ヘルクラウドにて
ヘルクラウドのお城のなかで、テリーはたった一人きりの人間だった。もちろん「元」人間だったっぽいやつは何匹かいたけれど。がいこつけんしやメラゴーストなんかは、デュランが魔物に変えちまったやつなんじゃないかとテリーは睨んでいた。だからといって、開放してやれよと言う気にはならなかった。テリーにとって魔物も人間も対して変わらなかったし、寧ろ人間のほうを嫌っていたかもしれない。特に、権力を振りかざす人間なんかは、テリーが一等嫌いなものだった。そしてたぶん、元人間のお城だったこの建物にはきっとそういう生き物が住んでいたのだ。

「どうだ、私のヘルクラウド城から見る景色は。美しくないか」
「そうかも」

薄暗い王座の間で、気のない返事を返事を返したテリーに城の主であるデュランは笑った。本当はテリーは媚びを売るべきなのかもしれない。いくら達人級の刀の腕前を持つテリーだって、この空を飛ぶヘルクラウド城から落とされたら生肉を入れたばかりのトマトソースのようなやけに生々しい真っ赤なものになって死んでしまうだろう。でもテリーはいくら配下になったって誰にも媚びるつもりはなかったし、デュランもそれを放っておいた。勿論デュランの他の配下も同様だった。テリーは魔物のそういうところが好きだった。

「退屈しているのか?」
「かもしんないな」

大きな窓のそばにたって、外の景色をながめているテリーに、王座に座ったままのデュランが話しかける。窓の外は雲ばかりだ。時折風が吹いて下界がみえるけれど、基本的には真っ白のようですこし灰色がかかった雲しか見えない。まるで自分の今の気持ちを表しているかのような・・・とテリーは時々思っていた。最も、姉が売られていった時から、テリーの心はいつもそんな有り様だ。

「遊ぶか?」
「どうやって?」

アンタと俺とが遊んだら、どっちかが死ぬんじゃないか。とテリーが返した返事に、デュランが小さく笑いをもらした。テリーはその笑い声が、私は死なないよと言っているような気がしてすこし腹が立ったが、今の自分は魔王に勝てるだろうかとよくよく考えて冷静になる事にした。殺せはしないだろうがきっと少なくない傷を与えることは出来そうだ。

「遊びは遊びだ、殺し合いじゃあない。それにテリー、お前がこれを覚えたら、ますます強くなれるかもしれないな」
「ふぅん、何するんだ」
「魔物流の、魔力の使い方を教えてやろうと思ってな」

テリーが興味を示してデュランの方を振り向くと、デュランはにやりと楽しそうに笑った。今日のこいつはやけに上機嫌だ。裏があるか?いや、俺みたいなオモチャ、そう簡単に壊しやしないだろう。

いいぜ、と頷いたテリーにむかって、デュランがさっと腕を降る。気づけばテリーとデュランは雲のなかにたたずんでいた。真っ白なようで少し灰色の雲が、一寸先も見透させはしないとでもいうように厚く周りを覆っている。

「ここは」
「空の上だ、あそこで遊んだら城が壊れてしまう」
「なるほど」

なんとなく納得したテリーに向かって、デュランがこうするんだと言って腕に魔力を集めた。高密度の魔力が、デュランの腕の先で薄紫色に輝いている。テリーは柄にもなく綺麗だなとおもってそれを眺めた。デュランの魔力と同じ色をしたテリーの濃い紫の瞳に、可視化した魔力がゆらゆらと揺らぎながら映っている。

「これはジゴスパークと言う、地獄のいかずちを呼び出す技だ」
「地獄のいかずち?」
「そう、地獄ではひっきりなしに天からいかずちが落ちているんだ。裁きの光、とも言われているかな。それを呼び出すのさ」

デュランが魔力を宿した腕を振ると、雲が割れて紫電をまとった金色のいかずちが落ちた。宙に浮かんでいるのに地鳴りがここまで来たような気がしてテリーがわ、と声をあげた。地獄のいかずちの音は凄まじく、鼓膜も体もびりびりと痺れている。

「この技は難しい。だがきっとお前なら出来るだろうよ」
「・・・・俺は剣士だ。魔法は使わない」
「何、魔法剣という技があるだろう。ジゴスパークを宿した剣は強いぞ、そう、お前がその腰に持つ剣」

雷を宿す、その剣よりも。テリーが腰の剣に手をやる。らいめいの、剣よりも。呟かれた言葉にデュランは楽しそうに目を細めた。

結局テリーがジゴスパークを習得したのはデュランとそんなことをしながらたっぷり遊んだ少し後で、丁度デュランが勇者たちが天空の装備を手に入れた、なんて情報を手下から教えてもらっていた時だった。ぎい、と重い王座への扉が開いて、デュランとその配下の一人であるてっこうまじんが誰だろうと扉のほうを向くとそこにはテリーが立っていた。

「出来た。この技、すげぇいいね」
「それはよかった」

左手に紫電をまとわせながら笑うテリーに、デュランがそう返す。勇者がそろそろこちらにお出ましになる、と聞いたテリーはすこし首をかしげて、それから、あっそうとかなりどうでもよさげに返事をした。

「勇者とかってやつらが来たら、俺も呼べよ」
「ああ、勿論」

左手にまとわせていた紫電をぱっと消して、テリーが扉を閉めた。少しだけ暗くなった部屋の中で、デュランがこんこん、と爪で王座を叩く。ふ、とシャンデリアの光が消えて、誰のための強さだったのかな、と真っ暗やみの中で誰かが呟く声がして、それから忍びやかな笑い声が聞こえた。


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