薬物とユリウス2
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子猫は土日のうちにもうスバルにその体を触らせてくれるようになっていた。猫に餌をやらないでください、と路地裏の入り口に張られた張り紙を見て、スバルは猫を抱え上げた。小さな小さな体が爪を立てて背中をよじよじと登っていく。にゃあ、と耳元で鳴かれて、世知辛い世の中だなぁと返事をするようにつぶやいた。だんだんと冬になり始めている世界はまだ5時だというのに薄暗くなり始めていて、白くなってきた息を吐きながら空を見上げた。薄く見える星は黄色く輝いている。スバルの好きな、自分の名前となった星をついそらを見上げるたびに探してしまう。

「・・・・帰るか」

アイスでもかってから、と猫を肩に乗せたままコンビニに立ち寄る。顔見知りの店員がちょっと猫はやめてくださいっすよ〜と苦言を言ってきたのに今日だけだから!とアイスを二つ売ってもらって帰路につく。コンビニによってアイスなんかを買ったのは、帰るのが少し怖かったからだ。男がいない部屋はそれはそれで寂しいだろうし、それからあんな体で元いた場所に戻ったら、とっても大変なことになりそうだ。それを救いたいと思ってもスバルにはそんな力はない。できるのは精々猫を拾うぐらいだ。

「お前の名前、なんにしようなぁ」

つん、と鼻をつつくとにゃあと猫が鳴いた。そういえば、あの男のそばでは慰めるように指先を舐めていたなと思って、うんと一つ頷く。スバルも好きなあの泣ける話からとって、パトラッシュ。そうしよう。

「・・・・・うおっ!」

がちゃ、とドアノブを鳴らすも鍵はかかっていなかった。もしや逃げたかと思って、失望しながらゆっくりとドアを開ける。ぱち、と電気をつけると、ドアの内側になる部分の玄関の片隅に男が倒れていたので、それは予想しておらずに思わず野太い悲鳴が漏れた。その拍子にとん、と子猫が、パトラッシュが床に飛び降りて、まるで勝手知ったる我が家とでもいうかのように部屋の奥へと歩いていった。

「・・・・おい、起きろ」
「ぅ・・・・、・・・・」

手袋は外れていた。指先には血がにじんでいる。わざと深爪になるように切ったから、これはどこかを掻いたのではなくて肉を噛んでいたのだろう。腫れた指先と血が付いた唇が痛々しい。肩を揺さぶるとぼんやりと目を開けて、男がスバルを見た。徐々に灯りつつある瞳の光が、これまで見たことが無いもので思わずたじろいだスバルの手を男がつかむ。

「きみが、いうとおり、わたしは・・・・・」
「あ、あーうん。すごいなお前、鍵あけちゃったけど、よく頑張ったな。うん」
「うん・・・、そう、がんばった・・・」

とろ、と瞳が揺れた。今までとは違う様子に思わず眉をひそめたスバルの胸倉が素早い動きでつかまれて、引き込まれて体制を崩す。唇ががつ、とぶつかったのは男の顔だ。

「・・・・――はぁーっ!?えっ、ちょま、んぐっ」

じんじんと痛むそこを柔らかいものが包んだ、と思ったらぬるりと軟体生物みたいなものが口の中に入ってきた。鉄の味がする熱いそれがぐちゃぐちゃ暴れまわって口の中を蹂躙する。あまりのことに目を白黒させながら思わず抵抗が止まったその隙を狙われて、さらに引き寄せられて、床に手を突く。満足したのか、スバルの口の中の隅々までを舌で荒らした男が唇を離すと間に唾液の糸がかかってとても非日常だった。銀糸が男の頬に垂れたところまで見送って、そこでは、と我に返ってまるで男を押し倒しているような体勢であることに気づいて慌てて離れようとしたスバルの腕をつかんで、荒い息で男が言った。

「だから、がんばったから・・・たえられない」
「は!?いや何が!?なんで俺キスされたの今!おい!」
「無理だ!毎日毎日弱火で精神を炙られてるような・・・もうだめで、わ、わたしはもう・・・・」
「意味がわかんねーぞ??」

怒りとも何とも、形容しがたい感情に襲われてなんともイライラする。男のよくわからない行動も、情けないことにファーストキスを奪われたこともその一旦ではあるのだが、これまでのパターンとあまりにも違いすぎて理解が出来ない。狂気、といえばそうではなく、しかし何かの熱を目に孕んでいる。スバルはこの目を知っている、かもしれない。身に覚えがないとは言えない輝きが、男の瞳には浮かんでいた。

「・・・・抱いてくれ」
「ハァ?」
「ダメなんだっ!もう耐えられないんだ!気がおかしくなりそうで・・・」

お願いだから、と最近は浮かべることがなくなったはずの、初日によく見ていた笑い顔で男が笑った。先ほどからしきりに太ももをこすり合わせているのを見て、それで悟る。男の脳を支配しているものが情欲であることをスバルは悟る。

「あちらでは、薬をうたれるか、それか犯されて、毎日それのくりかえしで・・・それがどちらも急になくなってあたまが、だめだ、ばくはつしそうだ。もう・・・」
「ぁ、あー・・・そう、かよ。一発抜くんじゃだめかねそれは。俺があんたを抱く意味は?」
「・・・・・・・・・・前だけじゃ、無理なんだ。いけなくて」

苦しい、と男が喘いだ。薬とセックスに浸されていた脳がいきなり健全になるわけがないのはなんとなくスバルにも想像できた。だってどっちもいわゆる快楽というか麻薬のようなものだ。もちろん片方はれっきとした麻薬なのだが。

「おねがいだ・・・」

後ろの刺激じゃないといけない、と懇願されて唸る。どうしてそこまでしなきゃいけないのだという気持ちはあるものの、抱けるか抱けないか、と男の顔や体つきを眺めて考えるとこれが抱ける方に天秤が傾いてしまう。それはやはり、初日に見て触ってしまったあの記憶に問題がある、のだろう。

沈黙したスバルに男が泣きそうな顔をする。でも、体を苛む熱に翻弄されている瞳が歪んで、一粒の涙が床にこぼれた時点でスバルの心は決まっていたのかもしれない。

「・・・・・・・・わかった、はい、わかりました。わかったよもう」
「ほ・・・んとうに」
「お前があと一時間、我慢して待てたらの話だけどな。そうしたらいいよ、俺も覚悟決めて抱いてやる」

いいか、と指を突きつける。

「先に言っておくけどな、俺は童貞だし男の抱き方もわかんねぇ。最悪流血沙汰は覚悟しておけよ」
「・・・・あ、ああ」
「恥を忍んで尋ねる。お前とするのに必要なものは何だ?」

予想外の質問だったのだろう。ぱち、と男が目を瞬かせてスバルを見た。






指示されたものをコンビニに買いに行く。先ほどの店員がコンドームをレジに通しながらにやりと笑った。くそ、このコンビニはしばらく行きたくない。

「ここで装備していきますか?」
「するわけないじゃん。人生ジエンドになるだろそれ」

彼女さんとお楽しみを〜とけらけら笑ってくるこいつがそれなりの仲じゃなかったらぶん殴ってるところだった。残念ながらスバルがいまからするのは彼女どころか赤の他人だし、しかも挿入するのは女の子のえっちな性器じゃなくて男の尻だ。遠い目をしながら袋を受け取ってコンビニを出た。空を見上げるときれいな星がいつもと変わらない顔をしてスバルを出迎えてくれる。

「そら、キレイ」

帰りたくねぇなーと思いながら現実逃避をしつつ、ぶらぶらとそこら辺を歩く。そういえばパトラッシュのいろんな用具を買ってないなぁとおもって、ホームセンターにも足を向けた。男との約束の時間はあと40分近くある。その暇を利用してペットのための機材をそろえたって罰は当たらないだろう。

「うぃーっす」

男と約束してちょうど一時間後、脇に猫のトイレや砂を抱えて、足でドアを開ける。電気は付いているものの、しんと静まり返った部屋の中はまるで人気がないようだ。逃げたか・・・?と訝しみながらどさどさと荷物をそこらにおいて、そういえばと玄関周りを見る。買ってきたアイスが消えていた。冷凍庫を開けるとちゃんとはいっていて、男が入れてくれたのだと悟る。

じゃー…と水を流す音が微かに聞こえて、トイレに行っていたのだとわかった。よろめきながら外に出てきた男がふと、スバルがいることに気づいてこちらを見る。

「きゃーっ!」

掴みかかられて思わずスバルは女の子のように悲鳴を上げた。だってあまりにも男の顔がいかにも「私は欲情しております」という顔つきだったからだ。がっつくように唇にかみつかれて、一時間も我慢させたのは悪手だったのだとようやく理解した。絡みついてくる男の体は熱く、瞳はとろとろに融けている。いかにもな据え膳が完全に出来上がっていた。

「……は、…」

捕食、という言葉が正しいような気がした。こちらの脳までとろけ始めるようなディープキスを盛大にかまされて、悔しいが半立ちになった股間を優しく撫であげられる。たってる、と濡れた声を耳の穴に吹き込むように落とされてひいいと悲鳴が漏れる。童貞には些かキツすぎる刺激だった。

「ひょ、豹変具合がやべーぞお前……」
「ああ、すまない、やっとこの熱から開放されるかと思うと待ちきれなくて……もう準備はしてあるんだ。だから早く君のこれを私の、中に…」

やわやわと揉まれてどんどん勃起していくのがわかる。気づくと手首が男の両手で拘束されていた。男の頭がずるずる下に下がっていって、スバルの隆起した股間部分で止まる。すん、と鼻を鳴らされて一気に顔が赤くなった。匂いを、嗅がれている。

「はっ?!待ってお前本当に待って」

やめて俺シャワー浴びてない!というスバルの言葉が聞こえてないのだろうか。男の頭に隠れてしまってわからないがもぞもぞと何かをしようとしている。はぁはぁ生暖かい息が股間にかかってなんだか漏らしたような気持ちで落ち着かない。そうこうしているうちにちー…とジッパーが降ろされる感覚がして、思わず下を凝視した。

「は……?」

AVかよ、と思った。ジッパーを咥えて下に下げられる。ボタンも舌で器用に外される。その慣れた様子にこうするのも初めてじゃないんだろうなと思ったらなんだか抵抗できなくなった。支えをなくしたズボンが自重で落ちて、パンイチになる。ゴムのところを噛まれて、それもズルリと下げられた。

「……あっ、」

完全に勃起したスバルの性器にうっとりと頬ずりをされた。まさかまさかの即尺じゃないだろうなと腰が引けたのを追いかけるようにして、男がゆるく口を開く。一日洗ってもいない亀頭を気にすることなくぱくりと咥えられて喉から変な声が出そうになった。熱くてぬめぬめしたものに、まるで飴でもしゃぶるように舐め回されている。

「ちょ、まっ、う、ひっ?!」

恥垢をこそげ落とすように皮の中をぐるりと熱い舌が巡っていく。恥ずかしいことは恥ずかしいのだが、なんというか、気持よくて力が入らない。男の口の気持ちよさに抗えない。とにかくそうしてスバルの亀頭周辺を気の済むまで舌で嬲ったあとに、まるでご馳走を食べた後のように、男が妖艶に唇を舐めた。

「………やべ、お前相当やばいな。なに、そのテクは…ぅ、あ」

付け根から亀頭までを見せつけるように真っ赤な舌で舐めあげられる。鈴口に浮かんだカウパーをじゅるりと吸われて腰が揺れる。スバルの情欲を煽るようなことしかしてこない男の手首を思わずつかめば、嬉しそうに微笑まれた。

「ああ、はやく……」

君が欲しくって気が狂いそうだ、と男が苦しそうに喘いだ。スバルもそんな気持ちだった。


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はやくはやく、と子供のようにスバルの性器を強請る男を布団まで連れてきてなだめすかしながらお互いの性器に買ってきたばかりのコンドームをつけていく。自分のでも嫌なのに他人の精液で部屋や寝具を汚すのは正直勘弁だ。スバルは性欲に負ける自信はあるが、そうした細かいところは譲りたくない性質だ。ゴムをつけるスバルの手にすら反応している男は布団にあおむけで寝転んで、それから上半身をよじって枕に縋りついている。

「え、で、どうすればいいわけ」
「いいから入れてくれ・・・」
「ガチで?え?ガチでまじで入れていいの?このまま?AVとかだと中指でこう、」
「もう、用意はしてあると、いっただろう。なんなら自分の手で確かめてみれば、いい、・・・・」

