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アリウムの唄

広げて合わさる。

何やらとても騒がしい。それは暖炉の中から聞こえていた。俺が近づけば、高尾と赤司も付いてくる。全員の緊張が一気に高まったとき、近くまで来たのか会話もまともに聞き取れた。

「俺が先に上って引き上げる!」

「分かった!」

「あ、待って待って! 先にボール邪魔だから投げちゃうよ!」

「そんなん此処に置いとけ葉山! そいつ優先しろボケ!」

「えっごめん分かった!!」

「どけ。火神、俺が後ろから支えてやるから上がれ」

「変なことすんなよ!」

「しねーよ!!」

陽泉の氷室さん、火神、葉山さん、笠松さん、そして青峰の声は暖炉に空いた穴からこの部屋全体に届くものだった。何かあったことは違いなく、赤司は先に梯子を登ってきた氷室さんに早口で尋ねる。彼は焦ったように地下へと手を伸ばしながら、赤司の質問に答えた。

「何があったんですか」

「女の子が棺桶に入ってたんだ! 今から引き上げるけど呼吸が可笑しくて、誠凛の監督さんとか、とにかく少し病気とかに詳しい子がいてほしい!」

「「呼吸が、可笑しい……?」」

声を揃えたのは、俺と誠凛の監督だ。彼女は暖炉まで駆け寄り、氷室さんが穴の中へと伸ばす手の先を祈るような気持ちで見つめ出す。それは俺も例外でなく、どうか、この手中にあるポーチなど使わなくていい展開であってほしいと思うばかりだ。ヘラヘラと笑っているのが常な高尾も、口角を下げて俺のジャージを掴む。

「真ちゃん……、」

「……そんなわけ、ないのだよ。何故なら俺もアイツも、人事は尽くしてきた」

だからこそ、もう今更為す術などなく。そして現実は……否、この腐った世界は残酷だった。

男らしい角張った左手と共に、火神の顔が地上に出る。そしてその背にもたれ掛かっているのは華奢な身体で、氷室さんが掴んだ腕も細く、紺色のセーターに包まれていた。誠凛の監督が「ぁ、」と力ない声を漏らす。勿論、この人も同じ紺色のセーターを着ている。
氷室さんが先に引き上げた女はぐったりとしていて、額に冷や汗をかいていた。そして過剰に動いている胸と喉を見て、俺の頭は真っ白になる。

負ぶっていたらしい火神が叫ぶよりも先に正体を悟ってしまった人間は一度息を止めた。

「カントクっ!!! カイチョー先輩が…、椥辻先輩が!!!」

「椥辻……?」

赤司の復唱はこの場の何も知らない者たちを代表していたが、あとに続く高尾の焦燥も一部の人間たちを表していた。

「真ちゃんっ!」

「っ、分かっている!!!」

高尾の懇願のような声は神経を逆撫でした。出されたそいつの手にポーチを乗せ、俺は氷室さんの腕から彼女を奪うように抱き抱えた。彼の戸惑った様子など知ったことではない。
誰よりも先に俺の腕を覗き込み、必死に名前を呼んだのは誠凛の監督で、その目はうっすら透明なものを帯びている。だが、それを慰める余裕などない。

「円香!! 円香っ……!」

「円香、しっかりするのだよ!」

「とりあえず寝室へ運ぼう。誰か……桃井! 寝室のドアを開けてくれ!」

「はい!」

暖炉の中からは、青峰、葉山さん、笠松さんの順で出てくるも、笠松さん以外は状況を誰かに伝える前に俺と腕の中の円香に釘付けだった。何で俺がこいつを抱えているのかが、一番の疑問なのだろう。
赤司の命で桃井が開けようとするドアに向かい、俺は足を急かす。途中、ずっと呼び掛けていた声に意識を取り戻したのか、円香の瞳がうっすらと開き俺を捉えた。

『し、ん……ゴホッゲホッゴホ、』

「喋らなくていいのだよ!」

『くる、し……っ、真、たろ……っ』

「分かってるのだよ!!」

ギュッと横抱きしていた彼女の身体を胸に引き寄せる。最近においては一番酷い発作だ。ひゅーひゅーひゅーひゅー。酸素をとろうと円香が息を吸う度に、気管が悲鳴をあげる。
そういえば吸入器……と思った頃には、不服だが今吉さんと花宮さんが高尾に話しかけていた。

「高尾クン、それ貸してくれへん?」

「え、」

不安に煽られた高尾と目が合い、頷く。今は気に食わないとかそんな俺の私欲を交えている場合ではなく、一刻も早い対処が必要だ。

「その2人は使い方も要領も知っているのだよ」

「マジで!?」

「いいから早く貸せっつってんだよ前髪!!」

花宮さんが高尾からポーチをかっさらい、そして寝室まで走ってくる。そのまま先に寝室に入り、中にある小さなデスクで中身を出した。
必要な薬品を全て出してからメッシュキャップを開けるのを横目に、俺は円香をベッドに座らせる。
寝室なのだからそこそこ広くはないこの部屋に、野次馬のようにほぼ全員が集まってしまった。

「寝かせなくていいのか?」

「そっちの方が辛いらしいのだよ」

そう答えはしたが、正直誰が問うて来たのかは分からなかった。もはや視界に入るのは、俺の腕を震える手で握って耐える円香と、か細い息を繰り返すこいつの周りにいる人だけだ。
桃井なんかはリュックサックから出してきたらしいタオルで円香の冷や汗を拭っていて、監督はその隣でずっと親指と人差し指の間をマッサージしている。気管のツボだ。
俺は膝をつき、円香の背中を擦り意識を維持させることに尽くす。

『っ、は、ゴホッゴホッ、真……っ』

「円香サン! しっかりしてください!」

俺の隣で声をかけるだけの高尾の不安ともどかしさはひしひしと感じられた。円香の生理的な涙がベッドのシーツに染みを作っていく。苦しみを分かち合えない不甲斐なさを抱えた手は、何度やったともしれない円香の背中を擦るまんま、諭すように声をかける。

「深呼吸だ。落ち着け、鼻から吸って、吐くのだよ」

『っ、』

それが出来たら苦労しないんだよ! と前に困った顔で愚痴られたが、言わずにはいられない。


「流石花宮、手早いなぁ」

「ちょっと黙っててくださいませんか」

視界の端ではその間に救命具の用意が進んでいた。こんなときでも持ち前の冷やかしを忘れない今吉さんを一瞥した花宮さんが俺に腕を伸ばす。不躾に渡された吸入器を手にとって、円香の口に入れる。そのまま彼女の手も吸入器に添えさせて共に握った。小さな機械から出ていく煙が、赤い赤い部屋に溶けていく。

「のォ緑間クン。コレの量、中学んときより増えたんか?」

デスクと同じデザインのチェアーに腰かけたまま今吉さんが2本の指で持ち上げた瓶を揺らす。中の液体までは見えないが、此処に来る前に細工がされてなければあと5回は持つくらい入っていたはずだ。

「さっき花宮が0.3近く入れとったからな。気になってもーて」

「……見てたんスか」

「そりゃ大切な情報やからな。知っとかんと。……で、どうなん? 緑間」

「見ていただいたのならその通りです。身体が成長したことと症状の進行もあって3年前よりは増えました」

「……そーか」

最後の今吉さんの台詞はいつもの飄々とした物ではなく、円香は彼にとって良い後輩であったのだと悟る。

そんな円香は気管が開いてきたらしい。段々と呼吸が様になり意識もしっかりしてきた。何より変に力んでいない。肩での息も落ち着いた辺りで、赤司の呟きが閑散とした部屋に落ちた。

「───……喘息か」

「……あぁ。それも重度のレベルなのだよ」

意識も視界もはっきりと覚醒した円香は、申し訳なさそうに肩を竦めて俯いた。