こどもになった〜
ようわからんやつです。奇病にかかったーの続きのようなそうじゃないような。ダークリンクの設定のようなものです







「ありえないことなんてありえない」という誰かの言葉をふとリンクは思いだしていました。じっと自らの手を見ている幼い子供を見下ろしながら、彼は眩暈を覚えました。起きた出来事が違うとは言え、先月もこんなことがあったのでした。一体どうして、自分の連れときたらこんなにも面倒事を運んでくるのでしょうか。

「手が、」

頭を押さえて唸り声を上げたリンクに目をくれることもなく、真っ赤な目にここいらでは珍しい褐色の肌をした子供はそう小さくつぶやきました。





宿に入った時に、朝早くダークリンクに起こされることはもはやお決まりの習慣でした。野宿をしている時には到底横になれない柔らかなベッドはどうもダークには合わないようで、彼はいつもコッコの声も聞こえないような早朝に一人で起きて、そうして大抵窓の外を眺めておりました。

「リンク」
「んんーー・・・・」

いつも通りの朝だと思っていました。肩をゆすぶられて、リンクが薄目をあけるとぼんやりとダークのシルエットが見えました。熟れたリンゴのように赤い目がやけに近くにあるなとおもいながらリンクはまた目を閉じました。寝てしまえばこちらのものだと分かっていたからです。

「リンク、起きて」
「・・・・まだ早いよ」
「でも、」

ひじょうじたいだ、とどこか幼さを含んだ声で舌ったらずに言われて、リンクはもう一度目を開けました。ダークの顔は変わらず近くにありました。しかしそれは彼が屈んでいるわけではありませんでした。どうしたことかダークリンクはとても小さくなっていました。リンクがダークを連れて、ハイラルから出ていった時と同じぐらいの背丈でしょうか。

そんなものを見たら、もう眠かった事なんてすっかりどこかに行ってしまいました。リンクは諦念にも似た気持ちで、目の前の子供の困ったような表情を眺めました。そんな顔をしたいのはこちらのほうだ、と言ってやりたい気持ちがありましたが、彼はすこし眉をひそめただけで何も言いませんでした。




小さくなってしまったダークリンクには、リンクが大事にとっておいたコキリの服がぴったりでした。元の服は大きすぎたのでしょう。中に着ていた白いシャツだけを引きずっていた子供に、リンクは布嚢の奥底にしまってあった服を貸してやったのです。コキリの服はハイラルの思い出ですから、本当は大事に取っておきたかったのですが・・・ダークリンクが言った通り今は非常事態ですし、使われない品物というのはひどく悲しいものです。

「変な感じだな」

目の前に幼い時の自分が立っています。肌や髪、目の色が違くともダークリンクの顔はリンクとそっくりそのまま同じでした。なんせ水鏡の魔物ですから、それは当り前のことなのです。しかしリンクは妙な違和感を感じていました。こうなってしまった心当たりは一つだけ、今も肌身離さず懐に収まっている淡い紫色をした時のオカリナです。でも、時のオカリナは時間を司りますが、果して水鏡の魔物に過去はあるのでしょうか。

「ダーク、オカリナに触ったでしょ」
「さわってない」
「・・・・じゃあその姿はどういうこと?」
「さわっては、ない」

少しむくれたような表情をしながら、ダークがリンクの腹のあたりを指差しました。

「でも、さいきんうるさかった」
「音?ゼルダからの通信はきてないはずだ」
「ちがう。まえにお前がひめとはなしてたような音じゃない、もっとへんな、っ、」

そこで、ダークはふと言葉を途切れさせました。そして何かに気付いたように、自分の両手を見て不思議そうな顔をしました。よく見ると彼の両手は微かに震えていました。リンクはいきなり自分の手を見はじめたダークを目の端にとらえながら、懐からそっとオカリナを取り出しました。淡いながらも神々しい光を微かに纏っているオカリナの様子はいつもと同じです。耳にあてても、何も変わった音はしません。

