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「ここって、いつまでいていいんだ?」
「いたいなら、いつまででも」
「何だか帰るのが億劫になっちまって」

僅かばかり残量のあるグラスをくるくると揺らして手慰みながら、ソファの肘掛けを枕にして横になっている星矢がそう言う。なんとなくこう言いだすだろうことも予想がついていたから、さほど驚きはなかった。少なくとも、ワインを一本すぐに空にしたくらいからうっとりと気分を良くしていたあたりで、今日彼がこのまま帰るとは思えなかった。

「構いませんよ、しばらくいても。…酒が抜けるくらいまではいたらどうです?」

私が提案すると、星矢は変わらず酒に浮かされた様子のまま笑みを深くした。この状態の彼をそのまま返しても、私がハービンジャーに怒られそうだ。

「そうか?迷惑じゃないなら甘えたいな」
「ええ。…もう寝ますか?シャワーは?」
「ううん…朝でもいいが…。借りようかな」

目を離せばそのまま寝てしまいそうな彼をバスルームに入れて、タオルと使ってないガウンを脱衣所に置いた。星矢が出て行ってからソファも倒して、ベッドとして使えるようにする。
やがて十分ほどして素早く出てきた彼は微かに赤みの差した体に置いておいたガウンを纏っていたが、やはりうとうととして見えるのは眠気が覚めていないのかそれともただ陶酔しているだけか。
どちらにせよ構わないので私もシャワーを浴びてからダイニングに戻ると、そこに星矢の姿はなかった。あの様子だとてっきりソファベッドで眠ってしまっているかと思ったが。ダイニングの電気を消してから寝室に入ると、星矢は私のベッドの上で横になっていた。確かに彼は、猫を彷彿とさせる。

「…あ、フドウ」
「脱がしても構いませんか」
「え?… …すけべ」
「いや…背中を、もう一度見たくて」
「ああ、何だ、つまんねえの。…いいぜ」

星矢はゆるゆると起き上がると前を結んでいた紐を解いて、ガウンをはだけさせた。どうやら下着も着けていないらしい、先ほど見たとはいえ惜しげも無く素肌を晒す。背中が見えるようにガウンの襟口を腰まで下ろして、くるりと反転して私に背を向けた。

「…どう?」

やはり翼は生き生きと瞬いていて、私はもう一度恍惚とする。間違ってなかったことを確信して、それを目に焼き付ける。彼を返したら、次にこれを見れる機会はあるのか確証はない。彼に染み込む前、私が傷つけたそれを、もう一度見ておきたかった。

「よく似合っています」

満足した、の意味で私が言うと、星矢はガウンを着直しこそしたものの、面倒だったのか前を留める紐はそのままで、稚く着崩したまま蕩ける瞳でこちらを見据えた。

「お前のも見たいな」
「私のを?」

ああ、と星矢は穏やかな眼差しのまま頷く。聖母のような慈しみさえ感じさせながら、その本質に潜むものはじっとりとして薄暗い誘惑だ。ハービンジャーは彼をどういうつもりで私に寄越したんだろうか。少なくとも彼ほど賢明であれば、こうなることも考えてなかったとは思えないが。
着ていた黒いシャツのボタンを外しきって、脱いだシャツを横に置いた。脱ぐときの僅かな衣擦れの音が、静かな室内で警鐘のようだった。
肩口から両腕にかけて彫ってあるタトゥーが露わになる。私の左腕で塒を巻く羂索、右腕に大きく入った剣。そこから伸びて手に彫られた梵字、星矢が全容を見たいと言ったのはこれを見たからだろう。背中には曼荼羅が入っていた。かつて相伴していた相手が彫ったものだった。

「綺麗だ」
星矢は微笑んで、私を引き寄せる。
熱を帯びて赤く浮かび上がる星矢の翼に虚ろな痛ましさを感じながら、私は彼を抱いた。







結局数日ほど星矢はここにいた。食べて、寝て、気まぐれに私の作業を観察していたり、それも持て余したら娼婦の如く私に跨って精を啜る。明日帰る、と言われたのもその昨宵の褥の中で、私は一つ頷いたくらいで対して反応もしなかったし、実際情夜の熱から醒めてもうそ寒いほど離愁の念はなかった。彼のことを愛おしく思いながらも、これが最後でも構わないとも思った。星矢もおそらく同じ気持ちで、だからこそ私に手を掛けたのだろうと理解していた。
遅い朝食を食べた後ダイニングのソファでぬるく抱いて、それから少しした後に呼び鈴が鳴った。送迎がいたのかは知らないが、迎えはハービンジャー一人だった。
連絡が遅くなった訳を聞かれるかもしれないと思ったが、彼に限ってそんなことはなかった。何があったとて、もしくは何もなかったんだとしても聞く気は無いし、聞きたくも無いのだろう。

星矢は迎えに来た恋人を屈ませて挨拶のようなキスをした後、先ほどまでの行為を露ほども匂わせぬからりとした微笑みでここを後にした。
私は一つ伸びをしてから、中断していた作業に戻った。







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