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「#寸止め」のBL小説を読む
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雨が止んだらしい。部屋から見える軒より滴る水滴だけが、まだしとしとと地面を濡らしていた。
それでも、雲間から見える青空が、どうしても本物に見えない。何故だろう、こんなに明るくては、いけない気がして。私都恭夜は静かに障子を閉めた。


しかし、数秒後に聞こえた足音と共に障子は再度開かれた。だがまあ、空が見えなかっただけましだろう。私都恭夜の視界はが占領した。

『…初号機…』

「あ?ったく、またそれかよ。生憎使徒じゃねえが、出たぞ」

咥えていた煙草を吹かして口から出せば、白い煙が薄くに膜を張ってから空気に溶けていく。私都恭夜は目を細めてそれを追うと、いそいそと立ち上がった。

『なるほど、これか』

「…なんの話だ?」

青空が気にくわなかった理由が分かって、漸く空を見上げる。既にすっかり雲は流れ、文字通り快晴の空が広がっていた。けれどもう、私都恭夜の目には綺麗に映ることすらできなくなる。


『いや、相変わらず…、────気味が悪い』


擦れ違い様に言い放たれた言葉は、かなり忌んでいた。嘲笑すらなく、ただただ憎しみだけが詰め込まれていた。
土方十四郎は花浅葱の背中を横目に煙草を吹かす。

「…良く分かってんじゃねェか」

短くなる前に潰した煙草を、胸ポケットから取り出したシガレットケースに押し込んで、十四郎は自室に戻った。














「あ、こっちです!私都隊長!!」

『ん、状態はどんな感じだ二号機』

「はい。死後硬直より死亡推定時刻は朝方四時から五時半くらいまで絞れるみたいです」

『創傷は』

「…えーっと、傷口の種類でしたよね?切創、だそうです。刀で、三年前ともこの前とも同じように、真っ直ぐ真横に約十センチ、深さはきっかり心臓の中まで。……直ぐには死ねませんが、動けなくなるには効果覿面だそうです」

『ったく、悪趣味だなぁ』

野次馬の間をすり抜けて、私都恭夜は山崎退に連れられ遺体まで歩く。
鑑識の素早い仕事により、既に今回の事件が今江戸のかぶき町を賑やかすものと関連していることがほぼほぼ確定していた。

遺体に到着すると、私都恭夜はさっと布を剥いだ。先程の退の説明通り、創傷は胸部にある切創ただ一つのみ。
手袋をはめた手で瞼を押し上げてやれば角膜はまだ濁っていなかった。小さな筋の硬直は始まったばかりらしく、確かに死後半日も経っていないことが確認できた。

現在の時刻は午前十一時。
遺体が発見されたのはこの場所で、時間にして僅か十五分前だ。発見者は運良く通りかかった巡回中の真選組隊士に直ぐに通報をしたため、かなり早い段階で調査に動けた。

なんの変哲も無い民家の路地裏で発見されたこの死体は、仰向けに寝かされいる。私都恭夜は、背面部を覗き混んで目を細めた。

『…死斑はなし、か…』

「しはん?」

聞き慣れない言葉に隣で退が首を傾げる。そして慌てて内ポケットから手帳を出した。それは、説明お願いします、の合図だ。

私都恭夜は、事件の捜査隊長として第一に幕府から鑑識を派遣させた。お陰で、死体の死亡時刻等の情報をかなり速い段階で得られるようになった。
これまで全く医学の心得など無かった退も、私都恭夜にこうして鑑識内容を聞かれるようになってから必死に用語をメモする癖がついた。

『死体の死に【まだら】
で死斑。
 心臓の機能停止により循環出来なくなった血液は、重力に逆らえずに身体の低い位置に沈下すんだよ。その色調が皮膚の表面に出現することで生じる痣状の死後変化。この死体は発見されたときから仰向けだから、本来なら背中の方に多く見られるはずだ』

「だけど、全くありませんね」

『死斑は死後早くて三十分で出現する一番最初の死後変化で、その数が最高になるのは約十五時間後だがそのあとは消えない。腐敗とかで変色するのに混じってくだけだ。だけど角膜の濁りや筋の硬直からして半日も経ってない』