リンクはオカリナをしまって、それからもう一度ダークのことを眺めました。そもそも時が巻き戻るなんてことは、誰かがオカリナを吹かないと(それも正しい曲を)起こり得ない出来事なのです。つまりダークリンクが子供になってしまった原因は、恐らくオカリナとは無関係でした。先日の奇病といい、とリンクはため息をつきました。無性にナビィに会いたくてたまりませんでした。




ダークは暫く自分の両手をまじまじと見つめた後に、ゆっくりと手を下ろしました。だらんと垂れさがった手が力なく揺れています。まるで痛みを逃がすかのように、呼吸が僅かに荒くなったのを感じとってリンクは眉を寄せました。目の前の子どもの様子は、ダークが何度か骨を折った時の様子によく似ていました。この魔物は何故かそういったことを我慢してしまうのです。いつもより無口になって、手当を終えた後はさっさと寝てしまいます。魔物というよりはなんだか野生の動物のような奴だと、リンクはいつも思っていました。

「ダーク、手が痛いの?」
「・・・・、」

ダークはその問いにこくりと頷きました。声が出ないほどの激痛が彼を苛んでいるのでしょうか、よく見るとダークの額には大粒の汗が浮かんでいました。ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえて、まろい頬を汗がつたって行きました。

「ちょっと見せて」

呪いの類だったらどうしよう、と思いながらリンクは了承を得てダークの右腕を取りました。ダークは一瞬だけしかめっ面をしましたが、リンクが腕に触った途端微かに驚いたような顔をしました。

「触るだけでも痛い?」
「・・・ううん」

肉体ごと若返っているのでしょうか、ダークの腕には傷一つありませんでした。でも、手のひらに僅かに残る火傷のような傷跡だけはそのままで、寧ろそれだけが淡く色づいたように赤くなっていました。

「いたくなくなった」
「え?」
「おまえがふれると、いたくない・・・」

さっきまで焼けるように痛かったのに、とダークが呟きました。彼は信じられないものを見る目で、自分に触っているリンクの手を見ていました。もう片方の手をゆっくりと動かして、ダークは自らリンクに触れました。途端に和らいだ表情を目にして、リンクは渋い顔をしました。これが呪いの産物だとしたら、なんて良く考えられているのでしょう。ダークを無効化しただけでは飽き足らず、リンクの手も塞ごうと言うのです。一度舌打ちをして、リンクはダークの体を抱き上げました。もともと軽い魔物は、ますます軽くなってしまったようでした。これならダークを抱き上げたままでも、戦えるかもしれません。

「どう?触れてればいたくない?」
「うん」

ダークリンクはこくりとうなずきました。子供の体重はまるで羽毛のようで、下手をするとマスターソードよりも軽いかもしれない、とリンクは思いました。最も大人の時のダークだって、マスターソードの上に乗られてもあまり体重を感じないほどに軽いのですが。

「お腹すいてる?」
「・・・・ちょっと」

顔を湿らせた布で適当にぬぐった後に、そのまま宿屋を出てリンクは町の雑踏の中へと歩みだしました。自分たちを見ている視線がないかどうかを確かめたかったのですが、特にそのようなものは感じませんでした。なので、すこし店を冷やかした後にリンクはそうダークに聞きました。

「何か食べたいものはある?」
「たべたいもの」
「うん。とりあえず僕らを見張ってるやつはいないみたいだし、少し座って話そう」

ダークは少し考えて、したっ足らずになんでもいいとだけ答えました。なのでリンクは適当な酒場を選んで中にはいりました。昼間は飯処をやっている酒場というものは案外多いのです。ダークを腕に抱いたまま、給仕に30ほどのルピーを渡して適当な料理を持ってきてもらうようにしたあと、リンクとダークはそろってため息をつきました。

