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アリウムの唄

始まって落ちた。

目が覚めて、まず感じたのは違和感だ。
背中に触れるのは床。
真っ赤な天井。
初めて目にするシャンデリア。
少し黴臭い。
じんわりと締め付けるような頭痛。

平生、“生真面目” だと言われる自分が床に寝るなど有り得ない。且つ、思い出せる最新の記憶で俺が居たのは体育館。例え自宅だとしても、天井は白いし電気はLED搭載の円盤形だ。黴臭さだけは体育館にも該当するが其処の臭いには馴れたもの。今更鼻にも付かない。
ならば、此処は一体……? 頭痛も何かの影響か?

むくりと上半身だけを起こす際に支えとして使った手が、床に絨毯が敷かれていたことを知覚する。そして周りを見渡した俺は、慌てて眼鏡のブリッジを押し戻した。

「あか、し…? っ高尾……! ───だけじゃない、全員か?」

正面に仰向けで倒れる赤毛の男を囲うように彼のチームメイトが同じ形で寝ている。すぐ隣にはジャージ姿の高尾和成、その奥には受験を終え卒業を控えた先輩の大坪さん、宮地さん、木村さん。少し離れたところには青、紫、青緑がそれぞれ集団で固まって見える。

得た数少ない情報を脳内がフル作動で分析するが、如何せん数がない。舌打ちをしたところで、何人かのくぐもった声が聞こえた。どうやら意識が戻ったらしい。そして、隣の高尾も例外ではなく、

「ぅ、ッ…た、頭痛てぇ…………、」

「……………………………。」

「………………」

「……………………………。」

「…………ぇ、真、ちゃん? ……あっれ、ココどこだっけ?」

「こっちの科白なのだよ」

「……………!?!?!?」

何かとリアクションに声が付きものの高尾も、流石に言葉が見つからないらしい。表情だけは相変わらずの騒がしさで周りを確認している。

高尾を見下ろす視界の隅では、本来の信頼人望温厚を取り戻した赤毛の彼が起き上がり、傍に横たわる白いジャージをぼーっと見下ろしている。違う場所では目に痛い金髪も頭を上げ、周りを確認するよりも早く隣の元主将を揺すっていた。

「先輩!!! 笠松先輩っ!! 起きてくださいよぉおお!!」

「真ちゃん、これ何フラグ?」

「知るわけないのだよ馬鹿め」

「なんや此処……」

「実渕さん、葉山さん。皆さん起きて下さい」

「ちょっと花宮www やべぇちょー笑える展開wwww 起きて起きてwww」

それぞれ目を覚ました者は、仲間を起こしながら自分の状況を把握しようともがく。
起こされた人物は段々と増えていくが、思考の結果は皆そう変わらないだろう。


目があったので、お互いに立ち上がり喧騒と化した部屋の中を進む。
手の感触では絨毯かと思ったが元々毛がある素材を使っているようで、一面赤い地面だ。洋式の屋敷を連想させる。

話し合いの距離まで近づいた俺と赤司は、努めて冷静な状態を守った。

「緑間、どういうことだろうか」

「一番最初に起きたのは俺だが、赤司たちとそんなに時差はないのだよ。だから俺にも分からない」

「そうか。見る限り、どうやらキセキの世代獲得校と霧崎第一が集められているみたいだね」

「ああ。俺は何時も通り部活と自主連を終えて体育館の鍵を締めたところが最後の記憶なのだよ。時間にして19時を少し回ったぐらいだった」

「俺もそんな感じだ。正確には分からないが、時間も大体同じだろう」

ぐるりと辺りを見遣る赤司。何人かは俺たちの会話に意識を向けていることを察し、これ迄よりも比較的張った声で赤司は続けた。

「それと、ジャージのポケットに何か入っていなかったか?」

「ジャージ……?」

言われて初めて、あまり使わないポケットの中に手をいれる。カサリとこれまた聞き慣れた音が指先を掠めて、それを引っ張り出した。2つ折りの小さな紙が2枚、指に捕らわれている。

「何なのだよ、これは」

赤い赤い文字で描かれた記号はKとC。
たったそれだけだが、酷く気味が悪い。

「分からない。緑間は2枚のようだが、俺は1枚だった。他の皆にも聞きたい。一度集まろう」

「ああ、そうするのだよ」

無事目を覚ましたらしい海常の笠松さんを始め、現も元も各主将は聞いていたようだ。何人かは手に持っていた紙をポケットに仕舞い、それぞれ自分のチームメイトを率いて中心に輪を作る。霧崎第一だけが動かずに居たが、誰も咎めなかった。

斜め左に座った黒い集団に桃井を見つけて、俺は無意識に誠凛を探した。そこにも1人、ジャージ姿でない女性がいて見慣れた制服を纏っていたが、その格好は彼女ただひとりだけ。
此処にいるはずはないと分かってはいたが、百聞は一見に如かず。一先ず目で確かめただけあって安堵が漏れた。


「とりあえず、この状況を確認したいと思います。京都にいた俺と東京の緑間の話だと、此処に来るまでの記憶の時刻はお互いに19時前後でした。恐らくこの時間はどこも同じだと思うのですが、どうでしょう」

赤司の問いに、部活をしていた者は勿論、引退した3年生たちも頷いた。

「ありがとうございます。あともう2つ。先ずは皆さん─────」






「タイミングが悪いのだよ」

次いで赤司が紙の話をしている間に、ずっと胸の中で蠢いている蟠りを吐く。
今夜は、幼い頃から存在する “親の都合” の日だ。父は変わらず仕事に勤しんでいるが、母は妹と一緒に卒業懇談旅行に出席するらしく今日から3日ほど家を空ける。「ちゃんと言うことを聞くのよ? 鍵は渡してあるから、宜しくね」朝から口酸っぱく言われた予定だった。
奴は今もずっと、1人で俺を待っているに違いない。考えれば考えるほど憂鬱になる。

そんな俺の背を高尾は叩いて、ぎこちなく笑っていた。

「そっか、今日はお約束の日だったっけ? 真ちゃん楽しみにしてたのになぁー」

「し、してないのだよ……!」

「嘘つくなって! ま、あの人は来てないんだし、安心っちゃあ安心じゃん? これがホラゲならきっと外の時間も止まってるって!」

「だが……。……何か、嫌な予感がするのだよ」

高尾の言うホラゲーというのは、何度か付き合いで観たことがある。まだそうと決まったわけではないがしかし、この状況に似たものを感じるのも確かで、いつの間にか無くなっていた頭痛が再発した。俺の隣でキーを叩くプレイヤーはさぞ楽しそうにやっていたが、あれは次元の違いがあったからこそ笑っていられたのだ。

「そんなこと言うなよ真ちゃん。帰ったら自慢してやれば? 羨ましがるでしょあの人www」

……確かに、そうかもしれない。
もし仮にあいつが此処に居たとしても、他の2人の女子とは違って目を輝かせている姿を想像すれば少しだけ気分が軽くなった。