ロストタイム・メモリー
2巡目に行く予定。出てくる登場人物はすべてオリジナルキャラです




「今日の午後は嫌なことがありそう」

宿屋の中でレ・リリが盲目の術式を付与した短剣の手入れをしながら言った言葉は、何も今日が初めてではなかった。時折このミスティックは現実とは思えないような妙なことを口走る。それは彼女自身がウロビトと呼ばれる、人間ともまた違う種族だからであるのか、それとも彼女本来の素質によるものか。レ・リリと同じように、ナイトシーカーである自分の獲物の二振りの短剣の手入れをしていたシムカは、少しその動作を止めて、彼女の顔色をうかがった。彼女の肌色はウロビトという種族の特徴もあってもともとあまり血色が良くないが、それが今日はますますひどかった。相当に悪いものを見たのだろう、と思い当たって、シムカは短剣を扱う手を止めて、目の前の少女の名前を呼んだ。

「レ・リリ、どんなものを見たんだい?」
「みんな死んでしまう夢、迷宮で、・・・セラフも、トトも、ミ=ヨもみんな」

同じギルドに属しているフォートレス、メディック、ルーンマスターの名前を言って、レ・リリはそこで沈黙した。比喩ではなく、本当に折れそうなほど細い腕が小さく小刻みに震えているのを見て取って、シムカはウロビトの少女の隣へと腰を下ろした。

「今日は、金剛獣の岩窟に行く予定だったね」
「ええ、・・・あのね。今回一番最初に死ぬのは私。でもいつもと同じなの、死んでいるのに、みんなのことを見ているの」
「あたしは何番目に死んだ?」
「3番目よ。ミ=ヨが二番目、トトが四番目、セラフはフォートレスだから、一番最後まであきらめなくて、一生懸命に耐えて。本当はアリアドネの糸を使おうか迷っていたのに、私たちの死体を見捨てられなかったの・・・」

もういや、と叫ぶように言って、レ・リリはナイフを取り落として自分の耳をふさいで体を丸めた。ナイフが床に落ちる前に、シムカはそれを受け止めて静かに横へと置いた。薄い背中をゆっくり撫でてやると、レ・リリは少しずつ落ち着き始めたようだった。少女の体の震えが静まっていくまで、シムカは待った。

「・・・・シムカ」
「ん?」
「これがただの夢ならいいの。あなたもギルドのみんなも、私が怖がってることを分かってくれて、探索を止めてくれるから、今はまだ夢のようになったことはないけれど」

でも、とつぶやいてレ・リリは何か言葉を探すかのようにシムカのことを見た。

「私は、夢だと思えなくて・・・」
「うん」
「本当にいたいの。私、腕が折れたことも、足が折れたことも、体が半分になったこともあるのよ。自分の臓物の色をみたことだって・・・意識がなくなると私はセフリムの宿屋のベッドの中にいて、ようやくそれが夢だったことがわかるの。で、でも、行ったことがないはずの迷宮のことを見るときもあるの。今まで見たこともない強大な魔物に、いきなり殺されることだってあったわ。それに、探索を進めていくと、出会うの。知らない場所なのに、知ってるの」
「・・・・」
「シムカ、これって本当に夢なのかな?」

レ・リリの問いにシムカはなんと答えたらいいかわからなかった。ギルドのメンバーが彼女の意見を尊重するのは、単純にコンディションが最低なまま迷宮探索を行っても得られるものは少ないからだ。ただ、レ・リリの夢のおかげで一度ギルドが救われたことがあったのは確かだし、それは決して無視できるものではなかった。予兆のない魔物の暴走の予言など、巫女でもない限り不可能だ。レ・リリは人間には使えない特殊な術を使うことはできたが、ただのウロビトだった。

「・・・あたしにもわからない。でも、これだけは言っておくわ。あたしたちはあんたの味方」
「・・・・・うん」
「だから遠慮せずに言って。あたしたちはできる限り、あんたの憂いを無くしていくから」
「うん、ありがとうシムカ」

そうシムカが言うとレ・リリは薄く微笑んだ。顔色も少しはましになっただろうか。一応あとでトトにヒーリングをかけてもらったほうがいいだろうなと考えつつ、シムカはとあることを思いついた。

「レ・リリ」
「なに?」
「もしあんたが見る夢が本当の未来視だったとしてさ・・・あたしたちが死ぬのは、それは弱いからだろう。みんなでもっと特訓すればそんな夢も見なくなるんじゃないか?」
「それは・・・」
「すこし検討してみない?ちょうど昨日思ってたんだ、金剛獣の岩窟の3階に挑むには、あたしたちはちょっとばかし鍛錬が足りないってね」

少女がそんな夢を見るのは、ある意味自分たちが弱いからだともいえる。不安が夢に出ていると考えれば納得もできる。それに最近では、迷宮探索で脱落するギルドも多いようだ。以前帰還した時に、レ・リリが踊る孔雀亭に運び込まれる5つの担架を見ていたことを思い出しながら、シムカは少女の肩を2度、軽くたたいた。

「強くなって、みようじゃないか。もう不吉な夢なんかみないぐらいに」
「・・・・うん、うん」

レ・リリの瞳に宿った希望の光を見て、シムカは微笑んだ。これで少しでも目の前の少女の憂いを無くせるなら、探索を進められなくともかまわなかった。現在トップを走っているのは自分たちのギルドだが、死んだらそれも意味がない。

「それじゃ、男共に提案しに行くか」

立ち上がって、横に置いていた短剣を渡すとレ・リリは素直にそれを受け取った。腰に括り付けた鞘に刃をしまうのを待ってから廊下へつながるドアを開ける。すると宿屋の女将が焼いているパンの魅力的で香ばしい匂いが漂ってきて、シムカは思わず目を細めた。それと同時にくぅ、とかわいらしい音が聞こえて思わず後ろを振り向くと、レ・リリは少し恥ずかしそうな顔をしながら腹を抑えていた。

「・・・・先に飯、食っちゃうか」
「う、ううん、みんなに話してから・・・」
「レ・リリ。大事な話ってのは腹が減ってるときにしちゃだめなんだ。気分も沈むし何より短気になるからね」
「で、でも」
「平気平気、どうせ匂いにつられて3人とも食堂に来るからさ」

笑いながらシムカは少女の手をとった。レ・リリも釣られたように笑った。その顔を見てシムカはもうこれから先、この少女は悪い夢を見ないだろうと思った。


prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -