ロストタイム・メモリー2
そう思った通り、レ・リリはもう夢を見なかった。彼女が悪夢を見ていたのはやはり先々の不安からだったのだろうか。シムカは時々そんなことを思い出す。以前彼女が属していたギルドのことを、今はもういない、タルシス一の冒険者たちのことを。

「さぁ、姉ちゃん。ついたよ、ここがタルシスだ」
「あんがと。料金はもう払ってあるから」
「あいよ、それじゃあ良い旅を」

気のいい飛空艇の親父に礼を言って、シムカは地面へ降り立った。目の前にそびえ立つ巨大な街門に掘られた文字はタルシス。以前は毎日のように潜り抜けていた石造りの門が彼女を出迎えた。その傍に立つ二人の衛兵が、門を見上げる彼女を見て気のいい笑みを浮かべた。

「やぁ、タルシスは初めてかい?」
「ん、ああ。・・・そうだよ、最果ての街にしちゃ随分大きな町だと思ってね」
「ここら辺は世界樹が見えるからね、モンスターもでかいんだ。だから素材も質がいい。タルシスは冒険者の街なのさ・・・・君も冒険者なのかい?」
「ああ、一応そのつもりで来た」
「そうか、我々タルシスは冒険者を歓迎する。さぁどうぞ、ギルドは道なりに行けばすぐだからね」
「ありがとう」

タルシスに足を踏み入れて、シムカは息をついた。タルシスは何も変わっていなかった。道を歩く人の群れ、迷宮や大地でとれた果実を売る市場、様々な施設の中でひと際大きく作られている冒険者ギルドに、町の中央に位置する統治院。何もかもが記憶のままだ。なつかしさに滲みそうになった涙をごまかすように頭をふって、シムカはギルドへと歩き出した。

「こんちはー・・・」
「おや、見ない顔だが・・・ギルドへ登録か?」
「うん、今日別の街からきたんだ。職業はナイトシーカーやってる。名前は・・・シムカ」
「ギルドは組んでるのか?」
「・・・ううん、募集中ってとこかな。もともとソロやってたし、だからメンバー募集してるギルドとかがあったら教えてほしいな〜って思ってるところ」

ギルドの受付に近寄って、新聞を読んでいる男に話かける。冒険者ギルドの代表は変わらずこの男のようだ。自分を見る、値踏みのような視線にシムカは少しぎこちない笑みを浮かべた。前から思っていたが、こちらが一方的に相手を知っているというのはどうも慣れない。逃げるように出てきた故郷も、タルシスも、今思えば条件としてはそこまで変わらないのだ。

「ソロ・・・ってことは前衛でもやっていけるのか。珍しいな、ナイトシーカーが前衛やってるのなんざ見るのは久しぶりだ」
「まぁねぇ。ここら辺の魔物は強いんだろ?」
「ああ、世界樹に近ければ近いほど、魔物ってもんは強く、大きくなっていく」

見ろ、と言われて横の壁を指さされる。視線を向けた先には巨大な獣の皮がかかっていた。どこかで見たような毛色と、耳の形、失われている両手からとあることを思い出す。大地に出没する巨大な獣―確か名前はうろつく跳獣―がこんな姿をしていたはずだ。素材となる箇所は拳で、だからだろう、そこだけが切り取られているのは。

「タルシスの周りじゃあこんな化け物が出てくる。俺たちが主に使用している移動手段は気球だが、空にだって化け物みたいな魔物が飛んでるんだ。幸い高度が違うからな、戦闘になったことは一度もないが」
「・・・・戦いがいがあるじゃん」
「怖いねぇ、・・・この獣の皮を見て委縮しなかった外部の冒険者はあんたが初めてだ」

一瞬にやりと笑ったギルド長は、だが、としかめっ面をしてシムカを見た。

「勇猛と無謀は違う。見たところあんたは相当腕の立つようだが、外に出ていきなりこいつに挑もうとするんじゃないぞ」
「勿論。こんなでっかい魔物、なんの対策もしないで挑んだら死体も戻らない、なんてことになりそうだしね」
「それが懸命だな、こいつに挑んで散っていった冒険者は数多い」

自分たちのギルドも半殺しにされたことがあったな、とそんな昔のことを思い出してシムカは素直に頷きを返した。あの時はナイトシーカーとしての自分の腕も未熟で、ろくな状態異常をかけられずにひどく苦戦した。元々うろつく跳獣のような異常個体は頑丈な上に攻撃力も高く、更にバインドや麻痺などの技もろくに通用しないのだ。特に、一体どうしてか時折さらなる異常個体が・・・時間がたつたびにどんなに弱らせても素早く、そして力が増していく個体すらいる。なので、地上や迷宮内に潜む巨大な魔物には極力近づかない、というのが冒険者ギルドの暗黙の了解だった。

「・・・それじゃあ、登録内容はどうするんだ?」
「とりあえずナイトシーカーを探してるギルドがあったら知らせてくれればいいさ」


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bkm
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