引いて引かれてSMバー
スバルが普段は前髪を下ろしている設定です。プライベート、それからMの時は前髪降ろし、Sの時は前髪上げです





ナツキスバルは鞭使いである。最も鞭、といってもお外で自慢できるようなジャンルではないが。

「おはようございまーっす」

スバルの仕事は午後5時から始まる。スタッフ専用入り口の黒塗りの扉を閉めて、前に目をやればそこは夜の世界だ。黒のボンテージを着こなした女性におはようスバルと声をかけられて、手を上げて返す。いつもより煽情的なメイクに肉体のもつエロさを十二分に外に出したポンテージ。手に持った大量の赤い蝋燭。そういえば今日はご新規さんがくるんだっけ、と思いながら準備を手伝う。どこの業界でも、新規の客を常連にしたいという気持ちは同じだ。

そう、SMバーなんて場所では特に。

「スバル、今日はなんの獲物使うの?」
「俺はやっぱりバラ鞭かなーってかそれが一番安パイなんで」
「あー、SMやってます!って感じあるもんねぇ」

スバルのバラ鞭は評判いいよ、と笑う同僚にでしょでしょ!と返事を返しながらセッティングをして行く。この後はスバルもバーテン服の下にそう派手ではないボンテージを着てホールに出る。やることといえば専らバーテンダーの真似事のようなものなのだが、女性に攻められるのは・・・という男性がいなくもないのだ。スバルを指名してくる女性も多い。人を一人殺しているような目つきがたまらないらしい。人の目つきに向かって失礼だなとは思わなくもないが、お金を落としてくれて有難うございますだ。

とにかく、そうした需要を少しづつ満たしながら、スバルは今日もこの店でバイトをしている。時給がよくてまかないもついて、時折客の貢物があるというのも続けている理由の一端だ。

「お客様3名はいりまーす!」

カランカランとドアベルが鳴って、そうしたら仕事の合図だ。新規様にはスマイルゼロ円、縄も鞭もサービスサービス、SもMもお好きなように、なんならプレイ用の蝋燭だってつけてあげちゃう。表情だけを見れば怯え中心、しかしその目の奥にはかすかな期待と興奮を抱えて来店してきたご新規さん達に、スバルはとっておきの笑顔を見せた。





ノリのきいた高級そうなスーツ、いかにも仕事が出来ますよと言わんばかりの美貌。SMバーには不思議なことに上流階級の人間が多い。社長だったり重役だったり、どこぞのボンボンだったりと普通はこんな場所に来ないような人間たちが、秘密厳守の夜の店で攻めて攻められ楽しんでいく。カクテルを作りながら新規の3人組をスバルはちらりと見た。いかにもお堅そうな面構えばかりだが、ここの常連であるどっかの大きな会社の重役からの紹介だと聞けば納得もした。ちなみに紹介の理由は面白そうだからだ。見事に部下で遊んでいる。

「どうぞ、ご注文のモスコミュールです」
「あ、すまない・・・」

一番端っこに座っている紫の髪をした美しい男に頼まれていたカクテルをそっと差し出す。スバルの声に一瞬びくついて、それから声をかけてきたのが同性だとわかると安心したように男が笑みを浮かべた。女性スタッフはS嬢もM嬢も肉食系の見た目をした女性が多いので、安堵する気持ちはスバルにもわからなくはない。

「表情硬いですね、楽しめてます?」
「…………その、」
「ま、ま、聞いてますよ。お付き合いなんでしょ。それならせめてお酒ぐらいは飲んでいってくださいよ。自分でいうのもなんだけど、ここのカクテルは悪くないですよ」

笑いかけると男も釣られるように少しだけ微笑んだ。勧めるままにカクテルの入ったグラスを持ち上げて、口をつけた男が目を見開く。おいしい、と呟かれた言葉にスバルは胸を張った。

「でしょう。たかがモスコミュールと侮る事なかれ。材料に気を使ってますんでね」
「それだけではないな、君の腕もいいのだろうね」
「おっ褒めるねぇお客さん。後で俺からサービスが来ちゃうかも」

