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「#幼馴染」のBL小説を読む
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アリウムの唄

非常に立つ。

肩も落とさず振り向いた赤司は、一旦部屋を見回した。赤い絨毯は3方向に分かれている。直線の先はこれまた一際大きな両開きのドア。右と左はそれぞれ角に沿って伸びている。廊下が続いているのだろうか。
屋敷と言うに相応しい広さだ。俺たちが此処にいる件に関しては確かに異世界だが、この屋敷の存在自体は現実に十分あり得るものだ。その2点のちょうど狭間、と言った方がしっくり来るな。

当たり障りの無い毎日に飽きて、寝るか飯食うかバスケするかしかやってこなかった頭も流石に覚醒し始める。こんな機会を楽しまなくてどうするってな。

「どうやら、玄関の鍵を探さなければならないようです。1階をさっきみたいに手分けして探索しましょう」

年下とは思えない相変わらずの貫禄に、唯々諾々と従う者共。まあ言っていることは正しいから俺らも何も反論せずに列の一番後ろからのろのろと着いていく形になる。

そう言った赤司に今回も皆が頷いて、動き出す。俺たちは一歩引いて、最後尾につこうとしていた。デカイ図体の男を何の気なしに見送っていれば、秀徳のオレンジとシロクロ誠凛集団の間に異質な存在が光る。あの子だ、……花宮の気にする子。
そういえば、キセキの世代とか花宮とかが紙を持ってて、その選ばれしメンバーにはあの木吉んとこの女監督も居たわけだけど。あの子は持ってないんだろうか。

「花宮」

「あ? どうした「あの子、なんつったけ、名前。……喘息の」

“毒飲んだ” 、とか “邪魔者役の” 、とか。もっと先に浮かんだ言葉たちを咄嗟に飲み込んだのは、花宮の視線の先に既にその子が絡まっていたからだ。あー、ちょっと面白いけど面倒くさいやつか。原辺りがちょっかいだして、結果鬼畜メニューを言い渡される未来が見えた。

チラ、と俺を横目で見てから、一拍の間の後にボソッと答えが返ってくる。

「……椥辻「(苗字だけか)ああそうそう。その子。名前は?」

「別に苗字だけ知れれば十分だろ。で? あのバカがどうかしたのか」

コイツの返答には、原の風船も萎んだし山崎も花宮をガン見するし古橋も死んだような目に息を吹き込んだ。
そんな不機嫌になるなら無理矢理手元に置いときゃいいのに。他人の膝壊しといて今更出来ない芸当ではないはずなのだが、どうやらよっぽど気遣いたい相手らしい。花宮も高校生なのか、と感じれば、やたら難儀な性格していることに同情してしまう。実はこういうヤツが一番人生損してんじゃねぇかなって思うわ。

「アルファベット書いてある紙あったけど、アレ持ってるか聞いてきて」

「は? 何で俺が「初恋は実らないって言うけど俺は花宮なら実らせられると思う」

「ッ!? 何言ってんだおめぇ!!!」

珍しく突っ掛かってくる花宮に、ほら見ろと言わんばかりの視線をやってしまう。だって俺らが勝手に話しかけたところでどうせ不機嫌になるんだろお前。
この捻くれた性格だからな、あの子が花宮が気にかける最初の女の子だという見解は申し分無いだろう。最後かはわかんないけど。

「ぎゃははは!! 瀬戸ストレート過ぎんだろ!」「そうでもない」

「落ち着いて真くん」

「殺すぞ康次郎」

古橋が裏声で宥めれば案の定火に油。胸ぐらを掴まれても表情一つ変えないコイツって実は精巧に作られたロボットなんじゃねぇかな、とかふと考える。こんなくだらない思考に至るのも、コイツらと一緒に居るようになってからなのだが……、一生言う機会は無いだろう。

突然ガラッと明るくなった俺たちの雰囲気に周りの奴等はギョッとして立ち止まる。まあ急に花宮がそれなりに大きい声を出したんだから、ニヤリと口角を上げてる今吉センパイ以外はみんな驚いて当たり前だ。ゲス野郎が高校生してる姿なんて貴重だからな。

このやり取りの元凶で有りながらも、原とかの方が喋り始めたから俺たちを見てくる観客に目を向ける。あ、今吉センパイ以外にもいたわ、笑ってるやつ。
その顔は “愉快” よりも “喜悦” と言った方が正しい。絵に書いたような優しい微笑は聖母マリアを連想させる。つまりは、 “猫被らないで居られる友達がちゃんといたのね” そうってことだ。あんたは母親か。

「花宮花宮、椥辻さん笑ってるぞ」

「何笑ってんだあの野郎!」

俺の台詞にすかさず答える花宮。椥辻さんを見つけるの早すぎだろ。とは言わない。お前が息子か。不憫だな。
花宮と目があった椥辻さんはまたまた嬉しそうに手を横に振った。……まあ、普通にかわいイタッ。怒んなよ花宮。地味に足踏むとか、それ椥辻さんの目の前で野蛮なことは出来ないって言ってるようにしか見えな、痛い分かった何も言ってないけど黙るわ。

俺らが騒がしくなると、それが伝染したようにあちらこちらでも話し声がするようになる。緑間が手を振った椥辻さんを諌めて高尾が茶化して。木吉は「楽しそうだな!」って笑ってそれを日向たちが何処か複雑な顔で突っ込む。その顔はぜひとも俺たちにさせて欲しいな。あれだけやられて笑える神経ってどうよ。さすがの俺たちも上手い反応ってのが見つからねぇな。



