ちょっとこのままでいきます
足元でごうごうと水が唸りをあげる。どうにかある程度水が塞げる高台まで避難して、女と二人で水に飲みこまれていくハイラルを眺めた。
「町、が」
女がうわ言のように呟いた。いつの間にかぽつぽつと雨が降り始めていて、空でキースやバブルが逃げ惑うかのように暴れている。時折流れていく水の合間に人や魔物の顔が見える。魔物も人も関係なく、恐怖に歪んだ顔・・・。
「・・・・あ、た、助けなきゃ」
「どうやって」
人より段違いに頑強な魔物すら、碌に抵抗できずに押し流されていくのだ。今水に入れば確実に死ぬ。女はその言葉に一度怯んだが、それでも、と言葉を続けた。
「服をロープにするわ。何人かは助けられるはずよ」
「魔物が引っかかる可能性もある」
「その時はあなたの剣の出番よ」
その、退魔の剣の。つぶやかれた言葉に思わず僅かに剣を向ける。種を抱いた胸付近の服をにぎりしめながら、女が唇を引き結んだ。
「どうしてかしら、色は漆黒。でもわかるわ。幼い頃から何度も見ていたもの」
「お前、もしや王族の…」
「……そう、私の名前はゼルダ。ハイラル王国の現国王、ダフネス・ヨハンセン・ハイラルが娘です」
今は、元国王と言った方がいいかもしれないけれど。沈んでいく城下町とハイラル城をちらと見て女は自嘲気味につぶやいた。黒雲が立ち込める空からびゅうと風が吹いて、見ようによっては金色にも見えなくない明るい茶色の髪を揺らす。宙に靡く髪が、淡い光を帯びながら少しづつ金色へと染まっていく。
「……ゼルダ姫」
先ほどまで、どこをどうみても普通の女だった娘がまたたく間に王女へ変わってく様子を目にする。それはもう何年も何年も前、時の神殿で一度目にした光景によく似ていた。