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「(元から気に食わない奴だったな。)」

青空に浮かべる紫煙を見送って、十四郎は灰皿を寄せた。名の通り、上から落ちるを受け取り今日も役目を果たしたそれは、満腹になりつつある。
こんなのを我らがゴリラ又の名を局長に見られたら「吸いすぎだトシ」と、父親のように軽く諌めるのだろう。
そうして今度は兄のような顔で言うのだ、「また一人で抱え込んで。少しは頼ってくれ」、と。それはつまり、抱え込んでいる(という自覚は無いのだが)ことを確信している風で、だからとてもむず痒い。

「(生憎俺は、ゴリラじゃなくて人間だっつーの)」

ゴリラに育てられた覚えはない、そう冗談を言えるのも、今だから出来ることで。数年前までは考えられないことだった。漸く落ち着いたらしい自分は、果たしてそれまで受けてきた恩をゴリラに───局長に、救世主みたいなあの人に、返せているのだろうか。

落ち着いたからこそ出来てきた余裕は、十四郎の視野を広くした。今まで気にしていなかったことや、見えなかった情報が劇的に増えてその処理に追われるも、不思議と苦ではないしその処理能力自体も確実に養われていく。昔から何かと器用だと言われることがあったが、仕事面において浮き彫りになる代物で良かった。



───そう、思うことが多くなった途端。
─────────奴は現れた。
亜麻色…というよりは、もっと色素が濃く、だが太陽の元ではそれは月のようにに輝く髪を揺らして。
突然、幕府から送られてきた使者。否、使者というには少しばかり上司への敬意が足りないか。
“やらされてる”感が否めない彼の瞳は、十四郎が犬猿するあの銀髪の男のそれを思い出させる赤い赤い瞳。だが、それは気だるげで死人のようなヤツとは違い、常に“無関心”を示唆していた。

自分とは対照的なその髪も瞳も、そして、細身の癖に尋常ではない刀さばきをしてのけた技量も上からモノを言う態度も何もかもが、十四郎の燗にすれすれで触った。ある意味銀時を連想できる時点で、仲良くは出来ない。馬は合わない相手だろう。


そもそも人を髪色で判断する時点で噛み砕けない。まるで元から覚える気すらないように、自己紹介の間もずっと畳の目を見ていたのは印象的だった。歯に衣着せぬ言い種は、彼のカリスマ性を感じるしかなく、的を得ているのだから反論も出来ない。

だが一番の嫌悪の理由は、そう───。恐らく似た者同士、なのだろう。認めたくはないが、きっとそうなのだ。
だとしたら、彼も自分と同じように近藤に惹かれるのだろうか。“お人好し”にはどうにも弱い性分であれば、否定は出来ないだろう。

しかし、そう結論づけるには彼の情報は余りにも少なすぎた。
もしも、真選組を脅かす目的での幕府からの使者だったら?

「(…絶対ェに好きなようにはさせねェ)」

くしゃりと、指を折る。随分と短くなった煙草が呆気なく身体を曲げた。燃えている部分が確かに指を掠めたが、痛みも熱さも感じない。内側からたぎる何かが、十四郎の血圧を上昇させる。

自室の障子を後ろ手で閉めて、鶯張りの廊下を鳴らす。中庭で相も変わらずミントンのラケットを振っている姿を鋭い眼孔に収めると、十四郎は彼を呼んだ。

「山崎ィ!」

「ひっ、は、はい!…って副長?どうしましたか?」

「来い、頼みがある。仕事だ」

「あ、分かりました」

「…ミントンは置いてこい」

「ぅ、や、やっぱりダメっすか!?私都隊長は良いって「───あぁ゙??」イエナンデモアリマセンッ!!!!」

何やら頂けない言葉に、十四郎の耳は聡く反応する。そそくさとミントンを自室に戻しにいく背中を睨んで、舌打ちをした。

「(くそあの野郎、山崎まで懐柔してンのか)」

もはや目の敵である彼が部下として第一に使うのは、退だった。そしてその退も、心なしか嬉しがって従っているように見えるのだから面白くない。
そんな退にとってはあまり気の乗らない任務かもしれないが、彼だからこそ頼めるものでもある。干渉できる距離感を持つのは今のところ退だけだ。総悟も近い位置にはいるが、如何せん彼は任務、というより土方に忠実でない節があるためこういう信用に欠ける。

「あの、副長、」

「…何だよ」

「そんなに、私都隊長は怪しいですか?」

「…たりめーだ。奴についての情報で俺たちが握ってンのは名前ぐらいだ。出生も幕府での役職も何も明かさねェどころか、あのとっつぁんですら知らねぇってんだ。疑う要素満々だろ」

