引いて惹かれてSMバー
しかし結局、スバルがユリウスに「ご褒美」をあげることはできなかった。リツコがそそくさとスバルの元にやってきて、同僚さんがお帰りになるって、と耳打ちしてくれたからだ。あー、とため息をついて彼女の気遣いに感謝する。こんな痴態を同僚に見せるわけにはいかないだろう。

「同僚さん、そろそろお帰りになるそうです」
「・・・・わかった」

じっとりとした熱を孕んでスバルのことを見つめていた瞳が瞬時に覚めた。気持ちの切り替えがプロだ。見た目からもわかるけど、本当に仕事が出来るタイプの人間なんだな、と思いながら縄を外して、蝋燭を拭い取っていく。勃起だけはどうにもならないので、少し前かがみになったユリウスを自分の体で隠しつつ更衣室に連れていく。

「えっと、カーテンの後ろにトイレの扉があります。そこで処理しちゃっても平気なんで」
「用意周到なんだな」
「どうしてもね、体に衝撃が与えられると勃っちゃう人多いんですよ。それでそのままでもきついってことで、更衣室の後ろに抜き部屋が作られたって寸法で」

だから別に恥ずかしくないですからね、と言外に込めた意味をちゃんと受け取ってくれたらしい。少し頬を染めて男が頷いた。感謝する、と耳元でささやかれて、服を受け取ったその白い背中が更衣室の中に消えていくのを見送ってスバルは息を吐いた。

「・・・・極上のドMだな・・・」

澄ました顔して実は、を地で行くような人間は久しぶりに見た。先ほどの熱なんか欠片もないような顔をして更衣室から出てきたユリウスを同僚の元へ連れていく。どこに行ってたんだとかなんだとか追求をうけているのを涼しい顔で受けながしているのがすごい。お前ドSそうだしどうせ人に言えないようなプレイしてたんだろ、と笑いながら言われた言葉に口の端が引きつったのは隠せなかったようだが。しかし、それで正解だったりもする。否定も肯定もしないで、「あ、バレた」と思うような顔をしておいた方が案外本当のことはわからないものだ。

「楽しかったよ」

バーテン服に着替えて戻ってくれば、丁度お会計が終わったところだった。帰り際にこちらを見て爽やかに微笑んでくれたのにこちらこそ、と笑みを返す。最後に横やりこそはいったが、それでも楽しんでくれたならS役として頑張った甲斐があった。

カランカランとベルが鳴って、扉が閉まる。果たして次回があるだろうか。外に消えた背中を思いながら、スバルは濡れたグラスを拭いた。





「そういえば昨日、前にスバルが接客してたお客様がきてたよ」
「まじすか?」

スバルが基本的にバイトに入るのは稼ぎ時の金土日、それから講義の関係で水曜日だけだ。ゼミのせいで昨日の金曜日はバイトに入れなかったスバルはそれを少し残念に思った。また来てくれた、ということはおそらく気に入ってくれたのだと思うし、Mを教えた身としてはどうせならもう少しいろいろなアドバイスもしたかったのだ。

「ちょっとS体験して、ショーみて帰ってった。スバルがいないって知ったら悲しそうな顔してたな〜。あのお客さんって結局どっちなんだっけ?」
「Mっすね、それもS心をくすぐってくれる顔も体も超極上な」
「うわ〜・・・羨ましい。あんなMちゃんがいたらあたしもう張り切って調教しちゃうよ」

罵倒はしづらいけどね、と言われて確かになぁと頷く。どこにも欠点がない美貌は言葉攻めがしづらい。まぁ別の部分ですればいいのだが、パッと見そこまで言葉攻めは好きじゃなさそうだ。どちらかといえば羞恥を煽られるようなプレイがお好みそうで・・・・。

「それじゃあアケミ、お先にホールでまーす」
「あ、はーい」

そんなことを考えていたら2分ほど出勤時間を過ぎてしまった。慌ててタイムカードを押して着替えに行く。今日は客にどんなカクテルをお勧めしようか、そんなことを考えていたらいつの間にかユリウスのことはすっかり忘れ去っていた。

「え?俺に指名?」

だから次の日、出勤してきたとともにそんなことを言われてスバルは驚いた。店のママがうん、とうなずいてメモを読み上げる。

「この前スバルが接客してくれてたお客様、なはず。昨日もきてくれてねぇ。ユークリウスさんっていうんだけど・・・」
「あ、知ってる知ってる。ドンピシャですわ」
「随分気に入られたんじゃない?」
「はぁ・・・よくわかんないっすけど。ま、指名もらえるってのは手当てもらえていいな〜、いや、でも俺は嬢じゃねぇんだけどなぁ・・・」

使えるものはなんでも使うがこの店のモットーだ。素質があって私はうれしいけどね!とばしばし背中を叩かれながらスバルは引きつった笑いを浮かべた。もともとはバーテンダーとして入るはずだったのになし崩し的にこうなったのはスバルのノリにも問題があるので、この店を責めることはできない。休憩中にちょっと裏側でSMの真似事を嬢ときゃっきゃウフフしてたらそれをママに見られて結果こうなっている。

「何時から指名入ってるんですか?」
「7時だね」
「りょーかい。じゃあ6時半にバーテンの仕事は上がらせてもらいます」
「わかったよ」

やれやれ、とため息をついて仕事着に着替えていく。嬢に話を聞いたときに、随分と気に入られているのだなとは昨日の時点で思っていたが、まさか指名までくれるとは思っていなかった。しかし客が増えれば時給も増える、悪いことではない。ふんふん鼻歌を歌いながらボンテージに腕を通す。その上にバーテン服を着て、きゅ、とネクタイを絞めれば完璧だ。

「ナツキスバル、ホール出まーす」
「はーい」

タイムカードを押してホールに出ていく。これから一時間と少しはバーテンの時間だ。出来れば女の子に美味しいカクテルを教えたいなぁと思いながら、スバルはいつもの定位置へと向かった。




「どうも、ご指名ありがとな。先週ぶりかな?ユリウスさん」
「あ、ああ…」

来店したユリウスは一人だった。どうやらお忍びのようだ。前髪を上げて、ボンテージ姿で対応するとユリウスはうろうろと瞳を彷徨わせた。その落ち着きのない様子に、恥ずかしいのだろうと悟る。たしかに今のスバルの格好はあの時の記憶に直結する。バーテン服のほうが良かったか。

「隣、借りるわ。カクテル何がいい?」
「……そうだな。シンガポール・スリングで」
「はーい了解」

声をかけて、ユリウスが座っているソファの横に座る。昨日来てくれたんだ、とかごめんね、とかは言わない。スバルはS役を望まれているのだから、Mにそんなところで謝る必要はない。近くを通った嬢にカクテルを頼むと、それにユリウスが驚いたようにスバルを見た。

「何?別のが良かった?」
「……いや、君が作ってはくれないのかと…」
「ん?作っても構わねぇけど」
「で、では是非、お願いしたい…」

おずおずとそう言われたのににっこり笑ってオッケーを出す。バイトとは言えバーテンの端くれとして、カクテルを望まれるのは素直にうれしい。注文を聞いている最中の同僚のバーテンに声をかけて、シェイカーを借りる。ドライ・ジンにレモンジュース・砂糖・チェリーブランデーを混ぜて、手首のスナップを効かせながらシェイクをして、そっとグラスに注げば上に薄いピンクの泡がしゅわしゅわと泡立つ真っ赤で美しいカクテルの出来上がりだ。

「どうぞ、シンガポールスリングです。シンガポールのビーチをイメージ、だったかな」

バイトを始める際に仕入れた蘊蓄を少しだけ添えながら、ユリウスの前にグラスを差し出す。ありがとう、と微笑んでそれを飲んだユリウスの表情がふわりと緩んだ。

「おいしい。やはり君の作るカクテルはすごいな。これまで飲んできたカクテルの中でもかなり飲みやすいと思う」
「まじ?そんなに気にいってくれんのは俺もうれしいな。・・・前も言ったけど、サービスしちゃおうかな」

その言葉にぱち、と男が瞳を瞬かせた。微かに変わった眼の色に、ふぅん、と思って男の顔に手を伸ばす。触れる寸前に少しだけ顔が後ろに引いたが、思い直したかのように自らスバルの手に顔を寄せたのをみて心の中で口笛を吹く。

「サービス、してやるよ・・・・どっちがいい?俺特製のカクテルを飲みたい?それともこれから先の・・・」

どちらだ、と本当は答えはわかっているのに尋ねる。理性を保っている金の瞳の、端がちょっぴり蕩け始めている。美しい光を放つ黄金が欲望の炎で強く熱されて、淫らに蕩け始める予兆が見える。

「・・・・君と、これから先のことで・・・してもらいたい」
「わかった」

瞳を覗き込むように、たっぷり気持ちいいことをしてあげる、そう囁く。

「この前の続きも、したいだろ?」
「したい・・・・」

ああ、本当にこの男は綺麗だ。綺麗で美しくてかわいくて、そういうものが大好きなスバルからすれば、たった一度のM体験で懐いてくれたこの男はそりゃあもう「極上」に位置される。それに自分が「快感」を教えられる。本人すら知らない扉を開くことが出来る。浮かれて何が悪い。たったそれだけの言葉で、どろりと熱に溶かされ始めた黄金をユリウスの瞳に見て、スバルは心からの笑みを浮かべた。




現在スバルとユリウスがいる席はSMプレイがすぐにできる場所だ。三度目、ということもあるし、どうせMプレイをしていくんだろうし、そこに誘導してもらった。赤い低音蝋燭に火を灯して、そういえば前は体験させていなかったなとあることを思いつく。

「そういえば、蝋燭って、熱くない場所が一箇所だけあるんだよな……どこだかわかる?」
「……手のひら、だろうか?」
「ぶぶー」
「足の裏」
「違うなー」
「では、肘、とか」
「それも違う。はい、じゃあ実体験してみようか」

口を開けて、というとおずおずと控えめにユリウスが口を開いた。

「舌、出して」

素直に舌を突き出しながら、まさかそこに、と怯えたような顔をしたので問答無用で垂らした。一瞬だけひゃ、と小さな声が聞こえたが、いざ蝋燭が一滴舌に落ちればきょとんとした表情で見返される。

「あひゅくない……」
「だろ?むしろかなり温いはず」



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