ウインクをすると男の表情も少し柔らかくなった。しかしお隣の二人はショーやプレイをある程度楽しみ始めているというのに未だに乗り気ではないようだ。つとめてあまり周りを見ないようにしている男を気の毒に思って、スバルはもう少し話に付き合うことにする。どうせなら楽しんでもらって帰ったほうがいい。ここはそんな店だ。

「お客さんはあんまりこういうお店はこないんです?」
「そう、だな。上司に勧められて断れず」
「あちゃー、そら来るしかないっすね。まぁでもそんなら、羽目をはずして思いっきり楽しむってのもありです。ほら、あそこでボンテージに着替えることが出来るんで…」

そう言って、更衣室に入っていった常連客を指差す。入れ替わりに出てきた男性客はほぼ半裸と言ってもいいボンテージ姿に身を包んでいた。ちなみにあれはM男だ。恥ずかしげもなく店内を闊歩する様子を見て男が体を縮めてしまったのに焦る。ちょっと出てきたやつが刺激が強かった。ここで働いて1年近くになるスバルは何とも思わないようになってしまったが、出てきたのは脂ぎった中年オヤジの半裸網タイツ姿だったのだ。

「あ、ああいうのは少し…」
「いやちょっとあれは刺激強かったですねーもうちょっと軽いのもありますよ。俺もバーテン服の下に着てるんで、見てみます?」

ちら、と襟元を緩めて中のボンテージを見せる。首元まである簡易なレザー製のボンテージは、蝶ネクタイをするとぎりぎり見えないのだ。結構こういうのも女性には好評で、衣装を着ることを渋る女性客には有効だったりする。それからカッチリしたバーテン服の下に実は卑猥なボンテージが、というのがいいらしい。それをしているスバルには語られてもよくわからないのだが。

「実は靴もヒールだったり」

少し足を上げて見せると男が下を見た。客からの要望があったときには即ホールに出れるように準備はばっちりなのである。足を下ろしてタップダンスのように床を鳴らすと男は感嘆するような声を上げた。今履いているものは8cmヒールなのでスバルでもなんとか動ける。しかし15cmヒールでプレイもショーもこなすお姉さまたちは化け物ぞろいだ。

「・・・・すごいな」
「いやいや、俺なんかは基本バーテンやってそれから時々ホール出るぐらいなんで。お姉さまたちはもっとすごいかな。なんたってプロですからね。アマチュアちゃんもいるけど、みんな上手ですよ」

だから見てほしいな、と言外に意味を込めて言うと男は少し困ったような顔をしつつ、頷いた。それにそんなことを二人で話しているうちに、男の同僚は地味にプレイに参加している。服を着たまま女王様に鞭で叩かれて、笑っている同僚を見た男が信じられないような顔をしていたが、スバルに言わせればこの男が硬派すぎるだけだ。酒とこの場の空気に酔えば、だれもが大胆になる。迷ったような顔をしたのにあと一押し、とみて手を差し出す。女性客にも時折いるが、勇気がないなら共に踏み出すといえばいいのだ。赤信号、みんなで渡れば怖くないとはよく言ったもので。

「同僚さんも楽しんでますし、お客さんもちょっと一歩踏み出してみません?」
「・・・・・・、」
「ボンテージって、すごい肌触りいいんですよ。体にフィットするように作られてるから、キツいとかもないし。それにお客さんかっこいいし、なんでも似合いそうだなぁ」

記念に、ね。といえば男は少し視線をさまよわせて、それからもう一度同僚に視線をやってうなずいた。顔が赤いのは羞恥からだろう。こういう堅物は優しくエスコートしてやった方がいい。女性にするように手を取って、立ちあがらせて更衣室の前に連れていく。ボンテージはスバルが選んだ方がいいだろう。そこまでハードなものではなく、しかしこの男の色気を最大限に引き出せるようなものを。