「なんだか疲れた」

そうリンクがつぶやくと、ダークもうなずきました。料理が来るまで、二人は会話もせずにしばらくぼんやりと椅子に座っておりました。




敵は僕らの消耗を狙っているのかもしれない、とリンクは思いました。ダークは自発的に手を動かすと妙な痛みが走るらしく、自分の手が使えないことが発覚したのです。雛に餌を運ぶ親鳥のように、ダークの口元にフォークを運んでやるのはなかなか大変なことでした。

「親ってすごいね」
「・・・ん?」
「昔、こうやって子供に食べさせてあげてた人がいたんだけれど」

僕は良い親になれそうにないよ。ダークの口元を汚したソースを指の腹でぬぐって、リンクがそう言いました。口の中に大きな肉の塊が入っていたので、ダークはそのままリンクの話に耳を傾けました。指を汚したソースをなめとって、リンクはフォークを持ち直しました。

「正直辛い」
「・・・・」
「特になんでダークがちっちゃくなったのか分からないのが辛い」

本当に心当たりがないの?と問われてダークはリンクの懐を指さしました。

「オカリナ?」
「・・・・、うん」

ようやく肉の塊を飲み下して、ダークはうなずきました。彼の心当たりといえば、近頃ずっと不思議な音を出していたそのオカリナだけなのでした。リンクはすこし嫌そうな顔をして、フォークに突き刺さった肉を口の中に放り込みました。

「・・・・・・・、ゼルダに聞いてみるかな」
「いいのか?」
「非常事態だもの。それぐらいは許されるさ」

ハイラル王家の秘宝である時のオカリナをほしがる人間はたくさんいます。その中でも一番の要注意人物が、ゲルド族の王であるガノンドロフでした。リンクが7年後の時間軸から現在に戻ってきたときに、ガノンドロフの所業は余すことなくゼルダ姫に話してきてはいるのですが、証拠がほとんど存在しないがために、ガノンがすぐに処罰されるかというとそういうわけにはいかないのでした。なのでリンクはそれから7年の月日が過ぎても、まだ旅を続けています。オカリナが彼の手元にあれば、ガノンドロフが聖地を開くこともありません。

「ちょうど、ハイラルの現状も聞いておきたいと思ってたんだ」
「ガノンのことか?」
「そうだね。あいつがどうにかならないと僕たち永遠にハイラルに帰れないよ」
「ナビィもみつかってない」
「そうなんだよなぁ、・・・」

どこにいるのかなと少し悲しい顔をしてリンクはフォークに乳脂で炒められた野菜を突き刺しました。

「7年なんてとっくにすぎて、僕ももうあの時と同じ大人になっちゃったし。・・・ああ、そういえばそうだ」

旅を始めたときとは逆になっちゃったねと言ってリンクは少し笑いました。7年前に二人がハイラルを出たときには、ダークリンクは大人の姿でしたが、リンクはまだ子供の姿だったのです。子供って柔らかいんだなぁと面白そうにリンクはダークの頬をつつきました。

「僕ね、タルミナにいたときダークのことあんまり好きじゃなかったんだよね」
「・・・・・知ってた」
「あ、ほんと?だってダークったら一々うるさいし、うるさい割にはあんまり助けてくれないんだもの。大人のほうがやれることが多いのにね。でもなんか今ならその気持ちもわかるような気がするよ」

こんなのが魔物と戦ってたらまずやめさせたいよね。そう言ってから、リンクは少し嫌そうな顔をしました。

「……どうしたんだ?」
「………うーん、七年前のあのことに、少し思うことがあっただけ」
「そうか」

ダークは納得したかのようにうなずきました。リンクは半目でダークのことを眺めて、やっぱ可愛くないかもとつぶやきました。




宿に戻ったあとに、リンクはダークを膝に載せたままオカリナを吹きました。澄んだ音色で奏でられるゼルダの子守唄をダークは目を瞑って聞きました。時のオカリナの音色はまるで空に抜けるような美しい音ですので、聞いているとまるで自分が様々な時代を旅をしているような気持ちになるのです。タルミナで観たような海の潮騒や、高山に吹きすさぶ


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