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「…矢」
「…む…」
「星矢」
フドウの呼び掛けで眼を覚ました。「あれ…寝てたか?すまない…」
フドウは俺が寝ているベッドの上に腰掛けて、こちらを見下ろしていた。すらりとした指でついっと顔にかかる髪を除けられて、未だにふにゃふにゃした気分のまま起き上がる。「夕餉の時間だと伺いましたが」
確かに大きな窓から見える空はもう日が沈み始めている。ああもうそんな時間か、と眠い眼を擦って、レストランの方へ向かった。慎ましく後ろをついてくるフドウがなんだか面白い。




「好き嫌いはないよな」
「ええ」
「酒は?」
「好きですよ」
「適当に頼んでもいいか?」
「ええ、お任せします」
次々に運ばれてくる和食を食べながら、合間に酒も頼む。取り合わせを考えて日本酒を多く頼んだが、口に合ったのかフドウも気に入って飲んでいた。時折これは何ですか、と料理や飲み物のメニューを指差して聞かれ、ああそれはな、と教えると興味深そうに頷いていた。デザートまで食べ終わる頃にはじわりとした酔いが回ってきて、体が火照ってゆく感覚を楽しみつつグラスの中の残り少ない酒を名残惜しみながら喉に通す。




なぜかフドウの腕の中で揺られながらレストランを後にしていた。「むう…?」
「飲み過ぎですよ」
「歩けるってえ」
「こちらの方が早いですから」
廊下に出るまではちゃんと自分の足で歩いていたはずなのだが、ふらふらとした足取りを見兼ねたのかフドウは俺をひょいっと抱え上げると、そのままスタスタと歩き始めてしまった。おい、と抗議の声を上げるものの、フドウが意にも介さず歩き続けるため、抵抗するのは諦めた。安定感のある力強い腕で抱き抱えられるのが思ったより気持ちよかった、っていうのもある。

やがて部屋に着くとベッドの上に優しく降ろされる。「おそらく、酒で」
俺のすぐ横に腰掛けたフドウは指先で俺の肌をなぞる。こそばゆくて声が漏れ出た。「傷が、浮き出て」
言われてから自分の肌を眺めると、確かに普段は見えない細かな傷跡が浮き出ていた。酒で血の巡りが良くなったのだろう、身体中に散らばるそれの一つ一つが主張するように赤く色づいている。
「ああ、気にしてくれたのか。すまないな」
確かに戦闘に慣れない一般人がこれを見たら怖がるかもしれない。「いえ」特にここは治安のいい国だから尚更だ。
「この分じゃあ大浴場は無理だなあ」
「部屋の外に、露天風呂がついていますから。そちらを使った方がよいでしょうね」
酔いの醒めないまま起き上がり、ふらふらとリビングの方へ向かう。ガラス張りの外側には大きな露天風呂がついていて、確かにこちらで十分そうだ。
「一緒に入ろうぜ」
「一緒に入るものなのですか?」
「わからんが。ガラス張りで入ってるとこ見るのも見られるのも恥ずかしいからよ」
ふむ、と納得したフドウを先にテラスに見送って、浴衣の用意をしてから自分も外に出る。九月の夜風は裸になっても心地いいくらいの涼しさで、脱いだものはタオルや浴衣と一緒にウッドチェアに置いた。
体を流してから露天風呂に浸かる。
「はあ…」
心地よさに声が漏れ出ると、ふふ、と斜めの位置にいるフドウが微笑んだ。胸まである白緑の髪は器用にタオルで括られて、湯船につかないように工夫されている。よく気が回るな、とちょっと感心する。
もうすっかり日は落ちて、星も月も満天に煌めいている。月光が褐色の肌に映えて、何だか神秘的に感じる。普段から整っているなあと思うことはあったが、こうやってまじまじその顔や裸体を見ると芸術品のように美しかった。
「何です」
あまり見過ぎていたのか、フドウが目線だけをついとこちらにやって、切れ長の瞳で問いかける。長い睫毛の奥に揺らめくオッドアイの瞳がこちらを見据えていた。
「いや…綺麗だなと思って…」
酔いの抜け切らぬ心地良い気分のまま、思ったままを素直に言葉にすると、フドウは艶やかにくすりと微笑した。魔性とはこういう美しさなのかもなあと、柄にもなく思った。それからフドウは自然な動きでゆったりと水面に波紋を泳がせながらこちらに寄る。金と紫の瞳をじっと見つめると、まるでそれが当然のことのように唇を重ねられた。優しく触れ合わせるだけの唇が離れた後もフドウは変わった様子もなくそのまま俺の隣で温泉を楽しんでいて、一連の動きがあまりに滑らかだったものだから俺はすっかり問いただすタイミングを失ってしまった。「上がりましょうか」
長く浸かって存分に楽しんだのか、フドウが口を開いた。俺はきょとんとした気持ちのまま「ああ」としか言えなくて、二人で一緒に湯から出た。
浴衣の着方を教えてやると言われた通りに着込んでいて、気に入ったように見えた。紺色の浴衣は意外とよく似合っていて、やっぱりスタイルがいいからだろうな、と思った。
おやすみ、と言い合って別々のベッドで寝ながら、なぜか体がそわりと落ち着かなかった。やがて聞こえてきた静かな寝息が、やけに耳に残るようだった。


ビュッフェの朝食を食べて、チェックアウトする前にもう一度朝の温泉に入って。帰る時もやっぱりヘリだった。結局取ったチケットを瞬に渡したらとても喜んでくれて、久しぶりに兄弟水入らずで対話ができたと嬉しがっていたけど。その度になぜかフドウの顔がちらついてしまって。想像以上に根深く刺さっていた棘に、どうしろと言うんだと俺は今更頭を抱えた。




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