焚火がぱちぱちと音をたてて燃えています。りーりーとどこかで良い音色の虫が鳴いていて、時折遠くから響いてくる犬の遠吠えにぴたりと止まります。何の虫だろうね、というリンクにダークはムイムイだと適当に答えました。ムイムイは鳴かないことをリンクは知っていたので沈黙で返しました。ダークはよくこうして適当な嘘をさも本当のようにに言うのです。
「そういえばダークは」とリンクが言いました。手持無沙汰にくるくるまわしていた、薪用の小枝をいじる手元を止めてダークがリンクを見ます。「ガノンが倒されたら何をする?」リンクは続けて言いました。ダークはふんと鼻を鳴らしてこういいました。「そういう明るすぎる未来のことを言うのはよくない」
「なんでさ」
「お前が死ぬ未来だってあるだろ」
「まぁそりゃそうだけど。でも僕だって弱くはないし」
「それは知ってる。身を持って」
にやりとダークが笑うと、つられるようにリンクも笑いました。「僕がしんだら、お前がガノンを殺すんだぞ」とリンクがにやにやと笑いながら言いました。勿論、と返そうとしてダークは自分を作った奴を殺す事なんて出来るのかなと思いました。彼は時の勇者とやけに、自分でもびっくりするほど馬があって、もしかしたら自分は魔物じゃないのかもしれないなと思う時がありました。でも戦闘で傷付いた時に彼の体から流れる血液は鈍い銀の輝きを持っているのでした。彼は魔物にはない感性と人間のような知性と性格を持っていましたが、その肉体は人ではありませんでした。
「できるだろうか」
「僕は出来ると思うけどね」
「・・・・・そうか」
お前がそういうのならそうかもしれない、とダークは呟きました。リンクはその様子を黙って見ています。ぱち、と乾燥した枝が火に焼かれて音を出しました。ダークは火がゆらゆらと踊るのをなんとなしにぼんやりと見つめながら先ほどリンクが言っていたことを考えていました。ガノンが倒れたら自分は何がしたいのでしょう。そうしたら自分は自由です。かといって、今も縛られているかというとそういうわけではないのですが。・・・つまりは気持ちの問題でした。
「・・・・・色々なところをゆっくり、みて回りたい」
「え?」
「ガノンが、倒されたら」
ダークはそんなことをぼそぼそと呟きました。リンクはちょっとだけ首をかしげて、何かを考えるそぶりをしました。
「僕はそうだな、とりあえずゼルダと一緒にハイラルを立ちなおさなきゃ、みたいなのは考えてる」
「・・・・・そうか」
「でもさ、本当はダークがさっき言ったこと。ほんとはそれがしたいんだ」
どうせコキリの森には帰れないし。とリンクは言いました。ダークはコキリの森に行ったことがありませんでしたが、リンクから少しその話は聞いていました。なんでも子供のまま成長しない種族がいるとか、そしてリンクはそこで生まれ育ったとか。目の前のリンクはどう見ても立派な青年でしたので(少し幼いところはありますが)、ダークは何となく事情を察していました。だってリンクはどこをどう見たってハイリア人以外の何者でもないのですから。
「・・・・・ハイラルは、生まれ育ったところだけど」
色々な事を知りすぎた、とリンクは疲れたように言いました。コキリ族が子供のままの種族だって言うのは、大人になってから知ったんだ。とも
「あのままコキリの森で過ごしてたらどうなってたんだろう」
「・・・・別に、追い出されたりはしないだろ」
コキリ族はそんなに心が狭い種族なのか?と問いかけるとリンクは首を振りました。「でも」リンクは悲しそうに言いました。やっぱり一人だけ違うってのは寂しい。「そうだな」とダークが答えるとリンクは返事をせずに頷きました。燃やすものが少なくなったからか、焚火の炎がだんだんと小さくなっていきます。でも二人とも薪を追加しようとは思いませんでした。
「もう寝ようか」どちらからともなくそんなことを言いました。いつの間にか虫も、時折遠くから聞こえていた犬の遠吠えも聞こえなくなっていました。マントをはおって横になったリンクの事をダークはじっと見つめました。何かを言いたげに、ダークの口元が動きます。でもダークはそれを言葉にせずに、消えた焚火を手に持っていた枝でいじりました。
「・・・・・ダーク、寝ないの?」
「もう少ししてから」
「そっか、お休み」
「ああお休み」
ふあ、とあくびをしてリンクがそういいました。ダークは焚火から目を離さずに答えました。おおん、とどこか遠くで、寝たはずの犬が遠吠えをあげました。ダークはそれがウルフォスの鳴き声だと知っていました。だんだんと近くに近付いてきています。「もう少ししてから」ダークはも一度小さく呟きました。夜と同じ色をしたダークリンクの魔剣がぬらりと僅かな光を反射して不気味に光りました。
今日の月は細い三日月です。月の光はか細くて、あまり大地を照らしてくれません。ほぼ真っ暗闇に近い月明かりの中で、真っ赤なダークの瞳がきらりと光りました。そしてきんきんと剣が小さく鳴って、鳴き声は二度と聞こえなくなりました。ダークと一緒に旅を始めるようになってから、リンクは良く睡眠を取れるようになったことを彼は気づいているでしょうか。でも気付かなくたっていいんだとダークは思っていました。彼は別段そこに感謝してほしいとは思っていませんでした。
ウルフォスの血は真っ赤です。テクタイトの血は真っ青です。動物系の魔物の血は人間のように赤いのです。自分も人間の形をしているのだから動物じゃないのかなとダークはこういった魔物を斬るたびに強く思います。本当はダークはリンクと旅を続けたいと言いたかったのです。でも、魔物と一緒にいることで不利益を被るのはリンクでした。だからダークは言えませんでした。言えないまま戻ってきて、そして自分のマントにくるまって目を閉じました。ウルフォスの血に濡れた剣がきん、と微かに鳴きました。それだけがこの静かな夜の残滓でした。