衣装を選んで十数分後、おずおずと更衣室から出てきた男にスバルは口笛を吹いた。基本的に男性がそういった目的で着る衣装は半裸といってもいい。というか股間さえ隠せばあとはフリー、みたいなものだ。しかしそれは彼には刺激が強すぎるだろうとおもってやめた。別に男性が女性用のボンテージを着たって問題はないのだ。スバルが今着用しているものも、胸まで隠れたハイネックに少々あしらわれたベルト、それから特に際どくないビキニにふくらはぎまであるロングブーツというどちらかといえば女性的なボンテージである。

「似合ってますね!」
「そ、そうだろうか・・・」

男の服装も似たようなものだ。ただ、加減して、上半身は腹こそでているもののノースリーブだし、下半身は体の形がしっかり浮くような激短パンガーターである。ガーターベルトなんてつけたのは初めてなのだろう。もじもじと下半身を隠そうとした男の手を取って微笑む。びっくりするほど似合っている。業界人として、こんな肉体を隠してしまうのは非常にもったいない。称賛を得られるのが当たり前のような。とにかく男には黒の衣装が異常に似合っていたというべきだろう。程よく筋肉がついている白い肌に、エナメルボンテージのてらてらとしたどこか厭らしい輝きが実に合う。きっとこれは鞭の赤い痕も、低温蝋燭の赤も映える。そう思いながら先ほどの席に誘導する。ヒールの高さが5cmほどの高さがあるブーツを履いた男に合わせるように、ゆっくりと。

「ご感想は?」
「恥ずかしい・・・・」
「まぁ最初はね。これクセになっちゃう人はなるんですけどね。なんたってここは秘密厳守だし、もちろんプレイの加減はありますけど、サドでもマゾでもなんだって、自由になれる場所ですよ」
「、・・・」

そういって店の舞台を指さす。そこで行われているSMショーは現在架橋に入りつつある。縄でまるで一種の芸術のように綺麗に縛られたM嬢の顔に宿るのは快楽だけではなく、喜びとS嬢への信頼がある。スバルと同じレザーの黒ボンテージに彩られた艶やかな肉体が興奮にかうっすらと赤く染まっている。燃えるように苛烈な紅いエナメルのボンテージに身を包み、鞭や蝋燭を持った美しくも恐ろしいS嬢のお姉さまに興奮するのか、それとも緊縛されたM嬢の少女に興奮するのか、さて男はどっちだろうか。スバルの勘だとSっ気もあることにはあるがどっちかといえばMだ。

ちらりと横顔を伺うと、恥ずかしそうにしながらも男の視線は魅入られたように舞台に釘づけになっていた。さすがうちのお姉さま、と思いながらこの先のことを考える。最後まで面倒を見るべきか、それとも誰か嬢に渡すべきか。まぁこのショーが終わったらでいいかと思い、男の隣でそのままSMショーを観戦する。緊縛を解かれたM嬢とS嬢がそろって礼をすれば、今日のショーはひと段落だ。

「どうでした?」
「・・・・すごいのだな、この場所は。ただSとMという関係だけではなく、なんというか・・・肉欲はあるのだろうが一種の芸術すら感じられたよ。こういっては何だが、感動している」
「おお、すごい理性的なコメント。その感想言ったらうちのお姉さま方とっても喜んじゃうだろうな」

こちらを見てきらきらと輝く瞳が眩しい。こんな人にこんなことを言っていいのかなぁと思いながら、でもスバルはこの店のプレイを楽しんでほしかった。どうせアンダーグラウンドに足を踏み入れるなら、そこで他では出来ないような経験をして、それから日常に戻ってほしい。目が覚めるような非日常は、こういう硬い人間にこそ味わってもらいたい。

「それで、」
「うん?」
「お客さんはどっち体験してみます?好みのお姉さま、呼んでこれますよ」

新規さんはSでもMでも、どちらでも体験できますし、とスバルは笑いかけた。誰でも指名できるし、どちらの立ち位置に立つことだって可能だ。この店にはそれだけのサービス精神と、それだけ質のいい嬢とスタッフがそろっている。きっと損はさせない。