そんな空間に落雷が落ちたのは、俺たちがいた方とは反対側の、玄関に向かって右手通路に近かった海常の連中の台詞がきっかけだった。

「な、何だあれ」

「っおいお前ら! 逃げろ!!」

切羽詰まったその指示に従うか、一番遠い俺たちは判断力に欠ける。しかし次に聞こえた何かを切り裂く音に、理性よりも本能が動く。音からして人が斬られたものではなく、大方床か壁のどちらかだろう。
それでも、花宮が動くには十分過ぎた。

「円香……!」

『え?』

目的は言うまでもなく彼女で。緑間と高尾の合間を縫って椥辻さんの肩を掴んだ。そうか、名前は円香って言うんだったな。何となく、この光景が一度きりで終わらない嫌な予感が何処か冷静な自分を焦らすように襲った。
しかし、当の本人は花宮がそんな風に駆けつけてくる理由が分からないらしく、きょとんとしながら彼を見上げた。

『真くん?どうしたの?』

「───いや、平気なら、……いい」

首を傾げられた花宮は椥辻さんから手を離す。向きからして表情は残念ながら見えなかったが、代わりに肩の位置が(本当に本当に極わずかに)下がっていた。
……まさか、ホッとしたのか? あの花宮が?? これはいい観察対象になる。 この非現実的な空間で飽きずに玩具を探す俺も大概暇な奴だと言わせれそうだけど。

とりあえず元凶を確認しようと、周りの喧騒と反して妙に冷静な頭で考える俺は花宮から視線を上にあげた。花宮の行動を追ったお陰で、視界にはちょうどその方向が映っている。俺より背の低い花宮から視線をあげれば自然と状況が掴める……はずだった。
だが、此処で別のものが目に入って思わず焦った。だってあれだ、そのものって云うのも、いつもは糸目のはずの人の黒目だった。花宮が唯一勝てない(本人は五分五分だと言い張るが。)あの関西弁キャプテンだ。花宮が勝てないなら俺も勝てねぇし。IQ高いからって、あいつらの頭の良さとは種類が違うんだよな。
まあ、それはさておき。ここで今吉センパイが出てきたっつーのは俺にとっても今吉センパイにとっても偶然だったようだ。別に彼は俺を見てたわけじゃなく、況してや横目に近づくバケモノを見てたわけでもない、花宮と椥辻さんを見てた訳だから。
ふたりと椥辻さんの間にどんな関係や過去が存在するのか興味深いが、そろそろさっきからチラチラ斧を降り回すバケモノの全貌を明らかにしよう。



そのバケモノは、女だった。男ではなく、女。人間の一種であるのにバケモノと表するのは矛盾があると思うかもしんねぇけど。事実そう見えるのだから仕方がない。
まず、バケモノっぽいとこはたくさんある。爛れた皮膚。片目のない歪な顔。ひん曲がった胴体と足。グロいのがダメな奴は顔色を悪くしたり、平気な奴でも眉を寄せるのがいるくらいの、結構エグいヤツ。特にくびれから下があり得ない方向に捻られている。だからか歩くのはとても遅く、廊下をゆったり此方へと歩いて来る。

なのに。肩から腕にかけてだけ健全だった。そしてその腕は細すぎた。筋肉も見えなかった。これが、女と判断する理由の内だ。加えて、肩口で結われた一房の長い髪と、胸部にある膨らみ。全裸と言うんじゃないからアダルティーな部分は服で隠されているが、その他の箇所は所々破けていてかなりボロボロだ。
しかし、そいつはその細い腕で自分の身長の半分もあるでかい斧を床や左右に振り下ろしていく。刺さった刃を味わうようにゆっくり抜いて、一歩進みまた叩きつける。そして丁寧に抜いて、一歩歩いて。腕しか満足でない為にふらふらとしながら、酷くのろまだが、確実に。俺たちのいる広間への距離を詰めていく。

「何あれキモ……」

原のうぇーって声が聞こえ、確かにと頷く古橋。アーチ状の階段を近い人から登っていく。桐皇や誠凛の女子を優先して逃がしながらだし、そもそも俺らは階段から遠いからじっくり奴を観察出来た。バケモノが歩く廊下の先は壁だから、側面にあるどっかの部屋から出てきたのか?

見た目の気持ち悪さだけに悲鳴をあげながら、粗方の人間が2階に逃げたようだ。やっと先頭の花宮も階段の1段目を登ったところで、ついにそいつがホールに足を踏み入れた。2つある階段の中で、そいつからは遠い方にいるわけだが、心底ここで良かったと思う。

「は? え、ちょ、ぶっはマジかよww 花宮早く登れってww」

「なんでいきなり速くなんだよ!」

バケモノはその瞬間からさっきまでの動きが嘘のように、斧を振り上げたまま走り出した。スゲー速い。2階のやつらも階段から離れて廊下を走っていく。
最後尾の俺が登りきる前に、奴もこっちの階段の前に立った。あこれ詰んだかも。なんて初めての感覚を覚えたが、あれ。

「何こいつ、固まったんだけど」

バケモノはそこで止まって、登ってこようとはしない。振り上げていた斧をこちらに向かって降り下ろしてきたが、まるで階段の入り口に壁があるように、不自然な位置で刃が静止する。

「ヴァ…ァア゙、ァ……!」

呻き声のようなものをあげながら、さっきと同じように柄をぐいぐい動かしたあと刃を床に向けた。今の仕草はたぶん、刃を見えない透明な壁から抜いたんだと思うが……。どうやらコイツ、階段を登ることは出来ないようだ。