ちょっとお試し




男が戻ってきたのはそれから少し時間が立ってからだった。もう片手に兎は持っていなかった。彼はあれをどうしたのだろう。

「まだ記憶はもどらないか?」
「全く」
「そうかぁ」

どうしたらいいのかな、と男が呟いた。「とりあえず、名前だけは教えておこう」そう言われて男の顔を見ると、薄暗闇のなかで瞳だけがやけに赤く輝いていた。自分を見下ろす形で男が・・・笑ったのだろうか。どこか禍々しく、赤黒く輝いているそれがぐにゃりと歪む。

「俺の名前はリンク」
「リンク・・・・」
「そう、そしてお前の名前は」

男はそこで一度沈黙した。稍あって、ため息とともに言葉が吐き出された。「お前の名前はダークと言う」

「僕の名前・・・」
「何か思いだせそうか?」
「いいや、全然」

でも、どこかで聞いたような気がしないでもないな。そういうと男は少し機嫌が良くなったらしい。そうか、と浮かれた調子で言って、また隣に腰をおろしてきた。

「頭はもう痛くないか?」
「まだ少し痛むかな」
「そうだろうそうだろう、だから俺は薬を持ってきたんだ」

怪我をしたときに飲むものだから。そう言って男はどこからか瓶を取り出した。中に入っているのは男の瞳よりも濃い色をした赤い液体で、彼が少し瓶を傾けると瓶の中でゆったりと揺れた。どうやらゲル状の薬のようだ。

「・・・・・これ、飲めるの?」
「怪我をした時はよく飲んでいたぞ」

自分じゃなくて、だれか他の人の事を言っているみたいだ。そう思いながら差し出された瓶を受け取る。ぽん、とコルクを取ると甘ったるい香りが広がった。少し薄れたにせよ、まだ辺りに漂っていた血の匂いが中和されて少し楽になる。

「言っておくけど、不味いからそれ」

口に含んだ後にそう言われて、遅い忠告と瞬時に口内に広がった予想外の味に思わず胃の中身まで吐き出しそうになった。耐えた自分を後で褒めてやろうと思った。


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bkm
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