スバルの問に目を白黒させた男に向かって、いつもの自分は忘れて楽しんでみなきゃ、と囁く。

「ナンバーワンの女王様だって、やろうと思えば持って来れます。ご新規さんにはこの店ちょー優しいんですよ。常連さんも、最初に自分が体験したことだからわかってくれる。だからなんだって誰だって、あらかた無茶はききます。半分バーテンの俺だって御指名できるんですよ、この店」
「・・・・・・・本当に?」
「ええ、そーだな。だれがいいかなぁ。俺のお勧めはリツコおねーさまとかアザミちゃんかなぁ。あ、SもMもどっちもできるお姉さまなんすけどね。初心者にはおすすめ、ほんとサイコーなんで」
「それなら・・・・君に、」
「え?リツコねーさま?」
「いいや、君に、是非お願いしたい」

思わず茶化すように聞き直したスバルに男が念を押すように言った。ああ、久しぶりの女性に任せるのは怖い系のお客様だと思いながら了承する。初心者でもまぁまぁ行けるプレイ内容といえば・・・Mなら少々の拘束、それからスバルの得意とするバラ鞭、あとは低温蝋燭だろうか。まぁSもたいして変わらない。最初にハードなことをしてしまっては下手をすれば流血沙汰だ。それではどちらも楽しめないというものである。

「わかった。御指名有難うございます。SとM、どっちがいいですかね」
「・・・・・・、」
「自分に素直になってみて、どちらを選んでも悪いようにしないです。俺もSとM、どっちもできるんで」

安心させるように下から目を覗き込む。すこしだけ悩むように口に手を当てていた男が、恥ずかしさからか顔をうっすらと上気させながらスバルに囁くように言った。・・・Mの方を。





「スバル、よくやった!」
「うおっ!リツコさん!」

準備があるので少し待っててください、と男に告げて裏口に向かったスバルを待ち受けていたのはちょうど先ほど話に上がっていたSM嬢だった。リツコと呼ばれる源氏名を持った剛毅な女性がバンバン容赦なしにスバルの背中をたたく。

「見てたよ!あのご新規さんによくボンテージ着せたね!ああいうタイプは一回ハマったらまた来るよ」
「え、そうっすかね。どうなんだろめっちゃ恥ずかしがってましたけど」
「本当に嫌だったら着てくれないじゃん、ああいう潔癖なタイプ」
「あー・・・」

確かに、と談笑しながら道具を準備していく。縄にバラ鞭、低温蝋燭、手袋、それから拘束手錠に目隠しにボールギャグ。最後のは使わないかもしれないが一応の保険だ。途中で道具が足りなくなって、またここに戻ってくるとなると相手も萎える。

「それでどっちだった?まぁなんとなくわかるけど」
「まじすか?せーので言います?」

常連さんが増えるかな、とご満悦なナンバーツー嬢は少々こういったきらいがある。まぁ客の傾向がわかるのは悪いことではないし、と話を合わせる。これも持っていきなよ、と乗馬鞭を籠に入れられて、ちょっと頬が引きつった。初心者にはハードすぎるのではないだろうか。まぁいい、使わなければいいのだと息をついて、言われた言葉ににやりと笑う。こういう店で働いているとわかるスカウターのようなものが、店の嬢の目には常についている。スバルにもだんだんわかるようになったそれは人間観察眼とでもいえばいいのだろうか。

「「M」」

せーので言った言葉が一致して、顔を見合わせてハイタッチ。お墨付きということは、スバルがちゃんと満足させれば常連の道も夢ではないということだ。気合を引き締めていかなきゃなと思ったスバルの蝶ネクタイを、リツコがするりと抜き取る。

「あ、ちょ、返してくださいよ」
「まぁまぁ、いいからバーテン服はよ脱いできな」
「でも今日は教えるぐらいの、ほんとソフトに行こうかなと思ってたんで・・・」
「ちょっとハードぐらいでもいいんじゃない?」

蝶ネクタイを掌でもてあそびながら言われた言葉に少々考える。今頃一人でスバルのことを待っているだろう男のことを考えて、スバルよりも勤めがながい先輩の言葉も考えて、頷いた。

