その夜、足の痛みで中々寝付けないテリーに、チャモロがラリホーをかけてくれた。だんだんと落ちてくる瞼におやすみなさい、とかけられた声。眠りに引き込まれながらもおやすみ、ありがとうと返した声は届いただろうか。

暫くして、ふと意識が覚醒する。気づけばテリーは不思議な場所に立っていた。天まで届くような大樹。その下に彼は一人で立ち尽くしていた。

「なんだこりゃ」

1歩、2歩、3歩、と歩いて足の痛みが無くなっている事に気づく。傷が跡形もない足に、これは夢だ、と確信してテリーは大樹をじろじろと観察した。よくよく見れば、幹の中ほどに扉や、足場がある。ここで何らかの民族が生活しているのだろう、と推測して、テリーはやけに設定が細かい夢だなと思った。

大樹の木の下にはドアがあった。それを開けて中に入る。木の香りがふわりと漂ってなんだかいい気持ちになる。不思議と懐かしさを感じながら、辺りを見回す。人気はない。

「ね、ね、懐かしい匂いがする」
「わっ」

木をそのまま彫られて作られた、小さな椅子、テーブル。4人パーティが丁度座れるような机。こんこん、と手の甲でそれを叩くと軽い音がした。何となくそこに座りこんで、頬杖をつく。すると、テリーの服を誰かが軽く引っ張った。人の気配はしなかったはず、とあわてて下を見るとそこには一匹のちいさなスライムがいて、機嫌が好さそうにゆるゆると左右に揺れていた。

「なんだ?お前」
「ぼく?ぼくはスラぼう」

タイジュの国に住んでるスライムだよ、と小さなスライムがテリーに挨拶をした。その体をテリーはそっとすくいあげて、テーブルの上に置いた。

「ありがとう」
「どういたしまして」

ぺこりと体を曲げたスラぼうに、テリーも少し頭を下げて返す。ぼく、テーブルの上に乗ったのは初めてだよ、といってスラぼうはテーブルの上を少し歩きまわった。その様子をなんとなしに見つめて、テリーはふぅと息をついた。

「どうしたの?」
「いや、やけに精巧な夢だと思ったんだ」
「ゆめ?」
「ああ・・・・・・そうだ、子供の時にみた夢に似てる。こうして自分で考えて、喋って、動けるとことかが」
「でもお兄さん、起きてるのに、夢をみてるの?」

なんだって、と驚きの声をあげてテリーがスラぼうのことを見る。どうしたの?と体を傾けるスラぼうを持ち上げると、冷たくやわらかな感触が手のひらに伝わってきた。ただし、頬をつねっても痛くはなかった。

「これは夢じゃないって?」
「うん、僕は起きてるし、おにいさんも起きてるように見えるよ」
「じゃあ、なんでお前以外に生き物がいないんだ」
「ああ、それはね。今日が星降りの夜だからだよ」
「星降りの夜?」
「僕も皆といっしょに試合を見てたんだけど、なんだか懐かしい匂いがしたからここまで来たんだ」

テリーの掌のなかでぷるぷると小さなスライムが揺れる。おにいさんは少し違うけど、あの子と似た匂いがするねといって、スライムは機嫌よく左右に揺れた。テリー、僕らの小さなモンスターマスター。今はどこにいるのかな。

「テリーだって?」
「うん、そうだよ。ちっちゃな男の子なんだけど」
「・・・・・・・俺と同じ名前だ」
「お兄さんもテリーっていうの?」
「あ、あ・・・そうだ。俺も、テリー」
「そっかぁ、だから、」

と何かを言おうとしてスラぼうがあ、と声をあげた。シンシアだ、と嬉しそうに言って、テリーの掌から地面へ落ちる。ふと後ろに何者かの気配を感じてテリーが振り向くと、そこには小さなスライムを抱えた金色のドラゴンが驚愕の表情でこちらを見、立ち尽くしていた。

「・・・・・・・・あ、」

ねぇシンシア、と金色のドラゴンの手の中でスラぼうが跳ねる。ドラゴンの背後にある扉が開いて、そこから髭の生えた大きなスライムが顔をだした。次いで、赤金色をした鳥の魔物が姿を現す。2匹ともこちらをみて、ドラゴンと同じ表情をした。

「ロック、プルートも。ねぇねぇ見てごらんよ。テリーに似たお兄さんがいるんだよ。なんだか懐かしい匂いもするんだよ」

ドラゴンの掌で無邪気にスラぼうが跳ねる。金色のドラゴンが信じられない、といった様子で首をふるのに、他の二匹が寄り添う。くるるる、とのど奥で泣きそうな鳴き声を出したドラゴンの瞳からぽたりと一滴の涙が落ちた。

『テリー」

「テリー起きなさい、テリー」
「・・・・、シンシア?」

ゆさゆさと体を揺さぶられて、テリーの意識がだんだんと覚醒する。光が差し込まず薄暗い馬車の中、寝ぼけた瞳に映ったミレーユの金の髪が、あのドラゴンの体色と重なりつい声がこぼれ出た。

「あらあら、テリー。私を誰と勘違いしてるのかしら?」
「・・・・・・ねえさん、いや、違う。違うんだ」
「なぁに?どうかしたのミレーユ」
「バーバラ、聞いてちょうだい。テリーったら私と誰かを勘違いして・・・」
「えっ何?何?ミレーユ、詳しく教えて」

