自分の僅かばかりの荷物をまとめて旅の支度をする。あいつが居ないハイラルに未練はなかった。そもそもあいつと同じ顔をしている俺がこの国で生きていけるはずがないのだ。だからきっと、あの姫もひきとめはしなかった。

退魔の剣を模したひとふりの黒剣と小さなルピー袋。余計なものを全て捨てて、残ったのはたったこれだけ。それを体にくくりつけてマントをはおり、ハイラル平原を歩く。旅に出る前に、少し買い物をしていこうと思ったのだ。

「あ!久しぶり、ね……?」
「牛乳をひと瓶」
「…あ、はい、どうぞ」

あいつと勘違いでもしたのか、牧場の娘は自分を見て一瞬満面の笑みを浮かべた。だがそれはすぐに消えて、途端に何か問いたげな表情にかわる。きっとあの女は、あいつが帰ってしまったことをまだ国民に告げていないのだろう。ハイラルを救った肝心の勇者様がここには存在しないだなんて、立ち直りはじめたばかりの国民達に発表することじゃない。

「……あの、貴方」

瓶を受け取り、金を置いて踵を返す。かけられた声には振り向かなかった。牧場を出る際にまって、と小さな声が後ろから聞こえたような気がしたが、女が追いかけてくる気配はなかった。顔がそっくりなだけで、あいつじゃないとわかったのか。それとも諦めたのか。

「………」

国境へ歩きながら瓶のコルクを抜き、中身を一口、口に含む。変わらぬ味が口内にひろがって、思わず目を細めた。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -