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「#幼馴染」のBL小説を読む
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昨日は確かにあそこにあったはずの黄色が、忽然と姿を消していた。銀時はふらりと脇に寄ってしゃがみこむ。文字通り根こそぎ持っていかれたらしい
黄色の花は、しかしながら銀時の記憶にしか残ってはいないだろう。
もう少しだけ足を伸ばせば、白い紙の貼られた格子戸が見える。一週間前には既に付けられていた紙の奥は暗く、人気が感じられない。だがそこが何の店であったのかを、銀時は知らなかった。



一週間───七日も経っても尚、銀時は恩人のことが頭から消えなかった。一般的には消えた時点で“恩人”とは言えなくなるのだろうその姿を今も描く銀時は、確実にかの者に恩を売ってしまったと自覚している。
此処一週間で、普段なら気づかず踏み倒してるやもしれない花や店であった家屋を見つけたりするのは、目敏くなったからだ。視界が広くなったとも言えるし、気を細やかに張れるようになったとも言える。
しかも、腹すら空かないのだ。糖分をこんなにも摂取していないのに、体は疲れを知らない。

亜麻色を捉える度に縦に動く心臓も、花浅葱の鮮やかな色彩を捉えては落胆する心も、銀時の最近の気苦労の元だ。

「(探さねえって言ったのはどいつだよ)」

自分に呆れながらも止めないのだから、案外意識と感情はかけ離れて位置しているのかもしれない。






彼の足取りを重くする焦りは、町の噂の規模に比例していた。次の犠牲者の候補を真しやかに皆が口にし、暗がりの道を歩く影は日に日に低減の一途を辿っている。

「───そこの角の田口さん。以前盗みをしたことがあるそうよ!」

「まぁ!候補者がこんなに近くに?!」

「でもちょっと待って。三年前は確かに犯罪者だったけれど、今回の被害者は一般人だったというじゃない」

「え、そうだったの?あの橋本さんという方も空き巣だったって聞いたけれど・・・」

「違うわよっ!私の友人の友人が橋本さんの奥様で、本当にステキな御夫婦だったらしいもの!」

「もう真選組は何をしているのかしら。さっさと犯人をぶちのめしてしまえばいいのに・・・役立たずねえ」

「あら、三年前のあの時には、幕府も関わっていたとか言う話よ?真選組も信用できないわ。税金泥棒もこの際入らないんじゃない?」

「・・・何にせよ物騒な世の中ねぇ────」



「(ぶちのめせって、お前らの方がよっぽど物騒じゃね??
 つーか橋本さんも言われまくってンなァ。後でお妙にでも様子聞いてみるか)」

恩人のことから黄色の花へ、そして暖簾を外した店から自分の仕事。終いには依頼者へとふらふらと変化する思考が停止するのは、銀時がお妙こと志村妙のいる道場の方向を何気なく向いたときだった。

「っ、」

視界の隅で、ちらりと花浅葱が揺れた。瞬時に追いかけた先に降りている亜麻色に、双眸を見開く。探し求めていた二色が同時に目に入れば、足は既に地面を蹴っていた。
花浅葱の背中が消えていった角を折り、前方にあるその姿を確認して銀時は走るのを止める。この先は暫く川まで続く一本道。そう簡単に見失いはしないだろう。

銀時は息を整えながら歩いて考える。“探さない”って言ったくせに息を切らして登場するのは怪しまれそうだ。ここは偶然を装わなければならないのだから、紳士的に手を上げ後ろから声をかけるべきだろう。
しかし、額と首筋に滲む汗を手の甲で拭いながら再度私都恭夜の姿を捉えれば、また冷や汗をかいた。悠然と歩く人影は、気づけばこの道の終わりに差し掛かっている。道を断つように真横一直線で流れる川まで出てしまえば、進む先は川に沿って右か左、二者択一。どちらかを選んでも、そこから先は脇道が幾つも伸びている。
相手はよほど足が長いのかせっかちなのか、歩くペースが速い。曲がられれば見失う確率は格段に上がる。
銀時が「やべ」と呟いてまた足を急がせようとしたときだった。




───「たいちょー、こっちは異常なしでさァ」

朽葉色【くちばいろ】の髪が、ひょこっと角から現れる。
喋り方と風貌は、どちらも銀時が認知しているものだ。そして出来れば関わりたくない、腹中真っ黒の青年。
今日も変わらず黒い上着を肩に、個性的なアイマスクを頭にかけている。

『異常探してんじゃねえよ手がかり探してんだよ。サボりの口癖ぐらい改めて来い金髪

「たいちょー、そろそろ人を頭の色で判断すんのやめなせェ。金髪なんてそこら中にいまさァ。てか金髪じゃありませんし」

『論点ずれてる。もう良い、お前は俺と一緒に廻れ』

銀時が追っていたものは青年が現れた方角とは真逆の左手に身体を向けた。自由奔放である彼に対し、言葉だけの指令で首根っこすら掴まないのは強制力にいまいち欠けると見える。
しかしそんな想像に反して、朽葉色は実に素直に私都恭夜の後ろ姿に歩み寄っていく。