涙目でにらまれながら右手を薄い尻の奥に誘導される。初日に見た窄まりはすでに何かの液体でぬるぬるで、触れるとあの時と同じようにきゅうとスバルの指を食んだ。うわ、と思いながら今回は好奇心のままにそのまま指を進めていく。中指一本、らくらく入ってしまうほどに解されたそこが、きゅうきゅう断続的にスバルの中指を締め付けてくるのにこれから自分の性器がここに包まれることを想像して思わず喉が鳴った。

「あ゛、ぅ、あっやめ、そこ、・・・」

くい、と中で指を曲げると男が悲鳴を上げた。まずかったか、と思ってゆっくりと引き抜くとあ、あ、と怯えたような声を出されて思わず男の表情を伺う。すると信じられない、といった調子でスバルの顔を見ていた。

「きみ、本当に童貞なのか」
「あ、バカにされた。童貞馬鹿にすんな!生きとし生けるもの皆最初は童貞だろうが!」
「・・・いや、すまない。ちがう、その、もっと・・・もっと触って・・・」

やめないで、と言われて抜いた指を再度元の場所に誘導される。

「に、にほんぐらいなら、ぜんぜん、入る、から」
「え、あ、うん」

スバルの指を柔軟に飲み込んでいくそこは柔らかくて暖かい。先ほど良い反応をしていた腹側をつんつんと指でつついてこするとそれに耐えられない、とでも言いたげな喘ぎが男の喉から漏れた。スバルと同じように、がちがちに勃起している男の性器の先端から漏れる先走りがコンドームの先端にたまっているのが見える。随分と辛そうだ。

「・・・指突っ込んでるだけで随分気持ちよさそうだけど・・・抜いてやるし、一回イッとけば?」
「う、嫌だ中でイキたいっ」
「あ、はい」

泣きだしそうな顔で首を振られて、思わずうなずいた。性器だけの刺激で達するのと中、・・・を突かれて達するののどちらがいいのかというのは前者しか経験がないのでスバルにはわからないのだが、経験がある男がそういうのなら後ろのほうが気持ちいいのだろう。そういえば以前オナニースレで前なんとか腺がうんちゃらという知識を見たことがあったな、と思いつつ中でばらばらに動かしていた二本の指を引き抜く。どうやら中から引き抜かれるときが相当いいらしい、うああと声をあげて男が善がった。

「、ぁ、ああ、あぁ、ぁ、はやく・・・」

スバルとて勃起はしているわけだが、どうにも挿入の決心がつかなくて前を擦ってやったらひ、ひ、としゃくりあげて軽く泣きだした男に慌てて性器を穴に宛がう。それだけで泣きやんだ男に俺のちんこはおしゃぶりかよ、と軽く疲れながらぐ、と腰を進めた。一瞬の抵抗はすぐに消えて、にゅる、と亀頭が飲み込まれて、くびれの部分を入り口で強く締め付けられる。正直ぐずぐずに熟れてぬかるんだ肉の穴というものはかなり気持ちよくて、それだけで射精しそうになった。

「〜〜っあ、あぶなっ・・・やべ、イキそうだった・・・」

射精欲を耐えながら、男の腰をつかんでずるずる中に性器を収めていく。亀頭が肉を押し分けて中に入っていく感触はどうしようもないぐらい気持ちいいものだとスバルは初めて知った。ひくつくそこに締め上げられるとすぐに出してしまいそうだったが、奥歯をかみしめてどうにか欲望を押さえつける。男の子の矜持として三擦り半は避けたかった。

「お、お前の穴ほんとやばい、ちんことろけそうなんだけど・・・」
「ぁ、やだ、ぃや、あっ、うごいて、くれ、はやく、っ」
「まってまってやばいって!出ちゃう出ちゃう出ちゃうから!」

ただ入れただけだというのにどろっどろに蕩けた瞳をした男に腰をゆらゆら動かされて思わず焦る。早く出せ、と言わんばかりに搾り上げてくる腸内に負けそうだ。何回かはその波を耐えられたが、すぐに陥落した。だめだ出す、と思いながらせめてもの意趣返しにさっきひんひんよがっていたと思わしき場所を何度か乱暴に突き上げる。

「―――――ッ!ひ、ぎッ、ぁ・・・」
「ぅお締め付けヤバ、・・・・う、あっ、」

そんなテクも何もない、ほぼ自分の欲望だけを追い求めたスバルの乱暴な抽挿にすら目を見開いて、ぼろぼろ涙をこぼしながら男が体を震わせて、ひと際強く中が痙攣する。精液を搾り取られるようなその強烈な締め付けに耐えきれずにスバルは男の中で射精した。あまりにも気持ちよさ過ぎて目の前がちかちかした。まだぎゅうぎゅう痙攣を続けている男の腸壁が吐精後の性器を刺激してすこし痛い。息を荒げながら男の様子を見ても、射精はしていなかった。しかし顔は赤く上気しているし、時折震える太腿や焦点の合っていない目はどう考えても絶頂していた証だった。

しってる!エロ漫画でみたことある!と思いながら男の頬に触れる。触れただけできゅ、とまた後孔が強くしまって呻きながらどれだけ敏感なんだよと思った。精液の溜まったゴムを取りたいのに抜くことすらできない。

「あー、その、一応聞くけど、イッたの?イッてないの?」

ぺちぺち、と頬を叩いても体を震わせるだけで男は無反応だ。ただぼんやりとスバルを見て、放心したようになっている。その体は完全に力が抜けていて、スバルの太腿に乗っている男の足がすこし重い。

「ダメだったんならとりあえず前・・・」
「・・・・・あ゛っ!?や、めっ、まだ、イッてるっ、いっ、あっ、あァ゛ッ!」

未だ起立した前に手を伸ばすと男の体がびくりと跳ねた。赤く充血した亀頭がどう考えても解放を待ち望んでいるのを見て男としてこれは辛そうだなと出した親切心は余計なことだったらしい。何回か擦っただけで男が泣き始めた。

「ぃや、だぁ、イッ、いくからっあ゛っ、とめて・・・」
「出したいんじゃないの?」
「出したくないっ!出したくないからっ・・・・は、あぁ、あ、・・・」

中でイかせてくれ、としゃくりあげながら言われて、ぱんぱんに腫れた性器を擦る手を止める。よくわからないがここで射精することは男にとって嫌なことらしい。抜こうとすると逃がさないとばかりに強く締め付けてくる腸壁にゴムを変えることを諦めながらゆるく中を突き上げる。少しの休憩を挟んで、それから単純に刺激され続ければ、そろそろ復活してきたころだ。ぬるぬるする自分の精液がちょっと気持ち悪いが、一旦集中してしまえば特に気にするほどではない。

