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重い重い足取りを漸く止め、恭那は息を吐く。此処に来るのは二回目だがしかし、既に中に入るのは御免極まりない場所だ。
もし、願い通りに玄関先だけで済んだ暁には上手い酒を一杯呑もうか。僅な希望の光を暗闇に一点落として、恭那は鉄アルミ製の錆びた赤い階段を登りだす。
カン、カン、カンと足音が軽快鋭利なものになって辺りに響く。この音が家の中にまで聞こえていたらと考えると、脱兎の如き速い足で帰りたい。
気分の下がりで、腕に抱えた風呂敷も心なしか重くなった気がした。

下らないことに脳を動かしていれば、とうとう階段を登り終えてしまった。

『(さっさと渡してさっさと帰る、絶対に!!)』

先日、異常なもてなしを受けた私都恭夜にはもはや礼儀も何も必要なかった。

数十年前から当たり前となった機器の一つ、インターホンを押す。呼び鈴が釦一つになるとは、当時は全く想像もつかなかったものだ。
軽快な音が響いて、数秒。何の返答もない。

『(留守、か…)』

聞くところに因れば、彼らは万事屋を名乗り様々な依頼解決を職としているらしい。
ここら辺りでは結構名の広い者たちのようで、顔見知りや愛想の良い店員と雑談と称して会話に出せば出るわ出るわその情報。泉のように湧き出る話は呆れるものが多かった。所謂何でも屋で生計を立てている彼らは、財布の紐の弛さからかずぼらさからか、いつも腹を空かせているようだ。

「あぁ、でも、最近は毎日聞き込みをしてらっしゃいますよ?何でも、久しぶりに大きな依頼が入ったそうで…」

銀髪行き付けの甘味処だという看板娘の加奈子は、何故か嬉しそうに笑って言った。ふとそれを思い出した私都恭夜は、ああ、と頷く。
時刻は、目覚ましく発展を遂げたこの時代の言い方で午後二時半を数分後に控えていた。三人とも出払って依頼解決に身を投じていると考えても、何ら不思議はない時間だ。

『……出直すか』

くるりと体の向きを反転させる。少し安堵してしまったのは、暑さにやられてしまったのだと思いたい。カンカン…と行きと同じ音を立てて、錆び付いた階段を下りる。
これからの予定と言えば、特にはない。
先日の辻斬り事件は、死体解剖に回している。
現場は残してあるが、正直現場捜査が伸展を促すとも考えられなかった。既に目くじらを立てて蟻の子一匹見逃さぬように証拠を探したが、何も無かったのだ。完全なる証拠隠滅。計算され尽くした殺人であることは言わずもがな、そう易々と解決に導ける事件ではない。

自身を急かすのが一番冷静さを欠く行動だというのは、長い付き合い、己がよく分かっている。こう言うときは、思い付いたが吉。
連続殺人となれば次の犠牲者への懸念もあるが、如何せんそこに執着したところで時が止まるわけでも事件が解決するわけでもない。むしろ、その責任感に圧されてやはり視界が狭くなる。

薄情と取られることもあるが、それで構わなかった。これが私都恭夜のやり方であるし、他人に批判されても生憎その方法を覆すつもりもないのだ。
薄情で結構。世間に好かれるためにやっている訳ではない。





若干話が逸れたが、つまり特に行くところもやることもない私都恭夜はただいま手持ち無沙汰な状態であるわけだ。
こういう時に、頭は無意識に余計な計算をしていることに気づかされる。何だかんだで直ぐには帰れそうにないことを、私都恭夜はちゃんと算段に入れていたようで。上手い酒を飲もう、と思ったが、よく考えてみればこの時間から開いている店も少ない。
探す手間もかけたくはなかった。階段を下りて、何となく屯所のある西の方角に足を向けてみたものの、立ち止まってしまう。