それを呆然と眺めていた銀時に気づいたのは、彼がいるこの道を横切っていた総悟だった。何気なくちらりと此方に投げられた視線を逸らさぬまま、朽葉色の青年は歩みを止めて手で輪っかを作る。そこから覗く目の色までは、到底銀時には識別が出来なかったがしかし、彼のわざとらしいあざとさを含む口調に僅かな驚きを持っていたことを知る。

「あっれーーー、ありゃあ万事屋の旦那ですかィ??」

語尾が上がる、問いかけに、銀時の視界から消えていた私都恭夜が左脇から顔を覗かせた。そして銀時を認識すると、思いっきり顔をしかめる。

『お前や黒髪初号機が言ってる万事屋って、…あいつ??』

「へェ。まあ仕事してないただのマダオでさァ」



「今絶賛仕事中ですけど!!」とは、言えなかった。現に彼はこうして私情に従って此処にいるし、尚且つそんな余裕も持ち合わせていなかったからだ。
探していた花浅葱が、税金ドロボーと何度も悪評を口にしてきた集団の、ナンバースリーのと並んでいる。その光景に、銀時は文字通り突っ立っていることしかできない。

「(え、は??何であいつらが一緒に、)」

「おーい旦那ァ」

悠長に銀時に向かって手を振る真選組一番隊隊長は、後ろから殴られる。

金髪、仕事中だろ』

やわやわと後頭部を擦って、沖田総悟は悪びれる様子もなく銀時を指差した。

「たいちょー、旦那は顔だけはこのかぶき町に広いんでさァ。唯一の長所を使ってやらねえと可哀想すぎて俺生きていけやせん」

「おいぃィィイ!!!なんか急に爆弾飛んできたんですけど!!!唯一の長所って何?!」

『んだよ金髪ー。お前も優しいとこあんじゃねえか、少しくらい黒髪初号機にも与えてやれ』

「コラコラコラコラ。亜麻色くん?君も何言っちゃってんのかな??」

ふと眉を下げて優しい顔をしたかと思えば、出てきた言葉に銀時はひくりと口元を歪めた。ずかずかと歩み寄って、二人を見下ろす。

花浅葱は、真選組の隊服とは相異なる鮮やかさで銀時の眼に映っていた。しかし、総悟は私都恭夜を“隊長”と称す。

「…お前、真選組だったのかよ」

私都恭夜は何もしなかった。喉も首も動かさずに、ただ銀時の瞳を見つめる。
反応したのは総悟だった。

「旦那たち、知り合いですかィ?」

小首を傾げて見上げられた銀時は、ちらと左前の人を見遣る。
知り合い、と素直に言えれば良いのだが、銀時からの一方通行の思いでしかないような気がした。それはいい気がしないし、正直悲しい。
確認も込めて、銀時はほくそ笑みながら総悟を真似るように首を傾げた。

「あー、知り合いと言えるんですかね私都くん??」

『いや、知り合いじゃない。』

即答だった。
思っていた通り、かの人情は江戸で過ごすには厳しいくらいに冷めている。銀時としては私都恭夜のその感覚は許しがたいものですらあった。

「おいコラ。何目ェ逸らしてんだよ。銀さん今はっきり名前呼んだんですけど」

『聞かれたから答えたまでだ。名前と顔を知っている人間なんて五万といる。そういうのは知り合いじゃなくて顔見知りだ』

「“知り”って文字が入ってんだからンな変わんねえだろーがよ!」

『俺のなかでは他人≦顔見知り<知り合い、だが』

「他人と顔見知り共通範囲持ってんの?!俺はそこの位置なのかそこなのか?!」

「旦那ァ、因みに俺はたいちょーの中で部下ですぜ。他人≦顔見知り<知り合い=その他<<……<<部下でさァ」

「何不等号乱用してんの?そこの間にそんな差があんの?てか“=その他”って何?!もはや日本語否定しちゃってるんですけど。“しり”もクソもあったもんじゃねーな!!」

銀時は思う。

「(今なら新八の気持ちが分かる)」

つっこみとは、想像以上に体力を使うものらしい。銀時は急に腹が減った気さえしてきた。

「(ああ、パフェが欲しい。糖分が足りないパフェが欲しい)」

得意の思考瞬時変換で、脳は覚醒したように食欲の指示を請け負っていく。だがそこまでさせた銀時の努力も、私都恭夜はいとも容易く足蹴にしてみせた。

『…お前、本当に鬱陶しい』

眉間に寄せた皺が、心底嫌がってる様を実に分かりやすく表している。絶句する銀時を、総悟が新しい玩具を見つけた顔で茶化そうとしたときだった。



───────「ひ、ひったくりぃぃ!!!」

突如鼓膜を素晴らしく震わせた声の発信源に、三人は目を向ける。向こう四つ目の角から、風呂敷を抱えたサングラスをかける男が此方に飛び出してきていた。
しかし、総悟の黒い隊服に気づいたのか、即座に体を反転させた彼は、そのまま走り出す。