「・・・・まぁ、がんばってみるか」

スバルは異性愛者ではあるが、目の前で喘ぐ男を別に気持ちわるい、とは思わない。勃起したちんこだってまぁスバルより大きいのはちょっとウーンむかつくなとなるがそれぐらいだ。自分でもびっくりするぐらい萎えない性器に苦笑しながら、それを根元まで飲み込んでいるはずの薄い腹をさする。そんな刺激ですら気持ちいいのか、また太腿が痙攣する。スバルからすれば男はさっきからイキっぱなしなのだが、彼的にはまだまだ違うのだろう。ハートマークすら浮かんでいるような瞳で熱くこちらを見つめてくるのに笑って、腰を引き寄せる。ぐち、と水音を立てて深くなった繋がりに、男が甘く呻いた。







結局何回出したんだっけ、と快楽でどろどろになった頭で思った。確かなんか、一回抜いたんだ。コンドーム替えたくて、それからめんどくさくて生で突っ込んだ気がする。てか突っ込んでいる。何度も抽挿したせいでぷっくり赤く腫れて、しかし未だにスバルのことを美味そうに咥えこんで離そうとしない男の後孔をスバルはじっと見た。いつの間にか体位はバックの体制になっていて、男はスバルの枕に縋りついて顔をうずめている。最後に見た顔がいろんな体液でぐしょぐしょだったのを思い出してあとで洗濯しなきゃなぁとぼんやり、ゆるゆると腰を動かしながら思った。

結合した部位をつ、と指でなぞる。もう反射なのかなんなのか知らないが、それだけで締め付けられて眉を寄せる。とにかく、と思った。もうそろそろ無理だ、体力と射精の限界が近づいているのは間違いない。

「・・・・・おーい、生きてる?」

突っ込んだまま、ぐるりと男の体をひっくり返す。少し前からスバルのするがままになっていた男がその刺激とかけられた声に反応してゆるゆると顔を上げた。とろけるを通り越してぐずぐずになっている目は真っ赤になっているし、鼻水もでてるし、口なんかずっと半開きで涎まみれだ。ひでぇ顔、と思いながら手を伸ばしてそれを拭ってやる。

「・・・・・・う゛、ぁ・・・?」
「飛んでるな?おい、戻ってこい」

一瞬ここはどこだろう、という顔をした男がスバルを認めてにこ、と子供のように笑った。スバルの手に甘えるように頬が擦りつけられて、快感の反射ではない意識的だろう動きで腸内がぐにゃりとうごめいて性器を舐めしゃぶる。半分ぐらい正気じゃないのによくぞここまで、と思いながらまぁいいかと思って自分の快感だけを追い求める。どこを突いてもなんだかんだで中イキするのでなんかもうテクニックとかここが弱点だとか、そういうのはすでに考えていない。

酷いことをしているな、とは思っている。男が望んでいることではあるのだが。

「っぅ゛、あー、・・・・もう、せーし出ねぇし起たねぇ、疲れた、はい、終わりな」

突いてる最中に予兆なく来た中イキの締め付けに、もう我慢することなどなく奥で出してから、了承を待たずに性器を男から引き抜く。ぐぶ、と嫌な水音を立てて精液に塗れたスバル自身が数時間ぶりに外気に触れた。ティッシュでおざなりに、性器に絡みついた様々な液体の混合物を拭って、床に投げる。ゴミ箱に投げ入れることすらめんどくさい、掃除は未来のスバルに任せることにした。

「・・・・大丈夫か?」

意外なことに、抜かれても文句は言われなかった。声をかけてもぼんやりとした瞳がただ、じっとスバルをみつめている。なんだか居心地の悪さを感じたのでとりあえずとまだ軽く立ちっぱなしの男の性器を握る。結局スバルが4,5回出したのに対して男は2回ほどしかだしていない。その分中で達しているのだろうが・・・このままでも困るな、と思ったので普段自分でやっているように擦る。最初のように嫌がられることはなく、少しして小さな喘ぎと共にコンドームの先端がかすかに白く濁って膨らんだ。手の中で脈打ちながら力を失っていく陰茎を太腿の付近においてやって、中身が漏れないようにゴムを外す。精液まみれの亀頭をこれまた適当にティッシュでぬぐえばかなり適当な後始末はおしまいだ。

ぐったりと横たわる男を見て、風呂をどうしようかと思った。スバル自身は風呂に入りたい。ちんこ洗いたいし汗も流したいからだ。しかし自分の世話をしたあと男の世話をするのは非常にめんどくさかった。

「もういいや。一緒に入るか」

完全に脱力している男の腕を持ち上げる。立てるか、と聞くと一瞬の沈黙の後に首をゆるゆる振られたので舌打ちをしながら抱え上げた。スバルだって腰はいてーわ変なところの筋肉は凝ってるわで人の世話を焼く余裕は正直ない。しかし布団をこれ以上汚されても困る。よって妥協するしかないというのはこれまた何とも。

脱衣所のドアを蹴り開けてよろよろと風呂場に向かう。男を先に小さなバスタブの中に放り込んで、それからとりあえず自分の体についた様々な液体をさっとシャワーで流す。男の汚れはもういい、湯を張って、そこで洗って、また湯を張りなおせばすむ話だ。バスタブのヘリに頭を持たせかけてぴくりとも動かない男をちらりと見る。寝ているのか死んでいるのかわからないのがちょっと怖い。いや、死にはしていないのだろうが、完全に力尽きている。

男の体が半分ほど湯につかってから、一端お湯を止める。どうせ抜くのだ、たくさん貯める意味はない。湯の中に手を入れて、すっかり萎えた男の性器を洗う。ティッシュでぬぐいきれなかった精液がゆらゆらお湯の中で白く凝固して漂っている。

「・・・・・そだ、俺、めっちゃ中にだしてたけど、中は?出した方がいいよな?」

そういえば、と思って尋ねると俯いたまま頷かれた。何でも自分でしようとするタイプだなぁとここ数日でわかっていたので、ああそれも出来ないほど体力がないのかと察した。抱きつぶした、と言うわけではないと思う。そこまでのテクも持久力もないと自負している。だから男が勝手に抱きつぶされた、と言った方が正しそうだ。仕方がなく上半身を抱き上げて、腰を浮かせる。濡れた肌同士が密着しても初日のような不快感はない。もうそんな、最初の段階は通り越してしまった。

