星降りの夜
一番最初にテリーの仲間になってくれたのはスラぼうと呼ばれていた小さな一匹のスライムだった。次はドラキー、そのつぎはおばけキャンドル、その次は・・・。テリーの元には彼自身も驚くほどたくさんの魔物たちが集まった。高い守備力で補助系魔法を得意とするグランスライム。金色に輝く大きな体を持ち、威力の高いブレスで敵を殲滅するグレイトドラゴン。回復、攻撃と様々な魔法を唱えるロック鳥。これが今のテリーの主力だ。魔王すらもなぎ倒す力を持った自慢の魔物たち。

「シンシア」

タイジュの樹の一番上で、自分の何倍もあるからだを持つグレイトドラゴンに向かってそっと手を伸ばす。ぐる、とのど奥で機嫌がよさそうな唸り声をあげて、グレイトドラゴンのシンシアはテリーの掌にすりすりと額を摺り寄せた。最初は不機嫌の証だと思っていた唸り声も、こちらを睨みつけているように見える金色の瞳も、自分を簡単に引き裂けるだろう大きな爪も、今ではとても雄弁に感情を伝えてくるから不思議だ、とテリーはそんなことを考えながら彼女の頭に抱きついた。ひんやりすべすべとした鱗がとても気持ちが良い。テリーはシンシアの鱗の感触と色が一等好きだった。すこし、姉の髪の色と似ていたというのもあるかもしれない。

「ねぇ、ぼく、シンシアの鱗がすごく好きなんだよ、知ってた?」

テリーがくすくすと嬉しそうに笑いながらそうシンシアに語りかけると、シンシアはドラゴンキッズの鳴き声のような幼い声を出して喜んだ。それにまた笑い声を上げて、テリーがシンシアの頭をぎゅっと抱きしめる。

「明日は星振りの夜だよシンシア」

マルタのマスターはどんな人だろうね?とシンシアの金色の瞳を覗きこんでテリーが笑う。目が3つある?魔物でも叶わないようなすごい力を持ってる?マルタのマスターの噂はまるで誰かが悪意を持って情報を流したかのように様々だ。良いイメージの噂がひとつもない。でもテリーは、魔物使いに悪い奴はあんまりいないことを知っていた。自分だってそうだし、魔物は生き物だ。マスターが悪いやつだったら、魔物は自分のいた扉に帰っていってしまうだろう。

「星が降るんだって、シンシアの鱗と同じ色をしてる星。綺麗だろうな」

ロックの翼の色でもあるね、と今ここにはいないロック鳥の名前をテリーが呟いた。とても大きなタイジュの樹の天辺の、更に上。遙か頭上できらきらと輝いている星があした空から一斉に落ちてくるそうだ。流れ星に三回願い事をすると願いが叶うんだよ、と落ち着かない様子を見せるテリーの頬をシンシアが宥めるようにそっと舐める。

「あのね、ミレーユ姉さんが言ってたんだ、願い事いわなきゃだね」

シンシアは何か願い事ある?とテリーが言う。シンシアはそんなことを自分に聞くテリーのことが、テリーがシンシアの鱗を好きなことよりもとっても好きだった。流れ星はドラゴンの願いもかなえてくれるのだろうか。

「くすぐったいよシンシア」

シンシアもロックも、グランスライムのプルートも、皆少し気になっている事があった。かがみの扉で戦った魔王デュラン。その前に戦った一匹の人間。魔王はテリーと言っていた、奇しくも目の前の人間の子供と同じ名前だった。少し違うけど、同じような匂いもした。だから鼻が効くシンシアとロックは動揺して、ほんの少しだけ反応が遅れた。プルートがピオリムをかけてくれていなかったらきっと少なくないダメージを受けていただろう。テリーと似た匂いと、同じ名前を持つ人間は酷く容赦なくシンシアとロックの命を刈り取ろうとしていた。かがみの扉は何らかの姿を映す。もしあの人間の姿が、この小さな人間の子供の未来だったら。

