停留所にて
風タク最終回と繋がってるわけじゃないんですけどそれの後日譚みたいな感じのやつです。別にネタバレはいってるわけじゃないんですけど、ダークが風タクダークなので・・・
ダークリンクはカロリーさえ取ってれば生きていけるので適当なものとか好きなものしか食べていない設定です。





目の前を馬車が通り過ぎていくのをリンクはもう何度も見た。首なしの御者に御されてスレイプニルが引く黒塗りの馬車は常に大入満員で、これ以上人が入らないんじゃないかと思うぐらいぎゅうぎゅうに人が詰め込まれている。ぼんやりとした薄い霧に包まれた街の石畳には轍の痕がいくつもついていて真っ黒に変色している。毎日数え切れないほどの馬車がリンクの前を通りすぎていき、新たな痕を地面に残していくのだ。なので、元は別の色をしていただろう石畳は、現在木炭で紙を目いっぱい塗りつぶしたような鈍い輝きを放っている。

「遅い・・・」

はぁ、と僅かに白い息を吐きながらぼそりと呟いた言葉はやけに小さく聞こえた。もうどれぐらい長い間ここで待ちぼうけを喰らっているのだろう。千を超えたところで、馬車の数を数えるのはやめてしまった。

これ以上待っていても仕方が無いと思うのは何度めだろうか。人間じゃないからかもしれないなと頭を振って、近くの店へはいる。ベルが澄んだ音を立てて来客を告げても、リンクに声をかけてくる者はいない。この町には誰も住んでいない。酷く青白い顔色をした客を機械的に運ぶ何台もの馬車が、唯一動いているだけだ。人気のない店はひんやりと冷えていて、外とは違う肌寒さにぶるりと震えた。

「・・・・・、」

棚に沢山並んだ瓶を一つ手に取る。粘性のある紫色の液体が縁まで詰まっている。掲げて底を除くと液体と同じ色をした丸い粒が沈んでいるのが見える。ブルーベリのジャムだ。この町にはジャムと蜂蜜しか存在しない。立ちならぶ家々には必ずそれらが置いてあって、時折テーブルの真ん中にみずみずしい果物やミルク瓶がぽつんと置いてある以外はすべて同じ内装になっていた。なんて食生活をしているんだろうと顔をしかめながら瓶を元の棚に戻す。この世界にきたときからずっと店内を淡く照らしている蝋燭が風もないのにゆらりと揺れる。蝋は残りわずかだ。

この蝋が尽きたとき、とリンクは勝手に決めている。

「ん?」

カタン、と家の何処からか音がした。台所の方からのようだとそちらを見に行くと包丁と半分に切られた人参が置いてあった。何処からともなく表れた鍋がぐつぐつと煮立っていて、中を覗き込むとぶつ切りに切られた鶏肉と、様々な野菜が見えた。珍しいこともあるものだとスプーンで味を見つつリンクはほほ笑んだ。鍋の大きさと中身はどう見ても一人分ではない。

「・・・少し貰うね」

食器棚から皿を取り、勝手にスープを掬う。リンクが知らない、酸味のある野菜をベースにした赤いスープは不思議な味がした。しかし不味くはない。一口大に切られた肉を口に運びながら蝋燭の様子を見る。先ほどよりも炎が大きくなっているせいか蝋はもう殆ど残っていない。食べ終わった皿を下げに台所へ戻ると、鍋は何処かに消え、残された人参は液状になって床に垂れていた。包丁は錆びて使い物にならなくなっている。嫌な匂いが漂うそこを後にして、リンクは外へと出た。また別の店へ入ると、先ほどと同じような内装がリンクを出迎えた。テーブルの上にはリンゴとブランデーの空き瓶が一つ、ぽつりと乗っている。

見覚えのある銀のスプーンが半分に折れて下に落ちていたのを拾い上げる。鋭い歯型がついていた。それをテーブルの上に置き直して、リンクは部屋を淡く照らしている蝋燭の傍に近付いた。全て液状になってしまった蝋の真ん中で、芯がかろうじて燃えている。もう少しだ、と思いながらリンクは蝋燭立を手に取った。リンゴを齧りながら薄靄に包まれた外を歩く。馬車が一度も止まったことのない停留所のベンチに腰かけて、待った。一台の馬車がリンクの前を静かに通っていった。

膝に乗せた蝋燭の炎は、リンゴを食べ終わった瞬間に音もなく消えた。

「やぁ、ダーク」

それと同時に隣へ現れた魔物へリンクは声をかけた。別れた時と何も変わっていない様子の魔物は生気のない瞳でぼんやりと虚空を見つめていたが、かけた声には反応してゆっくりとこちらを向いた。どこか遠いところを見ていた瞳がこちらに焦点を合わせて驚愕に見開かれていくのをリンクはただ黙って眺めていた。

「な・・・」
「久しぶりだね」

笑いかけるとダークは何度も目を瞬かせた。僅かに震えながらこちらに伸ばされた右手をリンクは握ってやった。こちらを見るダークリンクはどこか途方に暮れたような顔をしていた。薄く開かれた唇が戦慄いて、何かを言う前にリンクは口を開いた。

「置いていってごめんね」

ずっと謝りたかった、というとダークは幼く「うん」と返事をした。


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