あの時と同じように窄まりに手を伸ばす。今度は躊躇なく指を二本差し入れて、垂れてくる液体を掻き出した。無言でそれを受け入れる男の、まだ少し荒い息が耳にかかってすこしくすぐったい。あらかた掻き出せたと思ったらお湯を抜いて、すこしシャワーで流して、また湯を張り始める。下水道が詰まることも考えたが、そんなことは詰まったら考えればいいのだと思いなおした。今起きてないことを心配したってどうしようもない。

「あー・・・・、やばい、染みる・・・」

男の体を股の間に入れて、どうにか二人で風呂に浸かる。すこし熱めの温度が気持ちいい。スバルの体に完全に寄りかかっている男の体が時折痙攣するように動く以外は、会話もなにもない時間が過ぎていく。ぴちゃん、とどこかに落ちる水音をぼんやりと聴きながら、ふと男の項に目をやる。根性焼きの痕が痛々しく残っている。拾った時のかさぶたや傷はすこし薄くなっただろうか。ただ、腕や足首の傷は増えている。幻覚を見るたびに掻き毟っているからだ。特に腕の、注射痕の部分は酷い。一番気になるようで、いつもがりがりと爪を立てるのでそこは肌に張り付くタイプの特殊な絆創膏でスバルが覆ってしまった。

ぺり、と行為の最中もつけたままだったそれを外す。腕の中の男の体がかすかに反応したが、男は何も言わなかった。まだ残る青い注射針の痕は項の跡と同じく痛々しい。そこを撫でると小さなため息が聞こえた。これさえなければ、と思う。これがなければこの男はどんな人生を歩んでいたのだろうか。きっとその人生はスバルと全く関わり合いがなくて、こんな形じゃなければこの広い世界で出会いもしなくって。そんなことを思ったら少し悲しくなった。男に出会わないだろうことではなく、この男が現在受けている地獄もかくやと言えるような仕打ちに。

時折こぼされる幻覚からのうわごとは男の家族のものが多かった。聞いていて悲しくなるほど、そのうわごとから感じ取れる彼の家庭は暖かい。仲の良い両親に、10歳下のかわいらしい弟。虚空を見つめて、笑い声と共に語られる過去の記憶は現実にそぐわないほど甘く、幸せなものだ。それをまた手に入れてほしいと、それがたとえ男の通る人生にわずかに足を踏み入れたただの通りすがりの人間であったとしても、強く思っている。

「・・・・・・・、」

男の腕を取る。少し首を伸ばして、様々なものを未だに壊し続けている箇所に唇をつける。舐めるとかすかなしょっぱさと、それからでこぼことした触感が伝わってきた。腕の中の体が震えたのを感じ取って、そこの肌に込められた呪いのような何かを上書きするかのように、スバルは男の腕に強く歯を立てた。







淫乱のお手本のような体だ。耳を舐め上げれば、喉に噛み付けば、淡い色の乳首を弄れば、というかただ肌に触れるだけでもそれだけで耐えられないというようなこちらの嗜虐心を煽ってくる悲鳴をあげる。おそらく口の中も弱いだろう。スバルの性器を丁寧に舐めているときの顔は男の弱点を攻め立てている時の顔と同じだ。

ただ感度が良い、なんてことは思わない。そしてスバルのテクニックの問題でもなく、ただ単純に男の体が開発され尽くしているという結果なだけだ。きっと誰が触れても感じるように、そう躾けられている。

「最近、お前あんまり変なの見なくなったろ」
「ああ・・・前に比べれば少しは・・・」

なんだかんだでもう一週間だ。毎日水をたくさん飲み続けた結果がようやく出てきたのだろう。双方勝手に達して勝手に穴を使って、どうしても息の合わない独りよがりのオナニーみたいなセックスの後は一緒に入ることが恒例になってしまった風呂場のなかでそうスバルが男に問いかけた。脱力しきってスバルの体に身を持たれている男が、そういえば、とでも言うような調子で言葉を漏らした。だんだん、足や腕の傷跡は減り始めている。爪のなかに血と皮膚の破片が入り込んで赤く染まっていることが少なくなり始めた。だから手袋は、もうしていない。

男の腕をとって、まだぼこぼことしている注射痕をなぞる。血管が変形してしまっているのだろうか、色は薄れてきていても、その不思議な触感だけはそのままだ。ぴく、と腕の中で震えた体が望むままにそこに噛み痕をつける。痕の上書きのような行為をすると男の心の中で何か変化があるらしく、あまり掻き毟らなくなるのだ。それを知ってからは毎日噛んでいる。朝にそこに歯型をいくつかつけておくだけでも、ずいぶんと違う。

「あと三日もあれば・・・もう君に迷惑をかけることはないと思う」
「・・・・そう」
「まだ、先のことはわからないが、おそらく」
「わかった。・・・お前の金、まだ5万ぐらい残ってんだよ。靴箱の上に乗ってる」
「・・・あんな金、つかってくれて、かまわないのに」
「考えて物事おっしゃってくれます?お前帰れないだろうがよそしたら」
「あ・・・そうか、そうだった」

そういえば私はここがどこなのかすら知らないのだった。ぽつりとつぶやかれた言葉の端っこが湯の湯気といっしょに風呂場の中に溶けていく。ゆらゆらと揺れる頭が、男が猛烈な眠気に襲われているのだということをスバルに教えてくれた。今は木曜日だ。大学から帰ってくると男に強請られる、ということもあるのだが月曜日から始まったほぼ連日のセックスが(水曜日は一限が入っているのでしなかった)男の体力を奪っているのは明らかだ。奪っているからこそ狂気の発現も穏やかになってきているのだが。しかしなんだかんだでそれに付き合ったスバルもそろそろ限界が近いので、明日はどんなに懇願されても聞かないと決めている。そろそろ可愛そうなちんこと玉を休ませてあげたい。

「そういえば俺、お前の名前聞いてない」
「・・・・・・・、・・・」
「おーい?あ、寝たの・・・」

それとも答えたくなかったのだろうか、腕に抱いた体からは返事が返ってこなかった。





金曜の夜、帰ってきたスバルを出迎えてくれたのは子猫のパトラッシュだ。ぐるぐると喉を鳴らしながら足に擦り寄ってくるのに微笑んで、小さな体を抱き上げる。体に響くような特徴のある重低音は一節によると人を癒やしてくれる効果があるらしい。本当かどうかはわからないが、と思いながら部屋の中を進んでいく。珍しく男は玄関で待ち構えていなかった。

「…………おぉ、」

ぱち、と電気をつける。布団に膨らみを見つけて近寄る。何かを腕に抱いていたような格好で、男が体を丸めて寝ていた。ついさっきまでそこに小さな温かい塊がいただろう場所は今は空っぽだ。抱き潰したあと以外では久しぶりに見る安らかな寝顔にどうやらアニマルセラピーの効果はあるようだなと腕の中の子猫の頭をなでる。ぐるにゃん、と甘えるような声を出してパトラッシュがそれに答えた。

「飯食うか?」

部屋の隅においてある餌入れが空っぽなことを確かめて、ざらざらとキャットフードを中に入れる。腕の中から飛び出して齧り付きにいったのに現金だなぁと苦笑して、スバルは台所へ向かった。冷蔵庫から適当に野菜と肉と生麺を取り出して、コンロの火をつける。ザクザク適当に包丁で切って、塩コショウで炒めれば具材の調理は終わり、茹で上がった一人前の麺の上にそれを乗せれば夕飯の出来上がりだ。男の飯は作っていない、遠慮しているというわけではないらしいが、男はあまり物を食べない。

「う、………?」
「起きた?よく寝てたな」
「パトラッシュと……一緒に……ひなたぼっこをしていたんだ……」

ずるずると麺を啜っていると男が小さなうなり声をあげた。ごしごしと幼く目をこすって、少し目線を彷徨わせたあとにぼんやりスバルを見る。声をかけるとふにゃふにゃと返事が帰ってきた。意識自体はまだ半分ぐらい夢の中らしい。そんな可愛らしいことを言う男の膝に、パトラッシュがもぞもぞと座り込む。おそらくぐるぐる鳴らしているんだろう喉を男の傷だらけの指が撫でた。

「すっかりお前に懐いてんな」
「………そんなことはないよ。いつも私と一緒に玄関で、……君の帰りを待ち侘びている」

私が苦しんでいると慰めてくれる、優しい子だ。そう言って男が子猫に向かって微笑んだ。お前も俺のこと待ってんだな、と思ったがスバルはそれには触れずにスープを飲んだ。野菜炒めに胡椒を入れすぎただろうか。ちょっぴり辛い。

「なんか食えそう?」
「………昼に、ゼリーを食べた」
「じゃあ、サプリのお時間な」
「…私は本当に、それが苦手だ」
「しょうがねぇよな。お前飯食わねぇんだもん。またホットミルク作ってやるから」

食べ終えた器を流しにおいて、ついでにサプリメントの瓶をいくつか持ってくると男は顔を顰めた。最初に薬は嫌だと泣き叫んだので何やら嫌な思い出があることはわかっているが、それとこれとは話が別である。恐慌状態に陥った男をなだめすかしてどうにか飲ませて、あの時は何よりも疲弊した。疲れたので暖かいものを飲みたくなったスバルがホットミルクを作って飲んでいたのを男が見て、珍しくねだったのだ。

『あ、あつかましくてすまないが……それをひとくちもらってもいいだろうか』
『いいよ。あとお前は忘れてるかもしれないけど、もう一回そんな風に謝ったら尻を蹴るぞ』

程よく温めた牛乳に、甘いはちみつをひとたらし。子供の喜ぶようなそれを飲んで、男がついたため息に安堵の感情が滲んでいるのを見て、それからスバルは温かい飲み物を作るようになった。缶詰だったりカップスープだったりしたから、その献立は覚えていない。とりあえず昨日は缶詰のコーンスープだった、今日はホットミルクだ。

「……ありがとう」
「うん、だから飲め」
「わかった……その、また手を握っていてくれないか…」
「はいはい」

お前全然飯食わないけど栄養素をとらないと生き物はやばい、知ってるだろ、と懇々と宥めて、震える体を抱きしめてようやくサプリを飲み下させた時よりは随分とマシになったものだ。男の左手を握ってやって、空いている右手にサプリメントをいくつか乗せる。水を口に含んだ男がぎゅうと目をつむって口に一気に入れて飲んだ。薬嫌いの子供のようだとあんまり洒落にできない事を思いながら、手を離して冷蔵庫へ向かう。残り少なくなった牛乳を鍋に入れて温め始める。

ふわりと甘い匂いに誘われたのか、パトラッシュがスバルの足の側でにゃあと鳴いた。あつあつのホットミルクを二等分して、蜂蜜を少しだけ入れて、男に手渡す。傷だらけの両手が可愛らしいもこもこの羊が書かれたマグを大事そうに受け取った。ちなみにこの絵柄を選んだのはスバルの母親だ。

「そういえば。明日雪が降るってよ」
「そうか、道理でいつもより冷えると思った」
「あ、ひなたぼっこしてたのはそういう?普通に暖房つけていいからな。てか今日はつけて寝るか…寒いし」

そんな他愛のない会話をしつつ、暖かなホットミルクを二人で飲む。今日はかなり調子が良いのだろう。抱いてくれとスバルに強請ることも、悲しい幻覚を見ることもなく、男はミルクの入ったマグを両手で抱えて、柔らかく微笑んでいた。








土日の昼から夜、スバルはいつもバイトを入れていた。それを今週は朝から夕方に変更してもらって、少々早めの4時過ぎに帰宅する。さくさくと薄く積もった雪を踏んで、右手にはビニール袋を下げて。二日前からようやくかかったままになったドアの鍵を開ける。

「ただいま」

にゃあ、と鳴き声を上げてパトラッシュが擦り寄ってきた。小さな体を抱き上げて、いつも通り玄関の少し前で蹲って寝ている男の肩を揺らす。昨日から男はよく睡眠をとっている。狂気や痴態に付き合わなくていいスバルとしても良いことだ。眠るなら布団で寝てくれ、と寝ぼけた顔をする男を布団に誘導して、パトラッシュを抱かせて掛け布に包んだ。むにゃむにゃと何かを呟いて、もぞもぞ布団に顔をかすかに埋めた男の寝顔にもはや憂いはない。今日の朝も、起きるのは遅かったがうなされることもなくちゃんと寝ていたようだ。