「…悪い人じゃ、ない様に思えますけどね」

「ンなん、猫でも皮でも幾らでも被れんだよ。テメーの懐に潜って気づいたら刃刺さってましたじゃ洒落になんねェだろーが」

「………はは、そうっスね」

退の中での不安は、その科白と共に急に顔を背けた十四郎を見て低減した。

「(つまりは俺たちを、真選組を守りたいってことか)」

退の周りには、何だかんだで自らを犠牲にすることを厭わない者ばかりだ。旦那と慕う男も、漆黒のベールに包まれたどこか儚げな男も、目の前の男も。
自分より遥かに重い何かを背負っている。それは他人の命然り誰かの想い然り。それでもその背は曲げずにしゃんと歩いていて。憧憬の的、そうならざるを得ない後ろ姿を、彼らは自覚していないのだろう。
満足など以っての他、小さな隙間を見つけ己を叱咤して、そうしてまだまだ高みを目指す。ここまで来れば「(敵わないなぁ)」、そう苦笑するしかなかった。







副長の命とあらば!!最後に似合わない決め台詞を捨てて、退の私都恭夜尾行事件簿に筆が滑り始めた。
が、その事件簿はものの数頁で投了してしまう。

「はぁ?何だよそれ…」

上司のこめかみがピクリと動くのを横目で確認して、退は肩を縮ませる。
目の前にいるのは警察組織トップの人間松平片栗虎だ。場所は真選組の屯所ではなく、本部そのもの。物凄い形相で隣の男、十四郎にパトカーに乗せられたかと思えば、何も聞かされないままこの人の元に引きずり出された。

ソファーに深く腰を掛け、噴かされた葉巻の煙は彼のサングラスをうっすらと白く染めた。

「だぁーから、これ以上余計なことはすんなっつー釘だよ釘」

「…ふざけんな、部下の素性調べて何が悪ィ」

「ストーカーしちゃダメでしょー。お宅のゴリラじゃないんだから」

「ストーカーじゃねェよ。ちゃんと任務として与えた“尾行”だ。大体、向こうも聞いたって答えねェんだよ。怪しまれる奴の失態だろ」

右足の爪先でタンタンと拍を取る十四郎。平生より数倍増している眼孔の開き具合からも判るが、相当御立腹のようだ。

「(帰りたい…。俺の損失だって言いたいけど、それだと副長が…。うわ帰りてぇえええ)」

入室してから一言も喋っていない退。白目を剥くのを必死に堪えるので精一杯だ。

「つーかとっつぁん、本当に彼奴の情報知らねぇんだよなァ?」

「…そーだっつってんだろ。俺も俺で探りを入れてみたが、すーぐに私都抜刀してきちゃったからね、オジサンまじ三途の川見えちゃったよ」

“やっぱ侮れないねぇ〜”と灰皿に葉巻を押し付ける松平片栗虎。飄々とした姿勢を崩さないが、能力も自尊心もある男だ。きっと内心は穏やかじゃないのだろう。



「───もう一度言う。」

ほら、黒いサングラス越しに感じれる真剣な眼差し。皺が目尻に寄って、眉間にもそれは刻まれる。いつもの茶らけた雰囲気は何処に消えたのか、一平隊士でしかない退は初めて目にする本物の威厳に血の気が引いた。

「幕府上層部から直属のご命令だ。今後一切の私都恭夜に関する調査を禁ずる。破った奴ァ、謹慎どころか罷免だ」

「…クソッ」

歪む十四郎の顔が、二人目の被害者を見たときに一瞬浮かべた私都恭夜のそれと退の頭の中で重なる。

「俺の首もかかってんだ。頼んだぜ、副長サンよ」

コキ、と回された首から音が鳴る。

この件に関して、十四郎は一切の手法を奪われるどころか身動きすら出来なくなった。実に不服ではあるが、もはやどうにも出来ない現状も彼は理解している。自分の無力さが歯痒く、苛立ちが肺を埋めて上手く呼吸が出来なくなりそうだ。

そんな十四郎を見たのか、松平片栗虎は立ち上がり彼に背を向ける形で大きな窓を見た。
相変わらず船が空を飛び交うこの景色が、当たり前になったのは何時からだろうか。人間はそうそう変わることは出来ないのに、今や日本は日々目を見張るような進化を文字どおり目まぐるしく遂げている。

「よーし、十四郎ちゃん。此処でお兄様がとびっきりのプレゼントをやろう」

不意に通常の喋り方に戻ったことは、十四郎の意識を松平片栗虎にちゃんと向けさせた。大きな広い背中は、その周りに射す後光により一段と黒く光る。

「ま、これも私都からの請け負いだがよ、頭の片隅にでも置いとけ。彼奴の本音だ」

「本音…?」

思わず退の口が反復した。途端、興味が渦を巻く。


「あいつ曰く─────、







忠告はあくまで善意の塊








 ─────だから有り難く受けとっとけ、痛み負う覚悟がねぇんなら、だとよ」



「…ッは、上等だゴラ゙。覚悟なんてとっくの昔にしてンだよ」



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