離れていく背中さえ覚えていれば、掴まえるのはそう難しくない。体力には自信がある。銀時と総悟は逃走者の服の色、肩幅等を認識し始めた。
そんな二人の視界に、ふわりと花浅葱が舞い込む。

「「あ」」

っと言う間に、銀時たちが焼き付けたはずの背中はその色に染まった。

「いたたたたたた!!!」

『…馬鹿なことを。窃盗の容疑で真選組の屯所まで来てもらう』

「なっ!離せこのアマ!!!」

『ほう、そう言うなら離してやろう。…だが、』

銀時と総悟が言い合う二人の背後に控えたとき、私都恭夜は言葉通りに彼の腕を離す。
しかし、そう逃がすはずもない。思いがけぬ解放に窃盗犯が一瞬呆ける隙に、私都恭夜はそれから腰を落とし、得物を抜き取ってその刃を瞬時に男の首に宛てた。
このご時世、真選組及び幕府護衛軍以外の帯刀は許可されていない。真選組とは対照的な色の羽織を背景に煌めくに、男は開いた口が塞がらなかった。

因みに、開いた口が塞がらない男がもう一人。刀のよりは光沢が少ない色素を頭髪に含む彼も、まあ唖然とした。

「(……なンだよ、あの速さ)」

戦場を駆け、異名をその地に轟かせた眼で追うのも困難だったほどに、速い太刀筋だった。鞘から抜いた一瞬、そこには色や線は無く光が通った後を追うことしか許されなかった。

「驚きましたかィ?あの人、近藤さんにも反応させなかったんでさァ。もちろんマヨラーも、この、俺でさえも。気づいたら首筋にあるんでェ。旦那もやられたらビビりますぜ?」


『その分手荒な真似をすることにはなるが』





ここであったが七日目!





『さぁ、覚悟は出来たか?』

「ひ、っ、」

ぶんぶんと頭を縦に振る男を、私都恭夜はどこか勝ち誇ったような笑みで見下ろす。
突きつけた刀をこれまた洗練された手際でしまい、立ちあがるよう顎で合図する。銀時は無意識ながらその動作にまでも囚われていた。

男は腰を震わせたまま、次は頭を横に振る。立てなくなるのも無理はないだろう。過激な浪士で無い限り、今の江戸では刀身を目にすることも珍しい話だ。

銀時や総悟のように、私都恭夜の一連の型を“美しい”と思う感性もまた、薄れていく。それは、平和を唱う人情の中で侍の心に影を落とした。

『────あ?腰が抜けた?…おい金髪黒髪二号機に車手配させろ』

「ジミーですかィ?たいちょーのつけるあだ名は同じ類いのものすぎて分かりにくいったらありゃしませんや」

『いいからさっさと電話しろ』

「へいへい」

ズボンのポケットから取り出す携帯を耳に当てる総悟を横目で見ながら、銀時は腰に下げる木刀を握る。この木刀は刀に似せているもので、その分通例のものより重いし太さもあった。
廃刀令が公布されるより少し前から、鉄を木に持ち変えた彼だったが、初めて思う。

「(…鞘が恋しいなんて、らしくねェ)」

正確に言えば、私都恭夜が鞘から抜いて見せたあの動作に、銀時は惹かれていた。もう何年、やっていないのだろうか。
しかもあれはただの抜刀ではなく、“居合い”だ。桂はほんの少しばかり齧っていた時期があるが、銀時は一度もやったことがない。

不覚にも、やってみたいと、そう感じてしまった。大切な人を守るどころか、他人を傷つけることしかできない刀を使うそれを。





「────聞いてますかィ旦那ァ」

「っ……、あー、ウン聞イテタトモ総一郎クン。ゴリラがやっと動物園に戻れるんだって?これでうちのお得意さんも安泰だなぁ、あはは、あははははー」

「本当に残念ながらゴリラの引き取り先はまだ決まっていやせん。志村の姐さんはあんたんとこのお得意さんだったですねェ。ま、俺たちァ屯所に戻りますんでー」

「あ、うん」

「それと、俺は総一郎でも金髪でもなく総悟でさァ。…聞こえましたかィたいちょー」

『おいさっさと乗れ金髪

「ちっ」

乗るだけで突っ込んで来なかった総悟に、銀時は目を点にして頷いた。これがイケメンとメガネの違いなのかと、そう学んだ。舌打ちをするだけなのに妙に様になっている。
世界は本当に不平等だ。

黒塗りのパトカーをぼーっと見送って、その車体が見えなくなったところで銀時は気づく。

「(あ…、名前聞くの忘れた)」

七日経った今、彼の恩人には肩書きのみが追加された。先は全く読めそうにない。


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