おしゃべり かみとらるーと
リンクが倒れたのを、ダークは一瞬理解できませんでした。切断された右手が飛んで、腹から血を吹き出して、リンクの体が地に倒れ伏します。魔獣となったガノンが唸り声を上げました。ぐるぐると、まるで喜んでいるかのよう。

「リンク、」

嫌!とゼルダ姫が叫びました。ガノンが張った結界のせいでゼルダ姫もダークも中の二人に近づけません。近づくと炎が威嚇するかのように立ちふさがります。邪な魔力を帯びた炎は触れた箇所が炭になるまで消えないことでしょう。ダークはぎりぎりと歯をかみしめました。こうして躊躇しているうちにリンクの命のともしびはどんどん消えていきます。でも、果して自分は瓶に炎をかすらせずにリンクのところまでいけるでしょうか。リンクが倒れている場所は、そのことを考えると随分向こうの方でした。

「逃げて」

これまで聞いたことがないぐらいかすれた声で、リンクが二人に言いました。リンクの口から血があふれているのが見えます。腹からはみ出ているのは内臓でしょうか。リンクの体のしたに溜まっていく血の量から、もう助からない、と二人とも分かりました。あそこまで損傷したからだを元に戻す薬なんてこの世にありません。リンクの帽子からナビィがふわりと出てきて、驚いたようにその場で動きをとめました。

ダークはずっとまえにリンクと話したことを覚えていました。「僕が死んだらお前がガノンを殺すんだよ」そう笑いながら言ったリンクの顔を。ダークは剣を抜きました。彼の剣は魔剣でした。たくさんの命をすった黒剣は鞘から抜かれてきんきんと嬉しそうに鳴きました。

「離れていろ」とダークが剣を握りながらゼルダ姫にいいました。「少しでも、この炎を消してみる」。ダークは剣にちからいっぱい魔力を込めました。黒剣は魔力を食べて青白く輝きました。剣を振って、ほんの少し出来た隙間をダークはくぐりぬけました。いつのまにかガノンが瀕死のリンクをつかんで、顔の前にかかげていました。

「リンク!」

ガノンは何をしようというのでしょう。ダークはなんとなく嫌な思いを抱えながら走りました。彼の名前を叫んでもリンクは返事をしませんでした。彼の手足は力なく垂れて、そこからぽたぽたと血が落ちていました。からん、と残った左手からマスターソードが離れて、リンクの血で赤く染まっていきます。

「、待て!」

邪魔をするなとでも言うかのように、ガノンの尻尾がすばやく動いてダークを打ちすえました。魔力をまとったままの魔剣がガノンの尻尾に突き刺さって血を出しましたが、ガノンはそれに少し唸ったっきり手に掴んだ時の勇者を見つめました。彼は何を考えていたのでしょうか。少なくとも彼の邪魔をしていた時の勇者は今、彼の手のひらで息絶えようとしていました。勇者の左手の勇気のトライフォースがりん、とひときわつよくかがやきました。

「・・・・・・・」

資格を持たないものが触れ、ばらばらになったトライフォースは宿ります。一番智恵を、力を、勇気を持つ生き物に。では、もしその人が死んでしまったらどうなるのでしょうか。トライフォースはそのまま消えさる?いいえ違います。また、次に強い勇気を持つ生き物に宿るのです。ガノンは口を開けました。彼の思考は随分と簡略化されていました。それでもまだある程度の理性が残っているのは、彼の高い精神力と実力を表していました。ちか、とガノンの右手にあるトライフォースが光りました。

「やめろ、」

ダークは地面に這いつくばりながら唸り声をあげました。彼は尻尾の一撃で随分大きなダメージを受けていました。ナビィが羽を震わせて、泣きそうな声でリンク、と言いました。ガノンの掌の中のリンクは返事をしませんでした。また、彼の左手のトライフォースが光りました。まるでそこから抜け出そうとでもするかのように。

「頼むから・・・」

ダークは半分泣いていました。彼はなんとなくわかっていました。ガノンがどうするか、リンクがどうなるのか。「僕が死んだらお前がガノンを殺すんだよ」リンクの少し意地の悪そうな笑顔と言葉が呪いのようにダークの頭の中によぎっては消え、沈んでは浮きあがりました。

「やめろっ!!」

パキ、と音がしました。骨が折れる音は案外あっけないものです。中に物が詰まっており、かつ湿った何かが力任せに折られる音がします。ぱき、ぱき、ぱき。ごりごりと口の中でそれを噛みつぶして、ガノンはごくんと音をたてて飲みこみました。ゼルダ姫が高く悲鳴をあげました。

「ああ・・・」ダークは地に伏したままぼろぼろと涙をこぼしました。右手に握った魔剣がひゅい、と音をたてます。リンクだったものはもう上半身しか残っていませんでした。切断面からぶら下がった内臓をガノンがくちゃくちゃと音をたてて啜りました。首がぐらぐらと動いて、これまで見れなかったリンクの表情が見れるようになりました。彼はただぼんやりとした顔をして、どこか虚空を見つめていました。ダークは本当はそれがわかっておりましたけれど、ただただ認めたくなかったのです。ナビィの色が青から黄色、黒、めぐるましく変わりました。

ダークは泣きながら立ち上がりました。ガノンが丁度、リンクの上半身を口の中に入れるところでした。ダークはそれを睨みながらナビィの体を優しく掴んで、懐に入れました。ナビィは身体を震わせるだけで、何も言いませんでした。

リンクを食べ終わったガノンの口元から、黄金色の輝きが漏れだしました。それは黄金の三角形の光でした。ぼう、と魔獣の右手に光が浮かび上がって、三角の痣が二つに増えました。

「……逃げるぞ」

ダークはリンクに飲ませるはずだった薬を飲み干し、また剣で炎を割ってゼルダ姫の手を掴みました。ゼルダ姫はぼんやりとダークを見ました。ダークは舌打ちをして、ゼルダ姫の肩を揺すりました。「次に食われるのはあんたなんだぞ、わからないのか」

「あいつも、逃げろって言ってただろ!」
「………嫌、」
「駄々をこねるな!あんたが死んだらハイラルはどうなる。王家の血筋が失われるぞ」

ガノンはトライフォースが浮かび上がった手の甲を眺めていました。勇気と力のトライフォース。のこる三角形はあと一つ。甲の二つがちかりと光る方向に目を向けると忌々しい女がいました。その右手にも黄金の輝きが見えます。トライフォース。手に入れればなんでも願いを叶える神の力の欠片。

「……」

ガノンは不機嫌そうに唸り声をあげました。女が時の勇者に似た生き物に連れ去られようとしているのです。微かに自分と同じ香りがしますが、今のガノンにとってそれは些細なことでした。最も重要な問題は残る智恵の力、それを自分が手にいれることです。

「早く!」

ダークは動かないゼルダ姫の体を抱き上げました。後ろからガノンが迫ってきています。大きな体を持つ魔獣と、たった一匹の人間の姿をしただけの魔物ではどうしたって追いつかれてしまう事でしょう。それでもダークは走りました。助けがないとは言い切れないのです、たとえばこれまでリンクが助け、開放してきた賢者たち。森、山、川の種族たち。



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