けるってものだ、……我ながら単純。

音に反応するから私たちはとにかく静かに移動をすることになる。ローファーはもちろん、スニーカーでも足音が怖いので、2列で必ず赤い絨毯を通って行く。前には真くんと原くん。私と真太郎が真ん中だ。
後ろを振り返ってみると、バケモノはまだ私たちに背を向けて向こうの廊下を進んでいた。本当に遅い。結構時間経ってると思ったんだけどな。
バケモノはゾンビみたいで確かに気持ち悪いけど、元からゲームで培った耐性がある私は慣れれば割りと平気だった。どのゲーム会社さんも素晴らしいゾンビイメージだったんだね。すぐそこにいる本物にそっくりのクオリティだ。
前に視線を戻す際に、普通の顔でバケモノを見送る私に、廊下入り口付近で待機する高尾くんが苦笑いしていたのが見えた。

右の廊下に部屋は全部で2つ。両側に設置された扉はどちらも突き当たりに近づくほど奥にある。真くんと原くんは向かって左の扉。私と真太郎でその後ろの右の扉を確認する。ここの部屋だけ、扉にプレートがついていた。刻まれているのは【Lizzie】の6文字。…リ、リジエかな?
二手に別れてドアノブに同時に手をかけた。ガチャ、手応えのある音がしてそのまま引くと、キィと古びた音を出して開く。ラッキー! ビンゴだ! 思わず隣の真太郎を笑顔で見上げると困った顔で頭を叩かれた。痛い。

とりあえず廊下の入口にいる見張り役の高尾くんに開いた合図を送る。その情報を彼が2階へ同じような手振りで伝えれば、左グループの始動が決定する。
高尾くんを見たついでに向こうの廊下を確認すると、バケモノは音に気づいたのかなんと右奥の部屋から出てきた。部屋に入っていたとは衝撃だ。これはちょっと気を付けなきゃ。高尾くんもそれに気づいたのか、階段に入ってその事も伝える。もうここからは静かにしなくても変わらない。バケモノは敵の存在に気づいてるから。

真くんたちの方は開かなかったらしい。高尾くんが走って、私と真太郎が開けた扉前に全員合流する。
バケモノは向こうの廊下の中腹を過ぎていた。私たちを見つける前と後では、微妙に廊下を歩く速度も上がるのかもしれない。同じことを思ったのか、真くんに背を押される声で急いで部屋に入る。ドアのとこではまた高尾くんに待機をしてもらう。彼は見張り兼引き付け役だ。

「ひょえーっ! やっぱ気持ち悪い!」

「我慢するのだよ」 『ごめんね高尾くん!』

謝りながら、部屋をぐるりと見渡した。ここは女の子の部屋なのか、ピンクのベッドや棚の上には可愛いぬいぐるみが座っている。他にも暖炉や勉強机、クローゼットがあって生活感が溢れていた。何だか変にリアルだなぁ。



ここからの作戦をお浚いしよう。

バケモノがこっちの廊下に完全に入ると、階段下で待機していた左グループの翔一先輩、大坪先輩、青い髪の大きい人、伊月くん、(ゲームをする系統らしい)物静かな……マユスミ先輩? が反対側の廊下に入って同じような手筈でとりあえず開く扉を探す。
無かったらホール左側でバケモノ誘き寄せたあとで左グループは階段から脱出。バケモノは恐らくそのまま左の廊下に消えるからその間に私たちも探索を一旦諦めて隙を見て2階に上がる。
そうなるともう一回同じ手順でこの部屋に来なきゃならないかもしれない。このバケモノは倒すシステムだというのはさすがに勘弁してほしい。

もし開く扉があったら(というか、たぶんバケモノが入った部屋は開くはずだけど)、そのままその扉の前でバケモノを誘発。誘き寄せたところで避難のために部屋に入っていた高尾くんがまた廊下に出て誘導する。こうして行ったり来たりさせてる間に部屋の中を探索してもらうのだ。
見張り兼引き付け役は、斧の音や他方の声、ドアの音、そして視野から得た計算を踏まえて上手いタイミングで扉を開け閉めして誘発を開始するわけで、高尾くんと、同じく鳥の目を持つ伊月くんが担ってくれた。頼もしい。

「おっとホールに入りました! 選手すげースピードで駆け抜けてきます! そして速度急低下ー!」

「煩いのだよ!」

「高尾ノリ良すぎっしょ! お前楽しそうだねん」

原くんと高尾くんは結構気が合いそうだなぁと笑いながら、手分けして部屋を漁る。改めて考えると、電気ついてて良かった。アネムシアとかみたいに真っ暗だったら最悪だった。ランタン見つけないといけないし……。
あのゲームとかだと、こういう所が隠れる場所になるよなーって軽い気持ちで開けたクローゼットの中を見た自分を殴りたい。

『うっわぁ……』

入っていたのは、赤く染まった青いドレス。血生臭さは無いけれど、想像で嫌な気分になる。メンタル負傷しました。耳なりする前に薬をー! なんて、真くんには分からない話で脳を埋め尽くして落ち着かせる。駆け寄ってきた真太郎が舌打ちをして静かにクローゼットを閉めた。

