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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -


銀時が依頼を受けて約一週間が経った。
人脈の広さは彼の取り柄の一つであれば、それを使わない手は無く、使わないとなればそれもまた難儀な話である。しかし、かぶき町の至るところで声をかけられても大半は払いきれない付けの請求で。

「おちおち聞き込みもしてられねぇじゃねえかよー。ったく、来月払うって言ってんじゃん」

四方八方から浴びせられる非難と鉄拳で銀時は心身ともにズタボロだった。そして昼前から歩き続け、頭上の太陽を西に少しだけ見送った今、腹も減っている。銀時はふらふら覚束無い足取りで路地裏に入った。



今回の依頼金はやはり万事屋の生活からすれば多額であり、唯一まともな新八が誰に言われるでもなく自ら貯金の管理を買って出た。因みに新八は、自分の給料とは別口で大江戸デパートにて金庫を買い付け、その中に貯金を保管しており、暗証番号は彼しか知らないという徹底さを持って管理に当たっている。
新しく新調した眼鏡越しの、どこか勇ましい目にじっと眺められながら銀時は今月分の給料として油吉を一枚、髭世を三枚ほど受け取ったのだが…。

「…安定と信頼の三百円。うん、やっぱり君だけだよ俺と生きていけるのは」

札どころか硬貨三枚しか無いのが彼の財布事情である。
飯を食べたいのは山々だが、此所だけの話、銀時は欲に勝てずに何度かパとチとンとコが付くジャラジャラ騒がしい空間へ誘われ浸っている。

大した手掛かりも掴めずに壁にぶち当たった行く末が金をばら蒔くところでは、彼の人生は往々にして崖っぷちを歩くものだろう。昨日、数日前、一週間前、十数日前の自分を叱咤するもほぼ意味はない。

「あー、ダメだ。終わりだ。」

ギュルギュルと腹を圧迫する感覚に、いよいよ限界が来た。膝から崩れ落ちてしゃがみこむ。
土と影のみが映る銀時の視界は、二色のみで彩られた。瞼を閉じれば、もう片方も失われる。色を増やす気力もなくて、銀時はそのまま地に伏せた。














『…い、───おい。こんなとこで寝てんじゃねえよ銀髪

「う、…行くな、」

『……は?』

「……ひとりなんか、じゃ、…ねぇ、よ……」






「あんたは一人じゃない。俺がいる。」





『っ……、』

「───から、そのまま戻って来い俺のイチゴミルクゥゥゥ……!!───、」

『なっ、…───ちっ』

舌打ちをした人は、眼帯の当てられていない右目ごと表情を歪ませた。
事件の捜査隊長は、一瞬でも動揺させられたことで感じた苛立ちを包み隠したりはしない。隊長───私都恭夜が感情のままに蹴りあげた行き倒れの男は、大変特徴的だった。

「ぐふっ…、な、何何何?!?!」

太陽の光を燦々と浴びながらそれを吸収して跳ね返さない銀髪。それはくるくると気まぐれにあちらこちらへ撥ねている。
ベルトで腰に携えられた一振りの木刀。着流しの下には洋服、そして下半身も洋服にブーツ───まるで一貫性がない。
極めつけは、此方を映す覇気の無い瞳だった。───その色は。人の体を幾重にも流れ、時に情熱や愛の象徴ともされる、深く濃い色。

『「………………」』

お互いにお互いを見合って絶句した。

日常生活には欠かせないであろうこの彩りは、どうして瞳に縁取られただけで受け入れられなくなる。違いを異端者、若しくは敵として見做す生物の利己的保身的といったその概念に、二人は相当苦しめられてきた。
だが、赤い瞳を鏡を通さずに直接見てみれば、なるほど確かに奇怪なものであった。

驚きと不快、それら諸々が混ざりあって言葉を潰す。
だからこそ、行動に示そうとした。ザッと土を均す音が鼓膜に小さく響く。立ち上がった銀色も、俯瞰していた亜麻色も、態度のみで牽制する。
私都恭夜が先に一歩踏み出した時だった────、

「う、やっぱ無理……」

銀色が腹を押さえて踞ると、場の空気は呆気なく一変する。瞠目するどころか二重の綺麗な片目を一層細めて見下ろす侍の眼差しは、もはや呆れをも含んでいた。

『……はぁ。オイ銀髪、付いてこい』

その言葉に銀色は訝しむも、やはり同じ色を持つ同士。よろよろと私都恭夜の後ろへ付く。
それを確認した隊長は、後頭部で縛った亜麻色を揺らして踵を返した。














「いやっ、ほんっっと、ありがとうございましたァアア!!!!」

『煩い』

昼時は多くの客で賑わうファミリーレストランの前で、銀時は九十度に腰を折りそのふわふわした頭を亜麻色に下げた。

「このご恩は一生忘れませェェンっ!!」

『忘れてくれて結構だ。お前鬱陶しい』

「辛辣ゥ!でもあれだぞ、借りは返さねぇぞ?良いのか?本当に良いのか?」

『(否定はせんのか……。正直なやつ)』

目の前の白々しい目にも気付かずに、銀時は満たされた腹を満足げに撫でた。







事は一時間前。
銀時は亜麻色に此所まで連れてこられると、二人席に通された。突然の機会に、最初彼はただただ目の前に置かれたメニュー表を見下ろしていた。

『…なんだ、食わねえのか』

「いやいやいや、え、何、ちょっと展開早すぎて着いていけないンですけど」

『腹減ってんだろ?好きなもの頼め』

正体不明の人間に飯を奢るような性を持ち合わす人は、銀時の知る限り二人しかいない。そして、二人目に出会うまでは初めの救済から約二十年もかかった。あのときからこのかぶき町に腰を据えているが…、そうなって今まで数年しか経っていない。