「…じゃあ、やっぱり、」

『この死体の、……血がほとんど抜かれてる証拠だ』

さあーっと、退の顔が青ざめる。遺体が発見される度に、十四郎や総悟よりも早く私都恭夜と確認していた彼だが、どれも私都恭夜が担当する“例の事件”の死体ではなかった。

心臓を狙った、一撃必殺ばりの、小さい切創。そして死斑の見当たらない、血の抜かれた死体。それが、江戸かぶき町を恐怖の闇に落とした“かぶき町神隠し吸血事件”の犯行特徴だ。
理解して見れば見るほど、死体の青白さが際立って血の気の無さが窺える。退は咄嗟に顔を背けた。


私都恭夜は立ち上がって、周りを見渡す。血痕は残っているが、それが道なりには続いてない。此処で殺害され、血抜きも此処で行われた、今のところはそう見るのが妥当だろう。
血抜きの後に此処に持ってこられたのなら血痕は残っていないだろうし、この血痕は飛び散り方からして恐らく斬られた時のものだ。

薄い線で繋がりながら歪な丸を描く血痕をじっと見下ろすと、途端に内側から競りあげてきたものに私都恭夜は口と鼻を袖で覆う。

『(っ、くそ…っ、)』

顔をしかめて、身を翻し血痕から離れる。

「私都隊長?」

異変に気づいた退が近づいてくるが、それを手で制した。

『大丈夫だ、っ、ちょっと、気になることがあるから、…抜ける。…あと、は、頼ん、だ…っ、』

「あ!ちょっと!!」

所々息を切らしながら、私都恭夜は一方的に会話を終わらせ、即座に現場から遠ざかった。

喉を中心に、身体の芯が焼けるように熱い。水を飲んだところで収まりきらないことを知っている私都恭夜には、ただひたすら人気の無いところへ身を運ばせる術しか無かった。

『っ、ぐっ…ぅ、』

ドクンと、心臓が大きく脈を打てば体内の温度は急上昇する。
民家すら並ばない細い細い路地裏に身体を滑り込ませ、壁に背を任してそのままずるずるとしゃがみこんだ。

『くそっ、…っはぁ、はあ、』

頭が痛い。視界が気持ち悪く歪む。明瞭としない景色に、吐き気がした。
頭を手に乗せて、目を閉じる。それと同時に耳鳴りと共に脳内に鳴り響きだす音がある。

「いい加減にしろ。そんなことをされても嬉しくない。あんたに必要とされることの方が嬉しい。」

『(……ねぇ、)』

「だから黙ってもらっておけ。欲しくなったときには、傍にいてやる。」

『(今、何処に入るの?傍にいてくれるんじゃ、なかったの?)』

問いかけても問いかけても、答えはない。会話は成立しないまま、音は不躾にぶつりと消える。

『(このまま、世界が、終わってしまえばいいのに、────「私都??」


朦朧としだす意識のなかで、やる気の無い声が自分を呼んだのが聞こえた。重たい瞼をあげて映るのは、“彼”とは正反対の赤色の瞳だった。

「オーイ、生きてるかァ?」

『…っは、、ぱ……?』

「って、オイ、本当に大丈夫か?」

『うる、せぇ、…どっか、行け…』

屈み込む男から、血の匂いがふわりと漂った。それが私都恭夜の鼻孔を擽れば、余計にその整った顔をしかめる。ぶわりと背筋をなにかが走り抜けて、私都恭夜は力無い舌打ちを打った。

刹那、灼きあげるような痛みが襲う。

『うっぐ、あ、かはっ、』

「っ、オイ!」

焦った銀時の表情を見るまでもなく、私都恭夜は胸を抑えて前のめりになると、目を強く瞑って痛みに悶えた。荒くなる息遣いと身体中に響き渡る拍動に鼓膜は囚われ、銀時の声はもはや雑音と混じった。

肩を揺らされてうっすらと見上げた、太陽の光で白く光る銀髪が眩しい。けれど隙間から覗く瞳が、その色も関係なしに“あの人”と被っていた。何時もは怠そうに開かれた双眸の大きさも、そこに埋め込まれた真剣な様子も、酷く似ていた。


───「恭那っ!!!」



久しぶりに呼ばれた名前なのに、“彼女”は返事すら出来なかった。





結局そこに縋ってしまう






銀時の目の前で、私都恭夜は眠るように意識を失う。

『は、じ……め……、』

紡がれた三つの音は、普段のものよりも何倍も高い声域で、しかも穏やかさを纏っていた。

「……ハジメ…?」

後に呟いた自分の声とは比べ物にならない、────“女”のような透き通る声。まるで夢でも見ていたかのような儚い出来事に、銀時は暫く動けなかった。



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