ふと上に顔をあげれば、看板が目に入った。───【スナック お登勢】───、磨りガラスから覗ける店内は、やはり暗い。

『……あー、計画性ねぇ…』

───別に殺人犯と比較しているわけではない。



此処で屯所に戻ったとしても詰まらない。

黒髪二号機には、先日の事件の調査としてプロファイリングをしてもらっている。教えたばかりのものであり、自分の考察も参考と助力程度にかなり刷り込ませてあるが、何処までものにするか見物だ。
会話も何もせず、ただ近くに置かせてもらうだけとて、流石に気が散るだろう。

ならば一人で自室にいろ、となるが、そうもいかないのが現状だ。一人ならば、どうしたって誰かしら他の人と付き合わなければならない。

有害物質を撒き散らす変態味覚野郎は、私都恭夜を使える道具としか見ておらず、気の利いた話も出来なければ面倒な仕事を押し付けられるだけだ。

局長である人…いや、ゴリラとならばまだ会話も出来るが…、いや、やはりアレはゴリラ。ストーカーゴリラと学名のついてしまったアレには、彼がお気に召すキャバ嬢が可哀想な、実にくだらない戯れ事を延々と聞かされる。知能があるといっても、所詮ゴリラ、人間とは少し勝手が違う。

そして厄介なのは金髪だ。ことあるごとに打ち合いやら悪戯やらに誘ってくる。無視をしていれば辺り構わず小型大砲をぶっぱなし、挙げ句此方が被害を被る始末だ。

とりあえず、屯所に帰るわけにはいかない。しかし、前の住処は売り払われてしまった故に、行く宛もない。
今は何かを食べる気分でもないので、変な話一人でしみじみと酒に浸りたいという欲しか浮かばなかった。

『…仕方ないな、ぶらぶら歩くか』

快晴万歳炎天の下、なるべく運動はしたくないのが本音だったがそうも言ってられない。この時間から酒を呑める店を探すことに決めて、準備中とかかれた札の前から身体を退かそうとしたときだった。



ガラガラと古くさい音で、右の扉が開く。
出てきたのは、鮮やかな常磐色の頭に西洋の女給仕がつける被り物を載せた、可愛らしい少女だった。
否、少女というのは少し語弊があるようだ。見た目はかなり高度な技術で忠実に人間を象っているが、恐らく機械だろう。機械人間【ロボット】
という単語が普及してどれほど経ったのだろうか…、こうして間近で見るのは初めてだった。

「あ、ごめんなさい、驚かせてしまいましたか?」

『…いや、確かに少々驚いたが、気にするな』

ずいぶん奇麗な喋り方をするものだと内心感心する私都恭夜に、追い討ちをかけるよう機械人間は器用に首を傾げて問う。

「申し訳ありませんでした。お兄さんは、お客様ですか?」

『は?』

「ずっとお店の前にいらしたように見えたもので…。もしかしたら、札を掛け違えていたのかと確認を…」

そう言いながら、ちらりと目線を左側に向けた機械人間。もちろん、間違いなどないのは私都恭夜が確認済みだ。

「あら、あってました」

実に人間らしく目を丸くして見せた彼女に、私都恭夜は肩を竦めた。

『はは、気を遣わせてしまったのはどうやら俺のようだ。ごめんな御嬢さん、少し考え事をしていたんだ』

「お悩み事ですか?」

『まあ、そんなとこ』

「それならば、ここのお二階に住んでいる方が万事屋をやっているんです。良かったら相談してみては?」

『………………、いや、遠慮しておく』

相談するもなにも留守であることを承知しているし、何より信頼の置けない輩だ。加えて、真面目に相談するような案件など持ち合わせていない。
テキトーに答えすぎたな、と自分に言い聞かせて、私都恭夜は愛想よく笑った。