「・・・・・・結構元気になったなぁ、こいつ」

もちろんその脳と体を蝕んだ薬と快楽が完全に抜けたわけではないだろう。ただ、何かの山は越えた。スバルと同じシャンプーとリンスを使っているはずなのにさらさらと手触りの良い髪を撫でながらふとそう思った。そうだ、こいつも言っていた。もうスバルが関与できるようなことは何もなく、別れの時は近い。

あんまり情を沸かせないほうがいい、と判断して手を離す。いつも宥めるときは髪を触ったり背中を叩いていたりしたから、つい癖のようなものでそうしてしまうのがいけない。確かに手間暇はかかるが、この男は子供ではないのだ。薬が抜ければ、きっと立派な成人男性で、それにおそらくスバルよりは年上で。

「あぁ、」

ふと男を呼ぼうとして、結局まだ名前を聞けていないことを思いだした。スバルも男に名前を教えていない。しかし約一週間、そのままここまで来ている。それに別れたらきっともう何も関係のなくなる間柄だ。知ろうとした自分に苦笑をして、スバルはもう一度だけ眠る男の髪を撫でた。



「私を抱いて、くれないか」

おずおずと、理性を保った瞳で初めてそういわれたのは日曜日の夜だ。明日は学校だから、と言おうとしたスバルのパジャマの裾をそっと握って、お願いだからと目を覗き込んで言われた。

「・・・・今日じゃないとだめなわけ?」
「今日じゃないと、ダメなんだ」
「あ、そう・・・・」

必死にそう言ってくるのに何かを感じ取って、スバルはがりがりと頭をかいた。理由はなんとなく察せるし、スバルもその準備自体はしてある。朝も確認したが、残った金はちゃんと靴箱の上に置いてある。ここらの地図も学校で印刷して置いておいた。もちろんちゃんとこのアパートの場所に丸を付けて、駅までの道のりだってマーカーで線を引いてやったのだ。これでもし男が極度の方向音痴だったとしても、迷うことはあるまい。

「まぁ、いいけど」
「・・・・・ありがとう」

嬉しい、と本当にうれしそうに男は微笑んだ。微かに染まった頬に、人生の行きずり程度の男にそんな顔をするなよと思ったが、どうせ吊り橋効果のようなものだろう。ここから出て、家に戻ればきっとそんな感情は忘れる。しっかりとした治療を受けて、再生プログラムとかも受けて、それでまっとうな人生に戻るのだ。再度やってしまう人もいるとは聞くが、この男がそんな過ちを犯すとは思えない。なんだかんだで自分自身をしっかりと持っているからだ。じゃなかったら自ら薬と快楽から逃げ出す、なんてことは出来やしない。

「君は・・・」
「ん?」
「・・・・いいや、何でもない」

もう男を抱くことにも慣れた。童貞だからってなんにも努力しないのはやべーだろと思ってネットで勉強していろんなことも調べたし男の金を使って取り寄せた。お互いにコンドームをつけて、布団の上にバスタオルを敷いて、専用のローションで後孔を広げていると快楽に耐えるような甘い吐息を漏らしながら男が何かを言った気がして、その顔を見る。半分蕩けた瞳が、それでもしっかりと理性を保ってスバルを見ていた。正気の男とするのは初めてかもしれない、と思いながら中に入れていた二本の指をゆっくりと焦らすように引き抜くと耐えきれないとでも言うような喘ぎが聞こえたのでちょっと気を良くする。引き抜くときが一番気持ちがいいらしいことを知ったので、抜くときは一応気を使っているのだ。

「・・・・入れていい?」
「うん・・・」

あれだけ体を重ねたのに、こんな会話をすることすら始めてだ。首の後ろに手を回されて、胸と胸とがかすかに密着する。なんだまるで恋人同士のようじゃないかと思いながら振り払うことはせずにスバルは優しく男を抱いた。きっとそう望まれていたから、本当に好きな相手にするみたいに。男は途中から泣いていたけど、それが悲しいからなのか気持ちいいからなのかスバルには分からないし、察する気もなかった。あ、あ、と甘い声を上げて善がる体を組み敷きながらの律動すらなんだかいつもと違って、ちょっとスバルも泣きたくなった。

一週間も共に暮らして、相手のいろんな弱さを知った。男の意識が狂気に彩られていない時は、他愛のない様々な会話をした。情が沸かないわけがなかった。もし普通に出会っていたらと思う。そうしたらきっと、良い友人になれた。先に達した男の後を追うようにゴムの中に射精して、荒い息をつく。呼吸を整える合間に目と目が会って、お互いに少し顔が近づいたけど結局キスはしなかった。なんでって、男とスバルはそういう関係ではなかったから。









隣の熱が居なくなる寒さに、ふと目を覚ました。

「すまない、起こしてしまったかな」

普段スバルが男にそうしていたように、髪を撫でられる。顔をしかめてうう、と唸ったスバルに微かに笑うような声が聞こえた。もう行くのか、とか気をつけろよ、とかそういう言葉はかけずに、ぼそぼそと靴箱の上な、と男が最も必要とするものの場所だけを伝える。

「・・・・中に、地図、はいってるから・・・まようなよ・・・あと、交番いけ・・・お前・・・だましたやつ・・・駅でまってたら、やばい・・・・」
「ありがとう、君の忠告通りにすると誓うよ」
「ああ・・・?言っとくけど俺に誓うなよお前自身に誓えよ・・・」

眠気でしっかりと開かない瞳で男をにらみつける。自他ともに鋭いと言われる寝起きの目でにらみつけても男は表情を崩さなかった。ただ微笑ましいものを見るような、愛おしいものをみるような、そんな柔らかい瞳でスバルを見つめていた。

「君はいつもそう私に言うね。何か理由があるのだろうか」
「・・・・・・そりゃあ、お前のこころがつよいから・・・」
「あんな私を見ても?」
「まぁ・・・・俺だったら・・・たぶん薬から逃げ出せないだろうし・・・」

髪を撫でられることがこんなに気持ちいいことだとは思っていなかった。優しくなでられる感触にまたうとうととしながら男と会話を続ける。ふふ、と男が笑ってすこし視界を隠されて、ほほに柔らかな何かがちょんと触れる。