真くんが視線は変えずに声だけで訊いてくる。

「何があった?」

『血塗れのドレス……』

「ふはっ、御愁傷様」

「素直じゃないなぁ真くーん」

「黙れ一哉、───いッ!」

『「「「え?」」」』

机を調べてた真くんの小さな小さな悲鳴にみんなの反応が重なった。右手の指を擦り合わせている真くんに駆け寄ると、「何でもねーよ」と強がられる。
私がその手もとを覗き込もうとしたら、開いていた引き出しを真くんが咄嗟に閉めようとした。反射的に指を滑り込ませると、慌てて真くんがその力を止める。引き出しは私の指の数ミリ前で引き返して全開になった。

「おま、あぶねぇことすんじゃねぇカス!」

『だって真くんが隠そうとするから…』

こういうゲームになるとやたら積極性を増しやがって、とかなんとか真太郎みたいな事を言う真くんは無視。2人でリアル脱出ゲームをしに行ったときのことを言ってるんだろう。あれはお金を払っていったし、バケモノなんか居なかったから今の状況とは似てるようで違う。

引き出しの中には、ひとつ。白いチェスの駒が入っていた。何故か胸がざわつく。……でも、すごく気になる。
これ、何て言うんだっけ。あぁ、確か、ルークだ。────あれ、私、チェスやったことあった?…何で知ってるんだろう。このコマがどう動くかも分からないんだけどな……。
興味を惹かれるまま触ろうとした私の手を、咄嗟に真くんが掴んだ。

「これ、電流流れっから触んな」

『でんりゅう───真くん流れたの!?』

と、彼の気を僅かに逸らしている内に……。

「静電気みてーなも、って言った傍からなに触ってんだてめぇ!!」

『ご、ごめん! なんか平気な気がして! でもほら、私は持てるよ?』

というか、開けるなと言われたら開けたくなるし、触るなと言われたら触りたくなるのが人間の心理です。
ひょいっとつまんだルークは、思ったより重みがあった。本物がどんなものかは分からないけど、これがプラスチック製ではないことは確かだ。
瞠目した真くんは、きっと私に失礼であろうため息を吐いて自分の首筋に手を宛てる。

「つーかお前、……何ともないんだな?」

『え? うん。平気だけど……』

「はぁ……。…………おい真太郎」

「何なのだよ」 「「え!?」」

高尾くんと原くんが何やら怪しげな声を出す前で、私の代わりにクローゼットを探ってた真太郎が寄ってきた。
そう言えば、真くんが真太郎の名前呼ぶの久しぶりに聞いたなぁ。ちょっと嬉しい。同じ “真”がつく者同士、実は仲が良いと思うんだよね。真くんが真太郎に勉強教えてた時もあったなぁ。好きな本の趣味とか一致してるし、話のレベル的にも一緒。あと私の扱いもね……。

「目ぇ閉じて手ぇ出せ」

「は?「いいから早くしろ」……分かったのだよ」

長い睫毛が真太郎の顔に影を作った。本当に綺麗な顔をしてるなぁ、なんて思っていると真くんは私に指示を出した。言われた通りにテーピングされた左手に、ゆっくりチェスの駒を乗せる。

「な、なんなのだよ」

「何も感じねーか」

「何か手に乗ってる感触はあるが……」

「分かった。まだ目ぇ開けるなよ。円香、それ大事に持っとけよ。絶対失くすな。吸入器のポーチん中入れとけ」

『はい』

真くんに言われて、手首にかけていたポーチにチェスの駒を仕舞う。あとあと、何かに役立つのだろうか。真くんが触れないのに私と真太郎が触れたのだから、何かのアイテムであることは間違いないだろうけれど。
なぜ真太郎に見せたがらないのかは分からないけど、相手は真くんだ。何か考えがあるはずだから問いはしない。

他にアイテム的なのはあるのかな、と部屋を改めて見回したところで、バタンっと大きな音がした。ビックリしてそっちを見ると、高尾くんが思い切り閉めたようだ。ドアノブを押さえている。

「今たぶん目の前にい── “ガスッ!” ──うはぁ! こっちに来ましたよ!」

扉に斧が叩きつけられたのだろう。幸い、分厚いようで刃が見えたりこちら側に傷は到達していない。とはいえ、バケモノは扉から出入りできるのだからドアノブが動き始めたら終わりだ。こういう展開になって、初めて心臓がバクバクしてきた。

大丈夫。左グループがそれまでに上手く気を引いてくれる。今まで高尾くんが何も言わなかったってことは、向こうの廊下にも開く扉があったということだ。ならば、勝算はグンと上がっている。
翔一先輩と真くん、あと頭が良いであろう赤髪くんと考えた作戦だもん。大丈夫、大丈夫。今は私に出来ることをしよう。
ドア押さえの要員にならない私は男子勢の働きの後ろで部屋の探索を続ける。

ドアノブがガチャガチャ動き出した。大丈夫、このゲームは始まったばかりだ。私たちを評価するには、時期尚早すぎるでしょう、神様。