『本当に大したことじゃないんだ。ただ少し時間が余ってしまってね。これからの予定を考えていたとこなんだよ』

「そうだったのですか。すみません、十八時辺りでしたら中に御通しできたのですが、今は未だ準備中でして」

『君が謝ることじゃない。十八時からやっているんだな。ならばまた今度、改めてお邪魔するよ』

そこまで言って、私都恭夜はまたもやふと、とある記憶を無意識に頭に広げていた。確か、銀髪は着替えさせたのは自分ではなく下でスナックをやっているババァ───つまり女性だと言っていた。下のスナックとは九割九歩、ここのことだろう。
ということは、その人にもお礼をしに来なきゃならないということだ。

しかも運悪く性別を知られているから、迂闊な仕草は今も出来ない。何せ、機械人間は上辺では私都恭夜を男だと思っているから。尤も、彼女の機能に服を透視できたり、声の微妙な周波数や男女の骨格、筋肉の作りを解析できる類いのものが備わっているなら話は別だが。
二人の情報を一致させるためだけに此処で素直に『実は私ー…、』と暴露したところで、誰が何処で聞いてるいるやも知れぬ。そこまでのリスクは追いたくないし、恐らくこれっきりの付き合いだろう、嘘つきと称され信用を失ったとこで特に失うものもないはずだ。

『お前は雇われ店員か?』

「はい。たまと申します。以後お見知りおきを。此方は私がお世話になっているお登勢様のお店でございます」

『お登勢、そうか、名前が店名なのか。そりゃ覚えやすい』

礼は忘れたくない。店や店主を覚えていれば記憶から落ちにくくなるだろう。私都恭夜は看板と目の前の店員、たまを同時に頭に書き込む。



その間にも、たまの話は自然に進んでいた。機械とは思い難い細く奇麗な人指し指を顎から頬に添えると、斜め上を仰いで続ける。

「はい、どうやら本名は違うようですが…。なんと言いましたっけ、あの、その、」

『…源氏名?』

機械人間とはいえ、完璧ではないらしい。恐らく知識もかなり豊富なのだろうが、それが仇となって奥深いものにあるものは取り出しにくいようだ。その辺りは人間のものと似ていて、少し皮肉にも思えた。
私都恭夜の助け船に見事乗っかったたまは、首を縦に動かす。

「そうそう、それです。お登勢は源氏名で、本名は────「これたま」

話の佳境とも言える場面で、私都恭夜の背後から掠れ気味の太く濃い声が飛んできた。太いと言っても、男のそれとは違う。言い換えるならば、深く、安定のある、と言う具合だろうか。

私都恭夜が振り返る前に、カラコロと下駄を鳴らして、声の主は溜め息をついた。

「あんた店先でなに人のプライバシー侵害しようとしてんだい」

「すみません、お登勢様」

三十度角に頭を下げるたまの姿を見せようと、私都恭夜は身体を右側に引きながら目線を道路側に投げた。
若干皺が走る、【ふち】
を色づけた目と視線があう。その瞬間、私都恭夜の会釈を余所に、スナックの店主お登勢は双眸を大きく見開いた。

もちろん、頭を下げていた私都恭夜が気づくのは、彼女の漏れでる声に違和感を覚えて顔をあげたときだ。

「…あん、た…」

『……?』

しかし、その表情の意味も感じた違和感の正体も思い浮かばない私都恭夜は、眉を潜める。
カツンカツンと、ヒールのような足音に変えて、お登勢は私都恭夜にゆっくりと近寄った。そして、ぎこちなく、悲しそうに笑う。

「………私のこと、覚えているかい?」

聞こえた声は、必要なくなった声帯を無理に使ったからか、掠れが増していた。しかし、きっと喉を痛めるであろうその声を出した甲斐はある。それは私都恭夜の態度を見れば一目瞭然だった。
お登勢とたまに対して横向きだった身体を、たまには背中を向けお登勢には正面を見せて、口を小さく開ける。眼帯に覆われていないの瞳は、お登勢と同じように限界まで開かれていた。



────嗚呼、何故。


「久しいねぇ、…恭那」



────今更、このタイミングで、久闊を寄越す。





何時だって、世界は邪魔をするけれど。





『っ、綾、乃……?』


────そんなに“私”を、死なせたくないのか…。





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