演技がかかった口調で両頬を抑えながらよろめくミレーユをバーバラが支え、やけにきらきらした瞳で話を聞き出そうとしている。違うんだ、とテリーが弁解を行おうとしても二人は全くテリーの話を聞いていなかった。女っ気がないと思っていたけど、でも昔あのバニーちゃんは助けてたわよ、そういえばそうだわ、大人になったのねテリーったら。聞こえてくる会話の内容は頭が痛くなるようなものばかりだ。

「違うんだ・・・・姉さん、シンシアは」
「テリー?どうかしたのか?」
「・・・・・レックか、いや、なんでもないんだ。こっちに近寄るな」

幌をかき分けて顔をだしたレックに、余波を受けるぞ、と幾らかげっそりとした顔で言ってテリーがレックを追い払う。良く分からないがわかった、とはしゃいでいる女性二人を確認してレックはそそくさとその場を後にした。テリーもそれを追いかけてここから逃げだしたいと思ったが、怪我をした足では不可能に近かった。

「テリー!シンシアって誰なの?」
「バーバラ!おい、勘違いしないでくれ。シンシアは女の名前じゃない」
「でも、女性につける名前よ?」
「それはそうなんだが・・・とにかく、違う。シンシアは魔物なんだ。それも夢の中の話だよ」

黄金色をしたドラゴンの名前だ。というとバーバラは何かを言おうとして妙な顔をしたあと、隣に立っていたミレーユの顔をちらりと見た。同じく何とも言えないような顔をしたミレーユが、自分の髪を見る。黄金色。

「・・・・つまり、あなた、ミレーユの髪の色を見て、ドラゴンと間違えたの?」
「そういうことになるな」
「なーんだ、つまんないの」

てっきり彼女かと思ったよ、と好き放題そんなことを言って、バーバラは馬車の外へと出て行った。まるで嵐が去ったあとのようだとテリーは思った。

「・・・・姉さん」
「お姉ちゃんもバーバラと同じ、テリーの彼女かと思ったわ」
「やめてくれよ・・・俺にそんな奴はいないって」
「でも、テリーはもてるわよ。かっこいいもの」

ふふ、と笑ったあと、ミレーユはテリーの隣にそっと腰を下ろした。寝ぐせがついているわと言われ、髪の毛を撫でつけられる。なんだか幼い時を思い出して、テリーはすこしむず痒くなった。

「足の具合はどう?」
「昨日よりはいい」
「そう・・・・それならよかった。この分なら明日には動いても大丈夫よ」

毒が体中に回らなくてよかった、と言いながらミレーユはテリーの足に巻いてある包帯を新しく巻きなおした。切りつけられると共に猛毒を受け、肉が溶け始めていたテリーの足の治療をしたのはミレーユだった。どくけしそうもキアリーも、取り除ける毒の範囲には限度がある。毒が体中に回ってしまえば完全な治療は難しい。

「なぁ姉さん。一人だった時は、こんな傷本当に平気だったんだぜ」
「どうやって治してたの?」
「どくけしそうを食いまくって毒を止めた。あとはアモールの水で消毒して、それからずっと流水につけてた」
「・・・・・それが出来なかった時は?」
「そりゃあもう、手持ちの薬をありったけつかって、なんとか町まで歩いたよ」

協会の神父のベホイミは、金を積めば積むほど良く効いた。と笑ってテリーは怪我をした方の足を撫でた。テリーの体には様々な傷が残っている。死を覚悟した回数は両の手ではとても数えられないほどだ。

「治療してくれてありがとう。姉さん」
「ううん、いいのよ」

家族で仲間だもの、当たり前でしょといってミレーユはほほ笑んだ。それからふと気がついたかのようにテリーの手を握る。その手を真剣な顔で見つめられて、テリーは思わず首をかしげた。

「手には怪我してないぜ」
「あのね、テリー・・・・・・さっき、私貴方のこと起こしたでしょう。本当はもっと寝ていて欲しかったの。毒も回復の呪文も、どちらも酷く体力を奪うから」
「姉さん?」
「貴方の手、さっき透けていたわ。体も少し光っていた。まるでルーラを唱える前兆みたいに・・・・テリー、貴方どんな夢を見ていたの?」

ミレーユのその問いに、テリーはどう答えようか少し迷った。特に大した内容ではない夢だったけれど、それが先日ドランゴに話した内容と同じものだったからだ。金色のドラゴン、大きなスライム、キメラの王様・・・・。まるで夢ではないように鮮明で、リアルな建物。スラぼうと名乗ったスライムのぷるぷるとして冷たかった触感。

「まさか」と頭の隅で考えながら、テリーはミレーユにこう答えた。「少し変な夢を見ていただけだ」。ミレーユは心配そうな顔をしたあと、それでもテリーが続きを口にしないことを見てとって握っていたテリーの手を離した。

「本当に大した夢じゃないんだ、昨日ドランゴに話してたことが頭の中に残ってたんだろう。それでもしかしたら寝言でルーラを唱えたのかもしれない」
「あら、何を話したの?」
「・・・・・恥ずかしいから言わない」

あとでドランゴから聞きだしてみようかしら、ミレーユが楽しそうに笑った。先ほどの少し重たい雰囲気はもうどこにもなかった。


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