「リツコさんのこと信じるっす」
「いやそれは自己責任で」
「ええ!?責任は持ってくれるんじゃ!?」
「何言ってんの、Mを咲かすも散らせるも、すべてはSの腕し・だ・い」

つつ、と長い爪で頬をなぞられて、ひぃいと悲鳴を上げたスバルにリツコが微笑んだ。

「頑張ってきな」
「……あい」

ぽいぽいとバーテン服を脱いで、ムチを腰付近のベルトに取り付けて、ワックスを髪につけて前髪を後ろに上げる。これはスバルのスイッチのようなものだ。高校生の時は目つきが悪い癖に童顔だったからそれが嫌で常にオールバックにしていたけど、大人になってからはやめている。何故っていろいろ勘違いされるのだ。気軽にスーツも着れやしない。

「お待たせしました」

カツカツと8cmヒールを鳴らして、スバルが作ったカクテルをちまちまと飲んでいた男の元へ向かう。隣に座って肩を叩いて、目を合わせばあっけにとられたように、一等星の色をしたきれいな瞳がぱちぱち瞬いた。その瞳が粘性の高い蜂蜜のように、どろどろの愉悦と快楽に蕩ければスバルの勝ちだ。

「これから俺にちょーっと身を委ねてもらうわけですけど・・・まず、名前、教えてもらってもいいですか」

俺はナツキスバルって言います。目を合わせたままそう自己紹介をするとまだ我に返っていないようなぼんやりとした顔をしたまま、男がゆっくりと唇を動かした。

「ユリウス・ユークリウス・・・」
「いい名前ですね。俺のことはどうぞ呼び捨てで。ユリウスって、呼んでも?」
「・・・どうぞ、かまわない」

顎の線を人差し指でなぞると男が、ユリウスが微かに吐息を漏らした。それがやけに色っぽかったので、ああこいつの中ではもう俺に虐められることが決定してるのだな、とスバルは納得した。サドも冥利に尽きそうないいマゾ具合だ。こっちが何かを言うだけで、勝手に想像して勝手に悶えて、こちらが与える痛みと快楽を自分で倍にしてくれる。鞭で叩いたらいい声で鳴いてくれそうだ。痛いのが好きなのか、熱いのがすきなのか、それともじらされるのが好きなのか。それは、これからのお楽しみ。


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天井にフックがかかっていたり、蝋燭置き場があったりと、接待席ではなくそういった席に移動してからが本番だ。がちゃがちゃと様々な器具を机の上に並べたスバルの手元をユリウスが凝視している。ボールギャクを見て引いていたのでこれは使わないこと決定。興が乗ってきたら嫌がられないとは思うが、きっと素面につけたらプレイのすべてを拒否される。

「・・・・これは、」
「乗馬鞭っすね。初心者にはちょっときついかなーって」
「いや、使ってほしいわけではなく・・・私は少々乗馬をたしなんでいてね。そうか、この鞭も立派な道具なのか・・・」

慣れた様子で乗馬鞭を手に取ってふむふむ頷いているユリウスはどうやら坊ちゃんらしい。まぁそんな雰囲気はしていたが、と腰のバラ鞭を手にとる。最初に乗馬鞭で打ち据えたら初心者のMにはトラウマを残すだけだ。音が大きく、かつ痛みをあまり感じない、初心者にはバラ鞭だ。これはSM業界では常識である。

「最初はどれがいい?拘束、緊縛、蝋燭、鞭がある。俺のお勧めは鞭だけど」
「・・・・ではそれで」
「おっけー」

じゃあ壁に手をついて、とスバルが言った言葉にユリウスがぎょっとした顔をする。それに構わずそこに手をついて、と壁を指さすとおずおずと移動しはじめた。ぺた、と両手を壁につけたのに、手に持った鞭の先で指示をして体勢を整えていく。腰をかがめて頭をさげて、足は大きくひらいて、尻を突き出すような形にすれば準備は完璧だ。よっぽど恥ずかしいのか壁にすがりつくようになっている手の形と、震える太腿がいじらしい。しかし恥ずかしいと思っているだろうにやめようとしないのは、ユリウスがちゃんとスバルの鞭を望んでいる証拠に他ならない。

「はい、じゃあいまからここに鞭を打っていきまーす」

する、と小ぶりの尻を撫でるとそこに力が入るのがわかった。ひ、と微かに聞こえた声は聞こえないふりだ。右の尻たぶにぴんっとデコピンをするとびくりと体がはねた。うむ、感度は上々だ。

「音は大きいけど、あんまり痛くないようにするからそこら辺は安心していただければ。でも痛かったら普通に言ってくださいね。手を上げてくれればわかるので」
「わ、わかった・・・」
「はい、じゃあ行きます。そうだな、5回ぐらい叩くんで」

声をかけると震える声で返事が返ってきた。顔を見れないのを残念に思いながらバラ鞭をユリウスの尻に向かって打つ。バチン、という大きな音と共に肉を打つような鈍い音も微かに聞こえるが、痛みはほとんどないはずだ。具体的には軽いスパンキングをされたぐらいの衝撃なはずである。

手が上がっていないということはそう痛みもないのだろうと判断して二回目、三回目、と叩いていく。短パンに隠れて見えないが、その生地のしたの皮膚は鞭の衝撃でうっすらと淡く色づいているに違いない。スバルが鞭で叩くときに自ら下肢を覆う布を下げて、その光景を直接見せてくれるようになったら本当にM男の始まりだ。

「どうっすか?」

宣誓していた5回を叩き終えて力が抜けたところでサービスでもう一回。数回の鞭でそろそろ鈍くなってきただろう痛覚のために今度は少々力をこめて。それが想定外だったのかぎゃん、と犬のような悲鳴を小さく上げてユリウスがずるずると壁に縋りついた。ぐたりと脱力しているのが不安になって慌てて近寄る。ユリウスさん、と肩を揺さぶるとうつむいていた顔が力なくあがって、スバルを見た。

「・・・・・あ、そんなに、気に入ったんだ?」

黄金の一等星がぐにゃぐにゃに解けて、パンケーキにかかった蜂蜜みたくなっていた。顔を赤らめながらスバルの言葉に反論しようとして口を開いて、それからすぐに何かに気づいて、ユリウスは俯いてしまった。もじ、と太ももが股間を隠そうとしているのに気づいてみないふりをする。勃起なんてSMではよくある話だ。常連のM男なんかは入ってきてすぐにバキバキにしてたりする。それに尻への刺激で勃起なんてのもよくある話だ。子供の頃の折檻で目覚めた、という人は多い。しかし恥ずかしいと思ったままじゃかわいそうだ。先にもっとフォローしておくんだったなと後悔しながらまたユリウスの尻に触れる。

「ちょっと熱持ってるか。でも音の割には痛くなかったでしょ?」
「・・・・ああ、」
「これがバラ鞭っていうんすよ。ユリウスには身をもって体験してもらいました〜・・・ちなみにさっきの乗馬鞭は血が出るから、上級者じゃないとお勧めできない」

硬い乗馬鞭の先を指先でぴん、とはねる。もっと痛いのか、と呟いて体を震わせたのに苦笑して、これは使いませんからねと先手を打っておく。痛みで、その蕩けた目が冷めてしまうのはつまらない。

「その代わり別のものつかうんで。なにがいいかなー」
「……スバル、のお薦めで」
「おっけー、任せてもらっちゃってS役冥利につきますわ」
「………任せることが?」
「そりゃそうよ。さっきのショーでも見たと思うけど……SMってのは信頼関係が一番。SはMの子の望むことをする、Mは自分の意志を汲み取ろうとするSの全てを許容する。実はSMってそういうものなんだよね」

