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アリウムの唄

準備に起つ。

高尾くんの話を実感したのは、今この瞬間。寝室を出る前にも改めて部屋を見回したけれど、それはよくあるホテルの一室のように思えていた。だけど、主室を出ればまず目に入った暖炉に違和感を覚えないはずがなくて。ココが “普通” でないことを確信する。
夢なのかな、というのを確認する為に頬をつねったりする必要はない。周りにこれだけ自我のある知り合いがいるし、何より “絶対に夢” なんかではないと、感覚がそう警告をする。大体、痛覚で夢かどうかを判断することは信憑性に欠けると思うわけで。

『これで終わり?』

あまりにもPCの架空空間に酷似している景色に、鍵を開けるために扉に集る集団の背中を見てひとり首を傾げる。
私は何のためにココにいるのだろう。助けられて、発作を直して、あとは準備万端のエンディングロールを眺める……それだけ? ただのお姫様役だったなんて、そんな都合のいい話なのか。
自己紹介だって全員分されてないけれど、身なりをみる限りバスケ部員ばかりが集められたこの空間に、私はもちろん異質の存在で。他校のマネージャーさんだってもっと居ていいはずなのに、ただの御手伝いの私をいれて女子が3人だけだなんて、可笑しな話だ。

意味を考えることなんて蛇足だと笑われてしまうかもしれない。現にきっと高尾くんはそう判断して、だから実際お姫様みたいな役の私に “邪魔者” 役であったことを教えてくれた。人一倍他人の気持ちを量る彼なら、自惚れでもお世辞でもなく、そこをオブラートに隠してくれたはずだ。

でも、どうしてもこれで終わりだなんて腑に落ちない。プレイヤーになりたかったとか羨望関係なく、ただ単に飲み込めない。
この扉を開けた先は? マンガみたいに白い空間が広がってて、一歩踏み出せば家の中に、体育館に、帰り道に立っているの?
もし、まだ先には廊下があって、例え玄関を見つけたとしてもそれがすんなり開くとは思えない。内側にも鍵穴がある扉だって不自然なのに、最終的な出入口に同じ構造が成されていないと言える?

帰るためには選択肢なんてないのに、その扉を開けてしまってはダメな気がする。だって、きっと後戻りなんて出来ない。そんなに甘くないと、まだ終わりじゃないと、嫌でも現実を叩きつけられてしまう。
でも、ココでじっとしてても一緒なら私はグッと堪える。


「円香?」

『ごめん、何でもない』

私の隣から皆と離れたところから様子を窺う真太郎の声が降り注がれ、慌てて首を振った。言霊は怖い。前にそう鉄平くんが言ってたから何も言うまい。
あくまで、これは私の嫌な予感で、予想で、さっきまで恐怖体験を強いられていたお陰で弱くなった私の心が生んだだけの不安。だからそう、大丈夫、大丈夫だよって。

何度も言い聞かせては、真太郎のジャージを握る手に力を加える。
何でこんなに怖いと思うのか分からない。こういう状況には不安さえ抱きはすれど、こんなに怖れることはない性格だと自負していたのになぁ。確かなのは、この恐怖がこの世界に対するものではないということだ。

そう、私は───、


“カチャン……”
──────「開いたぞ」──────



この世界に自分がいる “意味” を知るのが、怖かった─────。







外は真っ白い空間なんかではなかった。目の前にあるのは廊下で、真っ直ぐに道が延びている。その床は、部屋とはまた違う焦げ茶色が敷かれていてシックだ。視界は暗くはなく、普通の家と同じ明るさが辺りを包んでいる。

ぞろぞろと列をなして道なりに進んでいく。少し歩けば十字路に出て、奥と右手にはまた廊下が続いていた。左手は廊下の先に金色の豪勢な柵が見え、そのすぐ先に地面はなくて、ぽっかりと空いた穴を想像させるその先にまた同じような柵と扉が見える。吹き抜けなのだろうか。だとしたら今いるのは2階?

先頭を歩いていたらしい赤髪の子が、声を張り上げる。

「手分けして玄関を探します。扉は念のために開けないでおきましょう。此処は廊下なので、普通ならこのまま扉を開けることなく玄関に出れるはずです。階段を見つけても進まず、10分後に此処に集合で。携帯のストップウォッチは機能するようなので、時間はそれで計ってください」

そう言われて、何人かが携帯を取り出す。そう言えば、皆カバンを持っている人が多いのに、私だけ手ぶらだ。吸入器だけが運ばれたことに少し恐怖を煽られる。発作が起こることは計画通りだったのかな、なんて。
とりあえず、今の自分の所持品を確認しなくちゃ。まず手にある吸入器のポーチを開く。救命具以外にいつも一緒に入れている絆創膏、ガム、櫛、ティッシュも健在だ。次にスカートのポケットを探るとハンカチと携帯が確認できた。だけどそれとは別に何か違うものも入っている。何だろうとソレを引っ張りだそうとした時、「会長」と呼ばれた。
顔をあげると、日向くんたち誠凛勢と秀徳の皆様が集まっている。

「学校ごとに分かれるんだけどよ、会長どうする?」

そう問われて、思わずさっきまで弄っていた自分の服を見下ろした。これまで一緒に居たのは真太郎だけど、今の私は制服姿。そうなると、答えは用意されていたようなものだ。

『誠凛の生徒だから、誠凛として動くよ』

それに、何故か泣き腫らしたような目をしている親友とちゃんと話せてないから。その意図も込めて、リコを経由して真太郎と高尾くんに視線を繋げばふたりは頷いた。

「くれぐれも無茶するでないのだよ円香。此処はゲームではない。何かしでかしたらパソコンのデータを消すのだよ」

『それはダメ約束するから消さないで絶対だよお願いします!!!!』

「円香サン必死再びwww」

この真剣さを理解してくれるはずの高尾くんが笑えば味方が減った。お陰で秀徳の3年生の皆様がちょっと引き気味です。でも譲れない。今真太郎のPCにあるアレはまだすべてのEDを回収してない!!

「行くぞ会長ー」

『あ、はい! じゃあまたね2人とも! そっちも無理したら怒るからね! 約束だよ! 秀徳の皆様、真太郎を宜しくお願いします』

「ハーイ! お願いされまーす!」

「お前に宜しくされるつもりはないのだよ高尾!!」

「お前も気を付けろよ椥辻。また発作起こしたら灼く」

『それは痛そうなのですごい気を付けます!!』

宮地先輩にわしゃわしゃと頭を撫でられる。彼の前で合宿時に一度発作を起こしてから、何かと心配されることが増えた。私としては少し身勝手な真太郎を矯正してくれた秀徳の方々には只でさえ頭が上がらないのに、こうして自分のことまで支えられてしまえば本当にもう恐れ入ってしまう。
宮地先輩は何時もと同じく、最後にポンポンと頭を2回軽く叩いて、真太郎と高尾くんを引き摺るように連れて行った。あの体勢でもニコニコと手を振ってくれる高尾くんも勿論、感謝ばかり増えてしまういい子だ。

「秀徳と仲良いんだな、円香」

『うん。真太郎がお世話になってる代わりで、彼を通して色々と差し入れをさせてもらうの』

「え、カイチョー秀徳にも差し入れしてんの!?」

『そ、そんなに驚く? 誠凛は水戸部くんの絶品レモン漬けがあるけど、秀徳は誰も作れないって高尾くんに聞いたから……』

小金井くんに答える形で言うと、何だか空気が重い。理由にハッとした私はそこで慌てて補足を加えた。

『───あっ! で、でもね! 差し入れは量じゃなくて気持ちだと思ってるし、えと、同じくらい愛は込めてるよ! それに誠凛にあげる日と一緒の日だから誠凛にあげてないのに秀徳だけにあげる日はないよ! ぁ、逆も然り、なんだけど……、えっと、ああっと、「ぶはっ!!」

秀徳ばかりを贔屓しているような形を何とか修正しようと言葉をだらだらと繋げると、日向くんが笑った。揺らしている肩は、私がベッドから確認したときとは別物で、力が抜けている。

「悪ィ悪ィ会長。分かったからそんなに慌てなくていいって」

「はい。心配しなくても椥辻会長が皆に優しいことは分かってますよ」

にこりと紳士に微笑む黒子くんに思わず顔が熱くなる。掌で転がされたみたいだ。


「ま、その優しさを独占したいって気持ちもあるけどなあ? 伊月」

「は!? いや、別に俺は……!」

「否定する割にはさっきっから宮地サンに撫でられた頭ばっか見てるけどな、お前」

「なっ、ちょっ、日向黙って!!!!

伊月くんがまた日向くんの口を押さえにかかる。2人は仲が良いようで、私が見る限り何時もああしてじゃれてる。話の内容は小声だから聞き取れないけど、男子っていいなあ。