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アリウムの唄

合わせて知った。

ここまで苦しむ椥辻を見るのは初めてだった。肌身離さず持ち歩いているポーチの中身を使っていたことはこれまでもあったが、涙を流して喉を押さえて、挙げ句緑間の名前を呼び続けて悶える姿は知らない。

くいくい、と緑間のジャージを引き、後ろに視線を投げる椥辻。その仕草の意味は何とか理解できた。薬を投与された時は、安堵もあってか眠くなるのが癖らしい。1年のときの合宿の調理場で、薬片手に寝ていた彼女を起こしたときに聞いた話だ。

「寝てていい」

緑間の言葉に頷きつつ、けれど眉を下げて周りを見渡した椥辻。事情が分かっていない大方の人間と目があったのだろう。そこには俺も含まれているわけだが、一度吸入器を口から離して『すみません』と頭を下げる椥辻は、そのままカントクの手でベッドに横になった。

帰り道に一緒だったが、まさかこんなことに巻き込んでしまうとは。一抹の罪悪感が胸を襲って気持ち悪さすら覚える。
一番の責任を感じてるのはカントクなんだろうけど、生憎木吉みたいに“お前のせいじゃない”と言える余裕は無い。

椥辻は数秒後には安定した息で、眠りについていた。吸入器を持たないもう一方の手で、緑間のジャージを握ったまま。そこに集まる皺すら、恨めしいと思う俺は相当捻くれてるかもしれない。


「急かしてすまないが、その人のことを教えてくれないか」

椥辻を見守る緑間に、赤司がそう声をかける。確かに、こいつの事と強いては緑間との関係を知っているのは誠凛と秀徳ぐらいだろう。椥辻が誠凛の生徒だということは制服を見て察しているとは思うが。

明らかに怪しんでいる人もいる。特に黄瀬や劉。嫌な疑いを晴らすためにも、早々に紹介は済ませた方がいいだろう。
緑間も同感なのか、「このままでいいのなら話す」と椥辻の手を振り払うことはせずに答えた。対する赤司の返しは「構わない」。

緑間は重たそうな口を開いて、説明を始めた。

「こいつの名前は椥辻円香。誠凛高校の2年生だ。今は引っ越したが、中学半ばまで俺の家の隣に住んでいた。所謂幼馴染みってやつなのだよ」

「部活は?」

赤司の問いに、緑間より早くカントクが口を割る。

「所属は吹奏楽部よ。あと一応言っておくなら生徒会長も兼任しているわ。だけど、彼女にはバスケ部合宿時の料理係を頼んでいたの」

「関わりはあるんですね」

「……そうね」

その言葉は、カントクの胸にどう刺さったのだろう。きっと俺の推測以上の痛みに顔を歪めた彼女は無意識に拳を握ってた。

「喘息は何時から? こんなに毎回酷いのか?」

「喘息は生まれ持っていたのだよ。日常生活でも、過度な運動や気圧の変動で発作を起こすことは頻繁ではあるが、ここまで酷いのは久し振りなのだよ」

緑間の台詞に、体育を時おり見学していた姿を思い出す。例えば持久走。例えばバスケ。水泳もまちまちだったらしい。吸入器と呼ばれる発作時に使う機械以外の薬だって毎日飲んでいたのに、それでも尚注意を必要としていた。
吹奏楽は大丈夫かと思ったが、喘息だからこそ肺活量は人並みよりあるらしく、金管ほど必要でもない楽器だから平気らしい。「何より好きだから出来るんだ」と笑顔で答えた椥辻の顔は忘れられない。

俺が回想に浸っている間に、発作の心当りの話になっていて緑間は眼鏡のブリッジを押し上げた。

「棺桶の中にいたのなら、パニックになった可能性があるのだよ。それでかもしれん」

パニックの言葉に、火神が眉を寄せる。それを確信できることが地下であったのだろうか。

「じゃあ、今吉さんと花宮さんとはどういったご関係で?」

あ、それ俺も気になる。その思いで無意識に2人に目をやる。
花宮真は中身をしまったポーチを手で弄りながらも口を開こうとはしなかった。代わりに、今吉先輩が声を出す。

「ワシと花宮は円香チャンと中学で一緒だったんや。途中で円香チャンは転校してもうたけど、花宮は1、2年で同じクラスやったで。な? 花宮」

「ソーデスネ」

まさかの暴露と棒読み加減に、霧崎第一の笑い声を堪える様子が響く。もうひとつのベッドを叩く音とか、な。
「埃が立つからやめろ」という花宮の言葉も、それが椥辻の為だと分かれば火に油だ。流石にベッドを叩くのはやめていたけど。
今吉先輩には強く出れないのも相まって、結構なネタなんだろう。現に、薬の分量に詳しかったり、高尾から怒り混じりでポーチを取り上げたことは衝撃の記憶に新しい。 

てか、椥辻転校してたのか。確か木吉とも同中だという話だから、転校先が昭栄中だったのか?
案外知らない助っ人の事情に、俺は情報を整理するので手一杯だった。



「分かりました。ありがとうございます。あとのことは本人に聞きたいので、地下でのことについて話を変えましょう。笠松さん、お願いします」

「あぁ。地下は梯子を降りたら1本道で、背中側に道が延びてた。周りに灯りはないから携帯で照らして歩いたくらい暗かった。その先に扉がひとつあって、中に棺桶だけが置いてあった」

紙に書いてあった通りだったのか、と頭で解釈を進める。だが、そうなると椥辻は……。

「俺たちが近づくと同時に、棺桶の中から蓋を叩く音がしてな。勿論、警戒したんだが、その音は数秒後には止んだ」

「やはりな。円香は閉所暗所恐怖症なのだよ。どちらか一方なら平気だが、2つが揃うとパニックになる。たぶん発作が出てしまったから蓋を叩けなくなったのだよ」

緑間の推察に、笠松先輩は黙りこんだ。鳴き叫びながら目の前にある板を拳で叩く椥辻を想像すると、悔しい気持ちが込み上げる。
それは火神たちの方が強いのだろう。何せ “邪魔者” だという先入観から、彼女を直ぐに救ってやれなかったのだから。地獄を味あわせてしまった罪は重い。こんな言い方は非情だろうか。

「伊月、大丈夫?」

「え?」

突然話しかけてきたのはコガで、後ろの水戸部も何処か心配そうな顔をしている。そうして初めて、深刻な顔をしてたことに気づいた俺は慌てて作り笑いを浮かべた。

「あぁ、平気」

「カイチョー、発作収まったみたいでよかったね」

「……そうだな」

彼女の左手は、まだ緑間のジャージを掴んでいる。合宿でふたりが口論してたときと似たような、場違いな感情が俺を苛立たせた。