下剋上
ベアトリクスの白魔法がシズクにかけられるのを、オレ達は固唾を飲んで見守っていた。
ダガーが使っている白魔法よりもずっと強力なもの。
シズクの怪我はあっという間に癒されていくのが見えるが、なかなか目を開かない。
「どうして…、おねえちゃん目を覚まさないの…? 怪我は治ってるっていうのに…」
「これだけの傷…、ちょっとやそっとの事で付けられたものじゃありません。となると、心を閉ざしているのでしょうね……。辛い拷問にも耐えれるように…と」
ベアトリクスが整った眉をぎゅっと顰めてぽつりとつぶやいた。
傷の上についた傷が、どれだけ痛めつけられたか物語っている。
それなのに、最後の力を振り絞って、シズクはダガーの魔力を戻した。
ダガーもそれを分かっているのかシズクの手を握る力が強まる。
「その娘が泣かぬのがいけないのでおじゃる!」
「どれだけ痛めつけても全く泣かないのでごじゃる!」
「女神の涙を取るのも一苦労だったでおじゃる!」
「っ、てめぇら!」
好き勝手言う道化師どもにオレは怒鳴りつけた。
シズクの涙がどういう力になるのかオレにも分からない。
けど、こいつが動けなくなるほどの傷をつけた原因ははっきりとしている。
「(許せねぇ…ッ! シズクはただの女の子なんだぞ…ッ)」
オレの怒りに道化師たちが飛び退いたその時だった。
「何の騒ぎじゃ!」
部屋中に響き渡るような声。
そしてその巨体が歩く音に、全員が部屋の入口へと視線を向けた。
ブラネ女王だ。
「こいつらがガーネット姫を!」
「さらおうとしているのでごじゃる!」
ここぞとばかりに道化師たちはブラネに近寄った。
すると、ブラネはシズクの傍にいるガーネットへ視線を向ける。
「ガーネットか……。もうガーネットからは全ての召喚獣を抽出したのか?」
その言葉と共にダガーが息をのんだのが分かる。
やっぱりダガーから召喚獣を抜いたのは、ブラネの命令だったのか…
ダガーの心情を考えると胸が痛くなるが、そんなものは構いもせず道化師達はドヤ顔で頷いた。
「抽出したでおじゃる!」
「抽出したでごじゃる!」
「だったら、はやくガーネットを捕らえて牢屋に閉じ込めておしまい!」
「分かったでおじゃる!」
「分かったでごじゃる!」
「その命令、どうかお取り下げください!」
道化師たちに命令を下し、すぐに去ろうとしたブラネにベアトリクスが慌ててブラネに近寄った。
それを聞いてブラネの醜い顔がどこか楽しげにゆがんだ。
「ほほう……。このブラネに逆らうとは、どうしたことじゃ、ん?」
「ブラネ様、私の使命はガーネット様の身を守ること……。どうか、これ以上ガーネット様に手をお出しにならないでください!」
はっきりと告げる強い声。
ベアトリクスはブラネに身体を向けたままオレ達に視線を向けた。」
「あなたたち、この場は私にまかせて、早く逃げなさい!」
「私はこの場を去れぬ! ジタンよ、早く逃げるのじゃ。」
二人の女戦士がそれぞの武器を構えて声を上げる。
「ついさっきまで敵と味方だった者が、今は手を組むのか、ほほう、面白い……。」
ブラネがくつりと笑った。
そして、傍にいた道化師へと命を下す。
「ゾーンとソーンよ、私を本気で怒らせた奴らを徹底的にやっつけておしまい!」
「お母さま!」
去ろうとするブラネにダガーが声をかけた。
けど、ブラネは一度だけ足を止めたが、奴は気にすることなくこの部屋を出て行った。
愕然とするダガーを見て、オレは少し躊躇うがオレはすぐに行動に移すことにした。
まだソファーの上で意識が戻らないシズクの身体をおぶる。
「フライヤ! 後をたのんだぞ!」
「まかせておくのじゃ!」
フライヤの力強い返事を聞いて、オレは頷いた。
大丈夫、二人は歴戦の女戦士だ。
今は自分に出来ることをするだけだ。
ビビが後ろで地下へと通じる仕掛けを動かす音が聞こえた。
まだどうすればいいのか悩んでいるダガーへオレは声をかける。
「さぁダガー、行こう!」
ダガーは綺麗な顔を俯かせるが、次第にゆっくりと顔を上げて頷いた。
後からおっさんが追いかけてくる音が聞こえたが、そんなもの構ってる場合じゃない。
オレ達は地下通路を通って来た道を戻って行った。