「……あのー、俺ちょっとそっち系は無理なンすけど……」

『言っておくが、俺もそんな気は一切持ち合わせていない』

目を動かしてしどろもどろに切り出した銀時に対し、目の前の亜麻色紅い紅い目を窓の外に向けたままぴしゃりと言い放った。どうやら夜の趣味に連れ出すための餌を放る輩でもなければ、ヤのつく者でもなさそうである。

天人に支配されたこんな時代でも、やはりこういうお人好しで物好きな人間が一人でもいなければ世界は廻らないらしい。
銀時はメニューを右から左へ捲って、デザートのページからメインディッシュのページに巻き戻す。正直な腹は、肉の写真だけで興奮した。












『俺は、あのままあんなとこで倒れられていたら迷惑極まりないと思っただけだ。つまり邪魔な奴を退けたに過ぎない。要するに、こっちも恩を売ったわけじゃねえ。だから今日のことはさっさと忘れて帰れ』

身長も肩幅も、体格という面では銀時がどれも上回っている。恐らく歳も、自分の方が幾つか多く重ねているだろう。

銀時はがしがしと後頭部を掻きながら問うた。

「………なあ、名前は?」

『……お前、俺の話聞いてたか?』

返ってきた呆れ声に、今度は銀時が同じようにして返す。

「兄さんよォ、確かにその考えも台詞もカッコいいけど、この江戸で義理と人情をいちいち突き放してたら疲れて参っちまうんじゃねェか?」

江戸は広くも狭い。数多の国と数多の星から何万という生物が行き交うが、此処にいれば袂を別ったかつての同志たちに出会える。それは、かぶき町で万事屋として名を馳せる銀時が痛いほど身に刻んだ事実。

今回の依頼が成功すれば、それなりの給料も入る。人脈も名も、もっと枝を伸ばす。
加えて人脈は銀時の大事な商売道具でもあるゆえ、刀を腰に下げる亜麻色とそうむざむざ別れるわけにもいかない。
それとらしい理由を頭で組み立てながら、銀時は再度口を開いた。

「───見かけたときに身体的特徴で呼ばれるのは、嫌だろ?」

ちょっと困ったように笑った銀時に、亜麻色は肩を僅かに揺らす。同時に銀時は肩を竦めた。
人を髪色で区別する私都恭夜にとっては大した問題でない───はずもなかった。元々は、途方もない痛みや苦しみから逃れる際に自分がされてきたことを参考に編み出したものである。
私都恭夜のうなじを静かな風が撫で上げた。銀時の視界の端で、亜麻色も動いたのが見えた。

「……別に礼をするためにあんたを探し回る真似なンざしねぇけどよ。縁があったらやっぱりまた会うだろ」



「……よく、会うな。あんたは何をしに来ているんだ?」



運命なんて言葉を嗤った日に、運命に助けられた私都恭夜は、口が開いたことに気づかなかった。

『─────……私都』

その口からするりと一つ、言葉が抜け落ちたことに気づかないフリをする。普段は相手から名乗らせるのを忘れない性格であるが故に、吸った息を吐いたときにちょっと余計なものが混じっていただけだと言い聞かせた。
だがそれも、間もなく男の台詞でその努力も水の泡になる。

「ああ、コミ障?」

単語の意味は分からないが、それが纏う雰囲気と使われる場合を私都恭夜は知っていた。先日、不本意ながらも立場上敬うようになった────とはいっても敬意を払う予定は更々無い────上司が、自分に対して使うものだ。呆れであったり哀れみだったり、そういった感情の中に属するであろうソレはあまりいい心地がしない。というか、完全に悪口の代物だと思う。

『………私都。』

結局充分確立された意識の範疇で名乗ることになった声音は、憤りも含んでいる。しかし銀髪はしれっとまた問いかけた。

「それ、名前か?」

しかも、恐らく此方の苛々に気づいている顔だから質が悪い。早くも名乗ったことを絶賛後悔しながら、私都恭夜は踵を返した。

『しつこい男は嫌われるぞ、銀髪

「坂田銀時でーす亜麻色クン。ま、貰えたもんは貰っとかねえとな」





それもまた礼儀ってもんだろう






それが私都恭夜の苗字を指したのか、彼の胃袋に入ったものを指したのか、果たして私都恭夜の知るところではない。
とりあえず、これ以上関わっていれば、何か嫌なことが起きるのは間違いない。否、正直に言えば、不甲斐ないがヘマを仕出かしそうだ。

『……可笑しな奴だな』

赤の瞳越しに探られていた感覚が、今更私都恭夜を振り向かせる。

銀髪赤目という見て呉れを受け入れたのは共通点があったからであって、そこに彼が望む優しさや価値観、温もりを持ち合わせているわけではない。坂田銀時は、きっと無意識のうちに拠り所を探しているようだ。
可哀想な奴、そう思ってしまったのは自分も例外に漏れないからだろう。そう、こんな自分【モノ】と一緒だなんて、彼はカワイソウなのだ。

何にせよ、変な期待をさせてしまった。

私都恭夜は息を吐いた。



『………坂田、銀時、……』




ああ、しまった。また何か余計なものが混ざってたか。




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