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「#お仕置き」のBL小説を読む
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銀時は深く息を吸い込んだ。初夏の生温い空気が肺を一杯にしていくのを感じて、それを思いっきり吐き出す。

「神楽ァァ!!新八ィィィ!!」

あっという間に中からどたばたと音が聞こえてくる。半透明の硝子戸に映りこんだ二つの影は、次第に大きさを増した。一面が黒で覆われたと同時に、ガラガラと騒がしい音を立てて戸が開かれる。

「何事ですか!…───って」

「銀ちゃっ、な、なにアルかそれ!」

銀時の肩から垂れる亜麻色はどう見ても人の髪の毛。本来彼の腕があるはずの場所には、銀時のより細く白い華奢な腕がぶらりと下ろされている。
蒼白に染まった二人の顔を一瞥した銀時は、一度私都恭夜をおぶい直す。背中はかなり熱を持ちはじめた。熱もあるのかもしれない。

銀時はあしらうように二人をすり抜けて自室へ一直線に入った。目の前の敷きっぱなしの布団に寝かせる。ずぼらさがこんなときに役立つとは、捨てるもんでもないかもしれない。
後ろの襖から気遣いげに此方を窺う新八と神楽に気づかぬ振りをして、銀時は私都恭夜の額に手を充てる。そこから伝わる熱は、温もりなんて生温いものではなく、じっとり籠った熱さだった。

「(やっぱ熱あんじゃねぇか)」

ため息を落とした銀時は、漸く振り返った。びくりと反応する気まずそうな新八と神楽に、困った笑みを見せた銀時は言う。

「氷水とタオル持ってきてくんねぇか」

「熱アルか?」

「どうやらそうらしいんだよなァ」

「大変じゃないですか!僕、薬局行ってきます!神楽ちゃんっ、氷水とタオル頼める??」

「ラジャー!」

どたばたと足音が散らばったのを確認して、もう一度息を吐く銀時。
目を遣った私都恭夜の額には汗で前髪がへばりついていた。汗が乾くと体が冷えて逆に悪い、そんな話は独身独り身まっしぐらの人間も知っている。銀時は箪笥から浴衣を引っ張り出すと、私都恭夜を覗きこむように膝立ちになった。

「おーい、私都ー」

『……』

「私都、起きれるか?」

『…………』
「あー、ぐっすりですかー」

本日三度目のため息をついた銀時は、そのまま私都恭夜の着物の合わせに手をかける。そのまま真横にぐいっと開けば、中の襦袢が顔を出した。
和服を着るのも久しければ着させるのはもちろん同然。上手く出来るのか不安に駆られながらも襦袢の腰ひもを解く。
そうして見えた幾重も重なる白い帯に、銀時は一瞬脳の働きが停止した。

「え、」

脳だけでなく時まで止まってしまったような、静寂。確認のためにもう一度目をやれば、緩く山を描いているソレに銀時は飛び退けた。

「っ、!!!!!」

先程の、私都恭夜の最後の呟きが耳に入る。

『は、じ……め……、』

分析にかけたのは、言葉の内容ではない。音の高さと柔らかさ。これまで聞いていたものとは全く別物を思わせる音色は、今の状況の補足に充分事足りる。
しかし、その事実は普段滅多に動かない銀時の左脳に鈍痛を与え、嚥下するなどもっての他で。ただ口を間抜けに半開きにして、瞼をこれでもかと言うくらいまで押し上げた瞳はかなり小さくなっていた。

「(おいおいおいおい、嘘だろ勘弁してくれよ。マジ春日部の親父の靴下並みに冗談きついンですけど!?)」

閉めきった襖に背中をべたりと貼り付かせた銀時をよそに、目の前の“女性”は身じろぎをした。そして聞こえる「んっ」というなんとも悩ましい声に、銀時はますます居たたまれない。
とりあえず、新しいのに変えずとも、脱がせかけた服を着せなければならない。銀時がごくりと唾を飲み込んで覚束無い足を持ち上げた時。

「銀ちゃん!!ビックリすることに氷が一個もないヨ!そういえばさっきワタシが全部食べちゃったアル、どうすれば…、」

「か、かかか神楽ちゃあーん!それじゃあ今すぐに買ってきてくれないかなァァ!!」

耳を劈いた高い声に銀時の唇は素晴らしい働きを見せた。何となく、というか直感的に、目の前の彼が彼女であったことを神楽に知られてはならないと感じる。神楽だけではない、新八にも、だ。
というかそれ以前に、この状況はヤバイ。

神楽が確認で部屋に入ってくる前に、先に銀時が部屋を出る。案の定此方に向かってきていた神楽を廊下で引き留めた銀時は、様々な理由を即興で押し付けて神楽の手に髭世を持たせた。
余り金で酢昆布もゲットできると知った神楽は有頂天で玄関を飛び出していく。ガシャンと鳴って閉じた扉と神楽の嬉々とした薄れていく雄叫びが聞こえれば、銀時は息を吐いた。



そのまま寝室に寄って、畳の目を見ながら軽く浴衣を彼女に被せておく。
家の鍵を持って直ぐ様飛び出し、錠をかけてから本気ダッシュで下へと階段を駆け降りた。そのまま、照明のついていない家の真下の引き戸を開け中に滑り込みそして閉める。
此処までの一連の動作に全く無駄はなかった。だからといって額の汗を拭う間もなく、煙草片手に目を円くする人影に詰め寄る。

「ババア!!助けろ!」

「あぁん?それが人様にもの頼む態度かい」

「助けてくださいお願いします!!!」

「…!な、なんだいなんだい。あんたがそんなに易々と頭を下げるなんて、槍でも降りそうだねぇ」

「そんなバカげた冗談を言う暇なんてねぇンだよ糞ババア!!良いからちょっと来い!!」

「あ、おいこら!!!」

カウンターから大家であるお登勢を無理矢理引き連れ、驚いたままのスタッフ、たまとキャサリンをそのままに銀時は再度二階へ上がる階段に足をかけた。掴んだ腕の持ち主を労ることもなく、即座に鍵を開けて寝室へと駆け込む。
さっきとなんの変哲もない眼下の様子に漸く一息ついて、後ろを振り返った。かなり驚いているのか、さっきよりもますます目を円くしているお登勢。銀時は手短に状況を説明する。

「熱だしてぶっ倒れてしょうがねえから連れてきた男だと思っていた奴が女だった」

「…熱が、あるってのかい?」

「そ。服変えさせようと思ったんだがよォ、この先俺が進めるわけにもいかねェだろ。着させてやってくんねェか?」

「……分かった。その上にかかってるのを着させればいいんだね」

「たまには役に立つじゃねぇかババア」

「労働費はあんたの家賃につけておくから」

「は?!」

と、反抗も束の間、銀時は部屋から追い出されてしまった。渋々とリビングに戻り、冷蔵庫からイチゴ牛乳を出す。渇ききっていた喉への潤いを感じ、何度目か分からない息を吐く。
目が覚めたときに彼として接してあげられるかどうか、それが気掛かりだ。
男にしては細すぎると思っていたが、まさか女だったなんて。洗練された抜き打ちを見させられてどうやって予想できるというのか。
しかも真選組隊士だというのだから、ますます疑う余地は無い。

そういえば、真選組はこの事を知っているのだろうか。銀時の心に急につっかえたその問いは、彼の気分をもう少しだけ下げてしまう。
そうして今さらになって、“ハジメ”の言葉が思考を掠めた。脳内変換の忙しさは相変わらず衰えない。





それだから、息の仕方を忘れるんだよ。





「下の名前教えてくんねェのは、これが理由か」

知識欲が、ぶわりと泡を吹いた。


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