「あ・・・?おまえ・・・」
「それでは、約一週間、とても世話になった。ありがとう」

何だ今の、と問いただそうとする前に逃げられた。このお礼は後で必ず、と聞こえたような気がしたが幻聴だっただろうか。起きあがるとちょうど閉まりそうになる扉が見えて、逃げられたと思った。

「・・・・パトラッシュ」

ぱたんと音を立てて閉まったところまで扉を見守って、それからぼす、と布団の中に倒れると小さな熱量が頬に触れた。奇しくもそれが先ほど頬に触れた何かと同じ場所だったので俺はそこに何にもされてない、と言わんばかりにスバルは可愛い子猫をモフモフとした。うにゃん、と鳴いてスバルのモフに答えるようにごろごろ体を擦りつけてきたのをみて、男が言っていた言葉を思い出す。

「パトラッシュ、お前は最高の女だなぁ」

慰めてくれるのかと言ってスバルは子猫を抱きしめた。真っ黒な体に男と同じ黄色い瞳を持つスバルの可愛い愛猫は、それに返事をするようにかわいらしく鳴いた。












あの一週間が悪い夢だったかのように、それから男からは何の便りもなかった。ただ、なんかニュースで薬物関連で逮捕された男の話が流れたような気がしなくもない。いつの間にかスバルは大学4年生になっていて、ゼミにちんたら通いながら就職活動をする毎日だった。今日はなんでか知らないけどかなりの大手企業の最終面接にまで通ってしまって、ドギマギしながら面接に着ている。スーツに汚れはないか、髪型は変じゃないか、最後にちゃんとチェックをしながら呼ばれた部屋に入る。

「失礼しま、・・・・」

2度ノックをして、どうぞと呼ばれた声に扉を開けて、部屋の中を見た瞬間声が出なくなった。なんでって、部屋の中にいた人物はスバルが知っている人間で。

「え、お、お前・・・」
「さぁどうぞ、座ってくれ」
「あ、はい」

にこ、と微笑まれて慌てて部屋の中に入る。もう礼儀作法なんてすっ飛んでしまった。ふかふかとした上等な椅子に座って男の顔を思わずまじまじと見つめると、嬉しそうな顔をされたので思わず姿勢を正した。

「大体一年ほど前だったかな、あの時は世話になった」
「えーと、あーうん。まぁそんなのは気にしなくていいんだけど・・・あんた社長さんだったの?」
「社長の息子だった、が正しいね。一年もトップが消えていたらこの会社は今頃消えてなくなっていただろう・・・・・・長い間、礼が出来なくてすまなかった」
「いやだからいいって・・・てか、俺をこの企業に入れることが礼ならそれはいらねぇんだけど・・・それってコネじゃん。俺はそこまでお前の期待に応えられないんで」
「我が社は優秀でない人材は取らないよ。ここまで来たのは君の実力だ」
「あ、そうですか・・・」

さらりと言われて喜んでいいのかわからない。困惑顔のスバルを気にせずにすまし顔で手元の書類を見て、採用だなと男がさらりと言った言葉に耳を疑う。

「はぁ?」
「もともと、ここまで来れば面接など不要だ。それに飾られた言葉を聞いても無意味だと思わないか?」
「いやまぁ全面的に同意するけど、それでいいの?」
「君の履歴書にすべて書いてあるし、あの一週間で人となりはわかっているつもりだよ」

微笑まれてどうしたらいいかわからなくなる。内定をもらったのは素直にうれしいがトップが知り合いとなるとそれはそれでなんか嫌だ。蹴ろうかな、でも大手企業だ。悩むスバルに男がおずおずと声をかける。

「その・・・君が良ければ、だから、別に嫌なら断ってくれて構わないので」
「今葛藤しているところなの」
「君がわが社に入ってくれると、私はとてもうれしいけれど」
「そういう情に語り掛けるのはやめろ?」
「情もビジネスの手段だよ」

ぐぬぬと唸ったスバルに、男は微笑んでまた手元の資料を見た。

「・・・・・私たちは、あの一週間、自己紹介もせずにいただろう」
「まぁ・・・そんなもんだろ。俺も所詮行きずりの人間だと思ってたから、あんたに聞こうとも思わなかったし」
「それを少し後悔していてね、君の住所は一応手元にあったが、弟がそれを許してくれなくて」
「ああ、ヨシュア、とかって・・・」
「是非君に会いたいと言っていた」
「嫌な予感しかしないんでちょっとそれは・・・ああはいはいわかりましたよそんな顔すんなよ・・・」

しゅん、とされてため息をつく。どうも悲しそうな顔をされると許してしまう。もっとも誰に対してもそうなため、自分でもちょろいと思う、スバルが直さなければいけない癖の一つだ。

「・・・・私は、ユリウス・ユークリウスと言うんだ。ユリウスと呼び捨てでかまわない。君の名前を、教えてもらってもいいだろうか」
「・・・・そこにも書いてあると思うけど、俺は、ナツキスバルだ。適当に呼んでくれ」
「そうか、スバル、良い名前だ」
「そりゃどうも」

それから一瞬落ちた沈黙に、顔を見合わせて笑う。

「すこし、立場は異なってしまったが、これからよろしく頼みたいものだ」
「ああ、うん・・・まぁここまで来たら、あんたの下で働くのもいいかなって思うわ。精々こき使ってくれや」
「え?あ、ああ、良いのか?」
「あ?いいよ。俺あんたのこと嫌いじゃねーもん。そんならこの会社だって悪くないはずだろ」

その言葉をきいてうっすらと染まった頬に、少し言葉選びを間違えたかな、と反省する。吊り橋効果かなんかだろうと思っていた気持ちは、もしかしたら相手はガチだったのかもしれない。そういえば騙された事情だって聴いていないのだ。なんだか眠れる獅子を起こしてしまったような気がして(しかし食われるつまり受けの立場なのは目の前の男だ)スバルは一瞬だけ後悔した。しかし、もともと男、ユリウスとはきっと友人になれると思っていたのだ。恋人はさておき、友人としては悪くない。

本当に嬉しいのだとわかるはにかむような笑顔を返されて、ちょっぴり跳ねた心臓は見ないふりをして。男の人生の道にまた関われたことへの驚きと喜びを胸の内に抱きながらスバルは席を立ってユリウスに握手を求めた。薄っすらと指先に傷跡が残る手がスバルの掌を包み込んで、意図しない形で始まった自分たちの関係は、きっとようやくここから始まっていくのだと、慣れ親しんだ体温を手に感じながらそう、スバルは思った。


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