ガノンの魔の手は日々刻々とハイラル王国全土を覆っている。もう迷いの森だけでスタルフォスは生まれない。ハイラル平原の土の上、魔物に殺された人の骨がかたかたと音を立てて一人でに組み上がり、目に冷たい炎を宿す。その魔物がまた人を殺す。またスタルフォスが生まれる。一度は倒された骨がまた恨みを吸って立ち上がる。無限に死なない魔物の軍勢の出来あがりだ。空にはポウやバブルが舞い、地にはスタルフォスやウルフォス、モリブリンなどの魔獣がうごめいている。

「そうか、ここも、か……」

半分焼け焦げた立て札から僅かに読み取れた文字。「 ンロン  ょう」。何年も何年も前に、ここでミルクを買った時の事をまだ覚えている。あいつとの思い出の一つでもあった。あの長閑で平穏だった牧場は、今はただ僅かに燃え残った家の残骸と、焼け焦げた大地だけが残っている。

ぼろぼろに錆びて使えなくなっている短剣を拾い上げる。恐らく家畜小屋だった場所の、隅にひっそりと落ちていたそれは誰が使っていたのだろうか。自分が何年生きているのかも、ハイラルを去ったのが何年前なのかも覚えていない。しかし時の勇者の物語が風化してしまうほどの年月は立っているのだろう。あの姫も、きっともう、とうの昔に死んでいる。

「………」

もう行かねばならない、と地面に放り投げた短剣は砕け散り、土に紛れてしまった。その場所を立ち去ろうとして、立ち去れなくて、もう一度地面に落ちた短剣へと足を向ける。刀身が粉々に砕け散ったそれを拾い上げて眺める。随分と細い柄だ。男が使うようなものではない、寧ろ非力な女子供が使うような……と、そこまで推測して止めた。焼けて乾燥しきった土をわずかに盛って、柄をそこに刺した。誰に向けたものでもない墓だ。明日にはきっと、誰が壊すでもなく崩れてしまうようなそんな墓。

ハイラル城へ向かって走りながら、腰に下げた瓶にそっと触れる。ゲルドの老婆から貰ったものとは違う、最後まで捨てずに残しておいたそのビンには昔こう書いてあったのだ。ロンロン牧場。それは今はもう跡形もない、あの荒れ果てた土地にあった牧場の名前だった。


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bkm
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