「明日は頑張ろうねシンシア。ロックとプルートと、皆で」

首の後ろをとんとんと叩いてくるテリーにのど奥で返事をしてシンシアは空を見上げた。明日は星降りの夜、流れ星の夜。戯れに一つ願い事をしてみようと思いながらシンシアはテリーを抱き上げて、下へと降りる階段へと向かった。もうこの小さな子供は寝なくてはいけない時間だ。部屋へと戻り、星降りの夜への期待に興奮して中々寝付かないテリーへ、プルートにラリホーをかけてもらう。寝ぼけた声でおやすみなさい、と言うのに小さく返事をしてから、シンシアとロックとプルートは少しだけ明日についての話をした。

タイジュの樹の上でテリーが話してくれたことを二匹に教える。何を願ってみようか、とひげを揺すりながらプルートが言った言葉にシンシアは少し考えて、かがみの扉で感じ、思ったことを話した。それを聞いた二匹が寝ているテリーを見て、ため息をつく。かがみの扉で出会った未来のテリーのそばに、3匹の姿はなかったのだ。そばにいたのはデュランの配下と、それから魔王デュランだけ。

忘れないでほしいわね、とロックが呟いた。我らのことは忘れてもいい、でも魔物との絆を忘れないでほしい。星降りの夜に、そう願おうと初めに言ったのは誰だっただろうか。いつのまにかプリオの牧場から仲間が何匹か抜け出してきて、話に参加していた。テリーの一番古い相棒のスラぼうが、ふるふると体を震わせながら願おうよ、と小さな声で言った。皆で願えば、きっとテリーは忘れないよ。もし未来で僕らと別れるようなことがあっても、心の片隅で、きっと覚えてる。





「なぁ、ドランゴ」
「ギル?」
「俺とお前、洞窟で戦う前に出会ったこと、なかったか?」
「ルル・・・」

お前と話しているとどうも既視感を覚えるんだ、とテリーが馬車の中で寝転がり、頬杖をつきながらドランゴに話しかける。ちょっと怪我をしただけでミレーユに馬車の中に放り込まれて、テリーは少し退屈していた。一人の時はこんな怪我なんて平気だった、と姉に反論したところますます拘束が酷くなったのだ。ドランゴは自ら監視役を引き受け、馬車の中でテリーのことを半分ほど放置しながらも一応監視していた。ぴくぴくと耳鰭を動かして記憶をたどるドランゴをテリーがじっと観察する。

「ギル・・・夢・・・でなら・・・私、テリーに似た人間・・・見た」
「どんな夢だった?」
「たまご・・・壊された夢・・・」
「そ、それは悪かったと思ってる、ごめん。でも、夢、か・・・」

謝罪をするテリーにドランゴが気にしていない、と首を振る。少し眉を下げたテリーがすまなかった、ともう一度謝ってから眉をひそめた。ゆめ、と少し虚ろな口調で呟いたテリーの様子に、ドランゴが首をかしげる。

「なぁドランゴ、お前は嘘だと思うかもしれないけど」
「ギル?・・・聞かないと・・・わからない」
「はは、そうだな。あのな、今思い出したんだ。俺も夢を見たことがあったよ」

魔物たちを仲間にして、色々なところに出かける夢だった。とテリーが言った言葉にドランゴがぱたぱたと小さく尻尾を振る。いい夢、と感想を述べたドランゴにテリーが笑って、ありがとよと嬉しそうに言った。

「もう昔のことだからほとんど覚えてないけど、楽しい夢だったぜ。まるで本当のことみたいだったから、まだ少し覚えてる」
「どんなやつと・・・仲間・・・なった?」
「金色のドランゴみたいなドラゴンがいた、スライムのでっかいやつも、キメラの王様みたいなのもいた」
「ギルルッ!ドラゴン!」

興奮してバタバタと足をふみならしたドランゴの体重で、馬車がぎしぎしと揺れる。外でチャモロがどうかしましたか?と呼びかけてきたのになんでもないと答えてテリーは少しドランゴのことをにらんだ。

「おいおい、馬車が壊れちまうよ」
「ギル・・・・ごめんなさい」
「いや、いいんだけどさ・・・・・・まぁ、そうだな。あとは、夢の事はもう覚えてないんだ。ただ魔物と一緒にいて、それがとても楽しかったことだけなんだ。子供のころにたった一回しかみなかった夢を、ここまで覚えてるんだぜ。凄くないか?」
「ギルル・・・テリー、すごい」
「そうだろう、もっと褒めてもいいぞ」