痛いのが好きな人と、傷めつけるのが好きな人の組み合わせなわけではない。確かな信頼関係が一番必要だ。蝋燭と縄を机の上からとって、スバルはユリウスに差し出した。スバルの手元を見たとろとろの蜂蜜色のなかには、興奮と期待と未知への怯えがぐちゃどろに混ざっている。それをもっと沸騰させて、やけどしそうに熱いカラメルみたいに、興奮だけに彩られた濃く深い色にできたらなと思った。そう思いながらユリウスに笑顔を向ける。

「キツくて熱いのはお好きかな?」





スバルができる緊縛はそう大したものではない。亀甲縛りとそれからいくつかの技ぐらいだ。今回はスタンダードに亀甲縛りを選んだ。初心者にはわかりやすいものを、そうすればよりハマってくれる場合が多い。

「これ、なんて縛り方か知ってる?」

ぎち、と縄と縄が擦れる音がする。股間に縄を通した時に更に勃起しているのはわかったが指摘はしない。羞恥プレイはもうちょっと色んな所がとろとろになってから。具体的には、心の垣根が開いたら。

「き、亀甲縛り…」
「そそ、昔は誰も知らなかったらしいですけど。なんやかんやで今は有名になっちゃった縛り方」

手首に縄の跡がついてはこまる。手袋をつけさせて、天井にフックでかけた縄で手首を拘束した。体勢自体は先ほどと同じだが、自由度が違う。抵抗できずになすすべもなく、というシチュが好きな人は案外多いし、多分に漏れずこの男もそうなのだろう。ユリウスが身をよじると腕の内側についた赤い蝋がちらちらと見える。先ほど体験してもらったのだ。

「ぁ、う」

宣言もなにもなく、ぽたりと蝋燭を背中に垂らす。体が揺れて、小さく声が上がった。よがる背中があまりにもガチなのでこれ同僚さんに見られたらやばそうだな、と思ってスバルは少し奥まった場所に移動した自分の判断を褒めた。Mだとバレてしまうと殴ってもいいか、叩いてもいいか、そんなことを聞いてくる人間は案外多い。同僚さんがそうだとは限らないが、そんな反吐が出るような芽は思い次第摘んでいくのが正しい。

「熱かった?」

そう尋ねると首を振られた。その拍子にうなじにかかっていた髪が落ちて、そこが丸出しになる。顕になったうなじに、そこにも蝋を落としていこうと思いながらまたぽたりと背中に蝋を。ああ、やっぱりよく映える。血が出るような傷をつけるのはスバル的にご法度なのだが(跡が残っては台無しだ)きっと彼なら傷跡が残っても、体を彩るアクセントにしかならない。

「縄って、実はすげー気持ちいんすよ」

ユリウスの体重を受けて天井にかけた縄がぎし、とまたきしんだ。高温ではないとはいえ、不規則に垂らされる燭の熱さに彼が身をよじるたびに小さな喘ぎが聞こえる。性器の上に縄が通っているということもあるのだろうが、体全体を絶妙に締め上げる縛り方も興奮を誘発させる要素の一部だ。縄とはそういうものだし、拘束が強ければ強いほど人間は興奮する。戒められて自由を奪われているなら、余計そうなる。

「縄酔いっていうんだけど…本当に上手い人が縛ると、天国行けちゃうってお姉様達が言ってた」
「……は、ぁ、ぁあ…」
「あんた、蝋燭も縄も好きっぽいな?」

太ももに蝋を垂らすたびに体が跳ねる。ある程度体を蝋で彩ったら前に回って、バラ鞭の柄を顎に当てて顔を上げさせる。潤みきった目に紅潮した頬、一筋ついた涎の跡が非常にエロかった。

「気持ちいい?」
「………きもち、いい、…」
「もっと気持ちよくなりたい?」
「………きもちよく、なりたい、…」

蕩けきった表情でスバルの言葉を復唱して、物欲しそうにバラ鞭を見たのに笑いかける。Sは奉仕を、Mはプレイへの信頼を。素直に言えたからご褒美やるよ、と言うと人には見せられないようなどろどろの表情でユリウスが笑った。あっこれ、この表情のままダブルピースさせて写真撮りてぇ奴だとスバルは柄にもなく思った。


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