お伽噺は、嫌いだった。
特に、竹取物語。
罪を償いに来た異端者。
彼女が愛される理由が分からなかった。
誰かの涙を誘う愛着も、
命を賭けてまで尽くす程の愛しさも、
不愉快で堪らなかった。
なのに、呪いか暗示か。
捨てても捨てても、
誰が考えたか分からないその暇潰しは、
私の手元に戻ってきた。
絵巻、
絵葉書、
唄、
本、
形を変えて、
何度も私に干渉を仕掛けた。
その自由自在さも、また癪だった。
捨てるのも億劫になって、
草臥れた本を、
仕方なく。
身に付けておいた。
するとどうだ。
全く近づかなくなった。
懐に忍ばせるだけでいいのなら────。
私はそれから、
幾つもの年月を過ごした。
懐にあるその存在を忘れるほどに。
そしてふと、
雨が降った日だった。
病に滅法強いとは言え、
土砂降りの中を歩くほど
雨が好きではない。
雨宿りの場所を探した。
大きな桜の大樹の側に、
空き家を見つけた。
ぐっしょりと重くなった着物を絞る。
胸元にある錘に気づいたのは
その時で。
懐を探る。
出てきたのは当然。
記憶の隅に追いやった、
忌まわしきあのお伽噺。
文字が滲んだそれは、
あの呪いの再来を彷彿させた。
また新しいものを手にいれなければ。
そう、悟るほどに。
だって、
何かが近寄る気配が、
したんだ。
本を無意識に、
身体に寄せる。
ばしゃばしゃと、水を弾く音。
何かが本当に、
物理的に、
近づいて来ていた。
そして、
灰色の風景を彩ったのは、
─────“藍”─────
それはとても、
美しかった。
“目”を嫌った私に、
“自己”を嫌った私に、
“逢い”を避けた私に、
“哀”に怯えた私に、
“愛”を知らない私に。
それはとても、
とても美しい色だった。
「すまぬが、俺も此処で暫し雨を凌いでもいいだろうか。」
そして貴方は、
声や言葉すら綺麗で。
『…はい、』
私の感覚をどうして全て奪っていく。
あの一瞬で、優しく、いたずらに。
───「忝ない」───
そういって、
嬉しそうに微笑んだその笑みが。
「それは、竹取物語、か?」
『…まぁ』
「奇遇だな…。俺も今、持っている。」
あのときから、
何度も私に刻まれた笑みが。
何よりも大切で、
何よりも愛しくて、
何よりも憎くて、
何よりも必要で、
私の、
存在意義だったのに。
『どうして、』
「すまない、」
『…知ってるくせに!!』
「生きろ、」
『やだ…っ、できないよ…!!』
「愛してる故に、生きてくれ、」
『いか、ないで……っ、置いて逝かないで…っ!!!』
「置いて逝くほうも辛いのだ、
恭那……」
貴方以外
何も要らないの。
一生、
この想いは変わらない。
だから神様。
約束を、
どうか約束を、果たさせて。
その為に、
その為だけに。
私は何百年も苦しんできたのだから。