小さなスライムには名前がないそうなので、テリーはスライムに「スラリン」と名前をつけた。彼(ふわふわととらえどころのないスライムの話を聞き続けたところ、どうやらこのスライムは雄のようだった)はぷるぷると体を震わせて喜び、暫く僕のなまえはスラリンだよ、とそこらの魔物に自慢していたりしていた。勿論、魔物はそんなこと聞いてやしなかったが。
『ベギラゴン!』
ミニデーモンの群れが何もかもを焼きつくす強大な炎の呪文を一斉に唱え始める。もちろんMPが足りずにその呪文は発現しないのだが・・・・。小さくても悪魔は悪魔か、とそれらを斬り捨てながらテリーは冷や汗をかいた。こいつらが成長し、「ミニ」がつかなくなったなら先ほどの呪文は現実になるのだろう。
「メラ!」
呪文を唱え、スラリンが口から炎の塊を吐き出した。魔力でもって生み出された高密度の炎は、直撃した魔物をあっという間に丸焼きにする。先ほどまで隣で戦っていた仲間が黒焦げになって倒れるのをみたミニデーモンの一匹が、びくりと体をすくませてスラリンを見た。その顔には怯えの表情が浮かんでいる。
「はぁっ!」
次いでテリーがそのミニデーモンの隣にいたアルミラージを斬り倒した。自慢の角どころか頭がい骨をも破壊され、地面に横たわって白目を剥きながら痙攣している様子を目の当たりにしたデーモンが悲鳴のような声をあげた。いつの間にかほかの仲間たちは全員倒され、残るはこの小さな悪魔のみ。
「・・・・弱くても数が多いと一苦労だな」
しかしそれもこれで最後だ。テリーが剣を構え、スラリンがメラの呪文を唱え始める。頭を破壊されたアルミラージがようやくその息の根をとめ、動かなくなったところで最後に残ったミニデーモンの武器を持つ手がぶるぶると震えはじめる。また意味のない最大呪文か、それともメラミか。テリーは油断なく片手の盾を構え、スラリンにも防御の指示を出した。
「ピッ・・・」
テリーが持つメタルキングの剣がぬらりと光る。メタルキングから採取できるメタリウムという金属で作られているこの剣は斬れ味がよく、汚れがほとんど付着しないため普段は手入れをあまり必要としない。しかし、先ほど何体も魔物を切ったばかりのその剣は今は血と脂にまみれていやな輝きを放っていた。仲間の血に塗れたメタルキングの剣が、ミニデーモンの目をくぎ付けにする。防御の構えをとりつつ、油断なく呪文を唱え終わったスラリンがあれ?と首をかしげた。
「ねぇねぇ、テリー」
「あん?」
「あの子、もう戦わないみたいだよ」
戦いの途中だと言うのにぽん、ぽん、ととび跳ね始めたスラリンにテリーが少し不機嫌な声を出した。スラリンはそれを気にせず唱え終わっていたメラの呪文式を散らし、そのままぽんぽん跳ねながら敵の魔物に近付いていった。フォーク型の武器を持つミニデーモンの手の震えがますます大きくなる。
「ね、」
スラリンがミニデーモンの顔を覗き込む。ぷるぷると震えていたミニデーモンが少し涙目になりながらからんと武器を落とした。そのまま膝をつき、頭をさげる。それは所謂土下座の姿勢だった。あっけにとられたテリーが「は?」と声を出す。
「いや・・・何それ?どういうわけ?」
「あのねぇ、仲間になりたいって」
みょんみょんと左右に揺れながらスラリンがテリーの事を見る。「どう見ても命乞いしてるようにしか・・・」と呟いたテリーにスラリンが体を振った。
「ちがうよテリー、この子はテリーが強いってこと、みとめたんだよ」
ぼくたち魔物はつよいやつがすき。そう言いながらスラリンはテリーの元へ戻って来た。「どうする?」とじっと見つめられてテリーはとても迷った。さっきまで敵だった魔物が仲間になりたいと言っている、らしい。そうこの目の前のスライムは主張している。それはおそらく嘘ではないのだろう。
「……どうするって言ってもなぁ」
ちらり、とテリーが横目でミニデーモンを見る。先ほどまでは自分のメタルキングの剣に怯えていたように見えたが……。土下座の体制のままだったミニデーモンはテリーが自分を見ていることに気がついたのか、はっと顔を上げた。一人と一匹の目があう。
「…………」
「…………」
一時の沈黙の後、ぶん、とテリーが剣を振る。熟練した使い手によって高速で振られた剣から、血やいろいろなものが飛んでミニデーモンの顔に飛び散った。それでも目をそらさない小さな悪魔族の子供を見て、テリーはため息をついた。
「……わかったよ」
もう一度、今度はミニデーモンの方に向けてではなくテリーが剣を振る。それで粗方落ちたものの、まだ少々こびりついている汚れを布で拭ったあとに鞘に収めて、テリーはミニデーモンに向かって歩き出した。その後ろをスラリンが楽しそうに跳ねながら付いていく。
「一緒にくるのは構わないぜ。だが俺はこいつ…スラリンと約束をしている。少なくともこの森を抜けるまでは共に旅を続けるが、そのあとは分からない」
ミニデーモンを立ち上がらせ、目線を合わせながらテリーはそう告げた。ミニデーモンは一度下に落としたフォーク型の武器を拾い、両手で握りしめながらテリーの話を真剣に聞いている。
「お前も、そうなる。俺についてきたくても。条件付きの仲間だ。それでもいいなら、」
「ピピッ」
テリーの話を遮ってミニデーモンは一声鳴いた。ぺこりと頭を下げて、テリーに向かって武器を差し出す。戸惑うテリーに向かって、スラリンが受け取ってあげなよと言った。
「これでぼくたちなかまなんだよ」
「……そうか」
一度テリーに受け取られ、返された武器をミニデーモンが抱きしめる。ピキャ、と嬉しそうに鳴いたミニデーモンに、テリーがふと思い出したように言った。
「ところで、お前、名前は?」
ふるふると首を横に降ったミニデーモンに、テリーはしばらく考えて、俺が名前をつけてもいいかと尋ねた。頷いたミニデーモンの、血塗れの顔を布で拭ってやって、テリーはこう言った。
「じゃあ、これからミニモンって呼ぶから」
気にいらなかったら、と続いた言葉にミニデーモンはぶんぶんと尻尾を振って、大きな声で「みにもん!」と叫んだ。
「な、なんだよ」
「みにもん〜」
ギャギャ、と楽しそうに鳴いているミニモンにスラリンが跳ねながら寄っていく。そのまま取っ組み合いだした二匹にテリーはがりがりと頭を掻いて、調子が狂うぜと笑って呟いた。