ははは、と笑ったテリーにドランゴも牙をむき出して笑った。暫く笑って、目尻に浮かんだ涙をぬぐいながらあー痛ぇとわき腹を抑えたテリーにドランゴが案じるような声を出した。

「傷・・・痛むか?」
「いーや、それはもう平気だ。人間は笑い過ぎるとわき腹が痛くなるんだ」
「ギル・・・それなら・・・安心」

ふぅ、とため息をついたドランゴの様子に、テリーがまた少し笑い声をあげた。それに抗議の鳴き声をあげかけたドランゴの声を遮って、またチャモロの声が外から飛んでくる。

「ドランゴ、テリーさん、そろそろご飯ですから降りて来て下さい」
「はは・・・・・・わかった、今行くよ」
「ギルル・・・」
「テリーさんはゆっくりで大丈夫ですからね」
「何言ってんだ、もう治ったから平気だぜ」
「その言葉を聞いて心変わりしました。やっぱりまだ駄目です。僕の目が黒い内は歩かせませんから、ドランゴ、テリーさんを抱えてきてね」
「ギル、了解した」
「おい!俺は平気だからな」

ぎゃんぎゃんと喚くテリーを無視してドランゴがテリーの体を抱えあげる。今日の戦闘で右足を酷く傷つけたテリーが碌に抵抗できずに腕の中におさまるのをみて、ドランゴがふんと鼻を鳴らした。怪我をしたほうの足を力なく下に垂らしているテリーが、バツが悪そうに明後日の方向を向く。

「まだ、駄目」
「・・・・・・わかったよ」
「ねぇ、テリー・・・さっき、なんで笑った?」

馬車の幌をめくって、ドランゴが外に顔を出す。もう外は日が暮れ初めていて、辺りはすっかり薄暗い。少し離れたところに見える焚火の光に目を細めながら歩き出すと腕の中のテリーがああ、と息を吐いた。

「笑ったわけじゃない、なんだか懐かしかっただけだ」
「・・・・懐かしい」
「そう、懐かしい・・・・・お、今の見たかドランゴ」
「ギル?何かいたか?」
「違う違う、地面じゃない、空だよ。さっき流れ星が流れたぜ」

流れ星に三回願い事をすると、願いがかなうんだ。と言ってテリーは空を見上げた。ドランゴもそれにつられて、歩みをとめて空を見上げる。もうほとんど太陽が沈んだ空にはいくつかの星が浮かんでいた。太陽の反対側にはうすらと白い月が見える。

「昔姉さんが言ってた。なぁ、ドランゴは何を願う」
「・・・・ドラゴンでも・・・願い・・・叶うか?」
「そりゃあ叶うだろ。俺はな、やっぱり強くなりたいな」

誰にも負けないぐらい強くなりたい、と言ってテリーは怪我をしているほうの足を強く揺らした。額に寄せた皺に、無理をしているのだろうな、と思ってドランゴは少しだけテリーの体を抱く力を強めた。こら、離せ!と喚く声を聞こえなかったことにしてまた空を見上げる。ちか、と夜空に一瞬だけ光の尾を刷いて消えた星を見つけて3回喉を鳴らすと腕の中の抵抗が収まってドランゴの喉元にそっと冷たい手が触れた。

「ドランゴ、何を願ったんだ?」
「・・・・・秘密」
「なんだよ、俺は教えたのに」

テリーの拗ねたような声にドランゴはぐるぐると喉を鳴らして笑った。あと少しこのままでいようかなと思ったが、少し離れたところでミレーユがテリーとドランゴのことを呼んでいる声が聞こえたので、ドランゴはテリーの怪我に気をつかいながらも急いで歩き出した。人間には感じ取れないほど微かに、ふわりと漂う甘いスープの匂いはミレーユの手作りスープだ。きっとテリーの機嫌はすぐに良くなるだろう、と思ってドランゴは少し小走りに仲間の元まで走って行った。空の上ではちか、ちか、といくつも流れ星が落ちている。焚火を囲んでいた誰かがふと空を見上げて、星降りの夜だ、と呟いた。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -