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アリウムの唄

終わりの始まり。

顔見知りというのは、かなり心強い存在なんだろう。隣にいるから分かるけど、全く覚えのない人に話しかけられる度に僅かにシーツに皺が寄っている。逆に一度面識があるだけでその力は彼女の手から落ちていく。でもどんなに強面の人だったり威圧的な人でも、ちゃんと目を合わせるところなんかは流石だなって思うわ、うん。

円香サンは目覚めてから、主に赤司と今吉サンに質問責めにあっている。
最初は助けられる前までの過程を説明していたけど、告げられたのは状況だけで、そこに円香サンの感情は一切入ってなかった。でも、俺も真ちゃんも、たぶん赤司とかも、円香サンの頬に流れる乾きの筋とか、赤くなった目元とかには気づいてる。

「大変やったなぁ」

『あはは……』

今吉サンの糸目に、円香サンは苦笑いを返すしかなかったみたいだ。頷くと、たぶん抑えてる気持ちが出ちゃうのかな、なんて考える。
代わりに、円香サンは新たな話題を持ってきた。

『あ、あの吸入器、ありがとうございました』

「なんや、見えてたん?」

『声が聞こえたんです。真くんもありがとう』

「「ぐっはwwwwwwwwww」」
「「!?!?!?!?」」

「てめぇら!!!」

ふわりと笑った円香サンに反して、花宮サンの喝が部屋に飛ぶ。
いや、やばい、今のはヤバイwwww 原サンと吹き出すタイミングがバッチリだったぐらい、すげえ破壊力なんだけどwwwww
2人が知り合いって時点でもうフラグはあったとはいえ、本当に名前で呼んでるとは…www 恐るべし円香サンwww 草の繁茂が止まらねぇwwww

「つーかてめぇもだ円香!! 名前で呼んでんじゃねぇブス!!」

『え!? で、でも……』

「えぇー、それはないんとちゃう花宮ァ。自分から名前で呼べって強制したやんなぁ円香チャン?」

言わずもがな全員の視線を集めた花宮サンは座っていた椅子から飛び上がり円香サンの方に走ってベッドに飛び乗った。

『確かそ───んむぐ「黙れよマジでいい加減!!!」

そして頷こうとしたであろう彼女の口を手で塞ぐそこまでの動作に、無駄は1つも見られない。すげーwwwついでに今吉サンの眼鏡は逆光で光っててちょー怖いwww
俺と原サンが腹筋を鍛えて周り(特に誠凛)が唖然とする中で、真ちゃんは怒り心頭「離すのだよ!!」と花宮サンの手を払っている。

何処と無く空気が柔らかいものになったところで、その緊張感の無さを戒めるように赤司が手を2回叩いた。

「お楽しみのところ申し訳ありませんが───「楽しんでねぇよ」「楽しんでないのだよ!」───、鍵も見つかりましたし、とりあえず此処を出ましょう。時間がどうなっているかは分かりませんが、現実に戻れば明日も学校です」

赤司の言葉に「そうだな」と何人も頷き、寝室から主室へと戻っていく流れができた。
真ちゃんの手を借りてベッドから降りた円香サンは、大分スッキリした顔で『鍵?』と真ちゃんを見上げている。体調は回復したようで何よりだ。

「帰ったら説明するのだよ」

『え、今聞きたい』

「ホラゲーってか脱出ゲームぽい謎解きをして、円香サンや鍵を見つけたんスよ! そんなに難しくはなかったけど、いざ自分がなると頭回らないもんで俺は全然分かんなかったですww」

『何それ面白そう……』

「不謹慎なのだよ円香」

ギンッと真ちゃんから横目に睨み下ろされた円香サンはいそいそと首をすぼませる。あの睨み方、俺もよくやられるけど円香サンにもやんのかー。

円香サンは見た目清純系おしとやか女子で、その概観も強ち間違っちゃあいないけど、結構タフだ。ホラゲやゾンビシューティングゲーム、脱出ゲームとか大好きだし、そういう映画とかお化け屋敷なんかにも積極的に関わるタイプ。
俺もPCのフリーゲームはよくやるから、円香サンとは趣味があう方で、大きいデスクトップのPCがある真ちゃん家に集まっては家主そっちのけで2人でプレイをすることもしばしば。円香サンが俺ん家に来たり、俺が円香サン家に行くこともある。まあ真ちゃんという装備オプションは何れも外せないケドww

だから、肩を竦めただけでは円香サンの好奇心は払えないわけで。真ちゃんはダメだと知っているからかわざわざ真ちゃんの後ろを回って俺の隣を歩き出した。

『ねぇねぇ高尾くん。メモとかあったの? 暗号解読とかした? スイッチボタン系? ダイヤルもあった? 高尾くんたちはどれくらい此処にいるの? 携帯圏外? 時計はどうだった? この部屋の外には何かいた?』

「円香サン食い付きすぎwwww」
「落ち着くのだよ!!」

序盤の俺の大予言は見事に大当たり。矢継ぎ早に飛んでくる質問は “いかにも!” って感じのホラゲ定番メニューで、目ェめっちゃキラキラしてる。
どうでもいいけど、その俺のジャージの裾をクイクイって引っ張りながらの下から目線が美味しすぎてご馳走様です。あざといってか素でこれは恐ろしいな。まあ、どっからか何個か殺気が刺さるから複雑さは否めないんだけど。宮地先輩とか、普通に人殺せると思うアレ。あと花宮サンと誠凛の皆さんな。
でも真ちゃんの次にこの人と仲良い自信はある!もちろん親友の監督サンと名前呼びの花宮サンは抜きで!!

「俺の言うことを聞くのだよ!」

『ちょっと真太郎は黙ってて。ねぇ高尾くん教えて下さい』

「なっ!!!」

「はいはいwww えっとッスねー、実は俺たちも此処に来てからそんなに長くは経ってないんですけどー、」



あまりにも日常的だった。赤司のさっきの1拍なんてもう意味は為してなくて、やっとこのおかしな体験が終わると内心ホッとしていた。元から嫌な感じはあったけど、円香サンのポーチみてから俺も真ちゃんも心労は試合を超えるレベルで、予想より全然早い癒しに舞い上がっていた。
これから俺は家に帰って今日の疲れをベッドの上で回想したりすんだよな、とか。真ちゃんは円香サンの手料理という最高の晩飯が待ってんのか羨まし過ぎる、とか。そんな、いつもの感覚が戻っていた。


だから、円香サンが “邪魔者” だったこととか、 “” の意味とか、そんなことはもうぶっちゃけどうでも良かった。この最悪な息抜きのゲームにおいて、神様がテキトーにくじとかしたら円香サンが当たっちゃったみたいな、どうせそんなシチュエーションなんだって自答を出す。

そもそもこのイレギュラー過ぎる世界の存在すら未だに曖昧で、どうして俺らが此処にいたのかとかそんな理由を考えることすら愚行だって思った。

『私が、 “邪魔者” ……?』

「そーだったんすけど、それはただの配役だったんだと思いますよ?意味わかんないし」

『そうだねぇ』



何も考えずに、彼女に紙の内容を全て教えてしまったこと。
でもこのときは彼女も本当に首を傾げていて、気にすべきだったのは違うことだったってこと。
真ちゃんの心労をもっと量ってやるべきだったんじゃねぇかってこと。
何より、鍵が開かなかった事態を考慮しなかったこと。





後になって浮かぶ後悔ほど、虚しいものは無い。